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2006年05月23日

『他人を見下す若者たち』速水敏彦(講談社現代新書)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 「他人を見下す若者たち」という本書のタイトルより大きな字の「「自分以外はバカ」の時代!」に、目を引きつけられた人も多いだろう。その下には、「●自分に甘く、他人に厳しい ●努力せずに成果が欲しい ●すぐにいらつき、キレる ●無気力、鬱になりやすい ●「悪い」と思っても謝らない」と書いてあって、「いるいる」と納得した者も多いだろう。この表紙の7割は占める帯の下は、漫画で「オレはやるぜ……」「何を?」「何かを」というせりふが入っている。

 この表紙を見て、下手な評論家の際物と勘違いした人がいるかもしれないが、著者の速水敏彦は地道な教育心理学者で、根拠もなくおもしろおかしく世評しているわけではない。著者が本書でもっとも明らかにしたかったことは、「現代の感情ややる気の変化の背後にある心性とでも言うべきものを突き止めることにある。現代の日本人は自由な社会を当たり前のこととして誰も彼もが横行闊歩しているように見える。その自由さは利己主義を強め、「ジコチュウ」という言葉も生まれた。これが高じれば、人は自分の立場ばかりを見て、他人の立場を見なくなる。つまり以前に比べて人々は他人を見下し、他者軽視・軽蔑をいとも簡単にするようになる。この他者との関係の捉え方が自分自身の捉え方にも影響を及ぼし、さまざまな出来事の際に生じる感情ややる気のあり方そのものを規定するのではないか、というのが筆者の仮説である」。この仮説を実証すべく、著者は地道な心理学的研究を続けている。

 「本書では、まず、現代の人間の感情ややる気の持ち方にどのような特徴があるかを探るところから」はじまり、「最後に、最近の人々の感情ややる気の変調が、仮想的有能感から発しているものであることを説明し、これからの感情ややる気のあり方について考える」ことで終わっている。本書を読みすすめていくと、はじめ同調していただけなのが、だんだん読むのが嫌になってきた。教育現場で、教師や学校をバカにし、無視する事例になると居たたまれなくなった。それは、わたしが大学の教室でも、似たような経験をしているからである。なにか書かせると、知らないことを恥とも思わず、教師の批判をし、自分の意見だけを一方的に書く学生が、目につくようになった。学ぶ姿勢ができていないのである。答案に赤を入れて返そうものなら、「できなかったことを、指摘されたくない」と言って怒り出し、卒論試問では「せっかく書いたのに、ケチをつけられた」と言って騒ぎ出す。ほんとうに教育がしづらくなっている。

 そういったわたしの個人の問題を解決する術が書いてあると思い、期待しながら読んでいき、「仮想的有能感からの脱出」という見出しのところにきた。「絶望することはない。人間は賢い動物である。これからの時代、人間そのものをどう育てていくのかという知恵を出し合って、危機を乗り越えていくだろう」。わたしは、まだ期待していた。が、つぎの2行で、絶望的になった。「私自身には妙案はないが、子どもの教育という視点から、仮想的有能感から脱出するための三つの提案をして、本書を締め括ることにする」と書いてある後、「しつけの回復」「自尊感情を強化する」「感情を交流できる場を!」という見出しが続いていた。引き続き、わたしは「教育とは、忍耐なり!」ということばを胸に、教育現場に立たなければならない。

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