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2005年10月18日

『だれが中国をつくったか-負け惜しみの歴史観』岡田英弘(PHP新書)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 独創的な歴史観で知られる著者、岡田英弘の新刊とあって、まず目次を開いた。「序章 中国人の歴史観-つくられた「正統」と「中華思想」」に続く6章すべてのタイトルが「編者と書名」で、それぞれの副題に要点が記されていた。これで全体像がわかってしまうので、すべての章のタイトルと副題をあげることにする。
  第一章 司馬遷の『史記』-歴史の創造
  第二章 班固の『漢書』-断代史の出現
  第三章 陳寿の『三国志』-「正統」の分裂
  第四章 司馬光の『資治通鑑』-負け惜しみの中華思想
  第五章 宋濂らの『元史』-真実を覆い隠す悪弊
  第六章 祁韻士の『欽定外藩蒙古回部王公表伝』-新しい歴史へ
        の挑戦
これだけで、いったいなにが書いてあるのだろうか、と期待させられる。さらに見出しを見ると、「エッ」と言うようなものに出くわすだろう。「現実をごまかす『三国志』」「「正史」の体制におさまらない現実」「「帝」=「配偶者」」「タイ語が飛び交う最古の王朝「夏」」「「殷」は北アジアの狩猟民」「西方の遊牧民が建国した「周」」「始皇帝の天下統一まで中国はなかった」「『魏志倭人伝』は信用できない」「隋・唐の皇帝は鮮卑人」「後唐も後晋も後漢もトルコ系」「北宋皇帝も北族出身では?」「十三世紀から国号のつけ方が変わった」「元朝にピラミッド型の地方行政組織などない」「われわれは「正史」に騙されている」などである。著者は、これらの読者が「エッ」と思うことにたいして、原史料をあげて一つひとつ説得力をもって解説していく。

 著者は1931年生まれで、「専攻は中国史、満洲史、モンゴル史、日本古代史」とある。本書で書かれていることは、著者が若いときに学んだ中国史で疑問に思ったことにたいして、モンゴル史など周辺地域の歴史研究の立場から原史料を読み直し、解答が得られた成果ということだろう。高校の歴史教科書などは、依然として古くさい記述がまかり通っているものがあり、若い世代でも上記の章・見出しに「エッ」と思った人が多いかもしれない。しかし、「戦後は終わった」世代のわたしには、実はそれほど「エッ」と思うものはなかった。かつての中国史は「正史」からなにがわかるかを考察しまとめたもので現実とは違うこと、漢人の皇帝が中国を支配した王朝・時代は半分もないこと、中国は都に皇帝はいても中国という国家の実体は存在しなかったことなど、知識としては知っていた。問題は、従来の歴史叙述に代わる中国史をどのように書くかだ。その意味で、前回とりあげた上田信『海と帝国』は読みごたえがあった。続刊の杉山正明『疾駆する草原の征服者』も楽しみだ。著者のこれまでの著書も、それを試みたものだ。著者が参考文献にあげた5点は皆、自分自身の著書ばかりだ。まだ、中国人がつくった「正史」に基づく中国史に騙されている人は、これらの著書を読むと、本書で著者が主張していることが、さらによくわかるだろう。

 中国史だけではない。いま、歴史研究者は、従来の一国よがりのナショナル・ヒストリーの一つひとつに立ち向かうことによって、自分自身の国の歴史を考え、歴史学とはなにか、世界史とはなにかを、考えていかなければならない時代になった。教育現場に立っている人は、本書の目次を見て、「エッ」と言わないだけの新しい時代の歴史研究を知ってほしい。そして、もともと国内の限られた読者を対象に書かれたナショナル・ヒストリーをめぐって、国際的に議論することの無意味さを充分に理解したうえで、それぞれの国・地域の歴史と文化を尊重して、友好的な交流を考えてほしい。

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