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2014年03月25日

『「幸せ」の経済学』橘木俊詔(岩波現代全書)

「幸せ」の経済学 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 「幸せ」ってなんだろう。だれもが考えることに、本書は経済学の立場から答えてくれる。ただし、こうすれば「幸せになれる」という指南書ではないことは、言うまでもない。著者、橘木俊詔は、「著者からのメッセージ」でつぎのように述べている。「これからの日本の課題を考えるときに、学術的な背景を無視することなく、かつ軽薄な論議に流れることなく、読者が真剣に考えることができる内容を目指しました」。

 本書表紙の見返しに、本書を読むポイントが的確に、つぎのように示されている。「〝成長〟で日本は幸せになれるのか? 二〇世紀後半以降のような〝成長〟を望むことはもはやできない「定常経済時代」という現実は、「幸せになるには、まず成長」の固定観念から脱却する絶好の機会である。この本では古今東西の「幸せ」についての考え方を検討し、一万人を超えるアンケート調査の結果をはじめ多くの内外の統計データを基にして、人びとにとって「幸せ」とは何かを経済学の立場から縦横に論じる」。

 本書は、「人びとの「幸せ」は必ずしも消費の最大化、あるいは所得の最大化だけで得られるものではない、ということを主張するものです」。そのために、「世界各国における人びとの幸福度、とりわけ私たち日本の国民がどのように「幸せ」を感じているかを丹念に分析するものです。さらに、デンマークとブータンという幸福度に関してもっとも重要で興味深い国を詳しく検討して、日本がこれらの国から学ぶことがあるかどうかを議論するものです」。

 続けて著者は、本書の特色を4つあげている。「第一に、人が自己の「幸せ」を意思表示するときに、その人の性格が大きく左右しているのではないかと類推して、人の心理的な要因と幸福度の関係に注意して分析を行います」。「第二に、本書は経済学の書物であることから、経済学が「幸せ」をどのように理解して分析してきたかを経済学史として評価します。特に定常経済の思想が「幸せ」を分析するのに有用なので、この思想を詳しく議論することにします」。「第三に、日本をはじめ世界の多くの国で所得格差が大きくなっていることに鑑み、格差の大きいことや強者と弱者の存在が人びとの幸福度にどのような影響を与えているかを分析します。日本において格差社会の論争の口火を切った著者として、格差と幸福度の関係を論じることには思い入れがあります」。「第四に、もし経済だけで「幸せ」が得られないのであれば、どういう政策が人の幸福度を高めることに寄与するのか、ということを論じることにします。ついでながらこれに関して、人の心理的な側面から幸福度を高めるといったことに接近できないかということと、日本を含めた先進諸国の政府の役割も比較検討します」。

 そして、本書を通じて、「日本国民の「幸せ」度は、世界各国の人びとと比較すれば中間の位置にいることがわかりました」。また、「日本人の「幸福度」は必ずしも経済的な豊かさだけで決定されるものではない、ということもはっきりしました」。このような事実を踏まえて、著者は自身の考え方を、つぎのように披露している。「定常状態を保持するので充分ではないか、ということになります。環境問題が深刻である中、高い成長率を求めない定常経済は環境にやさしいし、経済学史上での価値にも高いものがあります。人口減少下の日本では経済成長率はマイナスになるのが自然の帰結ですが、マイナスになって人びとの元気さと生活水準が低下しては困るので、-それをゼロ成長に高めるという政策だけでも大変ですが-少なくともゼロ成長だけは達成したいと希望します」。

 この原稿を、ハノイとルアンパバーンで書いた。ハノイでは、「経済〝成長〟で幸せになれる」と考える人びとが、いきいきしている。ラオスの世界遺産の町ルアンパバーンでは、急激な観光化のなかでも、後発発展途上国(最貧国とも呼ばれる)であるにもかかわらず、「貧しい国の豊かさ」がまだ感じられる。「幸せ」の感じ方は、時代や社会、個々人によって大きく異なってくる。だから、著者は「人の性格、あるいは心理の状態がどうであるかの役割が大きいことを示した」。他人の幸せを見ることも「幸せ」を感じる大きな要素ならば、自分だけや一部の人だけの幸せは、他人の不幸が自然と見えてしまうグローバル化時代にふさわしいものではない。そう考えると、著者のいう「格差の是正」の重要性の意味もわかってくる。

