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2008年07月29日

『海を生きる技術と知識の民族誌-マダガスカル漁撈社会の生態人類学』飯田卓(世界思想社)

海を生きる技術と知識の民族誌-マダガスカル漁撈社会の生態人類学 →bookwebで購入

 本書最後の第6章には、「研究者に何ができるか」という見出しがある。本書を通読すれば、著者飯田卓がつねに「研究者に何ができるか」を自問自答しながらフィールドワークをおこなっている様子がよくわかる。本書の「目次」は、章と節のタイトルまでしか書かれていないが、項まで書かれていると、本書の全体像と著書の意図したことが、より具にわかったことだろう。

 著者の姿勢は、「序章 漁民文化の潜在力」のつぎの文章からもわかる。「私は、フィールドの人たちからローカルな現実を学ぶと同時に、ローカルな生活感覚からかけはなれたグローバル化状況をも認識していかなくてはなるまい。現在のように専門化していく学術環境のなかで、それは容易でないだろう。しかし本書では、それを試みようと思う」。そのような学ぶ姿勢をもつ著者だから、「終章 グローバル化のなかの自然」は、「われわれ日本人は、経験に裏打ちされた知識を回復するうえで、ヴェズの人びとに多くの学ぶことができるはずである」という文章で締め括っている。

 著者は、ヴェズとよばれる「マダガスカルの漁民たちが海と交際する作法にとくに注目」している。著者が、「海を人格化し、人びとが海と交際しているという表現を」使う理由は、つぎのように説明されている。「じっさい、マダガスカルの漁民にとって、海はたんなる自然環境でも労働の場でもない。それは同時に、行動を選択するうえでの助言者であり、各人のプライドを維持してくれる評定者であり、隣人たちと経験を共有するうえでの仲介者である。つまり海は、個性や社会性の源泉という意味でも、人びとの生活に深く関わっている」。そして、著者の最大の関心事は、「さまざまなタイプのコミュニケーションが世界規模で拡大していくなかで、あいかわらず海と向き合いつづけている人たちにどのような可能性や潜在力が残されているのか。こうした問いを軸に議論を展開するなかで、メディアに媒介されない自然に関わる人びとにもう一度目を向けなおす」ことである。

 このような姿勢、関心事・注目点のもと、著者は具体的に2つの本書の目的をあげている。「海が水産資源をはぐくむことは、よく知られているし、理解もしやすい。これに対して、海が(正確には、海とつき合いつづけることが)無形資本をはぐくみ、漁民の自活力を保障するかどうかは、それほど自明でない。このことを明確に示すことが、本書の第一の目的である」。第2の目的は、「グローバル化状況におけるローカル社会の変化を記述することが、さしあたっては重要」であり、「無形資本とはいっけん関係なくみえる事項も含めて、海と人との関わりを広くとらえること」である。

 ヴェズとよばれる人びとは、7世紀にインドネシアのカリマンタン島を離れ、海洋民バジャウの助けを借りて、マダガスカル島まで長距離航海をおこない定住した。ヴェズということばは、バジャウの訛化だとされている。たしかに、本書で描かれている舟や航海術、漁法は、東南アジアのものと共通している。しかし、人の顔はすこし違うようにも見える。ヴェズとは、出自に関係なく、漁撈など、海で生活するために必要なふるまいを身につけていることだという。「泳ぐこと、カヌーを製作し、操縦すること、航海のための日和を見ること、魚を捕獲し、食べ、売ること、そうしたことをうまくこなすことで、人はヴェズになることができる」。このアイデンティティのあり方は、海洋民や遊牧民など、流動性の激しい人びとと共通している。先天的なものではなく、「積極的に学ばなければならない」ものである。したがって、定着農耕民社会のように民族は固定したものではなく、しばしば発生し、消滅する。

