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2007年01月30日

『ファミリービジネス論−後発工業化の担い手』末廣昭(名古屋大学出版会)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 「専門が違うので読まない」、という人がいる。そういう人の書いたものの書評や査読を頼まれることがある。「専門が違う」ので、お断りをする。そういう人の書いた「専門」はどんどん視野が狭くなったもので、その分野の「オタク」ならいざ知らず、読んでいてもつまらないし、第一勉強にならない。そんな本や論文につきあう暇はない。しかし、専門外の人が読んでも、おもしろく、ためなる本は、それほど多くない。

 本書は、その「それほど多くない」本のなかの1冊である。経済学やタイのことを知らなくても、本書は充分に読みごたえがある。それは、著者、末廣昭が、タイ社会の基層や現代という時代をにらんで書いているからである。

 本書の目的は、つぎの帯の文章を見ればよくわかる:「遅れた企業形態なのか?アジアやラテンアメリカの経験をふまえ、タイにおける豊富な事例に基づきながら、「進化するファミリービジネス」の論理を明らかにし、グローバル化時代における淘汰・生き残りの分岐点と、今後の行方を示した画期的論考」。グローバル化時代になって、近代の経済理論が通用しない現象が続出してきた。その一端を解き明かそうというのである。理論だけでなく、現地社会の理解を抜きにしては語れないことを、著者は充分に知っている。近代では近代の制度的理論が有効であったが、グローバル化時代には逆説的にグローバル化に対応するミクロな社会現象の把握が不可欠である。ただし、それは理論的な基礎のうえに立った話だ。

 本書は、学生に読ませたい本の典型的なスタイルをとっている。それは、著者自身が明確な目的をもち、論理的に導き出した結論があるからである。各章では、それぞれ「はじめに」と「おわりに」とで、それぞれの章で議論されることと、その結果明らかにされたことが要領よくまとめられている。本書全体では「序章」で「課題と論点」を整理し、「終章」で「ポスト・ファミリービジネス論」を展望して締め括っている。そして、各章で議論したことを具体例に、「序章」や「終章」では、各章とは次元の違うスケールの大きな議論を展開している。

 2部構成も効果的だ。第Ⅰ部「所有構造と経営体制」では、ファミリービジネスの内部に潜入して考察しているのにたいして、第Ⅱ部「歴史的展開と通貨危機後の再編」では、時系列に把握して変化の軌跡を追っている。あるときはファミリービジネス界に肉迫して主観的に見、あるときは距離をおいて客観的に見ている。その両方の視点で理解しているからこそ、自信のある「はじめに」「おわりに」と「序章」「終章」がある。

 その自信ある論理展開をさらに裏付けているのが、「付録 タイのファミリービジネス所有主家族の資料」などの詳細な統計データと共同研究であろう。著者は、1981年以来、足で集めた企業データを入力し続けてきた。事例調査ではなく、悉皆調査によるデータからは、たんなるデータではなく、その背後にあるタイのビジネス界の奥深さを感じさせるものがある。近代の理論経済学では、けっしてわからなかった経済界が見えてきた。その見えてきた経済界は、経済学者やタイ研究者のような特定の学問分野や地域の研究者だけが、興味を感じるものではない。そして、著者は、共同研究を通じて、自分がえた成果を相対化しているため、専門外の人が読んでも、充分楽しめ、勉強できるものになっている。

 本書は、グローバル化時代の研究とは、自前の悉皆データをもち、いかに自分の研究を相対化できるかがポイントであることを教えてくれる。

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2007年01月16日

『鉄道忌避伝説の謎-汽車が来た町、来なかった町』青木栄一(吉川弘文館)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 「鉄道」と聞いただけでワクワクし、物知り顔に蘊蓄を語る鉄道ファンが、きっとあなたの身近にもいることだろう。その鉄道ファンのあいだで語り継がれてきたことに、「鉄道忌避伝説」がある。「明治の人々は鉄道建設による悪影響に不安をもち、鉄道や駅を町から遠ざけた」というのである。本書は、この伝説が「事実なのか、虚構なのか」、「全国各地の実例を検証し、鉄道のルートや地形など様々な視点から伝説の謎に迫る」。

