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2006年05月30日

『フランス東インド会社とポンディシェリ』フィリップ・オドレール著、羽田正編(山川出版社)

フランス東インド会社とポンディシェリ →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 イギリスやオランダの東インド会社のことは知っていても、フランスの東インド会社のことは知らない人が多いのではないだろうか。ましてや、デンマーク・アジア会社やスウェーデン東インド会社のことは、その存在さえ初耳という人がほとんどだろう。英国博物館のイギリス東インド会社文書などを見ていると、いろいろなヨーロッパ人やアジア人が、アジア貿易に参加していたことがわかる。それなのに、従来はイギリスとオランダの、それぞれの会社としての海外活動しかよくわからなかった。

 編者の羽田正は、「解説」でまず「東インド会社とは何か」と問いかけ、その共通の特徴を3つあげている。1)「「インド」ないしは「東インド」との交易のための組織として設立された」、2)「東インド会社が設立された各国の王権や政府が、「インド」各地との貿易独占権を東インド会社に与えた」、3)「東インド会社が株式を発行し、それによって巨額の安定した資本金を獲得した」の3つである。

 つぎに、「東インド会社史研究の意義と研究史」を考察し、イギリスやオランダの東インド会社の研究に比べて、フランスなどの東インド会社の研究はひじょうに遅れており、その最大の理由は「史料の残存状況の違いによる」としている。そのようななかで、一時的であるにせよ、イギリスやオランダに匹敵する船舶数や総貿易量を誇ったフランスの東インド会社の歴史を考察することは、「ヨーロッパ史や世界史の認識を深めるため」、また「イギリスやオランダの会社の特徴をよりよく理解するために」必要である、と説いている。そこには、各国史やヨーロッパ中心史観を越えた世界史や初期近代(近世)という時代を理解しようとする編者の広い視野がある。そして、著者オドレールの研究に、その具体的事例をみようとし、編者は、著者の功績を3つあげている。1)「徹底的な史料・参考文献の渉猟とその目録化」、2)「フランス東インド会社史研究の遅れを一掃」、3)「東インド史研究への新たな視点の導入」である。

 本書は、編者による「解説」の後、著者の2度の訪日時の講演と報告に基づく4本の講演記録と論文からなっている。原史料に基づく分析によって、「フランスの東インド会社」「ポンディシェリの貿易商人とその活動」「フランス人とアジア域内貿易」「ポンディシェリにおける宗教問題」が、生き生きとした臨場感をもって明らかにされている。そこには、初期近代の国籍を超えたヨーロッパ人の活動があり、インド人を対等あるいはそれ以上に見る公平な目がある。ここでいう「インド」や「東インド」は、「現代歴史学の用語を用いれば、「インド洋海域世界」と「東・南シナ海海域世界」をあわせた地域がほぼそれに相当する」。このことは、インド人、アラブ人、ペルシャ人、中国人などアジア人の海域交易世界にヨーロッパ人が新たに参入したことをあらわしている。本書から、ヨーロッパ勢力がアジアで優位に立つ前の、「インド」域内の貿易や社会、ヨーロッパとアジアの関係の一端が見えてくる。

 わたしたちは歴史を見るとき、どうしても近代という偏見(一国史や西洋中心史観)で見てしまうことが多い。最初に世界一周をしたスペインの遠征隊の隊長は、ポルトガル人のマゼランであり、その周航記録を残したのはイタリア人のピガフェタであったことを考えれば、「国籍を超えた活動」の意味がわかる。また、ヨーロッパ人が扱った商品が、さまざまなアジア人の手を経て集荷されたことは、原史料を読むとすぐにわかることである。当時のアジアの自律社会もわかってくる。本書から、文献史学の基本である原史料の重要性がなんであるかを再確認させられる。また、イギリスとオランダだけでなく、フランスの東インド会社を考察に加えることによって、たんなる2者の比較・検討だけでなく、それぞれの特徴と共通点がより明らかになってくる。本書は、「18世紀、アジアの海域を舞台に大いに発展したフランス東インド会社。その急成長の秘密、貿易商人や宣教師の活動など、多方面にわたる活動の全容を明らかに」した以上に、ヨーロッパ史、アジア史、そして世界史をより深く理解するための材料と新たな視座を提供している。

 それにしても、本書は高い! 400字詰めにしてわずか100枚余のものが、1500円もする。高いから売れない、売れないから高くなるという悪循環を絶たないと、日本の出版文化が危ない。日本人の読解力の低下は、こんなところにも一因がある。原史料を読むどころの話ではない。


[古傷]
 以下は、今回とりあげた本とはまったく関係がないが、この場をお借りして書かしていただくことにした。

 印刷・出版するということは、ひじょうに大きな責任をともなう。それを、思いがけないときに思い知らされることがある。5月23日(火)の「朝日新聞」朝刊に、「フィリピン 抵抗の歌「バヤンコ」」が大きく掲載された。歌詞の一部が載り、「寺見元恵訳」とあった。出典はないが、わたしが編者のひとりである『フィリピンの事典』(同朋舎、1992年)からの引用であった。その385頁の「国歌」と「わが祖国(Bayan Ko!)」の日本語訳は、編集ミスで、上段の「国歌」は誰かが英語から訳したもので、下段の「バヤンコ」の訳とされているものは、寺見元恵さんが訳した「国歌」の大意になってしまった。寺見さんが、苦労して「日本語で歌えることを考慮に入れて訳した」「バヤンコ」の歌詞は、掲載漏れになってしまった。

 「朝日新聞」の記事を見る限り、間違った歌詞は寺見さんの責任になってしまう。しかし、寺見さんにその責任はまったくない。まず、事典の編集時点で執筆者に確認をとらず、間違いに気づかなかった出版社の編集者や編者の責任である。そして、今回その出典を明記せず、寺見さんに連絡をとることもなく、「寺見元恵訳」として掲載した新聞社の責任である。にもかかわらず、新聞社に間違いを連絡しても、インターネットの速報ニュースサイトのasahi.comには、なんの断り書きもなく新聞紙上と同じものが掲載され続けている。誤訳をしていると思われる寺見さんの立場は、どうなるのだろうか?

 「事典の初版を買うのは、バカだ」といわれることがある。長い年月をかけて苦労して出版されたにもかかわらず、事典の初版には少なからぬ誤り・不適当な表現があるからだ。この事典も10年近い年月をかけ、多くの執筆者の協力を得て完成したが、このようにとんでもないミスが起こってしまった。寺見さんには、ただただ謝るしかない。ミスは改訂版や増刷りのときに訂正するのが通常だが、不幸なことにこの事典はそのまま絶版になり、出版社自体がつぶれてなくなった。訂正の機会を失したまま、新聞やインターネットにそのまま引用されることになってしまった。

 このように研究者がすくなく、研究もあまり進んでいない分野の事典を出版することは、それだけ内容的にも問題が生じる恐れがあった。案の定、出版後、批判された。しかし、出版したことで、大いに役立ってきたはずで、そのマイナス面よりプラス面の方がはるかに大きいと確信している。だが、このような事典は大学院に進学したフィリピンを専門とする学生さえ買わないという。「初版を買うな」といわれても、初版が売り切れなければ、初版の訂正もできない。間違ったものを掲載されてしまった執筆者を保護するには、どうしたらいいのだろうか。責任者のひとりとして、途方に暮れている。

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