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2013年06月11日

『南極条約体制と国際法-領土、資源、環境をめぐる利害の調整』池島大策(慶應義塾大学出版会)

南極条約体制と国際法-領土、資源、環境をめぐる利害の調整 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 南極条約は、1959年に作成され、61年に発効した。その後、人の住まない宇宙や深海底などにかんする条約(67年宇宙条約、82年国連海洋法条約など)に影響を与えたという点で、ひじょうに重要な意味をもつだけでなく、平和という意味で63年の部分的核実験停止条約、68年の核兵器拡散防止条約など軍縮にも大きな貢献した。まだ世界大戦の傷が癒えず、冷戦のなかで戦争回避を真剣に考えた結果だともいえる。その南極条約採択時の精神は、南極にたいしては今日まで続いているように思われる。しかし、近年、無人島や暗礁など、通常では人の住めない空間への排他的権利の主張が、ここかしこで聞かれるようになった。今一度、南極条約採択時の精神に戻れば、このような主張はしないはずである。そんなことを考えながら、すこし古い2000年発行の本だが、南極条約採択時の状況を知りたくて手に取った。

 「本書は、我が国において初めて、南極に関わる国際法の発展の歴史と南極条約体制全体を総合的かつ包括的に研究したものであり、その全体が、南極条約成立までの歴史的経緯(第1部)、南極条約の概要及び基本原則(第2部)、南極条約体制の成立・発展の過程とその内容(第3部)、及び同体制の抱える課題(第4部)の計4部で構成されている。全体としては、領土、資源(生物資源及び非生物資源)及び環境に関わる利害の対立を、南極条約当事国が中心となって、どのように調整し、南極という場所及び南極に関わる諸事項を管理してきたか、という点を国際法の生成・発展という視点から考察することに主眼が置かれている」。

 国際法を専門とする著者、池島大策は「南極に関する国際法の発展において特に顕著なことは、当該区域に固有の法として発展してきたその歴史と制度である」とし、つぎの2点を挙げている。「第1に、南極大陸だけが人類の領土獲得競争において地球上で唯一取り残された場所であるという点である。確かに、宇宙空間や深海底区域などの場所も国家による領域権取得の対象として考えられたこともあったが、これらの場所は、現実的には人間が通常、居住し、活動を行う場所としては時期尚早であるとみられている。自然条件による制約を別とすれば、南極は人間の居住や活動の可能な場所として、政治的にも法的にもその占める重要性は決して低くない」。

 「第2に、南極が世界の注目を集めてきたのは、領土問題、科学上の関心、資源問題、そして環境問題という順に、南極をめぐるトピックが変遷を遂げてきたことに主な理由があるように思われる。南極については、科学的にも未知の部分が少なくない。しかも、南極が置かれている状況は、その未知の部分をめぐって国際社会を巻き込み、何らかの国際的な対応を我々人類に迫るものであるといえよう。まさにこの局面において、国際法が作用する余地を生じることになる」。

 また、南極を研究するにあたって、つぎの3点の問題が生じると述べている。「第1に、南極という特殊な場所をめぐる歴史とはどのようなものであったのか、である。第2に、南極を現在規律している法制度、すなわち現行法は何か、である。第3に、現在どのような課題をもち、将来いかなる展望をもちうるか、である」。

 南極の領土権を主張する国ぐには、つぎの3つに分類されている。まず、歴史的経緯から領土権を主張している7ヵ国(英国、ニュージーランド、フランス、ノルウェー、オーストラリア、チリ、アルゼンチン)を「クレイマント」と呼ぶ。つぎに、「クレイマントの領土権又はその請求権を否定しながら、他方で、自国の領土権又はその請求権を慎重に留保する姿勢をみせてきた」米国、(旧)ソ連を「潜在的クレイマント」と呼ぶ。そして、日本、ベルギー、南アフリカ共和国など、「クレイマントの主張や請求権を否定し、認めない」国ぐにを、「一般に、潜在的クレイマントとともに、「ノンクレイマント」」と呼ぶ。

