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2010年08月03日

『抵抗と協力のはざま-近代ビルマ史のなかのイギリスと日本』根本敬(岩波書店)

抵抗と協力のはざま-近代ビルマ史のなかのイギリスと日本 →bookwebで購入

 1989年にビルマの軍事政権が、対外向けの英語の国名をBurmaからMyanmarに変更した。その後に生まれた学生のなかには、ビルマとミャンマーが同じ国であることを知らない者がいる。このワープロも、「ビルマ」と入力すると、毎回赤字で「《地名変更「→ミャンマー」》」が表示される。この地名変更のころまで、ビルマと日本は「特別の関係」にあった。それは、なぜか。本書が、その問いに答えてくれる。

 本書の内容は、表紙見返しにつぎのように適確に述べられている。「植民地期のビルマに生きた政治・行政エリートは、宗主国イギリス、占領者日本にどう向き合い、いかに独立を達成したのか。初代首相バモオ、国民的英雄アウンサン、その「暗殺者」ウー・ソオ、そしてコミュニストやエリート官僚たちの歩みをたどり、「抵抗」か「協力」かではとらえきれない、彼らのしたたかなナショナリズムから、近代ビルマ史を論じなおす」。

 著者、根本敬は、従来「抵抗」か「協力」かという二項対立的に単純化したかたちでとらえられてきた、イギリスの植民地から日本の占領、そして独立へのビルマ近代史を、「抵抗と協力のはざま」で政治・行政に携わったビルマ人が、どのように判断し行動していったか、一次資料を渉猟して明らかにすることによって、新たな視座で理解しようとしている。

 歴史的な流れは、「第一章 強制された国家のなかで-植民地ビルマの特徴とナショナリズムの展開」と「終章 独立後の英国・日本との関係-軍の政治的台頭のなかで」を読めばわかる。本書の特徴は、第二~六章で「抵抗と協力のはざま」で、具体的に考え行動した人びとや集団を考察したことだ。その「抵抗と協力のはざま」を、著者は「序章」で、つぎのように説明している。「「抵抗と協力のはざま」とは、英国や日本に対し抵抗と協力を上手に使い分けながら行動するという意味も含まれてはいるが、より本質的には、協力姿勢を見せることによって相手の信頼を獲得し、その立場を利用して本来のナショナリストとしての要求をしぶとく実現させていく政治的バーゲニング(取り引き)のことを意味する。これはこれで抵抗を貫く場合の危険性とは異なるリスクを背負うことになる。なぜなら、この場合の政治的バーゲニングは圧倒的な力を持つ植民地支配権力に対する相当な妥協を伴うため、常に自国のナショナリズムに対する「裏切り」として周囲に受け止められてしまう可能性がついてまわるからである」。圧倒的な力を持つ権力にとって、短期的な支配は容易であっても、長期的な支配となると支配される側の協力が不可欠となる。それを利用して、支配される側は微妙な匙加減をしながら「取り引き」をすることになる。本書では、その微妙な匙加減を描こうとしている。

 第二~六章のうち、「第三章 アウンサン-国民的英雄への道」と「第五章 ビルマ人コミュニスト-反日と「苦渋の親英」のはざま」は、著者自身の単行本(『現代アジアの肖像13 アウン・サン-封印された独立ビルマの夢』岩波書店、1996年)を含め、先行研究があり、書くのにそれほど困難はなかっただろう。アウン・サンは独立への道筋を整えた後、32歳の若さで暗殺された国民的英雄である。以前、この「書評空間」でも述べたように、志高く若くして「殉死」し、実際の統治を経験せず汚点の少ない志士は、神格化された英雄として後世いろいろな逸話とともに語り継がれる。アウン・サンもそのひとりで、研究もすすんでいる。共産党は、イデオロギーが明確で議論しやすく、ほかの国・地域との比較も容易なため、内外の研究者の関心を集めやすい。

 本書でもっとも評価されるのは、残りの3章(「第二章 バモオ-知識人政治家の光と影」「第四章 ウー・ソオ-ナショナリストと暗殺者のはざま」「第六章 ビルマ人高等文官-対英協力者とナショナリストのはざま」)で、研究蓄積に乏しく「抵抗」とも「協力」とも判断しがたい人びとの言動を、一次資料にもとづいて詳細に検証したことだ。これらの人びとの「抵抗と協力のはざま」の実態が明らかになることによって、アウン・サンやコミュニストを含む政治・行政エリートの英国と日本に対する対応の全体像が、よりわかりやすく深く理解できるようになる。

 著者は、「二一世紀初頭の現代の視点から、よりいっそう歴史的な奥行きをもって」、近代ビルマ史を理解しようとしている。その背景には、「本書を書き進めながら、現在のビルマの状況を思わないではいられない」状況がある。著者は、「民主化運動指導者アウンサンスーチーの状況についてはもちろん、少数民族が難民となってタイやバングラデシュに流出している現状、軍による抑圧から逃れるため村を捨てて避難生活を余儀なくされている国内避難民の存在などが気になって仕方がなかった」。「一人のビルマ史研究者として、「社会」が身の危険を感じることなく「国家」に対して「物がいえる」状況に、ビルマが少しでも変化することを祈らずにはいられない」という。この括弧付きの「社会」「国家」「物がいえる」の異常さだけでも、著者の思いが伝わってくる。そして、その思いは、ビルマとかかわったご両親の思いを引き継いだようにも感じられた。

 第一章で独立までの歴史的流れをつかんだ後、第二章以下5章にわたって、繰り返しイギリス植民地時代に戻って、個々の人物・集団の行動に則して検証していくのは、いささか疲れたが、なぜ1980年代まで日本はビルマと「特別の関係」にあったのかが理解できた。「抵抗と協力のはざま」で行動したビルマの人びとが、戦後のビルマを支え、イギリスからの独立を期待させた日本をまったく否定できなかったからで、日本もかれらの「歴史的正当化」に応えなければならなかった。それが、多額のODA供与になった。ビルマだけではない。東南アジア各国の戦後史をみていくと、日本に対する戦争中の「抵抗と協力のはざま」が見え隠れする。アジア太平洋戦争中の日本の存在は、日本人が想像する以上に大きな影響を戦後も東南アジア各国に与えていた。

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