« 『ワークショップ社会経済史-現代人のための歴史ナビゲーション』川越修・脇村孝平・友部謙一・花島誠人(ナカニシヤ出版) | メイン | 『泰緬鉄道-機密文書が明かすアジア太平洋戦争(再版)』吉川利治(雄山閣) »

2011年01月18日

『ビルマ仏教徒 民主化蜂起の背景と弾圧の記録-軍事政権下の非暴力抵抗』守屋友江編訳(明石書店)

ビルマ仏教徒 民主化蜂起の背景と弾圧の記録-軍事政権下の非暴力抵抗 →bookwebで購入

 「黄金の国」「パゴダの国」とうたわれているミャンマー(ビルマ)では、パゴダ(仏塔)に入るときに靴下まで脱ぐのにたいして、「微笑みの国」のタイでは靴下をはくことが許される。具足戒(出家者が守るべきすべての戒律)を受けた正式な出家者にしか許されない緋色の衣も、ミャンマーではエンジ色がかったものが多いのにたいして、タイではオレンジ色や黄色がかったものが多い。同じ上座仏教でも、多少は違うが、国家の危機にあって、集結し街頭で祈る姿は変わらない。タイでも、2010年5月にタクシン元首相派(通称「赤シャツ隊」)のデモ隊と軍隊の衝突で多数の死傷者が出た後、僧侶が(1941年フランス領インドシナとの国境紛争に勝利したのを記念した)戦勝記念塔前で平和への祈りを捧げた。

 ミャンマーの僧侶たちの祈りのデモは、1988年の国軍による武力弾圧以降、断続的におこなわれ、2007年9月には燃料費の大幅値上げをきっかけに全国的なデモが発生し、無差別発砲などにより多数の死傷者が出た。1987年に国連が「最貧国」と認定した翌年に成立した軍事政権下にあって、一般民衆は苦難の生活を強いられてきた。僧侶は、その苦しみから救うために立ち上がったのだ。

 僧侶と社会との関係を、本書ではつぎのように説明している。「古代王朝の時代から、伝統的にビルマでは僧院による寺子屋式の教育システムの恩恵を受けてきた。人口のほとんどは村落に住んでおり、僧院は村の生活に欠かせない、中心的な役割を担ってきた。昔から仏教徒の家庭では、子どもに読み書きを習わせるため僧院に通わせてきた。読み書きを習う年齢に達すると、両親はその子を見習僧(サーマネーラ、沙弥)として入門させた。そして二〇歳になると、その見習僧は二二七戒を授かって正式の僧侶(比丘)になれるかどうか、授具足戒式によって出家の懇請をすることが許される。本人が望めば、在家信徒に戻ることもできた」。

 「地域の人々が功徳を積むために布施をすることで僧侶の生活は支えられ、その一方で僧侶は人々に精神面の助言を与え、そして地域の社会、教育、医療面での要請に応えてきた。僧侶は「社会の良心」であり、人々の苦しみや喜びに対し機敏に対応した。例えば、人々が重税や強制労働、米の割当て徴収、強制移住を余儀なくされたときに、僧侶が人々の苦境を黙って見ているなどということはなかった」。

 「軍事政権下のビルマで、僧侶は、日常的な生活にこと欠き、子どもの教育費を払えない貧困状態に陥った在家信者の救済にあたった。僧侶は紛争地帯で孤児となった子どもたちや、苦境に置かれている子どもたちを引き取り、小さな学校を建てたりした」。このような僧侶の活動にたいして、軍政下の宗教省は支援をするどころか、1988年以降弾圧するようになった。「一九八八年八月から九月にかけて六〇〇名の僧侶が殺され、一九八八年では約一万名の死者が報告されている」。

 軍事政権側は、それにたいして、つぎのように説明しているという。「デモに参加した僧侶や見習僧は「仏教に対し有害な行動をとった破戒僧」にほかならない。よって「このような僧侶こそビルマの仏教を破壊するものである」という「論理」に基づいて、鎮圧に向かう兵士らを説得し、「破戒僧なのだから撃ってもよい」と命令するのである。「本当の僧侶」でない以上、逮捕もするし、拷問もするし、そして僧侶にとって最も屈辱的といえる強制還俗もさせてしまうのである。還俗は本人の意思によるもの以外、本来は無効であり、また長老の僧侶が立ち会って還俗のための儀式を行う必要があるのだが、立会いに同意する長老がいなくても、軍政は逮捕した僧侶を個別に脅して、無理やり還俗させている」。

 「本書では、二〇〇七年に起きたビルマ軍事政権に対する仏教徒の抵抗を明らかにするとともに、それがこの年にのみ起きた現象ではなく、それ以前から行われていたことを明らかにすることを目的としている」。本書は3部からなり、根本敬氏の「解説」の後、つぎのようになっている。「第Ⅰ部は、二〇〇七年夏にビルマ全土で起きた民主化蜂起とその弾圧に関する、二つの報告書とビルマ人僧侶による四つの発言をもとに編集した。第Ⅱ部は二〇〇七年以前からすでに仏教に対する弾圧が行われていた歴史的経過を示す記録を収録した。第Ⅲ部は資料編として、本書に関連する資料や年表をまとめた」。

 本書を読むと、副題の「軍事政権下の非暴力抵抗」の現実が見えて、その忍耐強さに感銘を受ける。しかし、いったいいつまで、堪え忍ばなければならないのだろうか。そして、その軍事政権を支援している国ぐにや人びとがいることを忘れてはならないだろう。日本政府は、軍事政権成立の翌年1989年に承認、ODA継続案件を再開し、2003年にようやく新規ODAを凍結している。

 さらに複雑なのは、キリスト教徒カレン人やイスラーム系ロヒンギャ人が、難民としてタイやバングラディシュなどに流出していることにたいして、仏教徒ビルマ人がどのように対応しているかである。弾圧を受ける側が、弾圧を加える側にまわることが、弾圧する「従順な」仏教徒ビルマ人の軍人ひとりひとりを生んでいるようにも思える。

→bookwebで購入

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://booklog.kinokuniya.co.jp/mt-tb.cgi/4066