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2012年07月31日

『地域・生活・国家』水島司・和田清美編(日本経済評論社)

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 本書は「21世紀への挑戦」全7巻の1冊で、「刊行にあたって」本シリーズが目指したのは、「人類史、社会史の劇的変化の解明」である。ほかの6巻のタイトルは、つぎの通りである:「哲学・社会・環境」「グローバル化・金融危機・地域再生」「日本・アジア・グローバリゼーション」「技術・技術革新・人間」「社会運動・組織・思想」「民主主義・平和・地球政治」。それぞれ3つのキーワードのもとに、「進行している人類史、社会史、ひいては歴史総体の変動とそれが抱える問題を解き明かす突破口を開いて」いこうとしている。

 本巻のキーワードは「地域・生活・国家」で、「地域と国家を両端に置き、その間に生活を置くという配置となっている。それは、個の営みである生活という視点から見た場合、それが地域および国家とどのような関係をもつべきか、地域と国家との関係は生活を挟んでどうあるべきか、国家の主権と地域の自治、あるいは中央集権と分権という問題にまで踏み込んだ場合、両者の間にどのようなバランスが築かれるべきかなどの問題が、より鮮明に浮かび上がるであろうと期待するからである」。「国家、より正確には国民国家」の存在感は相対的に低下してきているとはいえ、「なお、何よりも強力に共同性を主張し、かつそれを実体化させる強制力を有している」。そして、それにとってかわる地域像や地球像が、まだ明確にみえてきていない。本巻は、「国家からグローバルに至る重層的な諸関係が埋め込まれており、むしろ身近な生と生活空間に関わる具体的な事例から出発することによって、私たちが生きている社会の構造」をみようとしている。

 「本巻で扱われる事例は、主として日本からのものであり、生活の諸側面から地域と国家との関係を扱っている。しかし、それらの事例は、決して日常的なレベルの問題としてとりあげられているのではなく、私たち、および、ともすれば「私たち」の意識には含まれてこない人々も含めて、この二一世紀初めの時点で生きていくことの意味と、その向かう先について考察するためにとりあげられた題材なのである」。

 具体的には、つぎの8章である。「第1章 自治体における健康・医療行政の可能性-岩手県沢内村を事例として」「第2章 「障害と開発」と地域社会の戦略-ケイパビリティ・アプローチと社会関係資本の視点から」「第3章 教育の拡大と国家役割の縮小-高等教育機会の地域間格差」「第4章 外国人への言語支援と地域資源-奈良県の夜間中学を事例として」「第5章 生活の環境問題とエコロジー」「第6章 開発と環境」「第7章 戦後の住宅事情と二一世紀の居住政策の課題」「第8章 コミュニティ形成・まちづくりの系譜と現代的位相-地域、分権、自治、国家の二一世紀的展開」。

 編者のひとり、水島司は「序章 生活、地域、そして国家」で各章の紹介をした後、つぎのように「序章」を結んでいる。「『地域・生活・国家』と題する本巻は、以上簡単に紹介してきたように、医療、教育、障害、環境、居住、まちなどの題材をとりあげ、生活の中から地域と国家との関係を論じ、最後にコミュニティ、共同体の真のあり方とは何かという問題を政策論との関係で論ずる形で終始させた。「ここに、今、共に、ある」ということの意味を考えようとする読者からの批判を乞うてやまない」。  本書を読んで、結局国庫に納めている税金が有効に使われていないことが、問題の基本にあるように思えた。その解決のひとつは、第1章で示されていた。国家が保障してくれない生活を村の決断で決めた事例である。「税金が上がるかもしれない。他の事業を抑えないといけないかもしれない。こうした切実な問題を何回も話しあって、納税者である村の人たちも議員も意を決して日本で最初に老人医療無料化を決めたのである」。