 このように「海を隣人とみなし、海の表情を読み解き、海のポテンシャルを知悉して、次つぎと漁法を編みだす漁民たち」は、漁業資源を求めるグローバル化のなかで、サメ刺網漁、ナマコ・イセエビ潜水漁などで潤ってきた。これまで、かれらは長距離の移住や農業への転換などをほとんど経験せずに、外部世界からの影響に対応してきた。そこには、かれらの優れた技術と豊かな漁場があった。そして、漁業規制などもあまりなかった。それが、いま、漁業資源の枯渇や政府による介入の問題が発生するようになった。著者が、「研究者に何ができるか」と問いながら、調査をおこなったのも、もはやかれらだけで対処できる状況ではなくなってきているからである。

 「研究者に何ができるか」の項では、著者はつぎのように結んでいる。「現代の資源管理論では、漁民と外部者の対話にもとづく共同管理の枠組みが主流であり、さらなる対話が必要だという私の主張に一致しているようにみえるからである。しかし、実際に私が主張したいのは、共同管理が想定するような対話を実現する前に、はるかに困難な対話が必要だということである。共同管理において対話の相手となるのは、資源管理の専門家などであるが、その前段階の対話では、漁民の生活や文化に精通した者が積極的に対話をリードしなければならない。私自身が適格かどうかは別として、そうした前段階での対話においてこそ、人類学者が本領を発揮できるように思う」。

 そして、「終章」では、つぎのように読者に問いかけている。「文化人類学にせよ生態人類学にせよ、地理的に遠い場所での調査にもとづくことが多いためか、その研究成果は、日本の読者にあまり関係ないと思われがちである。しかし、ヴェズ漁民の社会からも、日本社会に住むわれわれは多くのことを学べると私は思う。ヴェズの人びとは、周囲の人びとや自然との具体的な関わりを保ちながら、世の中のあらゆる動きに対処しようとしてきた。いっぽう日本社会では、さまざまなメディアをとおして情報を取得できるかわり、隣人や自然との関わりが一貫して衰退してきている。このように、ヴェズ漁民社会と日本社会では状況が著しく異なっているが、だからといって問題を共有できないのなら、われわれは、個人化が進む社会状況のなかで孤立していかざるをえないだろう。そうなるよりむしろ、取り組むべき問題の共通性を重視して、われわれは連携していくべきではないだろうか」。

 グローバル化が進む今日、地球上のどこかで起こったことが、われわれの生活に直結する可能性がある。他者の問題を、自分にもつながる問題ととらえることによって、グローバル社会の問題は解決へと向かうのかもしれない。しかし、そのつながりは、普通見えない。見えないつながりを見えるようにすることが、「研究者ができる」ことではないか、と本書を読んで思った。

 蛇足。「序章」の最初のパラグラフを読んで、読むのをやめようかと思った。「2001年12月24日。・・・クリスマスの午前中をすごした」とあった。日本人の多くは、クリスマス・イヴをクリスマスと勘違いしているかのように「祝う」。たんなる誤植かもしれないが、このような記述があると、読者の信頼をまったくなくしてしまう。文章を書く者として、他人事ではない。わたしも、なんどか編集者に救われたことがある。気をつけよう。

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2008年07月22日

『漁民の世界-「海洋性」で見る日本』野地恒有(講談社選書メチエ)

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 「終章 日本文化の基層としての「海洋性」」は、読みごたえがあった。著者、野地恒有の「海洋性」論に、引き込まれていく。それまでの第一~五章の具体的な事例で、のんびりした海辺の情景を楽しんできただけに、その落差は大きい。そして、その海辺の情景が「終章」に収斂して、論理的に語られる。

 著者の「海洋性のとらえかたは、柳田[国男]や宮本[常一]や北見[俊夫]のそれとは根本的に異なっている」。「私は、海に由来していそうな事例群を海洋的要素としてあげて、それらを南から来た海民が運んで伝えた跡と解釈したのではない。そもそも、こうした海民は海洋的要素を運搬し伝道する者という見方については第四章で否定した」。「海洋性とは、日本が豊かな海に囲まれ抱かれることによって、そしてそこに住む人々が海を意識することによって、歴史的に後天的に育まれてきた性格である。海洋性は、渋沢敬三や桜田勝徳が言ったように、地域漁業の実態と海産物消費の習俗との相互関係によって作りだされ支えられてきた特徴である(第一章)。そして、私は、海洋性とは海から来るものとの交流や交感によって維持され活性化されてきた社会や文化の特徴であり、そこから抽きだされた仕組みや論理のことであるとした」。

