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2008年03月25日

『東南アジアの農村社会』斎藤照子(山川出版社)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 「多様性のなかの統一」ということばは、東南アジア社会を特徴づけることばとしてよく使われる。しかし、多様性を語ることは容易でも、統一性を語ることは至難である。本書のタイトルである「東南アジアの農村社会」を、著者、斎藤照子はどのようにして語ろうというのだろうか。すこし不安を感じながらも期待をもって、読みはじめた。そして、読み終えて、感心した。そこには、「多様性のなかの統一」がみごとに織りあわされていた。

 本書が成功したのは、著者個人の力だけではない。「①-東南アジア農村社会像の創出」が書けたのは、過去約100年間にわたって「西欧社会で発達した社会科学の理論をそのまま適用して東南アジア社会を把握するわけにはいかない」と考えた先達がいたからで、その欧米を中心とした研究者の動向を日本に伝え、それを超える成果を出していった日本の東南アジア社会経済史研究者がいたからである。しかも、「参考文献」一覧からわかる通り、東南アジア各国をそれぞれ概観できるだけの優れた研究があったからである。それでも、これらの研究成果を「東南アジア」というひとつの「歴史世界」のなかで理解し、今日のグローバル化のなかに位置づけることは容易いことではない。わたしが読み終えて、感心したのは、そのあたりにある。

 本書は、①で「特色ある東南アジア(農村)社会像を提示してきた代表的理論とそれをめぐる議論を紹介し、東南アジアの農村がいかに描かれてきたかを示し」た後、時代順に②「植民地時代以前の東南アジアの村落」、③「輸出向け農業と農村」、④「変わりつづける農村と農民の暮し」で、「前近代、植民地時代、そして独立後の開発の時代において東南アジア諸地域の農村社会がどのような変容をとげてきたかを」たどっている。そして、「最後に都市と農村の境界が溶融し、世界の経済や文化が直接農村部にも結びつくような近年の状況を考察し、東南アジアの農業と農民の暮しの行方を展望」している。

 著者は、それぞれにおいて、従来の研究を批判的に検討し、近年明らかになってきた東南アジア農村社会像を示している。①では、それぞれの理論が、時代を超えた妥当性をもたず、「内に絶えず変化の契機をはらみつつ動いている社会をとらえるという課題には、十分に届かなかった」とする。②においては、「東南アジアの村落は、その移動性の高さにもかかわらず、住民にとってたんなる居住地をこえたコミュニティであったと考えるのが自然である」と、基層社会の原理を示す。③では、従来の「輸出経済の根幹を支えて社会の中核となった農民の多くの部分が、植民地時代末期に、土地を失い無産化するという事態が広範に現出し」、「一九三〇年代に各地で生じた農民反乱の背景ともなり、興隆しつつある各国ナショナリズムに大きな影響を与えることにもなった」と確認したうえで、「輸出作物生産に特化せず、農民が多品種の農作物をつくりつづけ」自主性を保っていたことを指摘する。そして、④では、現在も東南アジアに広汎に広がっている農村風景の内実が大きく変化し、「外部世界から相対的に独立した閉じられた農村社会という像は、もはや現実を映しているとはいえない」という、著者自らの実証的研究にもとづいた現実を明らかにしている。

 最後に、つぎのようにわかりやすくまとめて、本書を締めくくっている。「植民地支配を受ける以前、東南アジアの村落は、明確な境界をもたず、人びとの流動性が高いという特色をもっていた。現在また人びとの流動性は高まり、村の境界もかつてなく低くなりつつある。境界が溶融し、人びとの移動性が高いという意味では、東南アジアの村落は、むしろその伝統的な姿に立ち返っているともいえる。しかし、現在生活の変化をもたらしている要因は、はるかに多様で複雑であり、変化のスピードも著しく早い。かつて植民地時代の激しい環境変化に積極的に対応し、東南アジア輸出経済を支える中核層となった農民は、経済グローバル化が進む現在、ふたたび世帯メンバーを動員して急激な変化に対応しつつ、生活を切り開いている。」

 著者が東南アジアの未来をけっして悲観的にみていないことは、最後の「生活を切り開いている」からわかる。それは、本書からも明らかなように、植民地化以降も東南アジア農村社会は自主性をもって時代に対応してきた歴史をもっているからであり、著者は今日の流動性や境界の低さにも充分に対応できるとみているからだろう。本書からは、東南アジアの力強さも伝わってくる。

