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2006年03月14日

『東アジア共同体-強大化する中国と日本の戦略』小原雅博(日本経済新聞社)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 東アジア共同体が、現実味を帯びて議論されるようになった。その最大の障壁は、日中歴史問題だという人もいる。どこまで話がすすんでいるのだろうか。著者は、外務省アジア局地域政策課長などを歴任し、1999年に担当課長として「東アジアの繁栄を構想しながら日本の「第三の開国」を提言する「奥田レポート」」構想に携わった人物である。外交の裏側も見えるのではないかと期待しつつ、読みすすんだ。

 本書は、「まえがき」で目的、「あとがき」で結論が明確に書かれており、学生に書評選びの本を探すのに「こんな本を選びなさい」と言えるわかりやすい構成になっている。昨今、単著、単行本でも、著者自身が目的意識・問題意識に乏しいのか、整理ができていないために、学生に推薦できない本が少なくない。学術書でも、論文の寄せ集めで、単行本としての一体性・一貫性のないものは、このブログでもとりあげようがない。

 本書の目的は、つぎのように明確である。「本書は、多様で活力に溢れる東アジアの経済一体化の動きを踏まえ、東アジアの統合に向けた明と暗を明らかにしつつ、「東アジア共同体」を構想し、その実現に向けての条件と方策を探るものである。そして、その鍵を握るのは、名実共に大国として復権し台頭する中国、冷戦後唯一の超大国として東アジアの安定に欠かせない米国、東アジアの繁栄をリードしてきた経済大国日本、そして、東南アジアにおける共同体を模索し東アジア地域主義の議論をリードしてきたASEAN、これら主要プレイヤーの動向と相互の関係である」。そして、外務省の官僚らしく、日本のとるべき外交姿勢をつぎのように示している。「この東アジアの大きな枠組みを見落として表面的な経済の数字や抽象的な政治的言辞に目を奪われていると、問題の本質は見えてこない。今こそ東アジアの実相をしっかりと捉え直し、将来の方向性を見据えながら、「東アジア共同体」を構想しなければならない。その上で、日本の採るべき戦略を決定し、果敢に行動に移さなければならない」。

 そして、「あとがき」で、「日本の強み」は「技術とノウハウを製品に統合する能力の高いトヨタやキヤノンのような大企業から部品や素材一つ一つの良さを錬磨し続ける中小メーカーまで、一体となった「擦り合わせ」型産業」、つまり「ものづくり」であると明言している。しかし、それを維持するために必要なのは、「「人材力」を掘り起こし、新たな挑戦を続けていくしか道はない。それができるか否か、これからの十年が日本の国家としての盛衰の分岐点となろう」と、著者はけっして楽観視していない。

 その「人材力」という点で、最近の学生を見ていると、不安になることがある。どういう能力を大学で身につけて、社会に出ていかすのかが、わかっていない学生によく出くわす。グローバル化のなかでは、日本人のあいだでの競争だけでなく、直接・間接的に職を外国人に奪われることが少なくない。そのことに学生だけでなく、気づいていない人たちがいる。女子バレーボールで、タイが日本からセットを奪ったように、東アジア共同体のなかで労働移動がさかんになると、賃金の安いほかのアジアの若者が日本人の若者の職を奪っていくことになる。競争のためだけでなく、これからの社会を生きるための知識と実力が必要となる。

 東アジア共同体の成立の基本的問題として、本書でとりあげられた経済、安全保障、歴史問題、中国脅威論などのほかに、民際交流の促進の問題があるだろう。共同体は、国家間や経済界の合意だけで、いまや成立するわけがない。共同体が成立すると、モノだけでなく、当然ヒトの往来が激しくなる。対等につきあえるだけの人材の育成と、包容力ある日本社会の形成が、重要な意味をもつことになるだろう。そして、経済格差を超えて、互いの歴史や文化を尊重できるだけの知的教養を、日本人一人ひとりがもてるかどうかも、日本人が共同体内でリーダーシップを握ることができるかどうかの大きな鍵となるだろう。そのとき、同時に自分たちの歴史や文化を尊重し、多文化社会のなかで協調しながらいかにそれを守るのか、という考えも生まれてくるだろう。日本の「人材力」と「社会力」が試されることになる。

 もうひとつ、東南アジア研究者として心配なのは、東アジアのなかに東南アジアが吸収され、東南アジアが埋没して軽視される恐れがあることだ。日中、日韓関係がギクシャクするなかで、東南アジアの存在はキャスティング・ボートとして大きな意味をもつ。平時においても、東南アジアを主体性をもつ社会として認識することを、忘れないで欲しい。

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