 税金は、なんのために使われるかわからない「とられる」意識があるかぎり、納税者の不満はおさまらない。税金がどのように使われるのかを納得したうえで納めることが重要になる。いまの日本の社会を維持していくためには、消費税10%でも追いつかないことは、ちょっと考えればわかることである。今後、20%、30%と増加していくにさいして、地方自治体に直接納めることを含めて、議論し、住民が自分の生活を守るためになにに「投資」するのかを考えねばならなくなる。「納める」ではなく「投資する」という意識から、空約束と「ばらまき」をするポピュリズムに打ち勝つ民意が生まれる。本シリーズ第7巻で議論されている「民主主義」の発展は、コミュニティ形成・まちづくりにも不可欠なことである。

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2012年07月24日

『戦争の記憶とイギリス帝国-オーストラリア、カナダにおける植民地ナショナリズム』津田博司(刀水書房)

戦争の記憶とイギリス帝国-オーストラリア、カナダにおける植民地ナショナリズム →bookwebで購入

 オーストラリアやカナダは当然独立国で、歴史的にイギリスとのかかわりが強い、くらいにしか一般の日本人は思っていないだろう。『世界史小辞典』(山川出版社、2004年)をみると、オーストラリア、カナダは、それぞれつぎのように説明されている。オーストラリアは、「イギリス連邦内の独立国。...1901年よりオーストラリア連邦を形成して、イギリス帝国内の一自治領となった。...2度の世界大戦に参戦することにより国家意識が強くなり、51年、ニュージーランドとともにアメリカとのANZUS条約を締結する」。カナダは、「1931年のウェストミンスター憲章で外交自主権を獲得し、...1982年憲法で名実ともに独立した」。ニュージーランドは、「1947年、ウェストミンスター憲章を承認し、完全に独立した」とある。しかし、1988年に「建国200年」を祝したオーストラリアの独立は、明記されていない。

 本書は2度の世界大戦参戦を契機に、アメリカ合衆国の台頭もあって、イギリス帝国とドミニオン(白人自治植民地)とのあいだで「右往左往」するオーストラリアとカナダのナショナリズムを追っている。著者、津田博司は、その論点をつぎのよう整理している。「帝国意識の概念が内包する「イギリス帝国への帰属意識」、「トランスナショナルな帝国的アイデンティティ」という要素に目を向ける。さらに、大戦間期に成立する戦争記念日を「学習された帝国意識」が表出する場としてとらえた上で、帝国意識そのものだけでなく、その意識を強化・解体する論理の変遷をたどる。そこでは、二つの世界大戦以降のイギリス帝国をめぐる政治的状況、戦争の記憶を通じた帝国規模の紐帯と植民地ナショナリズム、脱植民地化に代表される世界規模の動向といった、複数の位相の相互関係が論点となるだろう」。

 そして、本書の最終的な目的を、「序論 イギリス帝国の紐帯と二つの世界大戦」の最後でつぎのように述べている。「「帝国の総力戦」の記憶は、イギリス帝国を取り巻く状況に応じてその文脈を読み替えられながら、多文化主義化するカナダおよびオーストラリアのアイデンティティに適合的な物語へと変容している。そうした読み替えのダイナミズムを検証すること」である。

 本書は、序論、3部8章、結論からなる「歴史上の「記憶」をテーマにした研究書」である。本書の構成は、つぎの通りである。「第一部「大戦間期における戦没者追悼と「記憶の空間」」では、イギリス本国における休戦記念日の成立過程を検証し、そこで確立された戦没者追悼の様式が二つのドミニオンへと普及する過程を追うことで、第一次世界大戦の記憶と帝国規模の連帯意識の関わりを論じる。続く第二部「第二次世界大戦と「ブリティッシュネス」の拡散」では、まずイギリス本国での平和主義の進展と宥和政策の破綻、新たな大戦による帝国的な「記憶の空間」の変容について考察する。続いて第二次世界大戦中から戦後にかけてのオーストラリアに着目し、政治外交史的な文脈での構造変化が進む一方で、帝国への帰属意識に基づくアンザックの伝統が継続したことを明らかにする。さらに、第二次世界大戦直後のカナダ国旗をめぐる議論を通して、帝国的アイデンティティが依然として存続するなか、反イギリス的なナショナリズムが萌芽する変化を示す。ここでは、両ドミニオンにおける「ブリティッシュネス」に基づく国民統合が焦点となる。第三部「脱植民地化と「新しいナショナリズム」」では、第二部でのカナダ国旗をめぐる議論を前提として、一九六四年の「大国旗論争」を紹介し、多文化主義と新国旗の制定の関わり、戦争の記憶への新たな意味づけを概観する。さらに、同時期にヴェトナム戦争を戦っていたオーストラリアを対象として、脱植民地化を志向する「新しいナショナリズム」がアンザック・デイを批判(あるいは包摂)する軌跡を描き出す。終章である結論「帝国の終焉と多文化主義化する戦争の記憶」では、一九九〇年代以降の多文化主義社会における戦争の記憶の変容を分析した上で、本書全体の議論を総括する」。