 本書を読み終えて、「虚構だった」と完全に納得し、スッキリした人は少なかったのではないだろうか。一度流布した「伝説」を訂正することは、たやすいことではない。なぜなら、このような伝説は、制度史を中心とした近代歴史学では軽視されてきた話で、史料的にも実証できるだけの充分なものが残っていないからである。著者、青木栄一は、そのあたりのことを、「鉄道忌避伝説が日本中に「普及」、拡大する過程には、地方史研究のあり方とその変化が深く関連しているように思われる」と述べている。さらに「地方史研究がアカデミズムの世界で認知されるようになるのは第二次世界大戦後であった。もちろん大戦以前にも地方史の研究は広く行なわれていたが、それは各地方の教養ある階層の人々、たとえば初等・中等教育に従事する教員、地方の指導的な人物で現役から引退した年齢層の人々、比較的時間の余裕のある地主・家主などの人々で、歴史や地理に関心を持つ人々によって支えられてきた。当時、大学の研究者などを中心としたアカデミズムの世界では一般にこのような地方史研究を軽視する人が多かった。このような研究環境の中では、地元の便宜・利点を生かした基本史料の発掘や丹念なフィールドワークが行なわれる反面、歴史学や地理学の基本的な指導や訓練、とくに史料吟味の厳密性を欠いたままの調査が行なわれた傾向も否定できなかった」と説明している。そして、「基本的な一次史料による検証を欠いたまま」、社会科副読本に取り入れられ、「教科書という性格からくるのであろうか、すべて断定的な記述」になって、「教える教師もそれを固く信じていて、効果的にこれを生徒に教えこもう」とした結果、「児童・生徒の頭脳の中に刻み付けられることに」なった、と結論している。

 著者は、「基本的な一次史料による検証を欠いた」こと、また「鉄道建設に関わる技術や地形学の基礎的教養を欠いていたこと」が、「伝説」だけが一人歩きした原因であることを強調し、「調べれば調べるほど、宿場町や港町の鉄道忌避伝説が虚構であるという実態がはっきりしてきており、鉄道史の専門研究者の間では、もはやこのような話を信じる人はあまりいなくなっている」と、「伝説の謎」を解き明かしたことに自信をもっている。さらに、「鉄道史学確立への道」や「諸外国における鉄道反対運動」という節をもうけて、鉄道史研究が「閑人の余技あるいは趣味の対象」ではないことを説明している。

 地方史研究がアカデミズムの世界で認められなかったことで「伝説」が普及したのであれば、ナショナル・ヒストリーとして語られてきた「史実」が、グローバル化時代の新たな「伝説」になる危険性があることを、本書は教えてくれる。また、「閑人の余技あるいは趣味の対象」でない歴史研究であることを、社会にたいして説明する努力が求められる時代になっている。「伝説の謎」解きができるのは、時代が変わった証拠かもしれない。

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2007年01月02日

『アンコールの近代-植民地カンボジアにおける文化と政治』笹川秀夫(中央公論新社)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 本書を読んで、まず考えさせられたのは、文化遺産はなにに帰属するのだろうか、ということだった。アンコール、イコール、カンボジアというのは、フランス植民地期につくられ、独立後も共産主義勢力下でも、それが受け継がれたことが、本書で明らかになったからである。また、現在のタイの王宮には、アンコール・ワットの模型がある。カンボジアの王宮にもある。アンコール・ワットが存在しているシアム・リアプを含むアンコール地域が、シャム(1939年にタイに改称)からフランスに割譲され、フランス領インドシナの一部になったのが1907年のことであることを知っていれば、なぜバンコクの王宮にアンコール・ワットの模型があるのかも理解できるが、観光客のほとんどは知らないだろう。  東南アジア大陸部の文化遺産を見ていくと、現在の国境の枠組みではおさまりきらない歴史を感じざるをえない。バンコク周辺にも、モン人の遺跡があり、クメール(カンボジア)様式の寺院もある。漢籍に登場する扶南は、1~7世紀のクメール人の古代王国とされるが、ベトナムやタイの古代王国ともされる。近年、高句麗が中国の1地方政権か朝鮮人の王国かが、歴史問題として政治化したが、東南アジアの現在の国家の歴史を語るときにも、同じような大きな問題がある。文化遺跡は、それがある土地に帰属するのか、民族に帰属するのか、継承された王国・国家に帰属するのか、・・・。

