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2006年06月13日

『国境を越える歴史認識-日中対話の試み』劉傑・三谷博・楊大慶編(東京大学出版会)

国境を越える歴史認識-日中対話の試み →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 日本語版と中国語版が同時に出版された本書は、「近年、東アジアにおける歴史認識のギャップを埋めるため、様々な共通歴史教材が編まれているが、その中にあって、子供でなく、大人の通読に耐えるものを目指し」たという。編者を代表して劉傑は「はしがき」で、「1972年の国交回復以降20年以上も大事にされた「日中友好」」が、「中国社会の急激な変化」と「日本社会の「右傾化」」によって、中国「政府に与えられた日本観は大きく変貌した」と述べている。「敵対の歴史を有する両国民の歴史認識にギャップが」生じたのは、「敵対の経験を持たない両国の戦後世代が未来に向けた信頼関係を構築する新時代が到来した」90年代半ばころからであり、そのギャップを埋めるのは「理性的な対話」だと説いている。そのための基本的文献となるよう、本書は編まれた。

 「それぞれの問題がどういう理由で日中間の争点になったのかを解説すると同時に、争いを解決する道筋を提示することに努めた」本書は、2部13章から成る。「第Ⅰ部「歴史の事実と歴史認識」では、太平洋戦争前までの時期の歴史事象に焦点をあて、今日の日中関係の基層を構成している諸事件と歴史認識の枠組みを分析し」、「第Ⅱ部「和解のための歴史認識を求めて」では、現代において日中間に横たわる課題を取り上げ、今日の展望を見通すよう試みている」。ともに基本に忠実で、対話のための基本的材料を提供している。まずは、本書の試みは成功したと言っていいだろう。ただ、見過ごしがちになるか、意図的に避ける台湾を取り上げたことが、中国側の読者にどのように受け入れられるのか、少々気になった。

 本書から、「おおむね「日本人民も軍国主義の被害者」という思考回路で現在の日本と過去の日本を対話させ」ていた良好な「日中友好」関係が崩れていった原因として、冷戦構造の崩壊やグローバル化などにともなう近代の基本であった二国間関係を中心とした外交が終焉を迎えたこと、また中国の民主化にともなう情報公開や経済開放にともなう中国経済の国際化などがあったことがわかる。ならば、もはや二国間関係だけで、「歴史問題」は解決できないことも明白である。にもかかわらず、本書は日中の問題に限って議論が進められている。かつて日本がつくった「戦争空間」としての「大東亜共栄圏」のなかでの中国の存在は、日々大きくなっている。それは中国への投資、中国製品の海外進出といった経済的なものだけではなくなっている。

 「あとがき」で日本側の編者である三谷博は、「直接に加害もせず、被害も受けなかった世代に、過去認識への確かな手がかりを提供する。それが今、極めて重要になっている」と述べている。その点で、気になるのが、最終章の「13章 歴史対話と史料研究」である。「日本と中国の間の歴史認識の上で立場の相違があるとしても、日本側の世界への発信力が圧倒的に弱いため、世界の近代日中関係史理解は次第に中国側の視点になっていくことは明らかである」。さらに、「東アジア諸国、中国、台湾、韓国は、文書の保存、整理、公開に極めて熱心であり、東アジアで日本がもっとも立ち遅れているということはあまり知られていない。これは1945年以後に顕著だが、それ以前についても同様である」と、日本側の問題をあげている。

 戦争を直接体験した世代から、その体験を直接聞いた世代、そしてそのつぎの世代が、日本でも中国でも中心になろうとしている。そういう「歴史問題」「歴史認識」を客観的にみることができる世代が、判断の拠り所とするのは、これらの問題にかんする材料(資料)をいかに真摯に公開しているかどうかではないだろうか。それは、「第3者」として同じ「戦争空間」を経験したほかのアジア・太平洋地域の人びと、日本との戦争とは直接かかわりのなかった国や地域の「第4者」の人びとに、より顕著になるのではないだろうか。また、日本が戦利品として朝鮮・中国だけでなく、戦場とした各地から奪ってきた文化財があるなら、それを明らかにし、返還することも必要だろう。破壊した文化財についても、考える必要があるだろう。「対話」だけでなく、日本・日本人が信頼を得るために、しなければならないことは、まだまだあるようだ。

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