 そして、著者が「なぜ田植えのときにイワシを食べるのか」「山村でも神事の供え物には海の魚を使うのか」と問うて、「日本文化の基層としての海洋性」を明らかにしていった背景には、著者独自の「定住」の考え方がある。「漂泊の対極にイメージされる農耕を営んで土地に縛りつけられているだけが定住ではない。漂泊は非農業民と結びつけられるが、漂泊的に見える彼らの活動も定住のさまざまな様態の一つをあらわしているともいえる。定住にはいろいろなかたちがあるのだ」という。さらに、つぎのように説明する。「定住ととらえたからといって、陸や農耕を中心とする考えかたにとらわれているのではない。海(海洋性)で見るというのは、「陸=定住」に対する「海=漂泊」の視点を提示することではない。海(海洋性)から陸(定住)をとらえているのである。そしてそこから析出されたのが、ゆるやかな定住という姿である。ゆるやかな定住からいえば、漂泊民は実在しない」。

 日本は、「ゆるやかな定住」社会であるという結論を導き出した著者は、その共通した特徴をつぎのようにまとめている。「一つには、漁撈技術の専一性である。移住漁民は、得意とする技術に専一化してスペシャリストとして、移住先の地域のなかに自らのポジションを作りだしていく。しかしそれが継続不能になったとき、その技術を捨ててそこに居続けようとするのではなく、その技術が実行可能な別の地域に移動する、という選択肢を持っている。マイナス要因により従来の生活形態を続けることができない状況に陥ったとき、その地域のなかで自らを変えて対処するのではなく、従来の生活形態を維持するために次の定住地を求めて移動することを選択しうるのが移住漁民の生きかたである。定住を続けている移住漁民はいつか移動しようなどと考えながら生活しているわけではない。しかし、彼らが専一的な漁業をおこなっているということは、つねに移動の可能性が用意されているということである」。

 ここに稲作農耕民社会とは違う「もう一つの日本」がある。ということは、本書でいう「海洋性」とは、日本だけでしか通用しないことなのだろうか。本書で紹介された「漁民の世界」は、国民国家日本の成立過程と密接に結びついている。基層にある海洋性が、近代国民文化として顕現化したときを、著者は的確に捉えたということなのか。流動性のある「海洋性」が、日本という枠組みでひとつの文化を創ったということができるかもしれない。本書は、「海洋性」を触媒として、どのような文化が生まれたのか、世界的な規模で考える好事例を提供したといえる。そして、大切なことは、陸の基準で海を見たのではなく、海の基準で陸を見たことである。

 本書では、国境を越える「海洋性」の記述はほとんどない。日本という社会・文化を「海洋性」という視点でとらえたにすぎず、「日本」という大前提のもとで議論され、「海洋性」そのものが考察対象とされたわけではない。しかも、陸とのかかわりで「海洋性」を見ている。したがって、日本の「海洋性」を支えた人びとは「漂泊民」ではなく、「定住者」の一形態だと結論した。「陸」と「海」の共存・共生という考え方からだろう。従来の「海」にかんする研究は、「海」を陸に従属するものとしてとらえるものが多かった。本書のように、「海」を「陸」と対等に見る見方は少なかった。さらに、「海」のもつ自律性に注目する研究は、ようやくはじまったばかりだ。本書の「ゆるやかな定住」という考え方は、流動性が激しくなってきている現代社会を考えるにも、有効であるように思える。

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2008年07月15日

『稲作渡来民-「日本人」成立の謎に迫る』池橋宏(講談社選書メチエ)

