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2012年12月18日

『編集復刻版 南方開発金庫調査資料(一九四二~四四年)』早瀬晋三編集・解説(龍溪書舎)

編集復刻版 南方開発金庫調査資料(一九四二~四四年) →bookwebで購入

 南方開発金庫は、日本占領下の東南アジアで、事実上、中央銀行として活動した日本政府の金融機関である。占領地の資源開発のための資金を日本の軍受命企業に融資するなど、軍政に大きくかかわり、占領地の住民への影響も大きかった。その南方開発金庫が発行した調査資料200余点のうち、約4分の3の所在が明らかになった。日本占領地の金融政策や構造だけでなく、日本占領下の東南アジアの実相の一端がわかる貴重な資料が編集・復刻され、刊行が始まった。その推薦文5つを紹介する。

●幅広い分野を網羅する調査資料の復刻(慶應義塾大学名誉教授 倉沢愛子)
 「大東亜」戦争は資源の戦争であったといわれる。他にも様々な理由づけや思惑があったにせよ、この戦争の第一の目的は、日中戦争継続のための資源の獲得であった。しかしそれに向けて日本軍ならびに日本政府はどのような青写真を持っていたのか、そしてそれを実行するためにどのような戦略を立てていたのかを全体的に解明する作業は、非常に精力的になされてきたとはいえ、いまだに全貌が解明されているとはいえない。その意味で今回一五〇点もの南方軍政関係の第一次資料が復刻されたと言う事は、日本史の研究者にとっても、東南アジア史の研究者にとっても信じられないような朗報である。
 これらは、占領地において中央銀行的な役割を果たしていた南方開発金庫が行った調査であるから、通貨や為替問題が中心かと思いきや、経済全般、とりわけ資源状況(鉱業、林業、水産業他)、各種の生産活動の実態、さらに流通に関する調査データもたくさん盛り込まれている。とりわけ日系の企業活動に関するデータは詳細である。さらに狭義の経済問題を超えて、人口問題、教育問題、民族問題、村落構造などに関する調査も実施されていて、社会全体を分析するにも有効である。 南方開発金庫は、南方の占領が開始されたのち一九四二年四月に満鉄、横浜正金銀行、台湾銀行、陸海軍出身者たちが幹部となって開業されたものであるが、東京にあった本金庫には「調査部(のちに調査課)」が、またマライ、ジャワ、フィリピンの支金庫には「調査係」が置かれていたという。このことからも、調査という仕事にかなり力を入れていたことが分かる。これまで各占領地の軍政機構内に設けられた調査機関によって行われた調査記録はいくつか紹介され活用されてきたが、今回の資料は、一つの機関が占領地全体を視野に入れ、いずれの占領地に関してもある程度画一的な内容を網羅し、さらに比較の視点も交えて実施した調査である点が注目される。多くの研究者に様々な角度から活用して頂きたいと思う。

●『南方開発金庫調査資料』の刊行に寄せて(獨協大学名誉教授 波形昭一)
 毎年八月の「終戦の日」には全国各地で戦没者追悼の催しが行われるが、戦争体験者の参列が年々減っていると聞く。すでに終戦から六七年になる。それほどに時は過ぎた。今、「南方開発金庫とは?」と問われて即座に答えられる人は幾人いようか。「聞いたことがある」程度の答えでも、そうとうの高齢者でなければ不可能であろう。
 南方開発金庫は、対米開戦からおよそ四か月後の一九四二年三月に設立され、日本占領下の東南アジアで活動した日本の国策金融機関である。「南発(なんぱつ)」の通称で呼ばれたが、その活動期間(寿命)が短く、かつ活動領域が日本内地に直接及ばなかったためか、台湾銀行、朝鮮銀行、南満洲鉄道(株)(通称、満鉄)、東洋拓殖(株)(同、東拓)などに比べて、その名はあまり知られていない。しかし、南発こそまさに「大東亜戦争」の虚妄性を具現した象徴的存在だったのであり、その実相研究は今後さらに深められなければならない。
 ところで、このたび龍溪書舎から『南方開発金庫調査資料』が刊行されることになり、この快事を心より喜ぶとともに、ある種の感慨にひたるのである。というのは、筆者は二〇年ほど前、小論(「南方占領地の通貨・金融政策」伊牟田敏充編著『戦時体制下の金融構造』日本評論社、一九九一年)をものする機会があり、当時、南発に関する生資料の蒐集にひどく苦労したからである。今回刊行される『資料』は、南発の調査課ないし資料課による「南方」情勢調査類が中心であるから南発自体の活動状況を直接に語るものではないが、日本占領期の東南アジア諸国諸地域における金融・通貨・物価・企業・産業資源・土地・農業・貿易などの経済事情はいうまでもなく社会・人口・教育事情にまで及ぶ調査類であり、そのほとんどがこれまで未利用のものである。その意味で、今後の戦時期東南アジア研究に果たす本『資料』の価値を信じて疑わない。