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2014年03月18日

『いのちの自然-十年百年の個体から千年のサイクルへ』森崎和江(アーツアンドクラフツ)

いのちの自然-十年百年の個体から千年のサイクルへ →紀伊國屋ウェブストアで購入

 本書は、この40年余に書かれた詩篇とエッセイからなる。著者、森崎和江の書いたものは、時代を感じさせない。当然、40年、30年前に書かれたものには、その当時の時代背景がある。しかし、それをいま読んでも時代遅れと感じさせないのは、いつの時代にもどの社会にも通用する「いのち」を語っているからであろう。

 その著者が苦しんだのは、その時代、その社会にしか通用しない「常識」であった。1927年に日本植民統治下の朝鮮で生まれ、育ち、敗戦前年の44年に福岡県立女子専門学校(現在の福岡女子大学)に入学して、はじめて「日本」を体験したときから、著者の闘いは始まった。「九州炭坑町で、自分とは何か、女として生きるとは何か、国家権力とは何かを問いつづけ」た。「さらに、異国で身を売って働く女性たち「からゆきさん」を訪ね、列島各地に残る「海人」「産小屋」などの民俗を明らかに」する「自分探し」の旅に出た。

 その結論の一端が、本書からうかがえる。「からゆきさん」について、「明治後期や大正・昭和初期にアジア諸国をまわった人々の書物に」、「「土民に見うけされ、すっかり土民ふうになっていてあわれである」と、しばしば書かれている」が、著者はつぎのように「からゆきさん」をとらえている。「からゆきさんに限らず日本の庶民の生活の基本は、生活する風土になじみ根づくことにあった。庶民階層のなかでエリート層がいちはやくその風土密着型から自立する意識と生活手段とを身につけたのである。けれどもそうした近代化から遠い人々は、どこで生きても、その地域の風土に生活と精神の糧を求めた。それはいわば日本土民から日本市民への脱皮に対して、どこに生きても土民たらんとする人々を思わせるのである。そしてからゆきさんの大半はこの基本型を維持していた人々であった」。その「からゆきさんのインターナショナルな感性もまた、大東亜共栄という発想にからめとられてしまう」。

 「海峡の島」では、「河向うという言い方」で、大陸のことを話す北部九州の海辺の人びとは、「文化だけではない。祖先は向うからやって来たにちがいないといって、村の氏神が上陸したという浜辺に碑を立てたり、祭りをしたりするところも残っている」。「このような感性は一代二代で育つものではない。また国家間の交流などで養われるものではないのである。そうではなくて、国家がどうであれ、食べものをやりとりする身近かな他人のようなかかわりを続けてきた時間の集積が、意識とは無縁なままからだのなかに溜まっているというようなぐあいなのである」。

 「韓国と九州の両岸辺を生活空間とし」、「あさげの菜をつむように、向うの生活とかかわった」対馬は、「敗戦とともにはじめてその生活空間であった朝鮮海峡を閉ざされたと言っていい。国家利益がぶつかりあう国境としての海峡を、直接生きるようになった。くらしの上で、海の幸山の幸をうばい合ってきた歴史は、反面では海の神山の神を共にしあう歴史であったから、対馬には古代朝鮮以来の信仰や風習の跡はふかい。またチェチェ島(済州島)は韓国にとっての海峡の島であり、文化的には韓国のなかの異国のような質をもっている。そのように、政治的罪業のふかさよりふかいくらしの上の交流がつづいていた海峡が、国境という空しくいかめしい、そして海の民の感性には縁のない次元で閉ざされたのである」。

