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2012年12月04日

『僕らが育った時代1967-1973』武蔵73会編(れんが書房新社)

僕らが育った時代1967-1973 →bookwebで購入

 本書は、武蔵高等学校中学校卒業40周年記念論集で、7人の編集委員による座談会、16人の執筆者による論稿と31名のアンケート回答からなる。武蔵高等学校中学校の「建学の精神」「武蔵の三理想」は、「1.東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物 2.世界に雄飛するにたえる人物 3.自ら調べ自ら考える力ある人物」で、かれらが在籍した1967-1973年当時、「開成と麻布に並ぶ「御三家」と称され、高い東大合格率を誇るエリート校のひとつだった」。世代的には、60年安保世代や「団塊の世代」の後の「ポスト団塊世代」にあたる。

 この6年間をかれらはつぎのように捉えていることを、「刊行にあたって」の冒頭で述べている。「一九六七年から一九七三年までは、日本の政治、経済、文化、芸術等において激動の時代だった。戦後の復興をひとまず成し遂げた日本は、経済的に先進諸国に追いつき、国際的にも認められるようになった。その象徴的なイベントは一九六四年に開催された東京五輪である。東京の街は整備され、東京と大阪を結ぶ新幹線が開通し、日本列島の距離は一挙に縮まった。そして奇妙な安定期に入ったこの時代に、文化や芸術はすでに退廃的な爛熟期を迎えていた。それは来るべき時代への期待と不安がないまぜになった揺籃期だったのかもしれない。いずれにしても、稀にみる「激しい季節」であったことは間違いない」。

 本書は、1年間月1回のペースで編集会議を継続的におこなった成果で、座談会「われわれは武蔵で何を学んだのか」に議論されてきたことが集約されている。そして、3・11東日本大震災を機にスタートした意味を、編集委員を代表して西谷雅英(読者によっては、筆名西堂行人のほうが馴染みがあるかもしれない)は、つぎのように「あとがきにかえて」で語っている。「こうした時期だからこそ、われわれの人生にとってもっとも根源的であった時代に遡って語り継いでいこうと考えたのだ。現代の表層的な危機を憂いていても、何も始まらない。まず過去に立ち返り、考えてみる。それによって初めて未来への提言が可能になるのだろう。中学高校時代を過去へのノスタルジーにしてはならない。過去から現時点を概観することで、ようやく未来を語れるのだ」。

 50代後半になり、すでに一線を退いて第二の人生を模索している者もいれば、組織のトップとして重責を担っている者もいる。いずれによ「今の仕事を始める前の準備期であり、今につながる時間の胎動期」を共通体験した同窓が、「明日への希望を感じると同時に、われわれの責任も痛感」しながらまとめたのが、本書である。「共通経験である武蔵在学中の日常生活や遭遇した事件等がさまざまな形で検証されていった。その過程で、埋もれていた記憶が次々と掘り起こされ、同時に自分たちが直面している現在と重ねられていった」成果でもある。

 わたしは大阪の公立高校「御三家」出身で、かれらのひとつ下の学年である。大阪と東京、公立と私立中高6年一貫の違いも大きいが、学年ひとつの違いもこの時代は大きいように感じた。東京で中高一貫のため、かれらはすこし「オマセ」だったのかもしれない。本書の編集委員のひとりが大学の先輩で、論稿執筆者の別のひとりが同じ地域の研究をしているため、より具体的にわかる部分があった。いま多くの同窓会でメーリングリストが開設されているように、わたしの高校同期にもある。同い年で3年間同じ「空間」を共有した者が、なんの前提もなく語ることができる場でもある。それを外に向けて発信することは、簡単なことではない。本書は、同じ世代に読ませたい1冊である。また、1970年6月20-23日の反安保闘争にかんする高校1年D組の議事録は、いまの高校生、大学生に読ませたい貴重な記録である。

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