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2008年03月11日

『大航海時代の東アジア-日欧通交の歴史的前提-』伊川健二(吉川弘文館)

大航海時代の東アジア-日欧通交の歴史的前提- →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 「海域アジア史」がブームだという。2005年秋に福岡と長崎にあいついでオープンしたふたつの博物館は、ともに「海域アジア史」を重視した常設展示をしている。そのひとつの太宰府天満宮に隣接する九州国立博物館の文化交流展示室(平常展示)は、「日本の通史でもなく、九州の地域史でもなく、アジアとの文化交流史」をテーマにし、エントランスには「海の道、アジアの路(みち)」を掲げている。もうひとつの長崎歴史文化博物館は、「「近世長崎の海外交流史」をテーマに、大航海時代、朝鮮・オランダ・中国との交流」を中心に展示している。しかし、海域東南アジア史を研究の者からすると、ピンとこない。その理由が、本書からもわかった。

 日欧通交史といえば、戦前・戦中に優れた研究書があって、それらの研究を超えるのはたいへんだと思っていたが、いとも簡単に超える若手研究者が出てきているようだ。本書の著者、伊川健二もそのひとりで、本書を読んでいてもその意気込みが伝わってきて、頼もしさを感じる。

 本書は、3部9章からなり、15世紀から16世紀にかけての東アジアを取り巻く通交の変化を追っている。裏表紙には、つぎのような要約がある。「十五世紀の環シナ海域は、使船が公式な外交ルートであったが、十六世紀に入ると夷船が跋扈する。東南アジア・インド・ヨーロッパへ拡大した夷船の多様な通交形態を探り、日本をめぐる国際環境の実態を解明した意欲作」。

 本書の「序章」は、まずタイトルの「大航海時代」と「東アジア」の説明からはじまる。著者は、「本書においては「大航海時代」の語を、ヨーロッパ史の文脈から切り離し、アジア史、とりわけ環シナ海地域史における用語として再解釈することを提起し、使用することとしたい。なぜなら、ヨーロッパによる「発見」を待つまでもなく、当該地域では大航海が行われていたからである」という。なるほど、「海域アジア史」がブームだというのが、この文章からもわかる。ひとりの研究者の奮闘だけでは、こうは書けないだろう。

 「東アジア」は、「いわゆる本朝・震旦・天竺をさす「三国」」に置き換えて用いられている。「三国」ということばは、北東アジアや東南アジア・南アジアまで含み、「大航海時代には、この地域を表す言葉として」用いられていたが、著者は「誠に惜しむらくは、現代日本語として一般に使用されていない」という一点で使用しなかったという。

 「序章」では、つぎに「ふたつの多様性の克服が課題であった」と述べる。「第一は、通交対象の多様性である。一六世紀におけるポルトガル、スペインの東アジア進出を待つまでもなく、日本には明、朝鮮、琉球、そしてときには東南アジアからの船が到り、また日本からも出港していった。さらには従来の研究ではほとんど言及されることのなかった、イスラム商人と交渉した事実すら確認できる。また、それらの航路のなかにも、使船を中心とした公式ルートのみならず、倭寇などの非公式な性格をもつものもある」。このあたりのことは、冒頭であげたふたつの博物館の展示を見てもよくわかる。

 ふたつめは、「史料の多様性である。そして、史料をめぐる環境の変化である。本書における関心を充足するためには、地方史に掲載されている文書類、記録類から、明、朝鮮の実録、記録、さらには欧文による教会関係者の書簡、公文書、記録などの博捜が不可欠であった」という。ともに、人海戦術が必要で、「海域アジア史」ブームが本物であれば、著者らがこれらの課題を克服していくことだろう。

 問題は、著者のいう「実像」が、文献史料からわかるものに限られるということである。倭寇など、制度からはずれたものを扱っても、所詮文献からわかる「実像」でしかない。著者の自信のあらわれは文献を渉猟したことからだろうが、実際に海域でフィールドワークをすると、なにもわかっていないことがわかって愕然とする。文献史学が、無意味に思えてしまう。東南アジアなど、文献だけでは充分にわからない海域世界の研究がすすまなければ、文献史学の発展もすぐに限界がきてしまう。海域世界を主体的に観る地域研究の発展と相乗効果をもって文献史学が発展すればいいのだが、研究蓄積が乏しく、成果がすぐに出にくい海域世界を本格的に研究する者はそれほど多くない。ましてや、文献で得られる「実像」とフィールドワークで観る「現実」の違いに戸惑った者は、なにも書けなくなってしまう。ならば、なにもできないか。まずは、本書のように、文献史学でなにがわかるかを、地域研究者に投げかけることが必要だろう。ただし、的をはずさずに投げかけるためには、文献史学者が地域研究のことを知っておく必要がある。そうすれば、地域研究者も文献史学の重要性を理解してくれるだろう。

 「海域アジア史」ブームにピンとこないのは、陸域から観た海域であって、海域を主体的に観ている者が少ないからだろう。本書は、「日本の学界の閉鎖性」を解く意味で大きな成果であることは間違いないが、包括的な理解のための「多様性」の克服にはまだまだ多くの課題があることを示唆している。

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