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2012年10月30日

『「境界国家」論-日本は国家存亡の危機を乗り越えられるか?』小原雅博(時事通信社)

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 著者、小原雅博は、在シドニー日本総領事である。これまで、「アジア局地域政策課長、経済協力局無償資金協力課長、アジア大洋州局審議官などを務め」た外交官である。著書に、学術書に近い『東アジア共同体』『国益と外交』のほかに、『外交官の父が伝える素顔のアメリカ人の生活と英語』『15歳からの外交官が書いた国際問題がとりあえず全部わかる本』といった中高生を読者対象としたもの、中国人を読者対象として中国語で出版した『日本はどこへ向かうのか?』、そして、本書と「併せ手に取って」欲しいという新書『チャイナ・ジレンマ』がある。

 「本書はアジア外交に携わった者の回想も交えた個人的な思索の集成でもある」と著者は「あとがき」で述べ、つづけて著者の思いを読者と共有したいと、つぎのように述べている。「大復興」する中国と「アジア回帰」する米国との狭間に位置する「境界国家」日本の戦略は、明治以来の「アジアか欧米か」という二者択一ではなく、日米同盟と「日中協商」を共に追求する二者両立でなければならない。それは「境界国家」日本にとっての「究極の選択」であり、「外交の真髄」でもある。日本、アジア、そして世界へのインパクトを語り、激動する東アジア秩序の展開と展望を語ることによって、日本の置かれている客観的状況を明らかにし、日本に何ができ、何をしなければならないか、を論じたつもりである。外交の現場に身を置いた者が何を考え、何をしたか、本書でその思いを少しでも共有していただき、共に日本の再生に向けて力を合わせてくださればそれに勝る喜びはない」。

 著者は、「悲観的になる必要はないが、日本は「まだまだ大丈夫だ」とか、「いや世界で最も好かれている」とか、甘い認識を振りまくのは無責任だ」という。そして、現状をつぎのように認識している。「今やアジアの中心に中国がいる。「世界第2位の経済大国」で通用する時代は過ぎた。インドやブラジルなどの新興国も日本を追い上げている。一方の日本は、相対貧困率が15%を超えて先進国中トップの水準である。ワーキングプアは641万人に達した。国力の低下は外交の足腰も弱める。政府開発援助(ODA)は削減が続いている。かつて世界一の援助国として途上国の期待に応えた日本のODA額は、今や5位に後退した。文化予算は中国の5分の1で、韓国より少ない。海外に留学する学生もめっきり減って、世界の知価をリードするハーバードやケンブリッジといった海外の名門大学で日本人学生を見つけるのは至難の業だ。今や日本の存在感は悲しくなるほどに希薄になっている」。

 そのような状況を打破するためには、「国民が強い危機感」をもたなければならない、と何度も強調し、つぎの「2点を読者の方々に知っていただき、アジア太平洋の「境界国家」である日本の外交戦略と経済再生に向けた日本の国家戦略について、国民的議論を高めてほしい。それがこの本を書くに至った私の思いである」と述べている。「第1に、日本のしたたかな東アジア外交であり、私が外務省入省以来一貫して自らに問い続けてきた命題、すなわち日米同盟と「アジア重視」の「共鳴」を目指す外交戦略である」。「第2に、目覚ましい成長を続ける東アジアの統合プロセスに参画していくことによって日本を変革し、日本を再生するという国家戦略である」。

 本書に何度も出てくることばに、「慫慂(しようよう)」がある。『広辞苑』には、「傍から誘いすすめること」とある。あくまでも国民が主体であって、外交官の役割は「傍から誘いすすめること」にあるといっているようだ。著書は、つぎのようにも述べている。「国民を大事にしない国家はいずれ滅びる。太平洋戦争への道はまさにそれに絵を描いたような歴史であった。しかし、自分たちの国家を大事にしない国民もまたいずれ滅びる。国民が主人公である民主主義国家において、自らの選んだ政府をひたすらこきおろすだけのワイドショーに留飲を下げているだけではこの国の未来はない。何が課題で何をすべきなのか、そのために国民一人一人がどう声を上げ、どう行動すべきなのかを自らの問題として考え、社会を動かし、政治を動かす必要がある。世界中で機能不全に陥った観のある民主主義は、政治家任せではなく、圧力団体主導でもなく、「サイレント・マジョリティー」となってしまった圧倒的多数の国民の意識改革にかかっている。危機感を共有し、世界に目を向け、アジアに「国を開く」べく意識変革を行い、日々の生活でそれを実践していくことが、この国を目覚めさせ、奮い立たせ、再生させることにつながる」。

 著者が本書で国民に求めていることは、至極もっともなことばかりだ。判断するだけの基本的知識をもたない「サイレント・マジョリティー」にたいして、本書が書かれたことも頷ける。問題は、「サイレント・マジョリティー」は本書のような本を読まないし、議論もしないことだ。民意を軽視することはもってのほかだが、民意を信頼しすぎ、あてにすることも危険だ。危機感をもって民意を向上させるためになにをしなければならないかを考えることも必要だが、民意が向上しない場合にどうするかという対策も必要な深刻な事態に陥っている。このままだと、「独裁者」が出現すると「サイレント・マジョリティー」が文字通り黙ったまま従ってしまう。「世界中で機能不全に陥った観のある民主主義」をどう立て直すかが急務の課題であるが、その解決はもはや外交だけでは無理だろう。かつてのような狭義の外交だけではなくなっている。芸能やファッションなど、文化的なものはすでに「国境」を意識しなくなってきている。経済もTPPなど「国境」をなくす試みが活発である。政治だけが、時代に乗り遅れている。とくに東アジアでは、世界や地域が国家に負けず劣らず重要になっている時代に、国民統合や愛国主義が取りざたされている。国家を軽視するというのではなく、総合的に考えて、どう具体的に発言し行動するかが、ひとつの鍵になっている。Win-Winな関係が求められているなかで、両敗倶傷になる争いは避けたい。そのためにも、本書のような外交の現場からの「声」を大切にしたいが、それをどう国内外の民意と結びつけるかが大きな課題となっていることは、本書からも明らかだろう。

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