 この問題をより複雑にしている1因に、王国の継承問題がある。アンコール朝とよく言われるが、多くが簒奪王によって続いたのであって、血縁的な繋がりはない。タイでもビルマ(現ミャンマー)でも、○○朝と呼ばれるが、連続性のない王国と考えたほうがいい。たとえば、13世紀なかごろに建国されたと推定されるスコータイ王国は、1351年ころ南方に勃興したアユタヤ王国に滅ばされたわけではなく、王国は存続し1438年に直系が絶えてアユタヤ王国に併合され、1地方勢力になったにすぎない。その後、1569~1630年には、スコータイ一族からアユタヤ王国の王を出している。スコータイ朝とかアユタヤ朝とか呼ばれるが、大小さまざまなタイ系の諸王国を代表していたにすぎなかった。

 このような東南アジア大陸部の社会や文化的な背景を理解していなければ、本書を満足に読むことはできないだろう。そして、本書は、一般に信じられている近代につくられた、画一的な東南アジア諸国のイメージから解放させてくれる基本的な研究書である。

 本書の内容は、箱の裏に書かれているつぎの要約でよくわかる:「いまやカンボジアの象徴とみなされるアンコール遺跡は、いかにして人びとに「発見」され、受容されてきたか。植民地化以前の語りにはじまり、植民地時代の教育雑誌や宮廷舞踊、さらには独立後のナショナリズムとの関連で、アンコールがどのように位置づけられてきたかを厖大な現地史料を駆使して検証する」。

 本書の目的も、つぎの3つの主題からよくわかる。第一の主題は「フランスが創り出したアンコール観を受容する際、カンボジアの人々がどのような取捨選択を行なったか」を論じることであり、第二の主題は「フランスとは無関係に、カンボジア独自の語りが存在したかどうか」、そして、第三の主題は「植民地時代に構築されたアンコール観が、遺跡そのものやアンコール史だけでなく、より広汎にわたる影響力を持っていたこと、そして現在でも影響力を保っていることを検討する」。そして、「序章」の最後で、「アンコールは、アンコール時代で完結した存在ではない」、「近代カンボジアにおけるアンコールの検証には、植民地時代に焦点を定め、アンコール研究ではなく、カンボジア研究としてアンコールを分析する視点が希求される」と結んでいる。著者笹川秀夫は、史料的に限界のある「アンコール研究」を越える研究の重要性を、力強く主張しているのである。

 著者は、このような問題意識・目的意識をもって考察した結果を、「終章」で「植民地の遺産としてのアンコール」と「多数のアンコール、多様なアンコール」の2説にわけて論じている。まず、「植民地化にともない、カンボジアに近代という時代が到来したことで、「伝統」を創出する条件や環境が生み出された。そして、アンコールこそが、フランスによる支配を正当化するために創られた「伝統」だったといえる。アンコール時代を「栄光」の時代、ポスト・アンコールを「衰退」の時代とする歴史観は、植民地支配を正当化する言説と結びついた。シャムとベトナムによってカンボジアの「領土」が蚕食されたとする歴史叙述は、フランスによるカンボジアの「保護」を正当化した。遺跡が崩壊の危機を迎えていることや、宮廷舞踊という「伝統」が「衰退」の危機に瀕していることを主張する言説は、フランスが遺跡を修復し、「伝統」を「保護」する根拠と見なされ、アンコールを中心とした文化政策を推進する力となった」と結論づけ、つぎに「近代は、アンコールに政治性という新たな要素を付加した。こうしたアンコールの政治性は、国家による管理を促す一方で、国家以外の主体がアンコールの複製作業に関与し、複製されたアンコールにも宗教性を付与するという現象を生み出した。アンコールは、その多様性を拡大し続けている」と、過去を明らかにする「アンコール史研究」とこれからのカンボジア社会を考える「カンボジア研究」の結合を唱えて、終わっている。

 本書は、博士論文に基づいている。東南アジア研究は、国語や植民地宗主国の言語という枠組みからスタートするため、ナショナル・スタディーズになる傾向がある。これを克服して完成度の高い論文を書くことは、限られた年数内では無理なことだ。まずは、「立派な」ナショナル・スタディーズの論文を書き、その限界を明らかにして、つぎに備えることだろう。その意味で、本書は「序章」「終章」から、つぎに期待できるものを感じた。国民国家という枠組みを前提とした近代科学では理解できない、東南アジア大陸部世界が出現する可能性である。そこには、現在国家をもたないモン人やチャム人なども、生き生きと登場することだろう。そのためにも、本書のような基本的な研究の積み重ねが必要だ。

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