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2011年05月03日

『「昭和」を生きた台湾青年-日本に亡命した台湾独立運動者の回想1924▶1949』王育徳(草思社)

「昭和」を生きた台湾青年-日本に亡命した台湾独立運動者の回想1924▶1949 →bookwebで購入

 「日本は台湾住民の生活水準を本国と同程度に引き上げ、いずれは同化することを目的として、世界のどこよりも良い植民地経営を目指したのである。このため、台湾は行政体制から経済、治安、衛生、教育のあらゆる面で近代化の恩恵を受けることとなった」。著者の次女で編集協力者である近藤明理は、自伝に先立つ「「昭和」以前の台湾」の説明の最後で、このように書いている。この「親日」一家の想いを、わたしたち日本人は大切にしなければならない。だが、現実は違っていただろう。もし、仮に「世界のどこよりも良い植民地経営」を日本が目指したのであれば、それは日本人に帰するものではなく、台湾の人びとの犠牲と努力に帰するものだろう。

 日清戦争後の1895年の下関条約で台湾は日本に割譲されたが、それを阻止する運動が台湾民主国樹立など各地で展開され、多くの犠牲者を出した。台湾民主国は数ヶ月で消滅したが、その後も抗日運動は続き、日本軍側にも多くの犠牲者が出たことから、日本は旧慣尊重政策をとらざるをえなかった。中国大陸進出への足がかりとしての朝鮮半島とは違い、その先のフィリピンなど南方への進出が具体的にならなかっただけに、台湾では「寛大な」植民地経営がおこなわれた。そして、戦後の1945年10月に進駐してきた中国兵は、大陸での混乱が続くなかで、まともに台湾を統治するだけの体制がとれなかった。中国国民党への期待が大きかっただけに、台湾の人びとの失望も大きかった。また、フィリピンと沖縄が戦場となって多くの犠牲者を出したのにたいして、そのあいだにあった台湾は直接戦場にはならず、日本が負けたという印象もそれほど強くなかった。植民地支配50年を経た台湾では、初期の抗日を知る者も少なくなり、「親日」になる条件が揃っていた。

 本書は、日本の植民地統治がはじまって30年近くになって、「台南市に生まれ、日本教育を受けて育った台湾人である」王育徳(1924-85)の回想記である。当時「台南では日本の社会制度のなかに、清(しん)朝風の文化、風俗がまだ色濃く残っていた。その様子を、自分の体験をとおして書き残しておこうと、著者が四十一歳の頃に書いたのが、この回想記である。著者の幼少期から台湾を脱出する二十五歳までの回想であるが、当時の台湾独特の文化が詳しく描かれ、一つの貴重な記録ともなっている」。

 この回想記は、「著者が他界した数年後、東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所に「王育徳文庫」が設置されることになり、そのために蔵書と遺稿を整理していた際に発見された」。日本語の原著より先に、中文に翻訳され、2002年に台湾で出版された王育徳全集第15巻に『王育徳自伝』としておさめられた。

 台湾独立派の著者は、進駐してきた中国兵のことを、つぎのように書いているが、それを読んで、わたしは1942年初にアメリカ合州国の植民地であったフィリピンのマニラに進駐してきた日本兵のことを思い出していた。「いずれも、よれよれの軍服を着て、その軍服も色や型がまちまちであった。老兵もいれば少年兵もいた。日本軍も戦争末期になると、兵隊の体格は貧弱になったが、中国軍はそれ以上に貧弱であった」。「大正公園の天主教会堂の白壁は、奈良の古寺を思わせる情緒のある壁だと感心して見ていたのだが、そこに一文字が一メートル四方もある大きな字で、スローガンが書かれたのには驚いた。この人たちは、文化ということが何もわからないのだなと思った」。「そのうち、中国兵があちこちで物を強奪する、台北では中国兵による強姦が頻発しているらしいという噂がささやかれるようになった」。フィリピン人は、スペイン人やアメリカ人より日本兵を「貧弱」と見、文化的教養がないと思った。そのことが日本占領期のフィリピンでの抵抗運動に結びつき、そのように見られた日本兵による虐殺事件へとつながっていった。

 国民党政府の軍隊によって3万人が虐殺されたといわれる1947年の二二八事件あるいは「三月大虐殺」で、最愛の兄を失った著者は、49年に日本に亡命し、翌年東京大学に再入学(最初の入学は1943年)して研究者の道を進むとともに、台湾独立運動に尽力し、また台湾人元日本兵士の戦後補償問題の解決に奔走した。後者は2万8000人の台湾人が200万円の弔慰金を受け取ることで実現したが、前者の台湾独立はいまだに達成されていない。編集協力者は、「なぜ植民地統治されたのに、台湾には親日的な人が多いの?」、「台湾は中国の一部じゃないって本当?」と、「よく聞かれるそういう疑問に対する答えも、読後に感じとっていただけること」を願っている。

 学問的には、本書を東アジア世界や帝国日本のなかで、どのように読むかが課題だろう。台湾の近現代史は、日本や中国本土だけでなく、朝鮮半島や南洋とよばれた東南アジアなどともかかわっている。台湾で視野を広げた研究が進むと、日本や中国との関係史もまた新たな視点が生まれてくるだろう。

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