 その「結論」は、つぎのように結ばれている。「オーストラリアおよびカナダは、それぞれの連邦成立を基準として考えれば、比較的「歴史の浅い」国家である。しかし、だからこそ両国は、「近代」という時代の申し子として、国民国家と帝国主義、さらには多文化主義と脱植民地化といった、現代世界を特徴づける要素が濃密に絡み合った歴史を有している。本書が論じてきた世界大戦の記憶の変遷は、こうした歴史の展開の縮図としてとらえることができるだろう。両国におけるナショナル・アイデンティティの重層性やそれがもたらす軋轢と変容は、近代的な「想像の共同体」の本質を如実に示すものだと言える。本書で得られた知見が、イギリス帝国という空間や帝国史というディシプリンの枠組みを超えて、多様な分野でのナショナリズム研究に資することを願ってやまない」。

 1931年のウェストミンスター憲章で自治領として認められたドミニオンは、6つある。それぞれ自治領となった時期が違い、1867年にカナダ、1901年にオーストラリア、07年にニュージーランド、10年に南アフリカ連邦、17年にニューファンドランド、22年にアイルランド自由国が認められた。これら6つのドミニオンと「コモンウェルス」とよばれる旧植民地を含むイギリス連邦全体のなかで、本書の議論はどう位置づけられるのだろうか。「イギリス帝国」は、歴史学の研究対象としてあまりにも巨大である。本書がその一角に挑んだことで、つぎへすすむことができる。著者もそのことがよくわかっているのであろう。「結論」では、「求められる」「願ってやまない」という他人事のような表現がある。ひとりではとてもかなわない領域に踏み込んだ、著者の今後の研究に期待したい。

 また、多文化共生のモデルとされてきたオーストラリアやカナダで、いま多文化主義の「終焉」「消滅」「後退」などといわれるようになってきている。それは政策として失敗したのではなく、成功した結果だともいわれている。本書でも、多文化主義ということばが何度も出てきた。この現実と本書の議論は、どう絡むのだろうか。それは、「帝国」を越えた問題なのだろうか。今後の行方にも注意したい。

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2012年07月17日

『警察』林田敏子・大日方純夫編著(ミネルヴァ書房)

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 どこの国の警察も同じようなものだと思って、歴史書を読んでいると、よくわからないことがあった。同じ国なのに地方によって役割が違っていたり、軍隊との区別がつかなかったりで、疑問に思ってはいたが、そのままにしていた。そんな疑問が、本書によってすこし解消できたが、奥深い問題があり、このシリーズ「近代ヨーロッパの探求」にふさわしい、警察を事例として「近代」がみえてくることがわかった。「近代」は合理的、単純化して考える傾向があるだけに、「近代」だけみているとわかった気になるが、本書のように近世からの流れをつかみ、非ヨーロッパと比較すると、近代に成立した国家のためのヨーロッパの警察制度の実像がみえてくる。そして、それは国家のためだけでなくなった今日の警察について考える指針を、わたしたちに与えてくれる。