 このようにそれぞれ考えの違う国ぐにが、妥協しながら、南極条約に合意したことの意義を、著者は「締結交渉のプロセス」のなかに見いだし、つぎの5つにまとめている。「第1に、クレイマント、潜在的クレイマント及びノンクレイマントのすべての関係国を含む国家が、国連の枠外で合意に達したことである。南極条約は、南極の領土権紛争を始めとして、様々な事態に関わる国をもれなく当事国として内包している。また、これらの当事国には、国連安全保障理事会の常任理事国でありかつ核保有国である米、旧ソ連、英、仏の大国4ヵ国が含まれている。さらには、同条約は、国連を通じたいくつかの国際化の提案があったものの、結局は国連との関わりを経ることなく、作成され、締結された。この点は、後に、第三世界の国々が国連という場を利用して、主として南極条約によって規律されている南極の現状を批判する原因の1つにもなっていると考えられる」。

 「第2に、冷戦という東西対立を乗り越えた合意であったことがあげられる。第2次世界大戦の終了後に現れた冷戦構造の下では、米国と旧ソ連をそれぞれの陣営の盟主とする西側諸国と東側諸国との対立が厳しかった。その中で、旧ソ連が南極の問題に関わっていたことは、領土権をめぐる対立をさらに悪化させ、南極を国際紛争の表舞台に引きずり出すおそれもあったことを想起させる。しかし、条約締結に至る当時の国際情勢が一時的な緊張緩和の雰囲気に包まれていたことも手伝って、東西対立の余波を受けずに済んだだけでなく、同条約が軍縮条約の中でも評価の高いものであることなどは、注目すべきことである」。

 「第3に指摘できることは、クレイマント内部の強硬派を抑えての国際化に成功したことである。アルゼンチン及びチリの南米2国は、「アメリカン・セクター」の設定に代表されるように、共同歩調をとって南極の国際化に強硬に反対し続けてきた。セクターの重複する英国との度重なる摩擦は、既に指摘したとおりである。しかし、最終的には、両国も、クレイマントの地位を害さないことを確認することで、条約の当事国となった。そして、政治的な妥協によりこれらの2国を含めて、条約は成功裏に締結された」。

 「第4に、科学的協力を契機とする合意であったことも指摘できる。IGY[地球観測年]による国際的な科学協力への呼びかけが、南極条約作成の気運をもたらした根底にあったことは既に述べた。科学という学問及びその実践(知識の追求)が、1つの国にとどまるものではなく、国際社会全体に関わることは改めてここで指摘するまでもない。科学の分野における国際協力という、一見中立的な性格のように思われる事業であったことは、たとえ各国の本心がどうであれ、結束を容易にし、協力を加速させるに十分であったといえよう」。

 「第5に、国際化の動きが生じてから比較的短期間に合意に至ったことにも注意したい。上述したように、南極における領土紛争は、約半世紀の歴史を有するものであるが、国際化の本格的な動きは1950年代後半以降から末にかけてであったことに鑑みると、わずか2、3年のうちに合意に達したことは、非常に興味深い。領域的国際化の例によくみられるように、戦後処理の慌ただしい中で領土決着が短期のうちに行われることは少なくない。これに対して、南極条約の場合は、短期間ではあったが、一方的な圧力により慌ただしい雰囲気の中で強制的に締結されたという事情はあてはまらない、と言わざるを得ない」。

 だが、南極条約には曖昧な箇所が多く、微妙なバランスのなかで、守られてきたということができる。著者は、つぎの4つの点を指摘して、全体の結論に代えている。「第1に、国家の領土主権は、国際法上、最も重要な事項であり、最大限尊重されるべき価値であるが、南極の場合には、領土権の問題を棚上げにすることによって、一定の地域ないし区域を国際的に管理することを可能とした、という点に特色がある」。

 「第2に、南極条約体制は、ある特定の場所及び事項を規律する条約を中心に拡大し発展し続けた条約レジームであるという意味で、国際法の歴史の中でも非常に珍しい法現象であるということができよう」。

 「第3に、確かに、南極条約体制も国家間の条約を中心とした合意に基づく制度であり、一般的には条約の非当事国を拘束するものではない。しかし、実際には、南極に関して利害関係を有する国々がほぼすべて南極条約の当事国となっていること、米国やロシア(旧ソ連)のみならず、国連安全保障理事会の常任理事国のイギリス、フランスが原署名国として加わっており、中国も南極条約協議国会議の構成国となっていること、開発途上国の中でも中心的な存在といわれるインドやブラジルも同協議国会議を構成していること、などの事実は軽視できないであろう」。

