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2012年05月22日

『変わりゆく東南アジアの地方自治』船津鶴代・永井史男編(アジア経済研究所)

変わりゆく東南アジアの地方自治 →bookwebで購入

 まず、本書冒頭で、「東南アジア諸国に地方分権改革の波が訪れてから10~20年以上が経過し、東南アジアの地方分権化は常態化したといってよい」と述べ、この事実を踏まえて、本書ではこの10年間余に大きく変わった東南アジアの主要民主主義国の分権化の状況を把握しようとしている。その必要性は、つぎのように理由づけられた。「分権化当初にみられた政治的混乱が収まり、民主的な地方選挙と地方自治が定着するにつれ、先進国を模した分権化の理想や制度をめざすより、東南アジア各国の社会経済的実態に見合った制度が模索されるようになったからである」。

 それは、公共サービスに対する関心が、サービスがカバーする内容ばかりでなく質の問題にも向けられるようになってきたからである。「本書が着目するのは、まさに東南アジアの主要民主主義国の地方で起きつつあるこうした公共サービスの決定や配布方法の変化(「誰の資源を用いて、誰が公共サービスの中身を決め、それをいかに配布するか」)であり、そこから生じる政治過程である。すなわち、各国の公共サービスの決定や配布方法という具体的制度の分析を手掛かりに、分権化にともなう地方自治制度と政治の変化を描こうと意図している」のである。

 本書のキーワードに、「ガバメント」と「ガバナンス」がある。「ガバメント」は「原義として政府を意味する英語であり」、「ガバナンス」は「1990年代頃から現代統治におけるさまざまな文脈で使われるようになった」が、「公共部門の分析で用いられてきたガバナンスの意味がきわめて多義的」であるため注意を要するという。これらの抽象的な概念を理解するためには、具体例をあげるのがわかりやすいということで、「日常的に実施するサービスである小規模河川の水質保全・清掃事業」を例に説明している。それでもわかりにくい「ガバナンス」について、本書では「あくまで自発的な意思を主体にした、民主的状況のもとでの参加を」よぶことにしている。「共治」や「協治」と訳されることもあるという。

 そして、「「ガバメント」と「ガバナンス」の関係は単純ではなく、「ガバナンス」の意味も多様」であり、1970年代に脚光を浴びるようになった先進国と東南アジアでは事情が違うことから、先進国における議論を踏まえたうえで、東南アジア各国における議論を展開している。そういう議論を経て、「変わりゆく東南アジアの地方のこれからは、分権化の浸透によって、中央と地方の政治行政がいかに変わり、住民は何を中央・地方政府から実質的に得るのか、という公共サービス分配をめぐるさらなる民主化と公平の問題に、課題のひとつをみいだすこと」を、本書の執筆者たちは期待している。

 本書は、全体像を示した3人の執筆者による第1章(本書の表題とまったく同じ表題)の後、インドネシア、タイ、フィリピンの3国を2章ずつ、それぞれマクロとミクロの視点から論じ、最後の第8章でマレーシアをとりあげている。その第8章の表題「多民族社会マレーシアの地方行政-一党優位体制下における安定した行政-」が示すとおり、マレーシアは政権与党が建国以来半世紀以上も変わらないことから、本書での位置づけが若干異なっている。

 本書では、歴史的背景を、つぎのように説明している。「東南アジアの主要民主主義国は、いずれも1970~1980年代まで中央集権的性格の強い行政をその基本的特徴としてきた。それは、これら東南アジア諸国の行政が植民地統治または王制に起源をもち、第二次世界大戦後の独立期に国民国家建設のために中央集権的行政を確立した初期条件を共有すること、さらに1950~1960年代の「開発主義の時代」(略)以降も、国家と社会が成長イデオロギーを共有して国家主導の経済開発を展開し、都市から農村に至るいっそうの中央集権化を進めた時代背景を共有してきたため、である」。

 本書の枠組みを「東南アジアの主要民主主義国」としたことの説明のひとつであるが、もうすこし歴史的内容に踏み込むと、「先進国を模した分権化の理想や制度をめざすより、東南アジア各国の社会経済的実態に見合った制度が模索されるようになった」背景がわかってくるだろう。東南アジア各国・地域は、近代化にあたっても、ただたんに欧米先進国を模しただけでなく、自分たちに見合った制度を模索した。いま同じことが、地方自治でおこなわれているのではないだろうか。そうならば、近代国民国家形成時に、どのような地方自治制度ができたのかを各国別ではなく、東南アジア全体のなかで説明してほしかった。「第1章」を「序章」とし、「終章」で本書で得られた成果をまとめると、世界的にグローバル化のなかで地方自治が問われているにもかかわらず、東南アジアに限定した意味がはっきりしただろう。とくに近隣の東アジアや南アジアを扱わなかった理由が、より明確になったことだろう。そうすることによって、東南アジアの特性をより語ることができたはずである。

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