 本書は、用意周到に準備がすすめられた。企画からすでに10年近い年月が過ぎており、最初の執筆者会議から3年かかって出版された。その間、「行政警察・司法警察・刑事警察・政治警察・予防警察・治安警察などの用語には、訳語の問題や国による違い」など、「執筆者間でその都度、議論、確認し」、「「近代」のとらえ方」も「国によって違いがあり、日本とヨーロッパの間にも「近代」の相違があるため、扱う時期に関しては、「近世」「近代」の担当者間で話し合う」など調整している。編者の苦労が、推察できる。そして、つぎの5点を留意し、「警察(治安維持)制度の歴史・概略に言及した上で、自由に執筆することを基本方針とした。「①単なる制度史にならないように工夫すること、②それぞれの国・時代の「特殊性」を明確にすること、③「近代とは何か」という問題を意識すること、④「非ヨーロッパ」の担当者はヨーロッパとの関係性を意識すること、⑤現代警察とのつながり・関連を意識すること。

 本書は、序章、3部10章からなり、第1部はドイツ、フランス、イギリス3国の近世、第2部は同じ3国の近代、そして第3部は「非ヨーロッパ」のアメリカ、日本、朝鮮、英領マラヤを扱っている。それぞれの執筆者は、「「近代警察とは何か」という根本的な問題について」、「ゆるやかなコンセンサス」のもとに、「論点にあわせて独自の定義づけ」をして執筆しているが、「いくつかの問題意識が共有されている」。

 「一つは、ヨーロッパと非ヨーロッパ、あるいはヨーロッパ内での相互浸透作用を重視することである。近代警察が導入されるさいには、かならず何らかの「モデル」が参照される。早くに近代警察を樹立した国が「後進国」に学ぶ例もあり、その影響はけっして一方的なものではない。また、類型化に依拠した従来の比較研究ではけっしてみえてこない「多様性」にも注目している。ここで重要なのは、一九世紀のヨーロッパにおいては、警察制度そのものが国内で一元化されていなかった(できなかった)という事実である」。

 「さらに、本書がもっとも力点をおいているのは、考察の対象を「理念」から「実態」へと転換することである。政治エリートが掲げた制度改革の理念は、執行現場の隅々まで貫徹したとはかぎらない。個々の警察官や彼らを統制する現場の指揮官が自らの任務をどうとらえるかによって、理念と実態(現場)との間でずれが生じる可能性はきわめて高い。より実態に即した分析を行う上で必要だと考えられるのは、国家権力の発動機関としての警察と、その受益者であり統制の対象でもある人々との関係性を問うことである」。

 以上の問題意識のもとに、編者は「近代ヨーロッパの探求」という課題に、つぎのように答えようとした。「一八世紀から一九世紀にかけて、ヨーロッパ全域ですすめられたポリス改革。近代警察の創設は、国民国家の形成過程でそれぞれの国が直面した問題への処方箋の役割を果たすものでもあった。しかし、国家の統治理念や政治文化が色濃く反映された個々のシステムは、国や地域によって異なる形で展開した。警察導入の過程で生じた軋轢、理念と実態との乖離、そして国や地域ごとの多様性に焦点をあてながら、「それぞれの近代」を浮かび上がらせてみたい」。

 そして、「序章」の最後で、「残された課題」について2点あげている。1点は、EUが拡大していくなか、本書でとりあげたドイツ、フランス、イギリスだけで「ヨーロッパ」を論じたことにはならず、北欧、南欧、東欧の旧共産主義諸国、旧ユーゴ地域への視点の拡大の必要性である。もう1点は、女性警察を考察の対象に含め、その成果を「従来の(男性)警察史と接合していく作業は、今後不可欠になってくる」ということである。

 編者が強調している「日本においては、これまで「警察」をテーマとした比較研究は存在しなかったという事実」を考えると、本書がいかに画期的な試みであるかがわかってくる。このような初めての大きな試みを、紙数のかぎられたなかでおこなうことはひじょうに困難であるが、ポイントをおさえ、「ヨーロッパにおける警察システムの特徴や変化を描き出すことで、近代とは何かを考察する」ことはできたのではないかと思う。