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2008年03月11日

『大航海時代の東アジア-日欧通交の歴史的前提-』伊川健二(吉川弘文館)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 「海域アジア史」がブームだという。2005年秋に福岡と長崎にあいついでオープンしたふたつの博物館は、ともに「海域アジア史」を重視した常設展示をしている。そのひとつの太宰府天満宮に隣接する九州国立博物館の文化交流展示室(平常展示)は、「日本の通史でもなく、九州の地域史でもなく、アジアとの文化交流史」をテーマにし、エントランスには「海の道、アジアの路(みち)」を掲げている。もうひとつの長崎歴史文化博物館は、「「近世長崎の海外交流史」をテーマに、大航海時代、朝鮮・オランダ・中国との交流」を中心に展示している。しかし、海域東南アジア史を研究の者からすると、ピンとこない。その理由が、本書からもわかった。

 日欧通交史といえば、戦前・戦中に優れた研究書があって、それらの研究を超えるのはたいへんだと思っていたが、いとも簡単に超える若手研究者が出てきているようだ。本書の著者、伊川健二もそのひとりで、本書を読んでいてもその意気込みが伝わってきて、頼もしさを感じる。

 本書は、3部9章からなり、15世紀から16世紀にかけての東アジアを取り巻く通交の変化を追っている。裏表紙には、つぎのような要約がある。「十五世紀の環シナ海域は、使船が公式な外交ルートであったが、十六世紀に入ると夷船が跋扈する。東南アジア・インド・ヨーロッパへ拡大した夷船の多様な通交形態を探り、日本をめぐる国際環境の実態を解明した意欲作」。

 本書の「序章」は、まずタイトルの「大航海時代」と「東アジア」の説明からはじまる。著者は、「本書においては「大航海時代」の語を、ヨーロッパ史の文脈から切り離し、アジア史、とりわけ環シナ海地域史における用語として再解釈することを提起し、使用することとしたい。なぜなら、ヨーロッパによる「発見」を待つまでもなく、当該地域では大航海が行われていたからである」という。なるほど、「海域アジア史」がブームだというのが、この文章からもわかる。ひとりの研究者の奮闘だけでは、こうは書けないだろう。

 「東アジア」は、「いわゆる本朝・震旦・天竺をさす「三国」」に置き換えて用いられている。「三国」ということばは、北東アジアや東南アジア・南アジアまで含み、「大航海時代には、この地域を表す言葉として」用いられていたが、著者は「誠に惜しむらくは、現代日本語として一般に使用されていない」という一点で使用しなかったという。

 「序章」では、つぎに「ふたつの多様性の克服が課題であった」と述べる。「第一は、通交対象の多様性である。一六世紀におけるポルトガル、スペインの東アジア進出を待つまでもなく、日本には明、朝鮮、琉球、そしてときには東南アジアからの船が到り、また日本からも出港していった。さらには従来の研究ではほとんど言及されることのなかった、イスラム商人と交渉した事実すら確認できる。また、それらの航路のなかにも、使船を中心とした公式ルートのみならず、倭寇などの非公式な性格をもつものもある」。このあたりのことは、冒頭であげたふたつの博物館の展示を見てもよくわかる。

 ふたつめは、「史料の多様性である。そして、史料をめぐる環境の変化である。本書における関心を充足するためには、地方史に掲載されている文書類、記録類から、明、朝鮮の実録、記録、さらには欧文による教会関係者の書簡、公文書、記録などの博捜が不可欠であった」という。ともに、人海戦術が必要で、「海域アジア史」ブームが本物であれば、著者らがこれらの課題を克服していくことだろう。

 問題は、著者のいう「実像」が、文献史料からわかるものに限られるということである。倭寇など、制度からはずれたものを扱っても、所詮文献からわかる「実像」でしかない。著者の自信のあらわれは文献を渉猟したことからだろうが、実際に海域でフィールドワークをすると、なにもわかっていないことがわかって愕然とする。文献史学が、無意味に思えてしまう。東南アジアなど、文献だけでは充分にわからない海域世界の研究がすすまなければ、文献史学の発展もすぐに限界がきてしまう。海域世界を主体的に観る地域研究の発展と相乗効果をもって文献史学が発展すればいいのだが、研究蓄積が乏しく、成果がすぐに出にくい海域世界を本格的に研究する者はそれほど多くない。ましてや、文献で得られる「実像」とフィールドワークで観る「現実」の違いに戸惑った者は、なにも書けなくなってしまう。ならば、なにもできないか。まずは、本書のように、文献史学でなにがわかるかを、地域研究者に投げかけることが必要だろう。ただし、的をはずさずに投げかけるためには、文献史学者が地域研究のことを知っておく必要がある。そうすれば、地域研究者も文献史学の重要性を理解してくれるだろう。

 「海域アジア史」ブームにピンとこないのは、陸域から観た海域であって、海域を主体的に観ている者が少ないからだろう。本書は、「日本の学界の閉鎖性」を解く意味で大きな成果であることは間違いないが、包括的な理解のための「多様性」の克服にはまだまだ多くの課題があることを示唆している。

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