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2009年06月09日

『スペインの黄金時代』ヘンリー・ケイメン著、立石博高訳(岩波書店)

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 「本書が扱う時代のほとんど」は「衰退の時代であった」と、著者のケイメンは、「第1章 序」で述べている。本書のタイトルから、「日の出から日の入りまで、その領土で太陽が輝かないときはない」「一世紀余りにわたって強大な一大帝国を誇ったスペイン」を想像すると、読者は裏切られてしまう。しかし、その「黄金時代」にスペインの植民地となったフィリピンを研究している者からみると、本書によっていろいろな謎が解けてくる。なぜフィリピンの植民地化はカトリック化と一体になったのか、なぜフィリピンは経済的に英米の植民地のようになったのか、そして、なぜフィリピンの独立運動は失敗したのか、などなど。

 「本書のねらいは、スペイン史学の現状について簡潔だがバランスのとれたガイドを示し、近年の関連文献と議論の主題となっている中心的諸問題に焦点を当てること」にあり、「第1章 序」と「第7章 結論」で要点が述べられてわかりやすい。「第1章 序」では、つぎのように説明している。「一六世紀に生きた人びとにとって「黄金時代」とは、問題を抱えた自らの生きる時代ではなく、むしろ過去に属する理想化された時代をさしていた。一六〇五年にセルバンテスは、自著の主人公ドン・キホーテに、過去の「あの幸福な黄金時代」を懐かしませているのである〔・・・〕。その後一八世紀まで、スペイン人たちはほぼ異口同音にカトリック両王期を「黄金」時代とみなした。だが啓蒙期の文学批評家たちは、一六、一七世紀の文化的成功もまた「黄金期」の名に値すると判断した。そして、これら批評家の見解がそれ以来、一般的に用いられている。必然的に、「黄金時代」は成功と、「黄金時代でないもの」は失敗と同一視されるようになった」。

 そして、「第7章 結論」では、つぎのように衰退の原因を語っている。「世界的王国の指導的地位にありながら、その指導力を維持するためにスペインは完全に外国の資金、外国の軍隊、外国の船舶に頼っていたのである。これは歴史上の他のどんな帝国にもみられない倒錯した状況であった。スペインは、アメリカ大陸の植民者だったが、ほとんど最初から、新世界の政治的・経済的運命をコントロールすることができなかった。西の商業交差路であったがその貿易から利益を得ることに失敗し、ヨーロッパ商人たちの植民地となった。インディアスの金銀の受け取り人たるその住民は貧困の苦しみを経験しはじめ、それが何世代も続いた。必然的に、一七世紀の著述家たちは帝国の経験全体を悲劇的失敗と断ずるようになった。いまにしてみれば、黄金時代は、もし存在したとすれば少数者にとってで、多くの人びとにとっては存在しなかったのだということが私たちにもわかる。文化に対して「黄金時代」という言葉を用いることにすら、疑問が生ずるかもしれない。帝国主義はカスティーリャの言語と文化を推進したが、それはアラブやカタルーニャといったイベリア半島のその他の伝統を犠牲にするものだった。その上、ヨーロッパに与えたインパクトはつかのまのものだった。それが一七世紀初頭に世界の他の地域に最も成功裏に与えたイメージは、ドン・キホーテの妄想とグスマン・デ・アルファラーチェ〔・・・〕のさすらい者的現実逃避というアンビヴァレントなものだったことは意味深い」。

 本書のねらいについては、「訳者解説」の著者の仕事を概観すれば、その意図がよくわかる。訳者の立石博高は、スペイン語の優れた翻訳で定評があるだけでなく、著者の「スペイン史のステレオタイプ的理解に対していかに批判的な姿勢を貫いているかを知るとともに、そうした姿勢を十分に汲み取るためには、それぞれの読者が一定のスペイン史に関する知識をもつことが必須である」と認識しているだけに、その「解説」には学ぶことが多い。

 訳者は、著者の仕事を4つに大別している。「一つは、寛容や良心の自由への思想的関心を出発点にして、スペイン異端審問制度の展開を社会的・政治的脈略の中で捉えようとする異端審問研究で、スペイン国立歴史文書館「異端審問セクション」の史料を駆使した最も実証的研究である」。「第二の仕事は、一五世紀末から一八世紀初めの時代についての総体的・包括的理解に向けての研究で」、「従来のスペイン近世史像を大きく修正することに力点を置いている」。「第三の仕事は、「スペイン帝国」の構造に関わるもので」、「スペインないしカスティーリャの繁栄と衰退は、西ヨーロッパのそれらに「従属」したもので」あり、「インカ帝国やアステカ帝国の征服もまた、一握りのスペイン人による偉業ではなく、これらに対抗していたインディオの協同がなければ不可能であったと断言」する。「第四の仕事」は「ごく最近の仕事」で、「国民国家の歴史神話の解体へと傾斜」したものである。「国民国家の形成過程の歴史学がいかなるかたちで近世国家=社会のイメージを創造し、一九・二〇世紀のスペイン・ナショナリズムへのイデオロギー的貢献をなしたかを鋭く指摘している」。

 欧米の植民地になった国・地域の歴史を研究する者にとって、欧米の歴史は欧米中心史観で描かれたもので、ひじょうに単純化したかたちで批判してきた。しかし、著者が描いたようなスペイン史像があらわれてくると、スペインを地方の連合体(複合王政)、ヨーロッパ史のなかのスペイン、植民地との関係史のなかのスペインなど、さまざまなかたちでとらえなくてはならなくなる。そうすることによって、スペイン史もヨーロッパ史も、世界史も、そして中南米諸国・地域史やフィリピン史も、近代に描かれたステレオタイプ的理解では充分でなく、現代に通用しないことが明らかになる。

 本書は、「ヨーロッパ史入門」シリーズの1冊であるが、現代に通用する「世界史入門」の1冊でもある。

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