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2006年05月02日

『世界森林報告』山田勇(岩波新書)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 フィールドワークをしていると、世界各地で観光開発を目の当たりにし、現代においていかに観光産業が大きな存在であるかを、否応なしに思い知らされる。なかでも、最近の流行が「エコツアー」だ。かつては冒険・探検家やその道の研究者しか入らなかったような場所にも、普通の観光客がいることがある。しかし、観光客の存在そのものが、「環境破壊」に繋がることだってある。生半可な「研究者」の調査も、同じく悪影響を与えることがある。いっぽう、本書のようなテーマでは、地球規模でできるだけ多くの土地を見てまわることがいかに重要であるかが、本書を読むとよくわかってくる。

 著者の山田勇は、40年間にわたって「地球を縦横に歩いてきた生態学者」である。著者は、本書で、「ごく最近、ごく身近に起こった森の変化を中心に、世界の森の現状がわかるように書いてみたい」という。その背景には、「今、世界中の生態系が劣化しているが、その中でも森の状況は際だって悪い。そして森が攪乱を受けると、その姿はもろに人目にさらされる。重金属汚染のように深く静かに潜行するのではなく、誰の目にも明らかな惨状が世界のあちこちで見られる」という状況がある。森の役割も変わってきている。「かつて森は木材という生産物を得る場であった。しかし最近は、森の価値が大きく変わり、人々にとって生産よりも憩いの場としての意味合いが強くなった。そしてエコツーリズムという新しい観光の形態が、世界中の森で見られるようになった」。著者は、読者が「世界の森が今どういう状況にあるかを知り、今後どのような方向を目指すべきかを考えるきっかけとなる」ことを期待している。

 森の現状を理解する旅は、著者の専門である東南アジアに始まり、北アフリカ、ラテンアメリカ、中国、さらにヨーロッパとアフリカを駆け足でめぐって終わる。本書の帯にあるとおり、「地球一周 エコツアー」ができる。それぞれの国や地域の実情、人びとの考え方によって、守られている森もあれば、無惨な姿を晒している森もある。破壊の激しい東南アジアでは、「熱帯林が伐採の対象となったのは、第二次世界大戦後、熱帯圏の多くの国々が旧宗主国から独立し、自前で国家を運営していく必要が出てきて」、「もっともてっとり早く稼ぐ方法は、自分たちの国に普通に生えている木を伐って売ること」だったという。そして、「莫大な量の木材が主に日本へ送られた」。著者は、「いま、東南アジアの大都市にある多くのこうしたビル群は、熱帯雨林の伐採と引き替えによって築かれたものだと言っても過言ではない」と言い切る。そのことに、日本や東南アジアの都市に住む人のうち、どれだけの人が気づいているだろうか。

 「この半世紀の間にズタズタになってしまった」東南アジアの熱帯雨林にたいして、石油を産する豊かな国であるベネズエラでは、「アマゾン地域に何重にも法のアミをかけてここを閉鎖した。国立公園や自然保護区、先住民地区など、さまざまな保護地域をつくって厳重に保護することにしたのである」というホッとすることも紹介されている。しかし、局地的な保護では、どうしようもない状況になってきていることが、本書からわかった。「二〇世紀の後半ほど森に住む人々の人権問題が世界の話題になった時代はな」く、著者が調査に行った先々で、「自分たちの生活を守ってくれと訴える人々がいた」。「そして今、二一世紀に入って問題は解決したかのように見えるが、どうしてどうして、何ひとつ解決はせず、ますます混迷を深めている」というのが著者の現状認識だ。

 ボルネオ島のクチンから同島のインドネシア領のポンティアナクに向かう途中、豊かな熱帯雨林の向こうに雲の合間から山々が見えた。森の神様が住んでいるとしか思えない風景だった。タイ北部チエンマイからミャンマーとの国境に近いメーホーンソーンに飛んだとき、途中まったく森しか見えず、人が住んでいる形跡がまるでない景色がしばらく続いた。森と共生できる人以外は、立ち入ってはいけない世界があると感じた。著者のようにだれでもが、世界各地の森を見ることができるわけではない。また、森の存在意味がわかるわけでもない。本書によって、地球規模での問題が見えてくると、安易な「エコツアー」に参加できなくなる。「エコツアー」や生半可な「調査」を、どう自分自身の生活や調査に役立てるか、森の存在を日常的に感じることからはじまるだろう。

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