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2012年03月13日

『バターン 死の行進』マイケル・ノーマン/エリザベス・M・ノーマン著、浅岡政子/中島由華訳(河出書房新社)

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 タイトルの「バターン」と帯の「日米両軍を公正な視点で徹底的に検証した衝撃の書!」、そして訳者名を見て、本書に期待するものはあまりなく、しばらく書棚に放っておいた。読んでみて、思った通りの内容だった。

 期待しなかったのは、フィリピン側の視点がなさそうだったからである。開戦当時1600万人が暮らすフィリピンで、日本人とアメリカ人が戦った。フィリピン人にとって、迷惑な話どころではない。アメリカ人が日本人の視点で語ろうが、戦争の真実を語ろうが、そこに暮らす人びとのことが語られなければ、なんの意味もない。日本人が1000人ほど住んでいた硫黄島の戦いを、日米双方の視点で語るのとは根本的に違う。フィリピン語をちょっとでも知っていれば、「バターン」ではなく「バタアン」と表記したであろうし、本文でもフィリピンのことを知っていないために苦笑することがあった。英語がよくできるだけではわからないことがあるため、フィリピンの専門家を監修者に加える必要があった。

 著者は、フィリピンのことをまったく念頭に置いていなかったわけではない。「日本の読者の皆様へ」で、つぎのように書いている。「本の執筆にあたっては、戦争の痛ましい真実を知らしめると同時に、戦争を主題とする書物にしばしば見られる脚色を排除するため、三つの視点を用いる必要があった。アメリカ人、フィリピン人、そして何よりも日本人の視点である」。たしかに、フィリピン人にかんする記述がまったくないわけではない。また、フィリピン人研究者で第一人者のリカルド・ホセの助言を得て、写真を借用して掲載している。しかし、かれの気持ちは理解できなかったようだ。このことは、戦争中にアメリカ人がフィリピン人を軽視したことと同じだろう。

 著者のフィリピン観は、冒頭のつぎの1節によくあらわれている。「一八九八年以来アメリカに占領されていたフィリピンは、周辺の地域よりやや発展が遅れていた。シンガポールの活気とも香港の繁栄とも無縁のこの地を、当時のガイドブックは「楽園」と呼んだ。実際、マニラは美しかった。ヤシの木々が入り江の防波堤をそっと見下ろすように並び、夜になると常緑高木カミアスの甘い香りがあたりを立ちこめた」。そこに、植民地支配下で暮らす人びとの息吹は、まったく感じられない。

 本書の目的は、「日本の読者の皆様へ」の冒頭で、つぎのように述べられている。「私たちが本書を執筆した目的は、戦争の真実を伝えることだ。戦いの火蓋が切られるやいなや、敵味方を問わずあらゆる人びとが損失をこうむる、議論の余地のない真実を」。そして、その「真実」は、敵であった元日本兵から話を聞くことで、著者はつぎのように考えた。「アメリカと日本とでは文化がはなはだしく異なったうえ、両国それぞれがプロパガンダ作戦をくりひろげていたが、バターン半島に送りこまれた日本兵は、根本的には、その敵だったフィリピン兵やアメリカ兵とそれほど変わらなかったに違いない、と」。「だからこそ、バターンの戦いの最中からその後にかけて行なわれた、残虐で非道な仕打ち-弁解も否定もできない虐殺行為-にはとまどいを禁じえなかった。私たちは首をひねった。農業や工場労働に従事していた日本の分別ある若者たちが、人として守るべき法規をないがしろにし、武器をもたない無抵抗の者、すなわち民間人と戦争捕虜とに不寛容だったのは、いったいどうしてだろう? 無慈悲で恥知らずな振る舞いにおよんだ日本兵が少なくなかったのは、どういうわけだろう?」。

 本書の原題である「暗涙Tears in the Darkness」は、バタアン戦の司令官であった本間雅晴中将がバタアン戦の最中に戦死者名簿を前にして涙を流したという逸話にちなんでいる。著者は、「戦争とは敵味方のいずれにも残酷なものであり、いずれにも無意味な損失を強いるのだという私たちのテーマが、この表題によくあらわれていると思う」という。では、敵でも味方でもないのに日米戦に巻き込まれたフィリピン人の涙は、どのように理解したらいいのだろうか。日米戦を越えた戦争の悲惨さを語りたいのであれば、フィリピン人の視点が是非とも必要だった。

 本書から学んだことはたくさんあったが、ナショナルヒストリーは越えても帝国史観から抜け出せなかったことで、書く段になってわたしの頭からすべて消えてしまった。

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