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 日本人は、稲作や米食論議が大好きである。しかも、古来から米を主食としてきたと信じている日本人の常識で考えたがる。わたしが、学生によく訊く質問に、「水稲作と陸稲作では、どちらが収穫量が多いですか?」とか「ジャポニカ(短粒米が多い)とインディカ(長粒米)では、どちらがおいしいですか?」がある。最初の質問にたいしては、「水稲作に決まっているのに、なぜこんな質問をするのだろう」と怪訝な顔をする者が多い。「水稲作に決まっている」と考えるのは、水稲作のほうが進んだ農法だと思っているからだ。たしかに、焼畑などでおこなう陸稲作のほうが手間がかからず、原始的な農法だ。その「手間がかからず」ということを収穫量とあわせて考える者は少ない。「水稲作に決まっている」と考えるのは、単位面積当たりの収穫量を前提にしているからだ。しかし、単位労働当たりの収穫量は、焼畑の陸稲作のほうが多い。つまり、人口密度が高く耕作地が少ないところでは水稲耕作が適しているが、人口密度が低く広大な土地のあるところでは楽して収穫できる焼畑の陸稲作のほうが適している。

 ふたつめの質問にたいして、日本人が長年品種改良に努力してきたことを知っている者は、当然ジャポニカのほうがおいしいに決まっている、と思っている。しかし、世界で食べられている米の8割はインディカだ。しかも、東南アジアでは最初ジャポニカが栽培されたが、インディカにとってかわられたと考えられている。熱帯では、ジャポニカは腐りやすく、ねばねばしているのが嫌われる。因みに、わたしがいままで食べた米で、もっともおいしいと感じたのは、ジャポニカより大粒のジャバニカの陸稲赤米だ。

 そして、米は国造りの基礎となったというのも、日本的な議論だ。水稲耕作によって余剰食糧ができて古代日本国家が成立し、米が日本人の主食となったと考えられているようだ。しかし、日本人が米を主食とするようになったのは、国家が食に介入し、大量に輸入した戦前・戦中のことである。自給できるようになったのは、戦後のことだ。国家の形成にかんして人口密度との関係を考える人がいるが、モンゴル帝国のように人口密度が低く、稲作を基本としない国家は、アジアにいくらでもある。騎馬軍団のような機動性のある軍事力が、ソグド商人のような広域商業圏をもつ集団と結びつくと、人口密度が低く余剰食糧を生産できなくても、国家を形成できるだけのヒトもモノも集めることができる。日本人の稲作論議好きは、わからないことがあまりにも多く、皇国史観と結びつき、いろいろな想像をめぐらすことができてロマンへとつながるからだろう。本書は、その稲作論議に「イネ学・考古学・言語学から総合的にアプローチ」をもって参戦し、「「日本人」はどこから来たか」を探ろうとしている。

 著者、池橋宏も、上記のようなことを理解していて、つぎのように述べている。「栽培イネが一年生であることも、陸稲が水稲に先立つということも、畑に水が滞留して水田ができるという見方も、イネをよく研究してみると可能性の低いことである。これまでの思い込みから出たモデルからは、畑作の穀物農業と水田農耕の大きな差異が理解されなかった」。また、古代国家の成立についても、「朝鮮の古代国家の成立についての論議のなかでは、水田稲作の渡来と定着の意義があまり強調されていない」ことを認めたうえで、「騎馬民の武装力や鉄器の普及も大きな要因であったが、水田農耕の発達を軽視することはできない」という。

 著者は、「長江下流→山東半島→朝鮮南西部→北九州」というルートで日本に稲作が渡来し、「舟を操り稲作とともに漁撈を生業とする「越」系の人びとにその鍵がある」と考えている。それを立証するために、専門の「イネ学に加え、考古学・言語学の最新の成果を渉猟」している。ここで欠けているのは、「舟を操り稲作とともに漁撈を生業とする」人びとのことだろう。著者の疑問のひとつである「なぜ体型は変わったが言語は変わらなかったか」についても、海洋民の性格を考えると解決するかもしれない。定着農耕民とは違い、流動性の激しい海洋民は、移動先の土地で生まれた子どもがその土地に定着すると、その土地の言語を母語とするようになる傾向がある。著者のいうように、稲作渡来民が海洋民で、一時に集団で移住したのでなければ、言語は変わらない。このことについては、次回この書評ブログで取りあげる「海洋性」についての本から、より明解な答えを得ることができるだろう。

