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2008年02月26日

『明治前期の教育・教化・仏教』谷川穣(思文閣出版)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 近代教育と宗教の問題は、どこの国でも近代化論のなかで議論されてきたものと思っていた。ところが、本書を読むと、日本では本格的に取り組まれてこなかったことがわかる。著者、谷川穣は、そのこと自体がさまざまなことを示唆していると考え、「教育史、宗教史、仏教史、あるいは日本近代史といったジャンルのいずれにも分類されうる」が、「どの領域でも実は本格的に取り組まれてこなかったテーマ」を、この一連の論考によって「それらの領域に架橋」し、なにか本質的なものを見出そうとしている。

 本書は2部6章からなり、第一部「教導職と教育-明治初年-」と第二部「仏教と教育-明治一〇~二〇年代-」はそれぞれ3章からなる。各章で論じられている内容は、それほどやさしいわけではない。それをわかりやすくしているのは、著者の真摯な人柄としかいいようがない。「序章」と「終章」で、なにを論じようとし、なにが明らかになったかを、おそらく著者自身にも言い聞かせながら、ひとつひとつ確認して書いている。各章でも、「はじめに」「おわりに」で同様の確認作業がおこなわれている。

 とくに「序章」では、つぎの8つの問題群をあげた後、「本書の構成」を述べ、読者を自分の土俵に引き入れている。
  (1)「国民」形成と学校教育制度
  (2)宗教・ナショナリズム・学校教育
  (3)「教」の時代の捉え方
  (4)寺子屋と仏教の関係史-近世史研究の問題-
  (5)学校教育と宗教の関係史-近代史研究の問題-
  (6)明治前期「教育と宗教」関係史像とその問題点
  (7)教育史研究における民衆教化政策と仏教
  (8)「宗教」の語と学校教育の社会的定着

 本書の「ささやかな」結論は、「終章」で「一言でいうなら、《近代日本の学校「教育」は宗教者の民衆「教化」と「仏教」とを〈踏み台〉にすることで定着した》、となるだろう」と述べ、「近代日本形成期の人々が送った「教」の時代は、前近代の混沌した状況をすっぱり断ち切ったわけではなく、また教育・教化・宗教〈ないし仏教〉を単にそれぞれ固有の領域に切り分けたわけでもなかった。そして「教育と宗教の衝突」論争は、おそらくそのような時代の「終焉」を象徴的に示す、一つの事件であった。その論争内容の空虚さは、個々の分離されざる諸相を、歴史の表舞台から消し去っていったように思えてならない」と結んでいる。

 著者は、問題群(2)「宗教・ナショナリズム・学校教育」で、ナショナル・ヒストリーを超える視座を提起し、「フランスのムスリム」の例をあげて「政教分離の理念と実践の程度は当然のことながら各国の歴史的・社会的な背景によって、多様で複雑な様相を呈する」と述べている。では、近代日本の学校教育の草創期に「歴史の表舞台から消し去っていった」ことが、現在の日本にどのように影響しているのか。グローバル化のなかで、「宗教音痴」の日本人について、ひと言述べてくれると、明治初期の歴史がもっと身近な問題として浮かび上がってきたことだろう。

 日本近現代史では、明治維新や1945年の敗戦を大きな断絶ととらえ、その断絶の前後の連続性を無視することがままみられる。「近世」と「近代」、「戦前」と「戦後」は、時代区分としては便利であるが、そこに大きな落とし穴がある。「近世」は英語で言えば「初期近代early modern」で、「近世」と「近代」の差はあまり感じられない。それが、日本語で「近世」と「近代」というと大きな断絶を感じる。明治維新を過大評価しようとする政治的意図が働いているように感じる。いっぽう、「戦前」と「戦後」の断絶も、「戦前」を不問にしようとする政治的意図が感じられる。それらの政治的意図を排除し、日本史を相対化することによって、学問としての日本史の存在意義が高くなる。そのためには、著者のような若手研究者が、「満を持して」出版するようなことをせず、どんどん出版して世に問えばいい。

