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2013年10月08日

『戦争のるつぼ-第一次世界大戦とアメリカニズム』中野耕太郎(人文書院)

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 「国籍の異なる12名のヨーロッパ人歴史家たちが何度も討議を重ね、その上で共同執筆されたヨーロッパ史の教科書」である『ヨーロッパの歴史』(ドルーシュ編、東京書籍、1998年)では、第一次世界大戦後のヨーロッパに訪れた新しい時代を、つぎのように記している。「ヨーロッパの人々が初めてアメリカの生活様式を発見したのは、まさにこの1920年代であった。多くの人々がこのとき、これを理想的モデルと見なすようになった。古くからあった階級、習慣、趣味の相違はしばしば投げ捨てられ、大西洋の彼方から到来するものは、ことごとく熱狂的に受け入れられた。なかでも20世紀初頭にニューオーリンズで生まれた音楽、ジャズの人気はすさまじかった」。このように理想化されたアメリカは、ヨーロッパ人が羨むような国民国家を形成していたのだろうか。著者、中野耕太郎は、「世界の民主化という大義を掲げて戦われたアメリカの第一次世界大戦」、「その未曾有の実験を「国民形成」という観点から考察」している。

 著者にとっての第一次世界大戦研究は、「あとがき」で、つぎのように述べられている。「私の研究生活はどこか第一次大戦の呪縛のうちにあるようだ。私にとって、この戦争は常に視界から消えることのない大きな山のようなもので、意味のある現代史上のテーマに取り組めば、必ずどこかでこの戦争が姿を現す。ナショナリズム研究、福祉国家論、人種関係史、いずれを探求しても、道はいつか第一次大戦という山にぶち当たる。やはり、この戦争は「現代」を生んだ母胎だったと確信できるが、同時にそれは、真正面から研究対象とするには巨大すぎる山塊でもあった。あまりに大きな暴力、あまりに広大な領域、あまりに凄まじいダイナミズム-私は長く第一次大戦史を書くことを怖れ躊躇(ためら)ってきた」。

 そこに、現在に続くアメリカの「人種・エスニック問題」「正義の戦争の論理」など、100年ほどの前の歴史的問題として片づけることができない深刻で、永遠に解決できないと思われる複雑な問題が横たわっているからだろう。したがって、著者は、細心の注意とともに、「国際、国家、社会、コミュニティといった異なる位相を十分に意識しながら、なおその間を縦横に越境するものとして戦時アメリカニズムの「るつぼ」の歴史的な意義を考察していく」。

 「具体的に第1章では、第一次大戦中立期のアメリカで展開された「国家の役割とナショナリズムに関する諸論争を概観し、あわせて、これと密接に関わりながら形成されたアメリカの国際的コミットメントを考察する」。「第2章では、参戦後展開される政府による国民動員を検証する。特に国民形成に関係の深かった、選抜徴兵制度と戦時広報に注目し、戦時下に変容する国家と地域、個人の関係を明らかにする」。「第3章では、戦時の国民化政策の主たる対象であった外国系住民に注目する」。「第4章は移民と同じく、アメリカ社会のマージナルな存在であった黒人を取り上げる」。そして、「以上の検討を通して、「おわりに」では、戦後に続く展開を概観し、第一次大戦がはじまったばかりの現代史にどのような永続的な刻印を残したのかを考える」。

 ここで注目したいのは、第4章の目的のひとつが、つぎのように述べられていることである。「戦争と人種の問題を検討し、第一次大戦期の国民統合が内包した人種隔離の実態を考察することである。総じて戦争を機に進行する、ヨーロッパ移民の国民化がなぜ非白人の社会的排斥と同時に進行するのかという二〇世紀のアメリカニズム最大の論点にアプローチを試みたい」。当時のアメリカは、「一億弱の総人口のうち約一〇〇〇万人を黒人が、約一四〇〇万人をヨーロッパ生まれの移民が占めた」「るつぼ」であった。

 「ヨーロッパ移民のアメリカ国民への包摂は、排外的ナショナリズムと奇妙な並走関係を続けながら、大きく前進していく」。「アメリカに住むポーランド系やチェコ系はますます多く帰化申請をし、ますます広くアメリカ社会に受け入れられていった。敵性外国人として迫害を受けたドイツ系ですら例外ではない」。しかし、「ヨーロッパ移民の国民化のコンテクストは、黒人やアジア移民には当てはまらない」。そのなかに、日本人移民も含まれている。「民主主義の戦争に差別撤廃の夢を託した黒人達の期待」はみごとに裏切られ、「戦後、人種間の暴力が全国に蔓延した」。休戦翌年の1919年だけで、「シカゴやワシントンをはじめとする二五の大都市で人種暴動が勃発した。その発端は、多くの場合、総力戦が生んだ共同体的暴力の残滓(ざんし)といえるものだった」。

 そして、著者は、「おわりに」を、つぎのように記して結んでいる。「たしかに、戦後、戦争を支持した知識人や黒人指導者の間には、ある種の虚無的な失望感が広がっていた。戦争は本当に世界と国内の民主的改革を伴うものだったろうか? 同時代人の近い過去に対する評価は、決してポジティヴなものばかりではなかった。だが、それにも拘わらず、普遍的価値を掲げた国際主義を追求するという振る舞いにおいて、アメリカの歴史は不可逆的だった。一九四〇年代に二度目の世界大戦を迎えたとき、アメリカは再び理念の戦争-「四つの自由」[言論の自由、信仰の自由、恐怖からの自由、欠乏からの自由]-を構築するであろう。そして、やはりこの戦争目的は、国際関係だけでなく各国内政の改革をも目指す理想となろう。アメリカは、再び国内のマイノリティから市民としての承認を求める声を聞き、普遍主義の例外として囲い込まれた中米・カリブ海問題の矛盾に直面する。それは、ある種の既視感覚を歴史研究者に抱かせよう-すでに二〇年前の戦争で見たなにか。第一次大戦のるつぼは二〇世紀のアメリカ国民国家と国際社会を規定する、ひとつの政治の様式を鋳出していたのであった」。

 アメリカにとっても、第一次大戦は第二次大戦へと続く戦争であった。と同時に、第二次大戦でも解決できなかったアメリカの根源的な問題が引き続いたという意味で、「現代の起点」ということができる。また、「世界の民主化という大義を掲げて戦われた」ことから、世界の動向と国際関係の理解抜きに、アメリカという1国の歴史と社会を語れなくなったということで、アメリカ研究にとっても大きな転換点となった。アメリカだけを対象とするアメリカ研究が成り立たなくなったのである。

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