●南方開発金庫調査資料から拡がる世界(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授 村嶋英治)
 南方開発金庫は、日本占領地の国策金融機関として知られる。しかし、その調査対象は、日本の同盟国であったタイ、フランス植民地政府と共同統治していたインドシナなどにも及び、支金庫のあったマライ、ジャワ、比島、スマトラ、ビルマ、北ボルネオ、南ボルネオ、セレベス、小スンダ、ニューブリテン、東ニューギニア、西ニューギニアを超えて、「大東亜共栄圏」あるいは「南方共栄圏」を視野に入れていた。また、中央銀行としてだけでなく、開発銀行としての役割を担うことになったため、占領地および占領地と密接な関係にあった周辺諸国・地域の社会・文化構造の把握にも努めた。
 おもな資料シリーズとして、金融関係の「金調」、経済関係の「経調」、産業関係の「産調」、貿易関係の「貿調」に加えて、社会関係の「社調」があった。さらに「経調」には「邦人企業概観」、「社調」には「政治組織概要」、「財政概要」シリーズがあって、タイ、インドシナも含まれた。個々の調査は、占領地の個別の国・地域や産業を扱うとともに、「共栄圏」全体を把握しようとしており、日本が「共栄圏」でめざしていたものの一端が垣間見える。さらに、「共栄圏」内にすでに存在していた地域としての人的、物的交流が見えてくる。当然、これらの国・地域は、戦前欧米帝国主義諸国とも深いかかわりがあったため、世界ともつながっていた。
 南方開発金庫の役員は、日本銀行のほか南満州鉄道株式会社、横浜正金銀行、台湾銀行の出身者からなり、行員については当初日本銀行から派遣された四二人などが就いた。当時の日本の金融関係のエリート集団が、調査にあたっていた。それだけに、社会や文化にたいする洞察力も鋭く、当時の東南アジアの社会などを理解するための基礎資料となるものを残している。これまで、個々の研究者が専門に基づいて部分的に使用されてきた資料を、まとめて読むことによって相対化でき、新たに読み込むことが期待できる。わたしも、専門であるタイから視野を拡げて、考察できることを期待している。

●南方共栄圏の網羅的調査の復刻に期待します(首都大学東京大学院社会科学研究科教授 山﨑志郎)
 太平洋戦争期の南方共栄圏の経済実態は、戦時経済研究が盛んになる中でも依然として不明な点が多い。南方開発金庫は、フィリピン、マレー、スマトラ、ジャワ、ビルマ、北ボルネオ等の経済開発資金の融資や現地通貨の供給を目的に一九四二年三月に設立(四月業務開始)された。開設から一年間は現地日本軍の使用する軍票の借り入れと、国内での債券発行によって運用資金を調達したが、二年度からは現地通貨表示の南方開発金庫券の発行が認められ、中央銀行と開発銀行の役割を担うことになった。同金庫は、現地通貨、軍票を回収するとともに、現地金融機関の預金、政府機関の資金を預金として吸収した。各地の業務では、フィリピン、マレー、ビルマでの復興と開発のための融資が大きな比重を占め、これに現地金融機関への融資、現地政府・軍への貸し上げなど、二十数億円相当の融資業務があった。日本国内では、預金部・地方銀行・保険会社からの借入金、債券発行、日銀借入などによって調達した円資金を、南方開発に携わる日本企業に対して五億円ほど融資した。しかし、最大の資金運用は、一一一億円に上る現地通貨表示で発券した南方開発金庫券の軍貸し上げであった。このようにして設立から三年余の間、南方での軍の支出を通じた膨大な通貨供給と、開発資金融資を担った。
 通貨・金融業務と並んで、南方経済調査も盛んに行っていた。南方調査では、大東亜省、台湾総督府といった政府機関、台湾銀行、横浜正金銀行といった政府系金融機関、南洋経済研究所、南方植産資源調査会、日本南方協会などさまざまなシンクタンクも報告書を作成しているが、開発の最前線にいた南方開発金庫の調査記録が今回可能な限り網羅され、復刻される意義は大きい。本資料集に収録された調査報告は各地から定期的に送られたデータを基にしており、南方諸地域に関するバランスの取れた総合的調査記録になっている。太平洋戦争の開戦準備と並行して南方経済開発構想が本格的に進展し、物資動員計画においても重要資源の開発輸入が喫緊の課題となった。こうした占領地開発と統治政策の基礎になるのが、これらの報告書であった。この資料の刊行を機に戦時下のアジア地域研究が一層活発になるものと期待される。

●「南発」資料集成という偉業(京都大学名誉教授・中部大学特任教授 山本有造)
 南方開発金庫いわゆる南発は、南方占領地の開発銀行をめざして一九四二年三月に設立された。しかし各種「軍票」に代替する不換銀行券「南発券」を発行することになって、作戦資金および物資買付け資金を乱発する軍の御用機関となり、現地における資源収奪とインフレ昂進の源泉となった。
 編者・早瀬晋三教授はフィリピン史の専門家であるが、いまや東南アジア全域にわたる文献資料に関する該博な知識、さらにはフィールドワーカーとしての広い活動でも知られている。私にとっては、東南アジアの歴史と現在についての、文献と実状についての情報の「宝箱」のような存在である。その彼が、「フィリピン関係文献目録」についで、龍溪書舎から「南発」関係資料集成を刊行するという。
 「南発」資料の体系的な整理が難しいのは、ひとつには本金庫が東京、支金庫がマライ、ジャワ、比島、ほか南方各地に一二、さらに支金庫の下に出張所があるというその余りにも広範な配置にあり、またもうひとつには、その生涯が短すぎて、(当時の多くの国策機関に見られるような)刊行物一覧に類する目録類がないことである。
 早瀬教授は、その持ち前の知識と粘りとフットワークでおよそ二〇〇点の出版物のうち、現物で確認出来た一五〇点を復刻されている。丁寧な解説が付いているのはもちろんであるが、地名・事項索引も付くという。この資料により一九九〇年代で一段落している「南発」研究にも新しい光が当てられることになろう。私も少しずつ「大東亜共栄圏」研究に歩を移そうと思っている。「南発」資料集成の刊行が大いに楽しみである。

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