 大学院生14人を連れて、韓国に行った。日本国籍6人、韓国籍2人、台湾籍2人、タイ国籍2人、アメリカ国籍1人、ポーランド国籍1人に、高麗大学の学生数人が加わって、史蹟、博物館、国立墓地などを訪ねた。「国籍」と書いたのは、著者のように、その国で生まれ育った者だけではないからである。「親日派」が多い台湾籍の者は、朝鮮の「日帝支配」にたいするあまりに根の深い韓国の反発に驚き、ポーランド国籍の者はドイツとロシアに挟まれたポーランドのことを思い浮かべた。日韓2ヵ国だけでなく、タイ国籍の者のように第3者が加わって、日本の朝鮮の植民地支配を考えた。著者の苦悩を理解できるグローバル人材が育ちつつあるのである。

 著者が2001年に書いたつぎのことばも、かれら・かのじょらは理解できることだろう。「時代は激しく動きます。コメ作りも、海の女神も影ばかり。海も空も地上なみの国境線の中で、生物の子産みは人間界も投資の対象めいていきます。文明摩擦も自然環境の破壊とともに、日々私たち個人に問いをつきつけています。予想もしないことに私たちは直面することでしょう。そして、だからこそ、「わたしとは何か」を自問しつづけたい、と私は思っています」。

 近隣諸国との交流は、長く深いだけに、負の面を取り上げはじめたら切りがない。共存したときのことを思い出し、その大切さを実感できるのは、未来を見つめる若い力だろう。そのとき、著者のようないつの時代にもどの社会にも通用する「いのち」をみつめ、問い続ける姿勢が役に立つ。

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2014年03月11日

『アース ミュージック&エコロジーの経営学』石川康晴(日経BP社)

アース ミュージック&エコロジーの経営学 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 ショッピングモールの店頭に宮崎あおいの写真がある。店内にも、いくつか写真のパネルがある。自然と「ヒマラヤほどの消しゴムひとつ・・・」というCMが浮かんでくる。宮崎あおいが、歩きながら、鉄棒にぶら下がりながら、草野球の外野の守備につきながら、自転車に乗りながら、気持ちよさそうに歌っている。なんのCMかわからないし、けっしてステージで聞きたいとは思わない。最後に「あした、なに着て 生きていく?」という字幕が入り、宮崎あおいが「アース ミュージック&エコロジー」と言って終わる。

 「売上高10年で22倍 100%正社員、女性9割」と、表紙タイトルの下にある。著者、石川康晴は、「1970年岡山市生まれ。94年にわずか4坪のセレクトショップを開業。95年にクロスカンパニーを設立。99年にSPA(製造小売業)へと組織転換し、業績をさらに伸ばす。宮崎あおいさんがブランドキャラクターのアース ミュージック&エコロジーをはじめ、8つのブランドを展開する」社長である。

 本書は、プロローグ「宮崎あおいはなぜうたったか」、4章(「たとえ回り道でもまず社員力を高める」「お説教は無意味!売る仕組みを磨く」「テレビCMと全体戦力をつなげる」「経済成長と社会貢献のバランス」)、「対談 ストーリーとしてのクロスカンパニー戦略」、そして節の終わりの12の「石川康晴の視点」と章の終わりの4つの「COLUMN」からなる。

 本書を読んで、成功の秘訣は2つあると思った。ひとつは、楽しんでいることである。社長が楽しんでいるだけでなく、社員にも楽しみながら仕事をする環境を創っている。もうひとつは、学ぶ姿勢である。石川社長自身「経営者を務めながら岡山大学経済学部に社会人入試を経て入学。忙しい業務の合間をぬって授業に出席し2013年に卒業」している。学ぶのに、「忙しい」「時間がない」という言い訳が通用しないことを、自ら証明している。

 そのほか、気づいたことが2つ。ひとつは、松下幸之助の「売れなければ掃除しろ」ということばを、社員とともに実践していることである。「第3土曜日に半日かけて、社内の「断捨離」に取り組む。不用品をまとめて処分すると同時に、普段できない細かな部分の掃除を行う。社員は自分のデスク周りと共有スペースの担当するエリアを磨き上げていく」。わたしも、原稿が書けなくなったときに掃除する。すると、毎日見ているはずなのに、忘れていたことを思い出す。新しいアイデアが浮かんでくることもある。

