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2007年10月23日

『人種概念の普遍性を問う-西洋的パラダイムを超えて』竹沢泰子編(人文書院)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 以前にも書いたことがあるが、基本的に論文集は、単著であっても編著であっても、この書評ブログでとりあげないことにしている。全体に一貫性がなく、ひとつの書物として、読んで学んだことがまとめにくいからである。しかし、本書は違った。著者の問題提起に、各執筆者が応え、まとまりのあるものになっており、読んで学ぶことが多かった。

 本書は、京都大学人文科学研究所の共同研究会「『人種』の概念と実在性をめぐる学際的基礎研究」を基本に、ふたつの国際シンポジウムの成果をまとめたものである。この「基礎研究」と銘打ったところに、本書の成功の鍵があるようだ。本書の執筆者の多くは、すでに個々の研究において、まとまった成果を単行本として発表している。基本が充分にできている人たちが、「人種」というキーワードのもとに集まり、「基礎研究」をしたのである。しかも、代表者である編著者の竹沢泰子は、メンバーを引っ張っていくだけの基礎概念を打ち出している。それは、100頁を超える総論「人種概念の包括的理解に向けて」で、手際よくまとめられている。

 本書は、「I.総論」と4部(「「白色人種」「黒色人種」「黄色人種」」「近代日本における人種と人種主義」「植民地主義とその残影」「ヒトの多様性と同一性」)からなり、それぞれ冒頭で各部の構成を述べ、3本の個別論文の後に、各部を総括するコメント(補論)が付されている。それぞれの執筆者は、編者の提起する3つの位相(小文字のrace、大文字のRace、抵抗の人種)を意識しつつ、「新たな共通語としての人種概念をめぐり、その歴史的検証と包括的理解に向けて」協働した成果を、専門性をいかしてまとめている。

 20世紀初頭にはじまった遺伝学は、「集団内の多様性が集団間の多様性よりはるかに大きいことを示す研究成果」をつぎつぎに発表し、「人種概念に生物学的根拠が存在しない」ことを明らかにした。にもかかわらず、人種問題が現実に存在することから、編著者は「普遍説」と「近代西洋起源説」の2大学説を紹介して、その陥穽を指摘している。人種問題は、生物学的ではなく、ほかの科学によって、なにが問題かを問わなければならないものになった。

 本書では、近代の人種概念では、想像できない事実を、個々の論文で紹介している。例えば、17世紀のアメリカ大陸では、「白人、黒人、インディアン、ムラート(白人と黒人の混血児」、その他の「混血の」人々からなる貧民層のなかでは、おそらくさらに徹底した平等が存在し」、「裁判記録に見られる膨大な事例にも、皮膚の色や出自が問題とされたり障害となった形跡はまったくない」と指摘している。いっぽう、内戦で多くの死者を出したルワンダ共和国のツチ人とフツ人は、肌の色では区別できないが、支配階層のツチ人は白人系で、被支配階層のフツ人は黒人系だということで、優劣に基づく泥沼の「民族紛争」が続いている。人種差別は、新たに創り出され、再生産を繰り返している。したがって、過去の問題も、今日的問題としてよみがえるのである。

 日本でも、1906年に発表された島崎藤村の小説『破戒』のなかで、「穢多には一種特別な臭気がある」と言い、別の作品では、「「新平民」には「high class」と「low class」の二種類があり、前者は容貌・性癖・言葉づかいなどなんら変わるところがないのに対して、後者は顔つきが異なり、「著しいのは皮膚の色の違つていることだ。他の種族とは結婚しない、中には極端な同族結婚をするところからして、一種の皮膚病でも蔓延して居るのではなかろうかと思われる」と記している」。

 「人種概念に生物学的根拠が存在しない」ということが明らかになった現在、人種問題はより深刻な社会問題になったということができる。アメリカ合衆国の人種問題は、日本の部落差別問題と同列に議論できるようになったのである。しかし、日本の人種差別問題にかんする意識は、世界的にみても低いと言わざるをえない。編著者は、そのことを「総論」のなかで、つぎのように指摘している。「日本が、一九六五年に国連で採択された人種差別撤廃条約を批准したのは一九九五年のことであり、これはじつに国連加盟国中一四六番目という遅さであった。しかも、条約締結国には法律による人種差別の禁止が義務づけられているにもかかわらず、日本は法的規制をもたず、法改正も行っていない。二〇〇一年三月には、人種差別撤廃委員会から「人種差別を禁止するための特別な法律を制定することが必要である」と、日本政府が勧告を受ける事態にまで立ちいたっている。なぜこれほどまで長く批准しなかったのか、なぜ今日においても人種差別を禁止する法律が存在せず、現職知事や政府高官による露骨な人種差別発言が容認されるのか-こうした状況の根底には、人種概念の理解をめぐる根本的な問題が横たわっているように思える」。

