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2010年12月07日

『イギリス文化史』井野瀬久美惠編(昭和堂)

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 本書の英文タイトルは、British cultural history。日本では、国名として「イギリス」が一般的だが、正式名称は「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)」。ロンドンに手紙を出すとき、EnglandなのかGreat Britainなのか、はたまたUKなのか、よくわからなくなる。オリンピックは「イギリス」だが、ワールドカップなどはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドと別々に出場している。

 国名だけではない。「イギリス」という国は、よくわからなくなることがある。EUに加盟しても共通通貨のユーロを使用しない、傘は持っているのにささない、野菜はゆでる、・・・。そんな数々の疑問が、解けるのではないかと思い、本書を開いた。

 まず、「はじめに」で、「文化史」の重要性が「対象としての文化史」と「方法としての文化史」で説明され、続いて「イギリス文化を考える四つの時空間」がとりあげられる。「四つの時空間」とは、「連合王国としてのイギリス」「ヨーロッパ史という時空間」「環大西洋世界という時空間」「大英帝国という時空間」で、「「イギリス文化」とは、こうした四つの時空間が、共時的に、あるいは時間的なずれをともなって、多層的に組み合わさり、絡み合うなかで創造され、変化し、再創造されてきた」ものだという。

 さらに、つぎのように説明している。「それぞれの空間軸と時間軸が重なったところには、さまざまな力学が働く。階級、エスニシティ、人種、ジェンダーなどはその力学を生む代表的な要素であろう。それらが組み合わさるなかで、またそうした諸要素が醸し出す緊張感のなかで、イギリス文化が創造されるとともに、それを収める(あるいは規制する)制度もつくられた。その具体的な様子を動態的に検証していくことが、本書全体を貫くテーマである」。

 そして、「本書の構成」へと続く。本書は3部(「制度と文化」「「イギリスらしさ」を読み解く」「「悩めるイギリス」の文化的起源」)14章からなる。最後に、[エピローグ]「揺らぐアイデンティティ-「イギリス人」のゆくえ」がある。14章のなかには、「イギリス料理はなぜまずいか?」「イギリス人はなぜ傘をささないのか?」「なぜイギリス人はサヴォイ・オペラが好きなのか?」も含まれている。

 本書は、「読者に知のワクワク感をきちんと届けるために」、「文化というものを、表面的な現象のみならず、その奥にある構造的なものにまで踏み込んで議論」しようとしたものである。その編者のおもいに、それぞれの執筆者が応えている。たとえば、イギリス人がサラダを食べなくなったのは、議会囲い込みによって、農民の共有地がなくなり、「在地食材の利用可能性が大幅に低下した」結果、「どこの誰が作ったかわからず、それゆえ家畜・家禽の糞尿がかかっているかもしれない生野菜は生食可能なものではなくなった」ためだと説明されている。

 「イギリス国民の傘に対する思いは、ステイタス・シンボルとしての過去への懐旧の情から反発までの振幅を内に秘めたまま、結局持つも持たぬも、さすもささぬむ、個人の自由という落としどころを見いだす」となる。そして、19世紀後半のイギリスで生まれたサヴォイ・オペラは、「歌劇としても演劇としても二流、三流の扱いしか」受けないのに、「英米を結ぶアングロサクソン礼賛の賜物」として、アメリカでも人気を保っている。

 編者の「はじめに」を念頭において読むと、それぞれの章がよりわかりやすくなり、最後の[エピローグ]でイギリスの未来を見すえて、いまの問題が語られている。「はじめに」と[エピローグ]をつなぐ14の章が、「「イギリス文化史」という知のタペストリー」となって編みあがっている。

 だが、「イギリス文化」は、もはや「国民文化」でもなければ「民族文化」でもない。「文化」で語るということは、「政治」や「経済」で語ることとは違う「越境」があるはずだ。4つの時空間に含まれない日本の研究者が、イギリスの「魅力」をこのように語ることができるということは、第5の時空間のなかで「イギリス文化史」が語れるのではないか、とふと思った。

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