 「最後に、南極条約体制の今後の展望については、内部的調整のみならず、外部的調整を含む、人類全体の英知に懸かっているということができよう。南極をとりまく自然環境は、南極だけに関連するわけではなく、今日では、地球規模の影響を及ぼすことが広く知られている。南極の環境保護は、ひいては、地球全体の環境保護に関わる問題であることに鑑みれば、南極条約体制内部の問題にとどまらず、国際社会全体が一致団結して取り組まねばならない課題であろうと思われる」。

 ここで注目すべきは、南極と対極にある熱帯の東南アジアから、1982年に採択された国連海洋法条約を契機として、「共通利益地域」としての南極にかんする主張があったことである。マレーシアのマハティール首相は、1982年の国連総会で、つぎのような一般演説を行った。「今や我々は海洋法についての合意を得たのであるから、国際連合は非定住地域の問題を明らかにするために会議を招集すべきであり、この地[南極大陸]に対してはあらゆる国が権利をもっていることを明確にしなくてはならない」。これより四半世紀前の1958年には、第1次海洋法会議の議長であったタイの皇太子、ワン・ワイタヤコンが、「開会の辞の中で、海域として採用されるべきすべての法的レジームは、「すべての者の利益のために」海洋及びその資源の保存を確保しなければならない」と述べている。多くの人びとが居住し、また行き交う東南アジアでは、古くから海を共有のものとし、排他的な占有を拒んできた。したがって、海洋と通商の自由の原則を慣習法としてもっている東南アジアの国ぐには、条約を結ぶまでもないと考えているかのように、南極条約を締結していない(2013年2月現在、協議国28、そのほかの締結国22)。

 このような万民共有物、国際広域、トラストといった人類の共同の財産としての概念に加えて、グローバル・コモンズという概念が、国際法上、脚光を浴びるようになったのは、1987年に「環境と開発に関する世界委員会」が国連に「ブルントラント報告書」を提出してからだった。この報告書では、「「地球は一つ」から「世界は一つ」へと意識の転換をすること(From One Earth to One World)が重要であると述べ、中でも共有する資源の管理をいかに行うかを論じ」た。たとえば、「伝統的な国家主権の形態から、『グローバル・コモンズ』とその共有する生態系-海洋、宇宙、南極-の管理において固有の問題が生じる。」と述べた上で、海洋法については、国連海洋法条約の批准をすべての国々に促し、乱獲防止のために漁業協定の強化を提唱する一方で、宇宙空間においては、静止衛星軌道の最も有効な利用と宇宙廃棄物の量の制限をめざして、宇宙の平和的利用のための体制の構築と運営の必要性を訴えている。最後に、1959年の南極条約に基づいて管理されている南極についても、将来に向けた新たな体制づくりを勧告している」。

 このグロバール・コモンズという概念は、人類の共同の財産に代替するものとして期待されるが、つぎのような限界があることも指摘されている。「人類の共同の財産は、非国家領域の場所(領域)や資源の占有や経済的な開発、それに対する国際的な管理・規制、及び開発途上国への配慮という側面を強調して、特に深海底及びその資源に関して国際社会に導入された概念であるところに特色があるといえよう。これに対して、グローバル・コモンズは、人類の将来の世代を考慮に入れて、非国家領域の環境保護の側面をより一層強調して、大気や気候などの地球的規模の事象までも広く含む概念として唱えられるようになった点に特徴がある。しかし、非国家領域の場所(領域)、資源及びその環境を指し示すために用語を様々に駆使してみても、これらの対象が具体的に何を指すのか、これらをいかにして国際法を根拠に規律するか(保護法益の特定、保護の方法、履行確保の方式などを含む)が明確にならない限り、グローバル・コモンズの概念も法的概念としてまだ発展途上にあるといわざるを得ない」。

 南極条約が合意したのも、曖昧さを残したからであり、そこにはいつ問題が発生してもおかしくない状況が存在する。それだけに、問題を発生させない努力がつねに必要となる。本書の副題である「領土、資源、環境をめぐる利害の調整」のための絶えざる対話が必要であり、いわゆる「靖國問題」や「尖閣諸島の国有化」は、いずれも対話を遮断する行為であったことがわかる。国際条約は国同士の信頼関係にもとづく「紳士協定」のうえに成り立っている。さらに、グローバル・コモンズを成り立たせるためには、「世界は一つ」の下、国が暴走しないために個々の地球市民が努力を積み重ねていく必要があることが、本書からわかる。

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