 「「日本人」成立」などというテーマは、わからないことだらけである。それぞれの学問分野で矛盾した仮説が繰り返し提出されるのも、断片的な考察しかできないからである。本書は、複数の分野の最新の研究成果をつなぎ合わせて「稲作渡来民」という仮説を立てているが、もちろんすべての分野の成果を考察の対象としたわけではない。これからも断片的な「新発見」「新解釈」によって、仮説は変わっていくだろう。個々の分野の研究の進展と本書のような「総合的アプローチ」の繰り返しによって、一部の謎は解けるだろうが、その後には新たな謎が生まれるだろう。だから、稲作や「日本人」成立の論議に終わりはない。このような論議で忘れてはならないのは、学問的な基本を充分踏まえて仮説を立てることだ。そのためには、「日本人の常識」を棄てることである。国際的な論議も必要だ。

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2008年07月08日

『食の共同体-動員から連帯へ』池上甲一・岩崎正弥・原山浩介・藤原辰史(ナカニシヤ出版)

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 本書は、2004年に組織した研究会の3年以上にわたる討論の成果である。4人の執筆者の生年は1952年、61年、72年、76年で、それぞれ別々に戦後の食生活の変化を実体験しているはずだが、問題意識とキーワードを共有し、「統一性と論理的な連関性をもつ書物」に仕上げた。4つのテーマは異なるにもかかわらず、読み終えて執筆者たちと問題意識を共有できたように感じたのは、その討論の成果ゆえだろう。

 本書の4つの章が、どのようにつながっているのか、帯で的確に述べられている。「「胃袋の連帯」を目指して 人間は、食べることを通じてつながっていけないだろうか。人間のもっとも基本的な営みである、食べることとそれを共有することを基盤にして……。近代日本やナチによる食を通じた動員、有機農業運動の夢と挫折、食育基本法による「食育運動」の展開の分析を通じて、「食の連帯」の可能性を探る」。

 執筆者たちが問題としたのは、「共同体自体が弱体化し、食の機能もまたそれほど重視されなくなった時代の<食の共同体>である」。一般的に私的領域に属していると考えられる食を、<共同体>という公的領域の問題として考えようというのである。

 それぞれの章の目的は、「はじめに」で明確に述べられている。「第1章 悲しみの米食共同体」では、「米食ないし米食悲願を中核とした近代日本を<米食共同体>と捉えて、その構造と変容・空洞化の過程を実際の歴史現場で検証してみたいと考えている」。「米食共同体の変容・空洞化過程とは、資本と国家、とりわけ国家権力の強い影響下、米食をめぐる願望と規制とが交錯しながら変転していく過程であった。したがって、米食共同体のもつ構造に対して、国家権力がどう対応し、その結果米食共同体はどのように変容したのか、そのことが人びとの意識や習慣をどう変え、また近現代日本においてどんな意味をもっていたのか、を問わねばならない」。

 「第2章 台所のナチズム-場に埋め込まれる主婦たち」は、「ナチスは、女性のことを「第二の性」と呼び、家庭を護り、男性に奉仕すべき存在とみなしていた。このようなナチスのむき出しの女性蔑視あるいは男性中心主義にもかかわらず、なぜ主婦は戦争に動員されたのか」。「食生活の中心に位置する台所という場からこの問いを考える」。

 「第3章 喪失の歴史としての有機農業-「逡巡の可能性」を考える」は、「有機農業運動の歴史の両義性を意識しつつ、人びとの思考の自由度がどのように生み出され、あるいは逆に縛られていくのかをみながら、私たちにとっての「逡巡の可能性」がどこにあるのかを」考える。

