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2007年12月18日

『物語 タイの歴史-微笑みの国の真実』柿崎一郎(中公新書)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 NHKハイビジョンで、ペ・ヨンジュン主演の「太王四神記」がはじまった。物語の舞台は紀元前から7世紀まで中国東北部から朝鮮半島に存在した高句麗、主人公のモデルは広開土王(好太王)である。高句麗については、中国が「中国の1地方政権」と定義したことから韓国人を怒らせ、政治的な「歴史問題」になっている。そのためか、この「太王四神記」では、中国の存在がぼかされている。なぜ、このような問題が起こるのだろうか。歴史学の基本的問題だが、日本人にはわかりにくい。日本人にとってのタイの歴史のわかりにくさも、そのあたりにある。

 日本では、日本という国土と日本人、日本文化が歴史的に一体となって語られることが当たり前になっている。しかし、世界的には、土地と民族、文化は、歴史的に一体ではない。歴史叙述は、属地か属人かによって変わり、文化が何に属し、どのように継承されていったのかによっても変わる。その軸足をしっかり見極めることが、歴史を理解するために必要だ。

 タイの歴史を、現在のタイの国土を前提に語れば、タイ民族だけでなく、モンやクメール、マレーなどの民族の築いた国家や文化について語らなければならない。現在のタイの国土とタイ民族の組み合わせで語るなら、現在のタイの国土にタイ民族が南下してきた12~13世紀に、歴史叙述がはじまることになる。そして、タイ民族の歴史と文化を語るなら、中国の古代王朝からはじめなければならないだろう。「タイの歴史のみを一冊で簡潔にまとめた日本語で書かれた本」が、これまでなかった原因も、そのあたりにありそうだ。

 本書は、そのようなタイの歴史のわかりにくさを克服するための工夫が随所になされている。まず、「序章 歴史への誘い」において、昨年起こった「「優等生」タイのクーデタ」からはじめ、「歴史の重要性」を説き、「本書の視点」で著者、柿崎一郎の「世界史や東南アジア史」のなかのタイと「ナショナル・ヒストリーの再検討」という2つの視点を明らかにしている。そして、「本書の構成」でタイの歴史を概観している。それぞれの章の最後には、タイの歴史を読み解くキーワード(王室、政治、日本との関係、軍、経済)が、【コラム】欄で解説してある。さらに従来のマンダラ国家論から、タイ族だけでなく、周辺のビルマ族などのマンダラ国家を、大中小に分類し、その影響力に応じて、拡大・収縮するさまを描いている。

 これで、日本人が一般に抱く国家の盛衰とは違うということがわかってくれればいいのだが、まだわかってくれないだろうと考えた著者は、タイの教育の現場で使われている歴史地図を持ち出し、ナショナル・ヒストリーで語られる「形式的」領域と現実の違いを説明している。そして、そのような「領域」概念も、英仏などとの接触によって、近代的な領域概念となり、現在のタイ国が成立した、と続けている。

 表紙折り返しにある本書の要約は、つぎのように簡潔で的確なのだが、それを理解してもらうことはなんともむつかしいことである。「一三世紀以降、現在の領域に南下し、スコータイ、アユッタヤーといった王朝を経て、一八世紀に現王朝が成立したタイ。西欧列強の進出のなか、東南アジアで唯一独立を守り、第二次世界大戦では日本と同盟を組みながらも、「敗戦国」として扱われず、世渡りの上手さを見せてきた。本書は、ベトナム、ビルマなどの周辺諸国、英、仏、日本などの大国に翻弄されながらも生き残った、タイ民族二〇〇〇年の軌跡を描くものである」。

 中学生時代をタイで過ごし、大学でタイ語を専攻して、趣味の鉄道を組み合わせて博士論文まで書いた著者だけに、本書はタイへの愛情であふれている。それだけに、2006年以降不安定になったタイの政治情勢を心配し、改訂版では「いかにしてタイがこの試練を乗り越えたのかという「歴史」をぜひ付け加えたい」という。このように、「アジアと共生できる」日本人が、「通史」を書く時代が到来したことを喜びたい。

