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2009年06月16日

『朝日新聞の秘蔵写真が語る戦争』朝日新聞社「写真が語る戦争」取材班(朝日新聞出版)

朝日新聞の秘蔵写真が語る戦争 →bookwebで購入

 1年間余にわたって10日ごとに、「富士倉庫資料」のラベルの貼られたファイルが2冊ずつ、朝日新聞大阪本社から宅配便で届けられた。全72冊の点検が終わったとき、ホッとすると同時にがっかりした。東南アジアを専門とする者として、東南アジアにかんするものがもっとあると期待していたからである。とくに日本が占領した土地で、朝日新聞が担当・発行したジャワ新聞、ボルネオ新聞、香港日報との関連で。

 「富士倉庫資料」は、本書でつぎのように説明されている。「朝日新聞大阪本社には、通称「富士倉庫資料」と呼ばれる大量の写真資料が保管されている。撮影時期は1931(昭和6)年の満州事変の前後から第2次世界大戦敗戦までの時代が中心で、アジア各地へ派遣された特派員の撮影や通信社からの配信による写真からなる。その総数は、7万枚以上に及ぶ」。「本書は、2006年7月17日付から2009年3月27日付まで、朝日新聞紙面に月1回連載された「写真が語る戦争」を再構成し、加筆したものである」。

 7万枚余の写真の多くが中国戦線のもので、データベース用にとくに貴重な1万枚を選ぶ委員のひとりでありながら、それを判断するだけの知識をもっていなかったわたしにとって、本書はこれらの写真のもつ重要性を改めて認識させてくれるものになった。また、朝日新聞の連載を丁寧に読んで理解していた者にとっても、本書はさらに新たな発見ができるものとなっている。連載後の読者からの反響をふまえて、加筆しているからである。新聞記事が、このようなかたちでストックな情報として生まれ変わることで、新聞記事の信頼性はさらに高まる。そして、そのことをこの取材班は充分に認識しているからこそ、写真と裏に書かれた説明、各種スタンプなどの情報だけでなく、被写体となった場所を訪ね、人物を捜し、インタビューした。

 本企画は、朝日新聞の「歴史認識を問い直す06年度の年間企画「歴史と向き合う」に連動するかたちでスタート」したため、「富士倉庫資料」についてはすでに新聞連載を基に出版された朝日新聞取材班『歴史と向き合う2 「過去の克服」と愛国心』(朝日新聞社、2007年)の巻頭で紹介されている。あわせて読むと、写真が撮られた背景がわかることもある。

 写真を「選定」しているときから気になっていたことのひとつは、これらの写真が大阪本社が発行する朝日新聞のために撮られたものであるということである。当然、日本国内で撮られた写真の多くは関西のもので、母校の大阪の高校の写真も出てきたし、1942年2月15日のシンガポール陥落を祝う写真のなかには生まれ故郷の津山の幼稚園や小学校、現在住んでいる大津の近所の小学校が出てきた。大阪本社の写真が、当時の日本を代表するものとは限らないのは、大阪がアジアと特別な結びつきがあったからである。とくにアジアとの貿易額は、神戸・大阪の2港合計で半分を占め、横浜港は20%にも満たなかった。しかし、本書を見ると、その「大阪」らしさが出ていない。たしかに戦争は国がし、国民は一丸となっていた。いっぽうで、人びとの日常生活や人間関係のなかには、国家とは無縁に動いていたものもあったのではないか。「沖縄」だけでなく、戦時下で地方色があったのかなかったのか、「大阪府派遣吉本興業わらわし隊」の慰問などから考えることで、戦後の大阪の東京進出や大阪の衰退が、繋がるかもしれない。

 「選定」をはじめてしばらくは中国戦線の写真がほとんどで、具体的な戦況がわからないわたしは、人びとの日常生活のほかに慰霊活動に注目した。戦後、日本人がかつての戦場に建てた慰霊碑の数は、だれも把握していない。フィリピンだけでも数百はあるだろう。また、「紙碑」ともいうべき「戦記もの」の出版はフィリピン関係だけでも1,000を優に超える。これらの活動の原点が、戦前・戦中にあったと考えているわたしは、中国戦線で戦死した者にたいして、日本軍はどのような慰霊活動をしていたのか興味があった。日本軍は占領すると、忠魂碑などの記念碑、神社を建ててお参りをした。そんな写真が何枚もあった。そして、戦死者の遺骨が日本に帰ってくると、港や駅で丁重に迎えられ、故郷に帰って盛大に葬式がおこなわれている写真も何枚もあった。そんな光景も、戦争末期にはなくなった。遺骨・遺品どころか、生死もわからないままの者が、いったい何人いるだろうか。1991年に大爆発したフィリピンのピナツボ火山の灰に埋もれた日本兵の遺体は3万ともいわれている。「富士倉庫資料」を見ながら、遺族・戦友は「勝ち戦」のときのように戦死者を「英雄」として祀りたいがために、かつて日本軍に占領された戦地で地元の人の冷たい目にさらされながらも慰霊・巡拝をおこなっているのだろうか。「選定」を終えたいま、手元に残された72冊のファイルを改めて分析してみようと思う。

 本書には350点以上の写真・図版が収録されている。そして、「朝日新聞歴史写真アーカイブ」には、「富士倉庫資料」約1万点が収録された。これらの写真から何を読み取り、今後のわれわれの生活にいかしていくのかを考えることによって、かつての戦争が身近になり、未来の戦争が遠退いていくと信じたい。

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