 もうひとつは、出身地の岡山にこだわっていることである。最後に助けてくれる人は、自分を日ごろから見守ってくれている人だということを、社長は知っている。それは偏狭な郷土意識からではなく、地域社会や家族の大切さを知っているからだろう。その岡山県の北西端の新庄村を支援している。B級グルメで注目を集める近隣市町と違い、この過疎地で「本物のA級グルメ」のイベントをおこなったりしている。数年前に、遠縁の幼なじみが、新庄村の村長夫人になっていることを知った。「平成の大合併」でもどこにも編入せず、人口999人だと言っていた。そんな中山間地域の活性化がもたらす意味も考えている。

 経営が順調に進んでいるいまだからこそ、「無駄」とも思えることが積極的におこなえているように思える。「グループ連結で売上高1000億円」、「クロスカンパニー単体では全国に約600店があり、約2600人の社員」が、「20年後1兆5000億円「ユニクロを超える!」」のか?「これまで会社づくりで考えてきたことやそのためにつくってきた仕組み」が、今後どのように変わっていくのか、見守っていきたい。

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2014年03月04日

『領域権原論-領域支配の実効性と正当性』許淑娟(東京大学出版会)

領域権原論-領域支配の実効性と正当性 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 なぜ、領土問題は解決しないのか、本書を読めばわかる。だが、本書を読んでも、領土問題の解決の糸口どころか、ヒントも得られない、というのは言い過ぎだろうか。「領域権原および領域主権をもつことができるのは国家のみであるという前提」、遊牧民や海洋民のような定住していない者や「文明水準がヨーロッパの基準以下の場合は、その権原が認められない」、さらに2国間だけで解決しようなどという時代遅れな国際法を学んでも、なんの役にも立たないように思えてくる。

 著者、許淑娟は、そのような読後感にたいして、「あとがき」でつぎのように反論している。「今日において、世界を国境線で区切ることに対する批判は見慣れたものになり、主権概念の古臭さを語ること自体もはや古臭くなっている。しかしながら、私たちは依然として主権国家体制の中で生きている。グローバライゼーションや、地球共同体の価値、さらには9・11のインパクトを受け止めながら、主権国家の担う役割が変容しており、新たな認識枠組、新たな方法論、新たな概念が必要とされている(もっとも、こういう言説も既にありふれたものとなっている)。そのようななかで、領域権原という古めかしい概念を判例分析というオーソドックスな手法で検討することを通じて、領域主権について考察するという作業は、迂遠なだけでなく、随分と時代遅れなようにみえる。これに対して、本人は「あえて時代遅れ」なつもりで、この作業を進めていた。既存の概念や方法論を批判・再構築するためには、既存の方法論に依拠することは避けなければならないという指摘もあるだろう。19世紀以来、実証主義が支配的であったことに鑑みれば、既存の枠組から新たな価値や秩序を構想することは困難で、既存の枠組に肯定的に傾きがちなことは確かかもしれない。しかし、私は、概念や方法論を徹底させるというやり方をあえて選ぶことにした。既存のアプローチはその徹底さが足りないように思えたし、徹底した結果が現状肯定に繋がるのであれば、新たな枠組を導入しなくても、その枠組は十分に機能すると評価できるからである」。

 本書は、「領域の運命を決定するのはその人民であり、領域が人民の運命を決定するのではない」という「一節が問題としている「領域の運命」とはどのように決定され、その正当化はどのような法的構成のもとに成立しているのかを探求することを目的とする」。そして、「結語」で、つぎのように述べている。「ある国家がある空間を「領土」と呼べるのはなぜか。また、その領土に対する主権を他国一般が尊重するのはなぜか。この問いに動機づけられながら、本論考は、<領域権原>概念の意義や内容、領域や領域主権との概念的な関係を問い直す作業を展開をした」。「領域権原概念の変遷は、変動する国際関係と法理論に伴う法の変革の要請に応えつつも、秩序の安定性を維持することをめざす継続的な営みとして捉えられる。新大陸の発見に伴い植民地争いが生じた際に、ヨーロッパ列強間における植民地の領域規律が求められ、領域法が体系をもって論じられはじめるようになった。ヨーロッパ内における教皇の権威の位置づけの変化や、植民地経営の目的の変質、さらには自然法論から法実証主義の確立という法理論の移行に応じて、領域法はその形式ならびに基盤を変遷させてきた」。「本論考は、これらの領域法のあり方や領域権原をめぐる議論を所与のものではなく、それぞれの歴史的状況において選び取られたものとして、<領域権原の基盤構造>という分析概念を用いて整合的に論じることを試みた」。