 日本では初めてだが、ヨーロッパでは1990年代に入ると、比較研究の成果がつぎつぎに発表されるようになったという。その背景には、「EUの発足によって「警察の国際ネットワーク化」に向けた動きが加速したこと」があり、「国境を越えたヨーロッパ警察の創設が現実的な課題となるなかで、歴史的分析をふまえた議論が必要とされるようになった」からである。本書の各章でも、それが反映されているのだろう。日本で初めてでも参考文献を見る限り、執筆のための材料は少なくなかったようだ。それが逆に、ヨーロッパ3国のつながりを希薄にさせてしまったような気がした。ヨーロッパでは、ナショナル・ヒストリーや地方史が重視されるあまり、地域史としてのヨーロッパ史の執筆の妨げになっている。ヨーロッパ人研究者が克服しにくい歴史を、日本人研究者が挑戦することも必要であろう。その意味で、第3部の「非ヨーロッパ」は、今後の発展を期待させる。「比較」自体が近代ヨーロッパの考え方で、非ヨーロッパを加えることで、「比較」を越えた歴史学や世界史の考察が可能になるだろう。「ヨーロッパ」の担当者が、非ヨーロッパとの関係性を意識することで、新たなヨーロッパがみえてくるだろう。ともあれ、この初めての試みが、歴史学研究、ヨーロッパ史研究の大きな発展へとつながっていくことを期待したい。

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2012年07月10日

『原理主義の終焉か-ポスト・イスラーム主義論』私市正年(山川出版社)

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 2012年6月30日、エジプト大統領選に当選したムハンマド・ムルシ氏が、正式に大統領に就任した。ムルシ氏は、穏健派イスラーム団体のムスリム同胞団が擁立し、自由な選挙で選ばれた初の文民大統領である。この報道を聞いた人の多くが、「イスラーム主義」の勝利と理解したかもしれない。しかし、著者私市正年は、「イスラーム主義運動は、一九八〇年代末に頂点に達し」、その後「ポスト・イスラーム主義」の時代に入ったという。

 まず、この「イスラーム主義」などのことばを、著者がどのような意味で使っているのか、つぎの文章で確認しておこう。「イスラーム主義(イスラーム原理主義)運動とは、現代においてイスラーム法(シャリーア)にもとづく国家を建設しようとする政治運動(多くは社会運動、文化運動をともなう)をさし、シャリーアにもとづく国家建設を主張しない広い意味での政治運動(トルコのAKP[公正発展党]など)をイスラーム運動と呼ぶ。両者を含む場合はイスラーム政治運動という言葉を使う」。

 本書は、つぎのような内容が5章にわたって書かれている。「一九六〇年代のナショナリズムの後退から、八〇年代のイスラーム主義(イスラミズム)の勝利までを前史として概略を記述した後、九〇年代のテロリズムと内戦の時代から、二十一世紀のアル・カーイダによるグローバル・テロリズムへといたる過程を、イスラーム原理主義の終焉とポスト・イスラーム主義(ポスト・イスラムズム)の時代への過程として理解、詳述し、それを踏まえつつ「アラブの春」の歴史的背景と意味を明らかにしたい」。

 このように時代を追って考察し、最後の「第5章 ポスト・イスラーム主義から「アラブの春」へ」で、イスラーム主義運動が挫折した直接的要因を、つぎの3つに整理して説明している。「第一は、イスラーム国家の建設というユートピアをあまりに急ぎ過ぎたこと。アルジェリアのFIS[イスラーム救済戦線]の場合も、エジプトのイスラーム団も大衆の支持をえたのち、イスラーム国家の建設を急ぐあまり、政治的プランや経済的プランの適用可能性を十分に検討しないまま、宗教的レトリックを優先したのである。第二は、権力の弾圧にたえ切れず、それとの直接対決に向かったこと。権力が圧倒的な武力によってさまざまな民衆運動、あるいは民主的改革を踏みにじるのはつねであり、これにたえて大衆の支持を保ち続けながら、粘り強い闘いを続けないかぎり、運動は成功しない。この点でアルジェリアのFISもエジプトのイスラーム団も、権力との直接的衝突から、暴力闘争に走ったことは大衆の支持を失う大きな原因となった。第三は、運動内部の多様な構成要素間の紛争・対立を平和的かつ民主的に解決する方法を見出せなかったことである」。