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2008年02月12日

『フリーペーパーの衝撃』稲垣太郎(集英社新書)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 2007年11月29日、マニラでクーデターが起こった。そのとき、わたしは人口5万ほどのミンダナオ島北部のタングブ市にいた。クーデターのことを知ったのは、同じ会議に出席していたフィリピン人研究者の携帯電話に入った家族からのメールだった。翌朝、クーデターのことが知りたくて、新聞を探した。見つからなかった。近くには人口11万のオサミス市しかなく、ジェット機が着陸できないために一時閉鎖され、再開してまもないオサミス空港には、週4便昼ごろマニラから到着する便しかない。フィリピンの地方では、人口数千に1局あるといわれるくらい、以前から異常にラジオ局が多い。そのうえ、テレビやインターネットの普及で、新聞の存在価値はなくなってきている。いっぽう、欧米の大都市に行ったときは、地下鉄の駅に行けば、簡単にフリーペーパーが手に入り便利だった。日本では、新聞の宅配が普及していて、まだそれほど変化を感じないが、若い世代だけの世帯では確実に固定電話と新聞がなくなってきている。近代を代表するメディアである新聞は、都市でも地方でも消えようとしている。

 本書の「はじめに」で問いかけている「フリーペーパーは、有料を前提にした出版業界の経営のあり方に大きな影響を及ぼす悪魔なのか。それとも、大量の情報を流すデジタルメディアに対抗する紙媒体の救世主なのか。その答えは、本書を読み終わってから見つけていただきたい」という答えは、「悪魔」しかないように思える。しかし、こう書くということは、「救世主」になるヒントが本書にあるのだろう、と期待しつつ読みはじめた。本書は、朝日新聞の研究部門で働く著者、稲垣太郎が、2年間調査した結果である。

 フリーペーパーは、タダである。しかし、タダだからといって、それだけでフリーペーパーがターゲットとしている若者は受け取ろうとしないし、読みもしない。受け取って、読んでもらうために、各種アンケートを実施し、その結果を基にターゲットを絞り、より効果的な広告を提供することで、発行を可能にしている。そのアンケート結果が、現代の世相を反映していておもしろい。

 新聞を購読しない若者の間に浸透しつつある生活スタイルは、「娯楽情報は無料で、一般ニュースはテレビとインターネットから、地域と生活の情報は、フリーニュースペーパーから得る」というもので、「朝はぎりぎりまで寝ていて朝食も取らずに家を飛び出し、コンビニや立ち食いの店で朝食を取り、満員電車に揺られて出社すると、すぐに仕事。帰りはコンビニで夕食を買い、帰宅するとテレビとパソコンの電源をオンにし、テレビをつけたままパソコンで一時間か二時間遊んで、風呂に入って寝る」というものだった。新聞社で働く著者は、「団塊ジュニア世代の場合、一日のどこにも新聞をじっくり読む時間帯はなかった」と危機感を抱く。

 そして、調査にもとづき、情報への接触態度によって彼らを五つ(「①新聞を毎日読み、情報を咀嚼する力がある人たち(全体の二〇%)、②好奇心旺盛だが、学生気分が抜けず、新聞情報は必要ないと感じている人たち(同一〇%)、③新聞やテレビ、ネットで大量の情報に接するが咀嚼力がなく消化不良である人たち(同五〇%)、④新聞では情報が遅いと感じ、ネットで自分が欲しい情報をいち早く入手したいと考える人たち(同一五%)、⑤結婚して仕事と家のことしか関心が向かず、情報に興味を失った人たち(同五%)」)に分類し、「新聞を読まなくてはいけないと思っていても実際は読んでおらず、一方で不安を感じている」50%にも達する③の層に注目している。

 わたしも、この③の層に、「はじめに」の問いかけの解答をみた。学生の多くが、安直にネットで検索してレポートなどの執筆に利用しているが、実は不安をもっていることを知っているからだ。図書館に行って、百科事典で調べるほうがいいことは知っていても、面倒だし、たいして変わらないと思っている。しかし、それでも不安なのだが、結果的にそれでレポートの評価が大きく下がることはないので、そのままにしているのが実情だろう。書いたことに責任がないからだ。

 そこで、本書「第六章 だれでも出せる「紙のブログ」」が注目される。無責任なネット上のブログにたいして、「紙のブログ」であるフリーペーパーは責任をともなう。ネットで調べるだけでなく、百科事典や専門書で確認することの重要性を身をもって体験することになるだろう。学生に不安の意味を知ってもらうためには、フリーペーパーを発行してもらうこともひとつの手段だ。そして、その体験は社会に出て、③に分類されず①になる可能性を高くする。フリーペーパーが、「悪魔」になるのも「救世主」になるのも、社会に出る前の教育しだいだということができるかもしれない。

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