 本書は、「序論」と3章、「結語」からなる。「第1章 取得されるべき客体としての領域主権-様式論」では、「「新世界の発見」とその植民地化に際して、ヨーロッパが構想した領域取得の正当化の論理が検討される。それまではヨーロッパの王の領土の遣り取りを規律する役割を果たしてきた領域法が、非ヨーロッパと出会い、領域法の再編が試みられた時代であった。それぞれの国際法学者の世界観と相俟って、領域法のいくつかのヴァージョンが示されることになるが、本書では、とりわけ、ベルリン議定書(1884年)の起草過程に顕著に現れる「無主地」の概念の検討を通じて、権原概念の基盤をめぐる議論の状況、および、「様式論」の意義を吟味する」。「第1章の結論としては、領域法理論における領域の客体化(ドミニウム的把握)と<実効性の要請>が、権原概念の物的基盤に議論を限定することによって、正当化(型)基盤をめぐる議論を後退させたことを指摘する」。

 「第2章 行使することで取得される領域主権-「主権の表示」アプローチ」では、「パルマス島事件裁定での当事国の議論および仲裁人の論理構成に対する考察を通じて、新たな領域法体系と称される「主権の表示」アプローチの導入過程が、領域法における<実効性の要請>とその基盤をめぐる議論とともに提示される過程として描き出される」。

 「第3章 「合意」に基づく領域主権」-ウティ・ポシディーティス原則とeffectivités」では、「1980年代以降の国際裁判判決の論理から、脱植民地化過程を規律するウティ・ポシディーティス原則の意義が、領域法の歴史的展開のなかに位置づけられる」。「植民地独立という過程において、領域権原における物的基盤が一時的に排除される場合には、権原の基盤はいかなるものとなるのかについて考察する」。

 本書を通じて、領域権原がヨーロッパの法的論理で考えられヨーロッパ以外を「無主地」としたこと、領土と結びつかない遊牧民や海洋民の統治形態が考慮されなかったことなどから、1494年にスペイン・ポルトガル間で結ばれたトルデシリャス条約で東西分割するなど、なぜヨーロッパ諸国が勝手に非ヨーロッパ世界を分割することができたのかがわかった。また、1648年のウエストファリア条約以降、国際法に慣れ親しんだヨーロッパ諸国が、非ヨーロッパ世界を植民地にしたり、不平等条約を押しつけたりしたことが、なぜできたのか、その根拠もわかったような気がした。近現代において、国際法に対応できる人材に乏しい非ヨーロッパの国々は、独立後もヨーロッパはじめ「先進国」のなすがままにされ、それを覆すには反乱しかなかったことが想像できた。

 結局国際法は、問題解決の一手段になり得ても、絶対的ではなく、国と国との信頼関係や国を代表する者の力量・人柄によって、その解釈は変わってくる。いったん解決したものが、国と国との信頼関係が崩れたときや、国を代表するものの不用意な言動で、蒸し返されることもある。つねに友好的な国際関係を築いていなければならないことは、いまの日本と中国や韓国との関係を考えれば、よくわかる。

 著者が、「時代遅れ」と言っている意味もよくわかった。国際法は国益に振りまわされるが、現代は国益より地球市民益のほうが優先される時代になっている。国益にこだわるあまり、人類の不利益につながることが、環境問題や資源開発などでみられる。国しか当事者になれない国際法を超えるコモンローが必要だが、それにはまだまだ時間がかかりそうだ。したがって、著者が述べるとおり、本書のような考察が必要ということになる。たしかに、多くのことを学んだ。

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