 この挫折の後の変化をになったのは、「西欧「民主主義」陣営の圧力やイニシアティブによってもたらされたもの」ではなく、「一九九〇年代以降に大人の仲間入りをした青年層や女性たち」で、「地域社会の内部から変革のうねりを生じ」させた。

 そして、著者は本書をつぎのようにまとめ、締めくくっている。「革命後、一年余しかたってない段階では状況が流動的であり、結論を急ぎ過ぎとのそしりを招くかもしれないが、これまでの考察からつぎのような見とおしをもっている。革命後の国会議員選挙で、チュニジア(ナフダ党)でも、エジプト(自由公正党)でも、さらにモロッコ(公正開発党)でもイスラーム政党が第一党の地位をえたことから、この政変をイスラーム主義の勝利とみる向きもある。だが、これらのイスラーム政党はいずれも、トルコのAKPと同様に、シャリーアにもとづく国家という理念を否定しているのである。社会運動組織としてのムスリム同胞団はシャリーアにもとづく政治体制という原理を放棄しないが、現実の政治はそれでは動かない(イスラーム主義に内在する矛盾)ということは、歴史体験から明らかにされた。したがって、これらのイスラーム政党がよって立つ原理は、政治と宗教のたがいの自立(反宗教的ではない)であり、その志向はいわばイスラーム的ナショナリズムである。イスラーム主義運動とは本質的に異なっているのである」。

 この「ポスト・イスラーム主義」時代と、われわれの生活がどう結びつくのか、本書からはわからなかったが、影響がないわけはない。注視してみていきたい。

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2012年07月03日

『ナチスのキッチン-「食べること」の環境史』藤原辰史(水声社)

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 「台所にも歴史がある」で、本書ははじまる。「違うんじゃないの?」と思いつつ、読み進め、著者が言わんとすることは、「台所にも歴史がある」という下手な社会史ではないことがわかった。著者藤原辰史は、台所の歴史だからこそ、人間の本質がみえるのだと言っているように思えた。

 本書は、台所の近現代史である。「対象とする地域は、戦争に二度敗れ、東西に分裂したが、一九六〇年代にどちらも消費社会を実現した現代史の激震地、ドイツである。時代は、十九世紀中頃から一九四五年までの百年、そのなかでもとくに両大戦そのものと、それに挟まれた戦間期を扱う」。「そして、本書が最終的にクローズアップしていくのはナチ時代(一九三三~四五年)」。ナチスは、「家事や台所の合理化を推進した」。

 著者は、「台所の歴史を眺めるアングルをつぎの三点に整理する」。「第一に、台所を労働管理空間としてとらえる見方である」。「建築学的な台所設計や家具の配置が前面にでてくるのがドイツ現代史の特徴であり、また、エネルギー企業と電機メーカーによる家事テクノロジーの急速な普及も台所仕事の環境を大きく変えた」。「第二に、台所が、人間による自然の加工・摂取の終着駅であり、エネルギー網の末端である、という点である。つまり、人間と自然をとりむすぶ物質のリレーのなかで、台所が生態系のもっとも人間社会に近い中継地点であるとともに、自然から取り出してきたエネルギーや道具を販売する企業にとっては大きな販路なのである」。「第三に、台所を信仰の場、あるいは畏怖の対象としてとらえる見方である。世界各地で竃信仰が存在することはよく知られている」。

 そして、著者はそれらのアングルから、「本書は台所の諸構成要素の関係史、つまり台所の環境の歴史であり、同時にまた台所の思想の歴史でもある」とし、2つの問題意識を念頭に5章にわたって、考察、分析している。ひとつ目の問題意識では、つぎのように問うている。「ほかの生きものを食べなければ生きていけないヒトの「外部器官」、自然を改変する人間の作業の最終地点、あらぶる火の力に対する信仰と制御の場、人間社会の原型である男女の非対称的関係の表出の場-つまり台所とは、人間が生態系のなかで「住まい」を囲うときにどうしても残しておかなくてはならない生態系との通路なのである。このような見方をすることで、台所で行為する人間を「労働者」、台所仕事を「労働」という近代的概念によって規定してしまうことで漏れ落ちる、台所の生態学的な性質を救い出すことができるのではないか」。