 「第4章 安全安心社会における食育の布置」では、「現代日本における食育の布置を解明することで、食育のもつ、抗いがたい魅力と魔力を明らかにしようというのである。この作業を終えて、ようやく私たちは「胃袋の連帯」を語る入り口にたどり着くことができ、その先の社会を展望できるポジションにいることに気づくであろう」という。

 そして、短い「終章 「胃袋の連帯」を目指して」では、つぎのようなことばで締めくくっている。「食の全体を見通すと、結果的に現代社会の矛盾を鋭くえぐり出し、それをどう克服するのかという問題意識を育むことができる。だが食に関する思考はいとも簡単に、まったく別の政治性や経済原則に絡め取られてしまう。そうした反転はいつでも起こりうる。この危うさを直視することが、食でつながり合う新しい世界を拓くための出発点だというのがここでのさしあたりの結論である」。

 さらに、「おわりに」で、残された課題についてつぎのように述べ、今後の課題としている。「たとえば、食と農をめぐる資本と市場の問題、それが動員に果たす役割とメカニズム、グローバリゼーション下の食と農の問題、そして「胃袋」を通じてどのようにつながり、どのような「共同体」を展望できるのか、といった問題が今後に残されている」。

 有機農業、フェアトレード、地産地消、産消提携、ファーストフード、スローフード、LOHAS、食育などのキーワードが、本書に登場する。これらのことばの意味を、われわれはどれだけ知っているだろうか。さらに、その現場の実態をどれだけ思い浮かべることができるだろうか。消費者が、食の末端である食べる場しか知らないとしたら、「共同体」そのもののイメージがわかないだろう。そして、食の後のことも考えなければ、これからの共同体は成り立たない。食の未来はけっして楽観視できないが、この問題に真摯に取り組んでいる研究者たちがいることを知ってすこしは安心した。

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2008年07月01日

『金融権力-グローバル経済とリスク・ビジネス』本山美彦(岩波書店)

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 石油や穀物の暴騰が、実態経済とあっていないことは明らかである。にもかかわらず、歯止めがかからないのは、「金融権力」がそれを容認しているからにほかならない。その「金融権力」とは何なのかを知りたくて、本書を開いた。

 「本書は、一九七〇年代に始まり、九〇年代に加速化した「金融革命」を解剖し、二〇〇七年、サブプライム問題で露呈したリスク・ビジネスの行き詰まりを明らかにすることを課題としている」。そして、著者、本山美彦は、「金融に秩序を取り戻すために何をすべきかを真摯に問う」ている。

 著者によると、グローバル化の過程で「権力」を握ったのは、アメリカ証券取引委員会(SEC)が1975年に「お墨付き」を与えたNRSROだという。NRSROとは、「全国的に(Nationality)、認められた(Recognized)、統計処理をする(Statistical)、格付け(Rating)、組織(Organization)の頭文字をとったものである。この「NRSROとして認定されている格付け会社というのがくせものである」。SECがNRSRO認定の明確な基準を公表していないにもかかわらず、「シェアの高いNRSROの格付け会社ににらまれてしまったら最後、企業の運命は風前の灯火になってしまう」。

 そして、NRSROににらまれたのが、日本の金融機関であった。「日本への進出をはたしたS&Pとムーディーズが、一九九七年に入って、日本の金融機関の格付けを執拗なまでに下げ、その年の一一月、戦後日本における最大の倒産である山一證券の破綻が起きた。そして、以後、多くの銀行が整理淘汰された。日本の銀行は、格付け会社の力のみによって破綻したのではもちろんない。しかし、九七年以降の、日本の金融当局とアメリカの格付け会社との意見の食い違いは、日本の金融文化とアメリカの金融文化との衝突であった。そして、アメリカの金融文化の体現するアメリカの格付け会社によって、日本の間接金融システムは完膚なきまで叩きのめされたのである」。「モノ作り」を軽視し、「「自由」の美名の下で金融ゲームに走る金融権力」に翻弄された結果であった。