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2007年12月04日

『東南アジア年代記の世界-黒タイの『クアム・トー・ムオン』樫永真佐夫(風響社)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 東南アジアを研究していると、一般の人から「そんな地域から、学ぶことはあるんですか?」という質問を受けることがある。本ブックレット《アジアを学ぼう》(読みっきり 学術最前線)は、「アジアの各地に留学し、現地の大学・研究機関で、或いは都市・農村での生活のなかで、さまざまなことを学び、考えてきた若い研究者が、その体験に根ざした最新の研究成果を広く日本の読書界に発信することをめざして発刊された」。本ブックレットを読んで、物質的な「豊かさ」だけが学ぶ基準ではなく、そこに生活する人びとの知恵や価値観に基づく心の「豊かさ」が、読者に伝われば、発刊は成功したことになるだろう。

 旧フランス領インドシナ各国から来た研究者に出会うと、世代によって研究用語がフランス語であったり、ロシア語であったり、英語であったりして戸惑うことがある。本書を読むと、学校教育においても、言語や文字において、混乱があったことがわかる。1895年以来、「ベトナム語と同じく声調言語である黒タイ語や白タイ語は」、仏領期に「ほぼ一貫してクオック・グー[ローマ字表記ベトナム語]に基づいて表記されようとしてきた。しかし、それが学校教育で採用されたのは、第一次インドシナ戦争(一九四六~一九五四)中の一九四八年から一九五四年にかけてである。この短い時期に、クオック・グーによるベトナム語教育は廃され、白タイ語ライチャウ方言のローマ字表記とフランス語教育が実施された」。フランス側の政治的意図がもたらした混乱であった。

 そのようななかで黒タイ文書は継承されたが、ターイ出身の学生でも、「言葉すら誰もまともに勉強しなかったし、本気になって文書を読もうという者」はいなかった。それが、本書の著者、樫永真佐夫が学び、黒タイ語とベトナム語による共著を出版したことによって、ターイ文字の学習がハノイ国家人文社会大学言語学部の必修にまでなったことは、本ブックレット「発刊の辞」にある「相互の信頼に支えられた人間的つながり」を「基盤としてはじめて可能になった」成果と言える。

 そして、著者が読破した年代記『クアム・トー・ムオン』、すなわち「ムオン(くに)を語る話」の分析結果は、従来とは違うものになった。著者は、『クアム・トー・ムオン』は、「首領をシンボルとしてその権威を最大限に活用し、巧妙に長老会が実権を維持するための政治的作品」であったと考え、平民階層である長老会が「支配階層の者たちの権力闘争をいわば高みの見物」をしていたからこそ、階層を問わず葬式で読誦されてきたのかもしれないと解釈した。従来の大国を中心とした王統年代記とは違い、少数民族の首領は絶対的権威に裏打ちされたものではなく、平民階層の支持があってこそ、その地位を保ち、平民階層もその首領の「弱み」を大いに利用していた様子がうかがえる。それは、盆地毎にムオン(くに)を築いていた東南アジア大陸部の山がちな生態系のなかで生まれたものかもしれない。本書で描かれた王統年代記からは、権力闘争に明け暮れた大国のものとは違い、人びとの生活に根付いた歴史認識が感じられる。

 本ブックレットの東南アジア関係では、井上さゆり『ビルマ古典歌謡の旋律を求めて 書承と口承から創作へ』が、すでに発行されている。本書とともに、博士論文が基盤になっている。このブックレットをきっかけに、読みごたえのある本格的な専門書が出版されることを期待したい。

 蛇足だが、東南アジアから学ぶということは、時間のかかることだ。本書の著者も、1971年生まれで、もうけっして若くはない。いま、日本の大学では、20歳代で博士論文を書くよう指導しようとしている。そんな性急な指導では、本書のようなその社会に根を張ったうえでの研究成果は出てこない。どのように段階的に論文を執筆し、本書のようなレベルの高い成果を出せるように指導するのか、日本の大学院教育のあり方を考える時期に来ている。

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