 ふたつ目の問題意識では、つぎの問いである。「一方、社会史的な史料の残りにくい分野であるだけに、家事マニュアルやレシピなどに繰り返し書き込まれている通俗道徳にも注意を払う必要がある。通俗道徳は、動物や植物、気象現象などとの格闘のなかで、あるいは、経済変動に対応を迫られるなかで生まれた知恵であり心構えである。常民の日々の生活に溶け込んだ行為様式を叙述するためには、この通俗道徳を思想史の文脈で剔出し、信仰や学知の精神世界と癒合させることが不可欠である。そうしてこそ、はじめて、これまで台所仕事が、ある性別、ある社会階層の人間に偏ってきた歴史内部の権力関係を暴くことができるのではないだろうか」。

 本書は、「時間を中心に組み立てられた人文・社会科学に空間という概念を導入」した「空間」論の影響を受け、「歴史のなかの人間の位置づけを根本から問い直すことからはじめる環境史に挑戦」した成果でもある。そのことは、最後の章「第5章 台所のナチ化」のつぎの一文からもわかる。「ナチスの動員を読み解くにあたって重要なのは、「人」を埋め込む「空間」である、と私は考えている。「人」が「空間」に組み込まれ、「空間」が「人」を超越し、「空間」に「人」が支配される、というようなサイクルである」。「「機械」こそが、ナチスが究極的に主婦に求めたモデルであった。まさに食の内実が均質化し、主婦の人間性が剥奪されるかわりに、台所があたかも生命をもった有機体のように、吸収、消化、排出を繰り返す。ナチスの有名なスローガン「君は無、君の民族こそすべて」の精神は、まさにこうした空間の人間の生き方を示している」。

 そして、「終章 来たるべき台所のために」では、全3節の最初の節「一、労働空間、生態空間、信仰の場」で、「序章」で整理した3つのアングルが、「建築学、テクノロジー、家政学、レシピといった構成要素からドイツの台所の変身過程を立体的に追う過程で、どのような像を結ぶことができたか」、まとめている。つぎの節「二、台所の改革者たちとナチズム」では「指導的な役割を果たした三人の女性たちのナチ時代の受難は、何を意味していたのだろうか」と問い、最後の節「三、ナチスのキッチンを超えて」では「彼女たちの遺産を吸収して生まれたナチ時代のキッチンについて」考察し、「家族愛だけでは、台所仕事の深遠さを汲み取ることができないのである」と結んでいる。

 この終章は、文献史料を中心とした近代歴史学者では決して書けない、つぎの文章で終わっている。「肉食が好まれる時代に、肉食レシピを増やすような料理本は寿命も短い。歴史学もまた、過去の出来事のみならず、そのゴミ捨て場から、実現されなかった可能性を救出し、それを素材に未来を料理するためのレシピだといえよう。ドイツの古書店で見つけた料理本は、表紙が擦り切れ、背は破れ、書きなぐられたメモの紙切れがそのなかに数枚挟まれているようなものであった。本書が新しい一皿を求めてやまないすべての読者にとって、そんなレシピであればと願う」。

 この後、註、参考文献、人名索引があり、これで終わりだと思っていたら、「「食べること」の救出に向けて あとがきにかえて」という10頁ほどの重い文章がつづいていた。「ナチスのキッチンの究極は絶滅収容所にあるのでは」という出版社の編集者のコメントにこたえたものである。「納得できるまで、自由に書くことを許し」た編集者の強襲が、つぎの文章を著者に書かしたのだろう。「みんなで一緒に作って、食べて、片づけることは、実に楽しく、美しい。その時間を惜しんで成長に邁進する社会こそが「最暗黒」であったことに、光の世界の住人たちは、そのとき初めて気づくはずである」。著者は、いまの日本や世界に、ナチ時代の影をみているのかもしれない。

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