 なんとも、お寒いかぎりである。人種概念の理解の問題だけではなく、日本の知性が内外で 問われていると言ってもいいだろう。

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2007年10月09日

『草の根の軍国主義』佐藤忠男(平凡社)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 敗戦時14歳の少年兵だった著者、佐藤忠男は、戦後映画評論家になった。著者が、アジアの映画、とくに日本との戦争を題材とした映画に関心があることは、以前から知っていた。本書は、その専門性をいかし、一体験者として、「気分が戦争に突っ走っ」た背景を探ろうとしている。そして、アジアの平和のために、映画を通じてなにができるかを真剣に考えている。

 社会史や民衆史を理解するために、映画は恰好の材料を提供してくれる。戦争について、一般民衆は「犠牲者だった」という視点で描かれることも少なくない。しかし、著者は、一体験者として、「民衆は、指導者層や軍部に操られ踊らされただけだったのだろうか」と問いかけている。「捕虜になったらどうしよう?」の節を読むと、「操られ踊らされた」民衆がいかに残酷な存在になるかがわかってくる。映画「足摺岬」で描かれた主人公は、「俺がもし戦場で捕虜になれば、俺のおふくろも姉たちも近所の人々から白眼視されて故郷の町には住んで」おれなくなることを心配している。東条英機陸軍大将の名で出された「戦陣訓」の「生キテ虜囚ノ辱シメヲ受ケズ」ということばが、日本兵に捕虜になることより自害を選ばせたことは、よく知られているが、故郷の家族にまで累が及ぶ社会的圧力があったことは、戦後あまり語られていない。

 日本の戦争責任は、指導者層や軍部が充分に責任をとらなかっただけでなく、「戦争協力」した民間企業や民衆が、なぜ「操られ踊らされた」のかを検証しなかったことにも、問題があったということができるだろう。著者のように、「一体験者として書いておかなければいけないのではないか。そう思って私はこの本を書きました」という人が多く現われ、それに耳を傾ける戦争を知らない世代が増えると、いま起こっている戦争をやめさせ、将来の戦争を未然に防ぐことができるだろう。その意味で、最後の節の「大東亜戦争のまぼろし」は、本書をたんなる過去を検証するものから、今日と未来を考えるものにし、本書の価値をいっそう高いものにしている。

 この最後の節で紹介されているイラン・イラク戦争を扱った戦争映画では、目が見えなくなったイラン兵と歩けなくなったイラク兵の友情が描かれている。この映画を、著者はつぎのように評している。「これはイラン・イラク戦争の和解の映画と言えるでしょう。アメリカというより強大な対立者の前でイスラム同士の和解の必要が痛感されているのかもしれませんが、そういう目先の問題を抱えて<敵>を理解し、<敵>の眼で自分も見る映画こそが、いま世界で広く必要とされているのだと思います。」

 また、福岡の映画祭で公開されたイラン映画「運動靴と赤い金魚」を観たフィリピン人が、フィリピン国内のキリスト教徒とイスラーム教徒の和解を訴える映画を制作したことを紹介している。フィリピン人は、「イランのことはアメリカのテレビのニュースを通じてしか知ることはできない。当然のことながらアメリカのテレビではアメリカに敵対する嫌な連中としてのイラン人しか写らない。だからそれしか見ていないフィリピン人としてはイラン人というと薄気味が悪いというような先入観を持つことになってしまう。ところがどうだ。この「運動靴と赤い金魚」というイラン映画は! ここに描かれているイラン人ときたらみんな、俺たちフィリピン人とそっくりの人のいい連中ばかりじゃないか、というのです。本当に驚いたみたいです。」そして、この作品を観たフィリピン人映画監督は、「仲間たちに本当に、「命が危ないからよせ」」と忠告されたにもかかわらず、和解の手段としての映画をつくりあげた。そして、その映画を観て、著者は「映画こそは<敵>を理解する手段」「和解の手段」だと確信した。

 もし、世界の国のすべてに友人がいれば、その国と戦争になるかもしれないと思っただけで、その国の友人の顔が浮かび、戦争を回避する努力がなされるだろう。しかし、現実には、難しいことだ。著者は、映画ならそれが可能だと考えている。だから、著書は、世界の映画を、とくにアジアの映画をアジア人同士が観て、友情的感情を深め、<敵>意を失わせることを考えている。「ハリウッド映画の世界支配に対抗する力」こそが、世界平和へ続く道だと確信している。衛星放送などで、世界の映画を観る機会は確実に増えている。本書は、世界平和のために、世界各国・各地の映画を観てみようではないか、とよびかけている。

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