 この金融権力に抗するために、著者は最後の第6章で、いくつかの例をあげて提言をおこなっている。「地域マネー、NPO(非営利組織)銀行、グラミン銀行、バンコデルスル(南の銀行)等々、グローバル経済の犠牲になった地域とその住民の活力を取り戻すべく、地域的な金融組織を作り出そうとする運動」などである。前3者が地域社会と向きあうのにたいして、「バンコデルスル」はラテンアメリカ7ヵ国のあいだで2007年末に設立された新しい原理に基づく開発銀行である。アメリカ主導の金融システムの「従属」から抜け出し、「加盟国が出資額にかかわらず、同等の権利をもつ」「UNCTAD(国連貿易開発会議)の国際金融版である」。

 また、アメリカの金融システムに対抗するという意味で注目されているのが、イスラーム金融である。「イスラム金融の基本は、資金は絶対に寝かせないというものである。資金はつねに生産的に使わねばならない。退蔵は禁止される。生産的投資の機会が奪われるからである。有効に資金が使用されず、遊休化させてしまうと二・五%程度の「ザカート」という罰金が科せられる。それが喜捨である。つまり、貨幣はつねに生産的に動いていなければならないのである。こうして投資が強制的に喚起される。まさにケインズ的世界である。イスラム金融は、間接金融を基本形にしている。非常に多くの取引に銀行が関与している。商品の売買においても、多くの場合、銀行が商品の売り手と買い手との間に入り込む。銀行は売り手から商品を買い、それを買い手に売るのである。売り手には現金が渡され、買い手には支払い能力に応じて、分割払いなどの便宜が銀行によって供与される。買い手が資金不足であっても必需品を入手できるような配慮がイスラムの取引にはなされている。これは、「ムラーバハ」と名付けられる商品売買契約である」。

 人びとが普通の生活をしているかぎり、実態経済はそれほど大きく変動しないはずだ。それが、大きく変動するのは、架空経済の影響が大きくなっているからだろう。問題となっているサブプライムローンも、日本では起こらない。アメリカでは、住宅をもっているものが、ローン返済中のものでも、その住宅を担保に金を借りて生活している。当然住宅の価格が下がれば、住宅ローンも担保で借りた金も返せなくなる。サブプライムローンは、住宅価格の上昇を前提にして組まれたものである。もともとアメリカ経済は、実態以上に金を流通させるシステムで成り立っていた。だから、2002年の会計操作によるエンロン事件の教訓がいかされないで、はるかに大規模な問題になった。著者の言うとおり、このリスク売買を主体とする金融ゲームに走る金融権力を制御するシステムを作らないかぎり、グローバル化が進めば進むほど、問題は大きくなって再発し、「人間の生活を根底的に破壊する」ことになる。

 日本人は、住宅価格が下がっても、資産価値が下がったと嘆くだけで、それほど大きな問題にならないと思っているかもしれない。しかし、問題は、その日本人の資産や貯蓄を日本の金融機関が運用し、それを担保に日本政府は国債を発行し続けていることだ。つまり、わたしたちも知らず知らずのうちに「金融権力」に加担しているのだ。日本人の個人資産が、消えることも非現実的なことでなくなってきている。では、われわれは、どうしたらいいのだろうか。国や金融機関に任せず、生産活動に直接結びつく目に見える投資を考えることだろう。国や金融機関は「リスク・ビジネス」に加担することなく、目的がはっきりした金融商品を提供する必要がある。さもなければ、個人の資産がタンス預金や貴金属になり、死蔵されることによって経済は沈滞化していく。人びとの生活を安定し、豊かにする金融政策をとらないと、経済格差はますます拡大し、社会が破綻してしまう。

 本書で、もうひとつ気になったのは、格付け会社の存在である。いま日本の大学では、評価機構による格付けがおこなわれようとしている。その評価基準が、金融格付け会社のように明確でなく、大局的長期的な視野に立っていないとしたら、大学も破綻した金融機関と同じ道を歩む危険性がある。

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