« 『新・ローマ帝国衰亡史』南川高志(岩波書店) | メイン | 『一つの太陽-オールウエイズ』桜井由躬雄(めこん) »

2013年07月23日

『パプア-森と海と人びと』村井吉敬(めこん)

パプア-森と海と人びと →紀伊國屋ウェブストアで購入

 今年、白木蓮が散りはじめた3月23日、家族らが見守るなか、著者の村井吉敬は息を引き取った。69歳。その1ヶ月前の2月22日に、著者はカトリックの洗礼を受け、洗礼名フランシスコ・ザビエルを選んだ。4月8日、葬儀ミサ・お別れ会がおこなわれた聖イグナチオ教会主聖堂は、著者の死を悼む「仲間」で埋め尽くされた。本書最後のページに略歴が載っている。しかし、1ページではとても書ききれない活動の広がりと奥深さは、参列した人びとの数と多様さが物語っていた。

 本書に挿入された「「小さな民」とイワシ研究」によると、1月末に膵臓がんの転移と余命宣言を受けたと聞いた「仲間」は、著者が1993年以来20回にわたって訪問したパプアの友人に、「噛めば癌細胞が消えるという木の皮」を求めた。「癌細胞を溶かして体外に出す効果のある」薬草は、つぎのメッセージ(2月8日付)とともに送られてきた。「・・・わたしたちパプアの友人は、村井さんを尊敬し愛しています わたしたちの闘いはまだ終わっていません わたしたちの望み、夢はすべて、村井さんの勇気から生まれました 村井さんは、わたしたちパプアと日本をつないでくれました わたしたちは、村井さんの思想、村井さんの行動を忘れることがないでしょう パプアは村井さんの家です 村井さんが元気になり、パプアに戻ってきてくれるのを祈っています」。

 そんなパプアの人びとと著者の関わりが、多数の写真とともに紹介されているのが本書である。「はじめに-トリバネアゲハ、ビンロウジ、パペダ、OPM」は、つぎの文章で終わっている(トリバネアゲハは蝶愛好家が垂涎の絢爛豪華な蝶、ビンロウジは椰子の一種でコショウ科の植物キンマの葉や房と石灰と一緒に噛む、パペダは主食のサゴヤシの料理、OPMは独立のためのゲリラ組織である自由パプア運動である)。「パプアにはさまざまな切り口、見方がある。わたしは二〇年ほどパプアを行き来してきた。パプアのとりこになったからである。日本より広いパプアだからまだ行っていないところもたくさんある。しかしこのあたりでわたしの見た、わたしをとりこにしたパプアを写真とともにここに報告しておきたい。写真はすべてわたしの撮った写真で、二〇〇二年以後はほとんどがデジカメの写真である」。

 著者をとりこにした理由は、「学ぶ」ことにあった。そのことを「あとがき」で、つぎのように述べている。「パプアの大きな自然はちっぽけなわたしたちの近代科学観すら簡単に凌駕してしまうような気がする。パプアに二〇回ほど出かけながら「学ぶ」というのはこういうことなのかと思う」。「パプアでわたしが行きついた問題もアイデンティティや国民国家の問題ではあるが、それ以上に人を取り巻く自然の問題がそこにはある。ややこしいことではない。パプアにいるといつも自然に囲まれ、その雄大さ、その厳しさ、その優しさ、美しさを感じざるを得なくなる。わたしは世界の大都会近郊にいるのでその思いはひときわ強い。人びとの基礎にもこの自然があるように思える」。

 そんな自然を日本軍が破壊した痕跡が、ここかしこにあることも、本書は伝えている。著者は、つぎのような感想を述べている。「日本軍や米軍の犠牲者についてはある程度の数がわかるが、パプアの人の犠牲の実態はほとんど何もわからない。日本の慰霊団の人びとの慰霊ツアーに「文句」を言うつもりは毛頭ないが、まずパプアの人の犠牲に思いをはせるべきではないだろうか」。

 著者のまなざしは、つねに「小さな民」にあった。その「小さな民」のすごさについて、つぎのように語り、それを理解していない開発を嘆いている一節があった。「パプアの山の人びとが、どれほどかサツマイモの栽培に長けているか、狩猟民のマリン(Marind)の人びとの鹿笛を使った猟がいかに優れているのか、タブラヌスの刳(く)り舟に彫られた彫刻がどんなにか抽象図案を巧みに使うか、こうしたことはほとんど伝わっていない。暮らしの知恵や技術、そして芸術性をいかに持ちあわせようとも、パプアは「未開」で、開発の対象でしかない」。

 学ぶ姿勢を持っている者から、学ぶことは多い。とりわけ著者のように、「小さな民」とともに学ぶという発想のある者は、全身で学ぶことができる。本書は、題名の通り、著者がパプアの森から、海から、人びとから学んだ報告である。「そんなパプアにまだ何度も行きたいと思っている」願いは、パプアから届いた「泥臭く苦いタブラヌスの「秘薬」をしかめ面で、しかしうれしそうに飲んで」も叶わなかった。

 本書「あとがき」は、つぎのことばで締めくくられている。「多くのパプアの友人たちに助けられてわたしのパプア浸りが成り立っている。この人たちがみないつまでも元気でいることを願って本書の幕を引くことにする」。著者の人生の幕は引かれたが、その「まなざし」は葬儀に参列した人びとはじめ多くの人びとに受け継がれている。合掌。

→紀伊國屋ウェブストアで購入

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://booklog.kinokuniya.co.jp/mt-tb.cgi/5309