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2009年10月27日

『ドイモイの誕生-ベトナムにおける改革路線の形成過程』古田元夫(青木書店)

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 まず、「お帰りなさい」と言いたい。ここ数年間、研究科長・学部長、副学長、附属図書館長を歴任し、校務多忙だった著者、古田元夫が「注がついた本」を出版したことを心から喜びたい。もう何人、研究への未練を残しながら、管理職について研究の現場に戻ってこなかった諸先輩方をみたことか。研究者の多い分野ならともかく、東南アジア研究のように研究者の数自体が少なく、なかなか研究成果を本というかたちで出せない分野にとって、著者のように「注がついた本」が書ける人が研究の現場に戻ってきたことは、ほんとうに心強い。

 本書でもっとも知りたかったことは、なぜベトナムが北朝鮮やミャンマーのようにならず、ドイモイ(刷新)を誕生することができたかである。直接の回答はなかったが、ソ連のペレストロイカの影響、および、なぜ本書がシリーズ「民族を問う」の1冊として執筆されたかを説明した「序章」のつぎの1節から、疑問のいったんは解けた。「ベトナムのドイモイ路線の形成にソ連のペレストロイカが影響を与えていることは事実である。しかし、それをドイモイ路線形成の主たる要因として扱うことは問題である。著者は、ドイモイ路線形成には、まずベトナムの一般の人びとや、地方の下級の共産党組織による「下からのイニシアティブ」が重要な役割を果たし、これを受けて共産党の最高指導者のなかに生まれたチュオン・チンを中心とする改革推進勢力が、より保守的な、あるいはより慎重な他の指導者を、ある時には説得し、ある時にはその反対を押し切って、ドイモイ路線の形成にいたった、という国内の政治過程が決定的に重要な意味をもち、ペレストロイカの影響も、それに先立つベトナム国内での土壌づくりがあって、初めて意味をもったと考えている。ドイモイ路線形成の過程を、ベトナム国内での「地方の実験」と、共産党指導部内での論争を通じて描く本書が、「民族を問う」というシリーズの一環をなす、第一の理由はこの点にある」。「さらに、ベトナムのドイモイ路線の形成は、単に危機状態にあったベトナム経済を救ったという意義だけでなく、基本的に社会主義というのは、国際的な「普遍モデル」に沿って建設されるべきである、というベトナム共産党の社会主義観を大きく転換し、ベトナムにおける社会主義の「民族化」の道を切り開くものだった。このように、ドイモイ路線の形成は、社会主義と民族という問題が交差する性格をもっていると考えられる。これが、本書を「民族を問う」というシリーズの一環として執筆した、第二の理由である」。

 著者は、本書の課題を、「貧しさを分かちあう社会主義」が、1970年代末以降「どのように克服され、八六年のドイモイの提唱にいたったのかを検討することにある」としている。2000年には、すでに「それなりにまとまった構想をもち、材料もある程度はそろった状態にあった」にもかかわらず、「今回の出版にこぎつけるのに一〇年近くの時間」を費やすことになったのは、多忙な校務だけではなかった。「路線形成過程での党内論争、共産党の政策決定過程といった政治過程に関する研究は、ベトナムに関するかぎり、資料的な制約から、まだきわめて遅れているといわざるをえない」状況があった。「しかし近年、この資料的制約をある程度克服しうる状況が生まれてきた」。まず、「一九九八年からはじまった、ベトナム共産党刊行の公式の文献集である『党文献全集』」が出版され、「本書で主に検討する七九年から八六年の分はすでに公刊されており、本書の課題にとっての最も基本的な資料が、外国人研究者にも入手可能」になった。また、「ベトナムで回想録や個人に関する研究書の刊行が盛ん」になり、チュオン・チンについての公式回想録集なども出版された。いずれも、「公式」というのが気にかかるが、議論の基本となる資料があることで、著者に自信をもたせたことだろう。

 本書から、「ドイモイ提唱の三年前のベトナムには、改革とはまったく縁遠い空気が存在していた」にもかかわらず、また強い独裁的権力をもっていたわけではない改革派に転進したチュオン・チンが提唱、主導したドイモイが、「地方の実験」や「下からの力」に支えられて改革路線が形成されていった過程が理解できた。それにしても、綱渡りの連続で、なんらかのきっかけで、保守に逆戻りする危険性が何度もあったこともわかった。そう考えると、ソ連共産党が1986年3月1日に採択した新綱領で、「生産効率を引き上げ、分配、交換および消費を改善するためには、社会主義に固有な新しい内容をもった商品-貨幣関係をさらに完全に利用することが重要である」とした、ゴルバチョフの進める改革が「追い風」となったことが決定的だったように思えるが、著者はそれをつぎのように批判している。「[チュオン・チンの「研究グループ」のひとりであったヒエップ氏は]ベトナムのドイモイの過程では、ソ連、東欧、中国の改革を参考にしているが、模倣はしていないのが特徴だとしている。本書でも、ドイモイをソ連のペレストロイカの影響とする見方を批判し、一九七九年から八六年までの時期に関しては、ソ連との関係は改革促進的にも改革抑制的にも作用していたこと、ベトナムの第六回党大会直前のゴルバチョフによるチュオン・チンの政治報告案への賛意表明と署名は、重要な意味をもったが、それはベトナムのドイモイがソ連の押し付けだったことの証明ということではなく、ベトナムへの援助に大きな権限をもっていたソ連の保守的な経済官僚への牽制という意味があったとした。私も、ベトナムのドイモイ路線の形成に対する、外国の影響を否定するつもりはないが、それを過大評価することは、ドイモイが、社会主義の「民族化」であるという側面を看過することにつながり、誤りであると考える」と、著者は明言している。ドイモイは、あくまでもベトナム民族の勝利の結果なのである。

