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2010年11月23日

『難民への旅』山村淳平(現代企画室)

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 「うまれかわり、もう一度機会があれば、わたしたち[難民]は[定住先として]日本をえらびません」「[UN]HCR[国連難民高等弁務官事務所]は、欧米のNGOとともに新しい支配者としてやってきた」。著者の山村淳平が、日本に定住した元難民やバングラデシュで難民支援をしている地元NGOの医師から聞いたことばである。いま、日本で、世界で、難民になにがおこっているのだろうか。

 著者は、フィリピン、バングラデシュ、タイ、ザイール、パキスタンなどで難民のための医療活動に従事し、日本では外国人診療にたずさわっている経験をもとに、援助、民族、国家とはなにかを問いながら、難民が発生する原因や社会背景を探り、さらに「難民保護」や「人道支援」の名のもとに、どのような「暴力」がおこなわれているのか、その実態に迫ろうとしている。

 HCRは、東西冷戦構造下で共産主義陣営から西側に逃れてきた人びとを難民として受け入れるために、1950年に設立された。当初から政治性が強く、先進国を中心とした資金からなり立っているため、日本をふくむ先進国の「国益」を無視した「人道支援」ができないという。その援助金の多くも事務所経費や人件費などに使われ、実際に難民に届くのは2~3割だと言われている。そして、HCRの職員はファーストクラスの飛行機に乗り、豪華なホテルに泊まり、地元の有力者と優雅なパーティを楽しんでいる。

 いっぽう、日本の条約難民認定者は1982年から2009年までに538人で、認定率は7%にすぎない。2009年は22人、1%である。しかも、認定を待つあいだ、日本語教育もなく、仕事もなく、なにもしないだけでなく、外出することも許されず、あたかも犯罪者のように扱われたと、屈辱感をあらわにする者もいる。入管は難民条約の原則をやぶって強制送還をおこない、入国できても外国人収容所では差別と蔑視から暴行がおこなわれている。著者たちは、その実態を『壁の涙-法務省「外国人収容所」の実態』(現代企画社、2007年)で明らかにした。

 日本に長く暮らす外国人は、日本人の仕事仲間や隣人がとても親切だと言う。しかし、その日本人個人が、国家を意識するととたんに、国益を重視して外国人を排除する。戦争中、心優しい日本の兵隊さんが、上官の命令、つまり天皇の命令で、お国のためと言われたとたん、国家の忠実な下僕となって、住民を虐殺する無慈悲な人間に変貌したのとなんらかわりない、収容所などの日本人職員の難民を扱う姿が、本書に描かれている。グローバル化が進み、多文化共生社会が唱えられても、難民の居場所は、とくに閉鎖的な日本にはないことがわかる。

 本書を読んで、一方的で極端な見方だと、嫌悪を感じた人がいるかもしれない。その原因は、著者個人より、もっと深いところにある。本書で取りあげられた民族名を、すべて知っている日本人は、極々少数だろう。著者は、1991年のフィリピンで火山噴火の被災民の医療支援を通じて「目覚めた」。しかし、多くの日本人は、世界各地で難民となって生まれ故郷を離れざるをえなくなった人びとのことを知らないし、関心もない。まず、著者のように、これら一般の人が聞いたこともないような民族のことを理解しようする人が現れ、本書のように、その実態を知らせることが必要だろう。そのためには、これらの民族の歴史と文化を知る基礎研究が大切になる。著者のように難民とかかわりをもった者が、まず最初に困ることは、基本的知識を得るための一般書・教養書がないことだ。先進国や国際機関にだけ目を向けるようでは、いまの世界は理解できないし、未来も展望できない。

 本書は全6章からなり、その最後の章が「歴史をひもとく」である。暗記を要求される日本の学校の歴史の授業を苦手とした著者が、現代に起きている事象と過去の出来事とを結びつけることによって、未来を考えるようになった。その結果、難民を生み出したのは、「近代」が民族や国家によって人びとを分断し、争いを引き起こす意識を生んだからであるとし、難民を生み出さないためには、まず国家の武装を解くことだと説く。そして、この複雑な難問を解くために、複数の文化のあいだを行き交う「難民」こそが重要な役目を果たすことを指摘する。

 いま大切なことは、自分の国だけ、ある一部の国ぐに・地域だけの平和も繁栄も、あり得ないことに気づくことだろう。世界のどこかで戦争や紛争がおこって、不幸な人びとが出現すれば、それが巡り巡って自分たちの生活を脅かす危険性がある。「国益」を超えて考えることの意味を、本書は教えてくれる。

[本稿をもとに書いた書評を、11月22日に時事通信社から配信した]

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