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2006年09月12日

『越境と抵抗-海のフィールドワーク再考』小川徹太郎(新評論)

越境と抵抗-海のフィールドワーク再考 →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 国民国家の枠組やそれを支えた近代の制度・イデオロギーに縛られない人びとや社会に目を向けたのが、44歳で急逝した著者、小川徹太郎であった。その反骨心は、つぎの1節にもっともよく表れている。「過去のイメージや諸々の価値観や観念は、常に権力構造を通じて産出されるため、支配者や勝利者の安定状態に都合のよいイメージや観念が支配的になる傾向があるが、そこには必然的に弱い立場に立たされるものの声や記憶の抑圧や無視が伴う。このような支配と不均衡の構造のなかで、歴史記述者や知識人は相対的に弱い立場に立たされるものの側に立とうとするべきであり、そこから支配的なイメージや観念をこばみ、それを産出する構造を問題視し、無視され黙殺されがちなことを表象し、記憶に蘇らせる作業につくべきである」。

 著者がこのように考えるようになった背景には、「現場の知」がある。その現場で、著者は「漁をする老漁師たち」との会話から、「帳面・図面・暦・字画・字等々といった「書かれたもの」を中軸として形成される、工場、学校、「経済連」といった組織、あるいはその具体的な動きとしての「免許」制度に主として社会的な圧迫のゆえんを見出す」。そして、かれらの日常生活を、「文字の権力に対する身体の抵抗」として捉えた。

 著者の特色は、「現場の知」を時間や場所を越えて理解しようとしていることだ。「文字の権力」といいながらも、文字から得られる知識もどん欲に吸収している。著者にとって、「文献もまた民間伝承の一形態であって、しかもけっして固定的なものではない」からである。そこには、偉い学者の書いた研究書や役人の書いた公的な文書の優位性はない。それらも、「路上のたまり場」で語られる雑談と同等の「資料」である。著者にそれを気づかせたのは、「漁師や魚商のおじさん、おばさんたちとの付き合いを続ける中で」の「日々の生活を繰り返すことそのものから生ずると思われる迫力とか底力のようなもの」だった。

 このような権力に立ち向かう生活者の観点から、社会構造全体との連関を理解しようとしていた著者に、フィリピンでの漁村調査は、その観点が間違っていなかったことを確信させた。フィリピンは日本よりはるかに国家権力が弱く、自律した生活と社会がある。著者を驚かせた極小コンビニ「サリサリストア」の存在は、けっして近代経済学や社会学では理解できないものであり、人びとの日常生活から理解する民俗学が扱うテーマだった。

 著者が「民俗学」という学問に危機を感じ、「現代民俗学」運動の核として「歴史表象研究会」を立ち上げたのは、「この先、民俗学者はこのまま文部省、文化庁、電通の庇護のもとに、「大衆」と共にどこにもない「日本」を捏造しつつ、求め、さまよい続けるのであろうか。その行為そのものが「喪失感」の表出であることに気付くこともなく」と感じただけではないだろう。著者のように1980年代に日本で調査をはじめた者は、民俗学の将来を考えると、絶望的な現実を知った。当時はまだ明治生まれの古老から、いろいろな話を聞くことができた。古老たちは祖父母の世代から聞いた話も、話してくれた。明治維新以前の話だ。ところが、学校教育を受け、新聞や雑誌を読んでいる村のインテリである大正生まれは、「文字に書かれたものを多く記憶し、口伝えの話を忘れてい」た。否、知らなかった。日本の国のことや世界のことは知っていても、身近な自分たちのムラのことがわからなくなっていた。宮本常一が明言したように、「古老たちの聞き書きを中心にして資料採集する時代は過ぎ去った」のである。著者は、口から聞くことができなくなった「民俗」を、身体から理解しようとした。漁師が身体で覚えた漁の活動は、著者の期待に反し、あっけなく終わってしまった。それは、漁師にとってごく普通の日常だったからである。

 本書のタイトル「越境と抵抗」は、著者自らがつけたものではない。著者が「生み出した歴史表象研究会の五人の共同編集」のなかで、著者が「夢見ていた「現代民俗学」運動の核に据えうるシンボル」としてつけられたものである。著者自身の運動は、未完に終わった。しかし、本書の構成と「解説」から、著者の志は、同年代の仲間によって引き継がれていったことは確かである。そして、本書の章タイトルまわりに配された、リュックを背負った著者のフィールドでの姿を見るたびに、心新たに「運動」の行く末を考えることだろう。

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