 NHKBS1のベトナムニュースを見ていると、ドイモイの成果を強調するような経済開発や観光産業の発展に加えて、歴史や伝統文化の紹介が多く、著者のいう「民族化」が現在も続いているような印象を受ける。いっぽう、「公式」なニュースしか報道されていないような印象も受ける。「二一世紀に入って急速に進んだ資料の公開、研究の発表」によって、本書の執筆は可能になったが、「公式」でない資料に基づくベトナムの過去・現在はよくわからない面がある。本書もまた、新たな資料の出現によって、書き直されるのだろうか。今後、経済や観光だけでなく、いろいろな面で交流が深まっていくであろうベトナムについて、もっと知りたいと思った。その意味でも、研究の現場に戻ってきた著者の今後の活躍に期待したい。

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2009年10月13日

『新編 日本のフェミニズム1 リブとフェミニズム』上野千鶴子解説(岩波書店)

新編 日本のフェミニズム1 リブとフェミニズム →bookwebで購入

 学生のとき、市川房枝参議院議員を議員会館に訪ねたことがある。当時は、「わたしつくる人、ボク食べる人」というハウス食品のインスタントラーメンのテレビコマーシャルが、「従来の男女の役割をますます強固にする働き」をするとして、女性団体が抗議し話題になっていた。その抗議する女性たちのなかに市川さんもいた。そして、この抗議をからかった記事を書いた女性週刊誌を訴えることまでおこった。マスコミ報道される市川さんと、目の前にいる市川さんとが一致しないことが印象に残っている。1970年代の女性たちの活動が正当に一般の人びとに伝わらなかったことを、わたし自身が体験したことを、本書を読んで再確認させられた。

 その1970年代に誕生した「リブ」と「フェミニズム」を、「解説」ではつぎのように説明している。「通常、七〇年代を前半と後半に分けて、七〇年のリブの誕生から七五年までをリブ、七五年国際婦人年以降をフェミニズムと呼ぶ用語法がある。前者の担い手は自ら「リブ」と自称したが、後者には「リブ」の用語は使われなくなった。他方、「フェミニズム」の用語は、戦前の『青鞜』グループがすでに使用している、歴史的でかつ国際的に流通している用語である」。「「リブ」が「フェミニズム」に置き換わったのは、否定的なイメージの強い「リブ」という言葉を避けたいという意図もあるが、それより、戦前の第一波フェミニズムとの歴史的つながりを確認し、世界的な第二波フェミニズムの流れのなかに日本のリブを位置づけようという意図からである」。

 15年振りの増補新版にあたって、「リブ・フェミニズムを記録/記憶する」「「男女共同参画」とバックラッシュ」「リブが語る老い」の3編が加わった。「女という経験を言語化し記録から記憶へ、さらに歴史へと世代を超えて手渡すために」、過去40年間の歴史を清算する時代になったということができるだろう。とくにネガティブなイメージがつきまとう「リブ」については、たんなる「ヒステリー」として切り捨てるのではなく、なぜ1970年代に通称「中ピ連」(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合」に代表されるような運動が起こり、マスコミが派手にとりあげたのかを検証する必要がある。それは、女性史だけの問題ではないからである。近代からの離脱の試みは、男性中心の社会からだけではなかった。

 1970年代の運動は、その後「障害者差別や部落差別、民族差別」などと結びつき、解説者の上野千鶴子は、その広がりをつぎのように述べている。「「マイノリティ・フェミニズム」が相対化しようとしているのはマジョリティの側の価値観なのだから、最終的には脱マイノリティとなることがゴールであろう。それは同時にマジョリティに脱マジョリティを求めることでもある」。さらに、現状をつぎのように認識している。「フェミニズムは二〇世紀を揺るがす思想であった。ここを通過せずには、何も語れない地点にわたしたちは来ている。「民族」や「階級」、「国家」や「政治」もまた「ジェンダー」の用語で再定義される必要がある。ますます錯綜し多様化する状況の中で、ジェンダーだけで解ける問題はなくなるだろうが、逆にどんな問題もジェンダーなしには解けなくなるだろう」。

 マジョリティ側が、このことに気づけば問題の解決は早い。そのためには、とくに1970年代にマスコミによる「ありとあらゆる非難、中傷、ばり、からかい」などによってつくられたネガティブなイメージを取り払わなければならない。そのことは解説者も充分認識していて、旧版の解説でもまず「リブのイメージ」をとりあげ、つぎのように述べている。「リブの実像をその歴史的な誤解と歪曲から救い出し、伝達するにはリブのなまの声を聞くほかない。リブの原典を読んだ若いひとから、わたしは「これはわたしの知っているリブとはちがう」という感想を何度も聞いたが、つくられた「意外性」に驚く前に「わたしの知っているリブ」のイメージが、どのような権力の磁場で形成されたかを問うべきだろう」。

 女性たちをいらだたせ、ときに過激な言動を生んだのは、マジョリティ側の理解のなさであったことがわかると、「歴史的な誤解や歪曲」から抜け出せるだろう。その第一歩が本書を読むことであり、そして本書に登場した女性たちが書いたものを読むことだろう。

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