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2005年12月06日

『1冊でわかる グローバリゼーション』マンフレッド・B・スティーガー(岩波書店)

1冊でわかる グローバリゼーション →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 本書評ブログでは、原則としてひとりの著者の単行本を取りあげ、複数の執筆者からなる論文集は取りあげないことにしている。その理由は、具体的な個別テーマを解明することを目的とした論文とは違い、単著単行本では各章で取りあげた個別の問題とは次元の異なるスケールの大きなテーマを扱っており、勉強になることが多いからである。たとえ、単著単行本であっても、本全体の構想がよくわかる序章や終章のない論文の寄せ集めは、たいして勉強にならない。時間をかけて本を読むからには、たんなる事実を知るだけでなく、自分がもっていない違う次元の話やスケールの大きな話から学びたい、ブレイクスルーのきっかけをつかみたい、と思っている。

 本書で扱われているグローバリゼーションは、ひとりの著者によって書くことができるような生やさしいものではない。グローバリゼーションという「概念は千差万別で」、「世界規模での変容を多次元的に捉え、多面的に描き出す」ことが必要だからである。その手ごわい」グローバリゼーションという課題を、著者、スティーガーはひとりで執筆した。短所は、個々の章で扱われたテーマは専門家の眼からすれば不充分な点があることだろう。長所は、ひとりの著者の目を通した一貫した論調で、全体を俯瞰することができることだ。わたしは、その長所のほうを評価したい。方向性が定まっていた近代とは違い、いまはスペシャリストで且つジェネラリストであることが求められている。つまり、自分の専門性を相対化する眼が必要なのである。歴史学においても、かつて「世界史」は二流の研究者か学校教育に携わる歴史の先生が関心をもつものと思われていたことがあった。しかし、いまや「専門バカ」は、学際性や学融合が当たり前になった時代のたんなる「オタク」にすぎなくなってしまう。だからこそ、本書が千差万別の概念を複数の執筆者によるのではなく、ひとりの執筆者によって書かれたことを、まず評価したい。そのことは、著者も充分認識していて、「そうした包括的な知的営為はおそらく、あまりにも長年にわたってスペシャリストに比べてその地位が見劣るとされてきた、学問的ジェネラリストの復活を導くことになるだろう」と述べている。

 本書は、まず「概念をめぐる論争」を整理し、つぎに歴史的にみて「新しい現象」であるのかを検証した後で、個別の次元である「経済」「政治」「文化」「イデオロギー」からグローバリゼーションという複雑な問題を考えている。そして、「グローバリズムに対する異議」を理解して、「未来を評価する」ことで終わっている。たしかに、この構成で「1冊でわかる」ように思われる。しかし、そんな甘いものではないことは、本書を執筆した著者がいちばんよくわかっている。だから、著者は、「今日のグローバリゼーション研究者らが直面しているもっとも困難な課題とは、私たちのポストモダン世界において強まりつつある流動性と相互依存性とを正当に扱うようなやり方で、多種多様な知の脈略をつなぎ合わせ、総合することである」と述べている。つまり、訳者解題のタイトルである「グローバリゼーションへの多次元的アプローチ」が必要なのである。

 本書の参考文献は、原著のものと「日本の読者のために」訳者のひとりが精選したもののふたつがある。後者には、原著で取りあげられなかった「ジェンダー、子ども」についても、簡単な解題とともに紹介されている。驚いたのは、前者の原著者が取りあげた本の多くが、日本語に翻訳されていることである。このことは、このグローバリゼーションが日本にも大きな影響を及ぼし、世界的な動きを学問的にもいち早くつかもうとしていることの表れだろう。その意味でも、本書で基礎的なことを学習し、応用力をつける必要がある。

 その点で気になることがある。学生の学力低下の問題が指摘されて久しいが、当の学生自身がそのことの意味を充分に理解していないことである。グローバリゼーションのなかでは、たとえ日本経済が活況を呈していても、日本の若者が雇用されるとは限らない。いまや、日本企業は直接・間接的に多国籍化し、コスト削減目標もあって、低賃金で優秀な人材を世界中に求めている。日本のニートやフリーターの問題の一端は、若者自身の世界認識の不足と能力不足にあることを肝に銘じる必要があるだろう。日本の教育も、グローバリゼーションと無縁ではない。そして、その失敗はまずその教育を受けた者に顕著な影響が出るが、とくに大学教育に携わっている者がそのことをよく認識していて、このグローバリゼーションに対応できる人材を輩出しようとしているのだろうか。日本の教育の質が、いま問われている。

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