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2012年05月01日

『戦友会研究ノート』戦友会研究会(青弓社)

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 本書は、1978年、80年に続く2005年の全国規模の戦友会調査を踏まえて書かれている。1978年、80年の調査が戦友会の最盛期であったのにたいして、2005年の調査は「戦友会の終焉を意識したものであった」。

 本書の目的は、表紙につぎのように書かれている。「軍隊での戦闘体験を共有した仲間が作った戦友会は、数と規模、そして会員の情念と行動力の強さから日本独特の社会現象である。会員への聞き書きも含めて、軍隊や戦争への感情、死んだ戦友への心情などを60項目で浮き彫りにし、戦争体験の継承をめざす」。そして、「新しい研究者への誘い水になることを期待して、戦友会についての基礎知識を提供しようとするものである」。

 本書では、「戦友会そのものについての情報と、関連情報とを、まとめて体系的に語ることは難しいと考え」、「戦友会に関連した情報をあえてバラバラに提示」し、「本文となるべきもの、註となるべきものを、それぞれ小項目として提示」している。読む事典として便利であるが、執筆者が期待した「読者の頭の中で組み合わせてもらう」ことは、それほどやさしいことではない。

 まず最初の項目「戦友会と伊藤桂一」で、「戦友会を成りたたせているのは、慰霊、親睦、体験の語り合いの三つです」と伊藤から教わったことなど、戦友会の基本を理解させ、続く「日本軍の組織・編制」などで基本的知識を与えている。たとえば、「戦後世代にとって、旧日本軍についての記述のなかで、最もわかりにくいのが部隊の呼称である」が、「通称号」の項目で、つぎのように説明している。「日中戦争がはじまった一九三七(昭和一二)年、戦地にある部隊を秘匿するために、指揮官の姓と部隊の種別を組み合わせる表記が用いられるようになった」。しかし、「この方式は、指揮官が変わると部隊名・隊名が変わることになり、混乱すると考えられたためか、一九四〇(昭和一五)年改訂が加えられ、「通称号」が導入された」。「「通称号」とは、「兵団文字符」と「通称番号」からなるものである。「兵団文字符」とは、軍・師団・旅団といった大きな兵団に、漢字一文字か二文字を与えたもので、例えば、ビルマ方面軍には「森」、第十四方面軍には「尚武」、第十一師団には「錦」が与えられた」。「「通称番号」は数ケタの数字であるが、必ずしも連番ではない。「通称号」によって、大きな部隊から小さな隊まですべて固有名をもつことになった。なお、中隊や小隊は、従来どおり隊長名をつけた」。

 靖国神社との関係も、「靖国神社と戦友会」で、つぎのように説明している。「護国神社では、戦友が祭神として祀られていない場合もあり、神籬を置いて降神の儀をおこなわなければならないが、靖国神社はいつも全員が祀られているのでなんの問題もないと考えられているようである。靖国神社でしか慰霊祭をやらない戦友会もあるが、その大きな理由もそこにある」。

 そして、目下の研究目標として、つぎのことを考えているという。「解散した戦友会を含めて、戦後存在した戦友会をすべて記録にとどめ、関係資料の所在を明らかになるようなデータベースを構築することを目下の研究目標としている。それはわたくしたちの研究の総まとめの意味もあるが、新しい研究者のために役立たせることができればと思ったためでもある」。このデータベースでは、国立歴史民俗博物館が2003年に調査結果を発表した戦争記念碑の不充分さも補えるいう。30余年にわたる共同研究の総まとめを期待したい。

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