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2010年03月09日

『「沖縄核密約」を背負って-若泉敬の生涯』後藤乾一(岩波書店)

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 2009年12月22日、沖縄核密約文書の原本を故佐藤栄作首相の遺族が保管しているニュースが大きく報じられた。その「密約」の「黒子」を演じたのが、若泉敬(本名「たかし」、外国人には「けい」で知られる)であった。本書は、無告の民や歴史の脇役を通して、時代や社会の本質に迫る研究書で知られる後藤乾一の新刊である。個人的にも大学1年生の時から交流があり、「密約」を明かした遺著の「最初の読み手」(?)となった著者が、「若泉氏との「墓場までの沈黙」の約束を反古にする形」で出版したものである。

 本書の概要は、表紙見返しにある。「一九六七年から七二年にかけ、佐藤首相の特命を帯びてロストウ、キッシンジャー補佐官と沖縄返還に関わる「核密約」交渉に当った若き国際政治学者・若泉敬(一九三〇-一九九六)。彼は九四年に著書『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』を公刊し、国家機密の守秘義務を犯すことを承知で、有事核再持ち込みについての「秘密合意議事録」作成の全容を告白する。晩年は核持ち込みという〝代償〟を強いた沖縄への自責の念から、末期ガンの病軀をおして沖縄への慰霊の旅を重ね、仏門に帰依し、蔵書を焼き、家族と義絶する。若泉はなぜ密命を受任し、凄絶な生涯をたどらなければならなかったのか。現代史家が活写する、ある「国際的日本人」の同時代史」。

 著者は、先行研究における若泉敬像をつぎの3つに大別し、類型化している。「第一は、若泉を私利私益を顧みず、沖縄返還交渉という重要な外交課題に一身を擲(なげう)った「国士」として位置づける、またより積極的には「神話化」する立場である。第二はそれと対照的に、戦後日米関係を畸形(きけい)的なものとした数々の密約の内、もっとも重大な一つに深く関与し、従属的「日米同盟」を民間の立場から補完的に支えてきた親米派知識人の典型とみる見方である。そして第三は、そうした正負の評価は別にして、日米関係、ひいては国際関係における知識人の果たした役割の事例として、若泉を位置づける立場である」。

 著者は、これら3類型を参考にしながらも、「いずれの立場にも軸足を置くことなく、「後期戦中派」知識人の一人である国際政治学者若泉敬の思想的、学問的、政治的足跡を辿りながら、その人間像と彼の生きた同時代史を、著者なりに描いてみたいとのささやかな思いから執筆」した。そして、「若泉敬という人物についての「価値的評価」は努めて避けることを心掛けた」。

 陸奥宗光の回想録『蹇蹇録(けんけんろく)』の一節をタイトルとした畢生(ひつせい)の著は、1980年50歳のときに故郷福井に「隠棲(いんせい)」してから94年の出版までの決意を、「筆硯(ひつけん)を焼く」をいうことばであらわした。しかし、若泉は「公刊から死去までの二年二ヵ月の間、二つの深い思いに苛まれ続けた」。「第一は、「国事犯」として告訴されることを覚悟しつつ、「国家機密(密約)」を明るみに出すことを通して彼が訴えた〝信念〟が、理解されなかったとの絶望的なともいえる思いである」。「第二は、近現代史上「本土」との関係でさまざまな負荷を背負わされてきた沖縄とその地に住まう人々に対する、若泉の贖罪(しよくざい)意識のよりいっそうの先鋭化である」。

 若泉は、那覇から定期購読で取り寄せていた沖縄二大紙を読み続け、「施政権返還は、沖縄にとって良かったのか」を問い続けた。そして、1985年那覇で弁護士としての仕事を終えた最愛の妻は、その途次心臓発作を起こし、6月23日の「沖縄慰霊の日」に急逝した。55歳であった。沖縄での戦跡めぐりをしたことのある者ならわかるが、多くの人が亡くなった地下壕やガマ(洞窟)に入ると異様な気配を感じる。晩年の若泉が、沖縄への慰霊に旅にこだわり、「国立沖縄戦没者墓苑において自裁」する決意にいたった理由は、沖縄の歴史と現状を知っている者なら、容易に想像できるだろう。

 著作公刊から死去までの2年余、「歴代政権は「秘密合意議事録」の存在自体を否定し」続けた。若泉の最後の願いは、英訳版の出版であった。その序文を死去5ヵ月前から沖縄最南端の与那国島で書き、英訳本刊行の契約が完了した直後に青酸カリで「自裁」した。

 「若泉敬という人物についての「価値的評価」は努めて避けることを心掛けた」著者の姿勢は正しかっただろう。そして、「ただ「歴史の闇の奥深く」に若泉を〝置き去り〟にしてしまうことは、現代日本にとって大きな損失であるとの思いは、筆者の中に牢固(ろうこ)としてある」というのも、よくわかる。いまになって「他策」があったかどうかを問うことは、あまり意味がないだろう。沖縄の現実に眼を向け、状況を改善する努力をすることが、残された者のつとめだろう。そのとき、「若泉の生涯を通して、その凄絶な晩年の謎に迫る」本書は、その「つとめ」の意味をよりいっそう理解させるものになる。

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