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2011年08月23日

『世界政治叢書7 南部アジア』山影進・広瀬崇子編著(ミネルヴァ書房)

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 本書は、「世界政治叢書」全10巻の1冊である。しかし、ほかの巻のタイトルが聞き慣れた地域名・国名であるのにたいして、本巻のタイトルは「南部アジア」である。この聞き慣れないことばを使った理由を、編者のひとり山影進は「序章 南部アジア政治試論」で、つぎのように述べている。「南部アジアとは、普通には東南アジアと南アジアと呼ばれている別々の地域を一括してとらえる言葉として用いている」。「一括して南部アジアとしてとらえることで、従来は見えなかった(あるいは見えにくかった)「何」が見えてくるのか。この序章では、背景となる歴史を展望しながら、南部アジアにおける国内・国際政治を見る視点を打ち出す。つまり、南部アジアの政治を理解する上での重要課題を指摘することがこの序章の目的である」。

 まず、「背景となる歴史」について、つぎのように的確に展望し、歴史的に東南アジアと南アジアを別々に論じる意味がないことを説明している。「16世紀初頭に香料諸島(東インドネシアのマルク諸島)をめざして進出してきたヨーロッパ勢力も、当然のことながら、現在の南アジアと東南アジアとを区別したわけではない。ポルトガルのインド帝国はアラビア海に面したゴアを拠点にして、アフリカから東アジアまで散在する交易拠点をネットワーク化して統治する組織であった。スペインはフェリーペ(フィリップ)の領土(フィリピン)を新スペイン(メキシコ)と結びつけた(アカプルコ・マニラ交易)。17世紀になるとオランダ東インド会社は島嶼部に進出してポルトガル勢力を追い出し(東ティモールのみが、ポルトガル領で残った)、オランダ領東インド(インドネシアの前身)の基盤を築き、19世紀にかけて面の支配を完了した。イギリス東インド会社はフランス勢力を南アジアから駆逐し、政府から与えられた広範な特権を利用してインド統治に手を染めた。さらに中国をめざすイギリスは、ビルマ(現ミャンマー)をインドに組み込むと共に、マレー半島、シンガポールやボルネオ島の一部を勢力下に置いた。インド権益を奪われたフランス勢力は、東南アジア大陸部(インドシナ)に拠点を移した。そして20世紀初頭には、スペインとの戦争に勝利したアメリカがフィリピンを支配するようになった」。

 そして、今日、南部アジアの政治課題として、つぎの「6つの課題に直面していると概括することができるのではないだろうか」と問いかけている:「民族自決問題の解決」「エスニシティやアイデンティティをめぐる政治」「国民政治におけるイスラームのあり方」「民主化と社会の開放への圧力に対する政治の対応」「21世紀に入った今日のグローバル化する世界のなかで、アジア諸国が直面している国民政治」「アジアの国々が互いにどのような地域秩序を形成していくか」。

 本書は、6部15章からなる。5部12章までは、「南部アジア」という新たな地域枠組もその効果も感じることはあまりなかった。なかには、「第9章 ビルマ(ミャンマー)・カンボジア」のように、これまでの発想とは違う比較を試みているものがあったが。興味深かったのは、「第Ⅵ部 南部アジアの地域制度構築」の3章である。そこでは、南アジアや東南アジアをひとつのまとまりある地域としてみていなかったり、「南部アジア」をはみ出して考えたりしている。

 たとえば、「第13章 アジア地域主義における南部アジア」では、つぎのような地域主義がみられると紹介している。「第14章でも詳しく取り上げられている環インド洋地域協力連合(IOR-ARC)の他、ベンガル湾多分野技術・経済協力イニシアティブ(BIMSTEC)、そしてアジア協力対話(ACD)が挙げられる。IOR-ACRにおいては、「環インド洋」という地域に属するという了解の下で、東南アジア、南アジア、西アジアおよびアフリカに属する諸国が、連携強化をはかっている組織であると解釈できる。同様にBIMSTECは、東南アジアと南アジアに属する諸国が経済協力をはじめとする様々な協力・連携を通じた関係強化を「ベンガル湾」という地域設定の下でめざす枠組であると位置づけられよう。ACDは東南アジアと南アジアのみならず、西アジア、中央アジア、そして北東アジアまで範囲を広げた広域アジアでの協力を進めるための制度である。このように、南部アジアにおいては、これらの様々な地域主義の動きが連関・重複しながら展開してきている」。

 「第14章 地域協力の鍵を握るインド」では、つぎのようにインドの本音を垣間見せる。「自国の経済力とは釣り合わない小さな隣国を相手にするよりも、またパキスタンという、ときに「敵意をむき出しにする」挑戦国とつきあうよりも、冷戦後の国際政治とグローバル経済のなかでますます重要な位置を占めつつある中国やASEAN、さらにその向こうのアメリカ、EUとの関係を強化することにある」。「ベンガル湾との繋がりをもたないパキスタンはBIMSTECについては、加盟考慮対象とはならない。共にBRICsに数えられる中国をライバル視するインドにとってみれば、BIMSTECは、ASEAN諸国への橋頭堡として経済的実利を得つつ、パキスタン抜きで対テロ協力を進めることまで可能となる。インドからすると、すこぶる都合のよい枠組みに見える」。

 結局は、南アジア、東南アジアにかわる地域として「南部アジア」という枠組を使っても、今日はひとつの地域の枠組だけで語ることは、不可能であることがわかった。国家、2国間関係、近隣諸国との関係(南アジア、東南アジア)、大国との関係などに加えて、「南部アジア」という枠組で考えると、「従来は見えなかった」ものが見えてくることもあるということがわかった。それは、序章で図式された「南部アジアの構図」ではおさまりきらない何重にも張り巡らされたネットワークで構築されている。その絆は、時と場所によって現れたり消えたりする。帯にある「立体的に描く」という意味がわかった。

 本書は、現代の政治課題を読み解くもうひとつの考え方として、「南部アジア」という枠組を提起している。「序章」でわかったように、歴史的にも「南部アジア」を枠組として考察する必要がある。これまで、南アジアと東南アジアは別々の歴史空間としてとらえられてきた。本書、とくに第Ⅵ部を参考に、「インドシナ」「インドネシア」「東インド」といった「インド」を含む東南アジアの地域名の意味を考え、歴史を再考する必要があるだろう。そのためには、国家中心の政治史だけでなく、たとえばポルトガル私貿易商人やイスラーム商人のように、文献では見えにくい人びとの存在を意識する歴史像、地域像を考えに入れる必要がある。

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