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2010年01月05日

『ヒューマニティーズ 経済学』諸富徹(岩波書店)

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 「経済システムの究極の目的は、単なる効率性の向上ではなく、人々の福祉水準を高めること、つまり、人々を幸せにすることにある」と、著者、諸富徹は「四、経済学を学ぶ意味とは何か-読者への期待を込めて」を結んでいる。本書には、経済学だけでなく、現代のあらゆる学問を学ぼうとしている学生に伝えたい基本的なことが書かれている。

 本書は、「現代経済学の最先端を踏まえて、その内在的な視点から経済学のあり方を再検討するという方法を取らず、歴史と思想からアプローチするという迂回的な方法」をとっている。具体的には、経済学の歴史を振り返るために、7人の経済学者、ケネー、スミス、リカード、マルクス、ピグー、ケインズ、シュンペーターをとりあげている。著者は、これらの偉大な経済学者の学説を、たんに振り返るのではなく、「社会科学としての経済学が、問うべき根源的な問題に対して、彼らがどのような解答を与えようと試みてきたのかを検討」している。その根源的問題とは、時代を通じても変わらない、つぎの5つ、「第一に市場と国家の関係、第二に自然と人為の体系、第三に金融経済と実物経済の関係、第四に経済主体の問題、そして第五に動態的視点」である。

 このように、本書では社会科学としての経済学の基本が述べられながら、ヒューマニティーズ(人文学)とのかかわりをも重視している。それは、「経済学は当然のことながら、「人間」とそれが構成する「社会」について、現状の説明に満足せず不断の問い直しを行っていくべき」であり、「経済学が人間を取り扱っていることが、経済学が完全に自然科学にはなりきれず、それが広く人文学とつながりながらその全体性を回復せざるを得ない根源的な理由となる」と著者が考えているからである。

 そして、その人文学とのかかわりは、「四、経済学を学ぶ意味とは何か」で、著者が「期待を込めて」読者に伝えたかった、つぎの3つ、とくに3番目によくあらわれている。「まず第一に、経済学を学ぶことの最大の意味は、経済社会を定性的・定量的に分析できる鋭利な道具を身につけることができる点にある」。「経済学を学ぶことは、我々の経済システムを徹底的に解剖してその設計図を手にすることを可能にし、問題が出ている場合にはそこをどう直せばいいのか、また、どういう政策手段を導入すれば、どれほどの治療効果を上げられるのか、といった問いに対して解答を与えることができるようになることを意味する」。

 「第二に、本書の読者には、経済学が持っている限界にも敏感であってほしい」。「読者には社会経済問題に対する熱い関心と、社会的な公平性や倫理への鋭い感覚(「温かい心(warm heart))」を持ち、他方でそれを分析し、問題を解決するための手法として経済学を使いこなす「冷静な頭脳(cool head)」を併せ持つことを目指してほしい」。

 「第三は、まさに本書全体を通じて読者に伝えたかった点、つまり、この社会をよりよく認識するための「概念装置」として経済学を学ぶことの重要性である」。「経済学を狭義の理論だけでなく、それを創り出してきた経済学者の思想、そして彼らが格闘したその時代の経済問題に関する歴史的知識を学んでおくことは、我々の経済分析をより実り豊かにすることにつながることは間違いない」。

 さらに、著者は、もうひとつの付加的なメッセージとして、「経済学にいま求められているのは、理論から理論を紡ぎ出すことではなく、現実との格闘の中から新しい理論を発展させていくことだ、という点である」と主張している。「過去の偉大な経済学者たちはいずれも、その時代の主要な経済問題と格闘することで、分析に有用で、政策的な指針を引き出すことが可能な普遍理論を開発してきた」。だから、著者は「歴史と思想からアプローチするという迂回的な方法を取った」。

 そして、「最後に、経済学を学ぶ者が必ず取り組むべきだと筆者が考えている」3つの現実の問題を挙げている。「その第一は、「資本主義のグリーン化」をいかに推し進めるかという問題である。第二は、経済のグローバル化と国家の相対的弱体化、そして国家を超えるガバナンス様式の構築に関わる問題である。そして第三は、金融経済と実物経済の望ましい関係についてである」とし、「経済学に今後求められているのは」、「世界経済の持続可能な発展を可能にするような新しい経済社会のビジョンを打ち出すことである」と結論している。

 本書を読むと、経済学だけでなく、ほかの社会科学も自然科学も、専門的な知識や技術だけでなく、倫理・道徳、歴史といった人文学の教養がいかに重要であるかがわかってくる。その意味において、ヒューマニティーズ(人文学)の重要性が、高まってきているといっていいだろう。問題は、人文学の研究者が、このような状況を理解し、それらに応えるべく研究・教育しているかどうかである。

 この書評は、ロンドン大学(Department of Politics, Goldsmiths College)で開催されたコロキアム「歴史、記憶、トラウマ」のあいまに書いた。この「政治学部」のなかには歴史学を専門とする教員が何人もいる。歴史学のような基礎人文学は、社会科学や自然科学の研究者たちとともに身を置き、対話することで、その重要性を具体的に理解することができるのかもしれない。

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