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2009年09月29日

『ヤシガラ椀の外へ』ベネディクト・アンダーソン著、加藤剛訳(NTT出版)

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 まず、訳者加藤剛はじめ、著者アンダーソンのコーネル大学での日本人の教え子たちに感謝したい。著者自身が「必ずしも積極的でなかった」本書の執筆を引き受けた背景には、「本書を日本の若い人-研究者を志し大学や大学院で勉強している人、教職・研究職にある若い大学人のために書いてほしい」という編集者のことばに、かつて自身が指導した日本人学生の姿があったからだろう。日本語出版のためだけに書かれ、イギリス語での出版予定のない本書を読む幸運に恵まれたことに感謝したい。

 『想像の共同体』で知られる著者は、本書の主題として「私の幸運」を考えた。本書を読むと、たしかに幸運だったことがわかるが、それを幸運だと思うこと自体、著者の能力だろう。著者自身も、最後のほうで、たんなる幸運だけではないことをつぎのように説明している。「幸運は、学問の場においても日常生活においても、説明することができない。これが、研究者ならびに知識人としての自分の人生を語るに当たって、私が一連の幸運をことさらに強調した理由だ。私の生まれた時代と場所、私の両親と祖先、私の言語と教育、私のアメリカへの移動、そして私の東南アジアでの経験」。「好機というのは、しばしば予期せぬ偶然としてやって来るものであり、それがさっと目の前を通り過ぎる前に、勇敢にあるいは無謀に、これを捕まえなければならない。思うに、冒険精神ほど、本当に生産的な学問生活にとって決定的に重要なものはないだろう」。

 本書のタイトルとなった「ヤシガラ椀の外へ」は、「井の中の蛙」になりがちな「日本の若い読者へのメッセージの意味を込めて」決まった。言語学上まったく別の語族に属するインドネシア語でもタイ語でもある「ヤシガラ椀の下のカエル」「ヤシガラ椀の中のカエル」という意味の慣用句がもとになっている。「これが言わんとするのは、独りよがりの地方気質(プロヴィンシヤリズム)だ。ヤシガラ椀の下のカエルは、椀から這い出すことが叶わず、やがてカエルは、頭上にある椀の天井が天空だと思い込むようになる」。

 本書では、「ヤシガラ椀の外へ」出ることの意味や方法が、具体的に語られている。まずもって、「ディシプリン的近視眼と国粋的な自己中心主義の組み合わせほど、学生が創造的に考えることを妨げるものはない」という。したがって、著者は「ディシプリンの壁を崩す」必要性を述べるが、その解決策のひとつである「学際的(インターディシプリナリー)であるためには、まずディシプリンが存在しなければならない」という。また、「歴史学は時代と国によって分けられたが、この二つのカテゴリーに科学的な根拠は存在しない」と言い切る。そして、著者は、「第五章 ディシプリンと学際的研究をめぐって」を、「学際的研究の意味も、最終的には、この創造性と革新性にいかに貢献できるかとの関係で問われなければならない」と結んでいる。

 本書は、「著者と訳者の私たち二人の共同で仕事をする」ことの成果であり、日本の若い読者を想定したことから、訳者による補足説明が本文に挿入されている。そのひとつがアメリカと日本の教育研究機関における地域研究の位置づけの違いで、訳者はつぎのように説明している。「アメリカでは、東南アジア研究にしろ、どの地域の研究にしろ、地域研究は教育と不可分に結びついている。地域研究の創生からして、目的は当該地域の研究を促進すると同時に、その地域について専門知識を身に付けた人材を養成することにあった。しかし、日本の地域研究的な機関の嚆矢(こうし)であり現在でも代表的機関・・・においては、少なくとも当初の創設の目的は、大きな財団が存在しなかったこともあって公的資金に依存した研究組織の設置であり、学生の教育は含まれていなかった。共同研究が強調されるのも、アメリカとは異なる伝統である」。

 このことは、アメリカでは若い研究者を教育者として育てることが重視されたことを意味し、著者は自身の体験からつぎのように説明している。「若手教師が、東南アジアとは何の関係もない学部授業をたくさん担当するように仕向けることだった(私の場合でいうと、「社会主義の伝統」「イギリス連邦の政治」「軍の政治的役割」「政治と文学」といった授業を担当した)。これは、若手教師にとっては多くの負担を意味したが、東南アジア・プログラムが学内で孤立することや、オリエンタリズム的視野狭窄に陥ることを防ぐ役割を果たした。何よりも重要だったのは、プログラムの全ての教授陣がディシプリンに確固とした足場を持ち、単なる「東南アジア」以上のことを教授できることだった」。

 「比較」においては、なんでもかんでも比較すれば、それなりの結果が得られるとは限らないことが、「第四章 比較の枠組み」からわかる。まず、著者たちが学んだ「比較は、主として西ヨーロッパの比較」で、それが「容易であり、かつ妥当でもあった」ことが、つぎのように説明されている。「ヨーロッパ諸国の間には何世紀にもわたる相互交渉や相互学習があり、さらには相互競争があった。それも、これら諸国は、ギリシャ=ローマの古典古代(アンティクウィティ)とユダヤ=キリスト教に基づく文明をお互いに共有していると信じていた」。

 そして、第四章の最後に「比較とは何だろうか?」と自問し、つぎのように答え、さらに3つの留意点を挙げている。「それは、基本的には方法(メソツド)ではなく、学問的テクニックでさえないと認識することが重要である。むしろ、それは、語りのための戦略、どのように問題を設定しそれを語るかの戦略だ。比較を行なうに当たっては、この戦略をどのように用いるかをめぐりいくつか留意すべき事項が存在する」。「まず、第一に、どのような研究においても主として類似点を追求するのか、それとも相違点を追求するのかを決めなければならない」。「二番目の留意点は、最も啓発的な比較(類似、相違のいずれの比較であるかにかかわらず)は、「妥当な議論が展開できる範囲内で」との条件つきだが、意外性や驚きのある比較だということだ」。「三番目の留意点は、同一の国を長い歴史の中で見る時間軸(ロンジテユーディナル)の比較は、少なくとも複数ネーションを横切る形の空間軸(ラティテユーディナル)の比較と同じほど重要だということだ。その理由のひとつは、教科書風のある種の国民の歴史(ナシヨナル・ヒストリー)が持つ力である。それは神話を厭(いと)うことがなく、ネーションの永続性と往古に遡る「ナショナル・アイデンティティ」に既得権益を見出すような歴史である」。

 これらのほかにも、数々の成果を発表してきた著者だけに、「ヤシガラ椀の外へ」出ることが、どういう意味をもち、学問の発達に通ずるのかが、具体的事例とともに語られ、説得力をもつ。「フィールドワークに内在する根源的な意味に気づき始めた」著者は、「自分の「調査プロジェクト」にだけ集中するのは無益」で、「むしろ全てに対して不断の好奇心を持ち、自らの目と耳を研ぎ澄ませ、そして何についてであれ、それこそあらゆることについて書き留めておくべきだ。そうすることによってこそ、フィールドワークから大きな恵みがもたらされることになる。何か違う、何かが変だという経験は、私たちの五感を普段よりも鋭くし、そして比較への思いを深めてくれる」ということが、わかるようになった。

 そして、つぎのような方法で、書きとめていった。「当時ラップトップのコンピューターはなく、電動タイプライターさえなかった。フィールドワークにテープレコーダーを持って行ったとしても、それを使うことは率直さや寛(くつろ)いだ場の雰囲気を壊すことに繋がりかねない。私自身はテープレコーダーを使うことはまったくなかった。したがって、二つのことをしなければならなかった。インタビューの内容を全て記憶することと、終わった後は「自分の家」にすぐさま戻り、手動タイプライターないし手書きでそれを記録することだ。記憶と記録のために工夫したことは、尋ねることをトピックごとに事前に考え、聞いたことの簡単なメモをインタビュー中にさりげなく手帳に書き留めることだった。例えばオランダ人の習慣、善良な日本人、金銭、武器、ラジオ、汚職等々である。耳と記憶の訓練に、これほど優れもののやり方はなかった」。

 本書を読めば、「ヤシガラ椀」のなかにいることに気づいていなかった人にそれを気づかせ、「ヤシガラ椀」のなかにいることに気づいていながら、それに安住しそこから脱出できない者に、脱出するきっかけを与えるだろう。これまで著者が書いてきたものが難しく、理解できなかった者は、本書を読むことによって著作の背景がわかり、理解しやすくなったことだろう。なにより、学問をするということが、どういう意味なのかがわかったことだろう。本書を読んだ後、著者が書いたものを、また読みたくなった。でも、「アンダーソン語」で書かれた原書を読むのは、まだまだしんどいだろうが・・・。

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