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2005年10月25日

『アンコール・王たちの物語-碑文・発掘成果から読み解く』石澤良昭(NHKブックス)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 「今は遺跡どころではない。食糧供給が先だ」と言われた1980年代初期の疲弊したカンボジアで、著者、石澤良昭は「食糧は近隣の米産国からいくらでも手に入るが、アンコール・ワットが崩れ落ちたら二度と元の姿には戻せない」、「遺跡も人も大切だ」と主張しつづけた。「なぜこうまでもアンコールに執着」するのか、よく訊かれる質問に、著者は「なかなか明快にその理由を説明できないが、アンコール・ワットの大伽藍に魅せられて楽しんでいるのではないことだけは確かである」と答えている。その答えの一端は、著者の「カンボジア人による、カンボジアのための、カンボジアの遺跡保存修復」という国際協力の哲学からみえてくる。著者が半世紀にわたって守ろうとしてきたものは、一言で言えば「カンボジアの至宝」だろう。しかし、その「至宝」の意味をほんとうに理解できるのは、カンボジア人以外にいない。そのことがわかっているだけに、カンボジア人ではない著者には「明快にその理由を説明できない」もどかしさがあるのだろう。著者のカンボジア史研究は、カンボジア人のもっている手の届かない尊厳さに一歩でも近づくことではなかったのだろうか。

 そのカンボジア史研究は、容易ではなかった。本書を読んでも、その拠り所は依然として碑文、『真臘風土記』などの漢籍史料、ヨーロッパ人の旅行記などの文字史料を基本に、近年すすんできた考古学、美術・建築学などの研究成果を取りいれているにすぎない。そして、「今後地道な考古発掘が必要であり、遺跡地質学、熱帯農学、水文科学など、関連の科学を総動員する必要がある」と訴えている。近代歴史学は、国民国家を中心にすすめられてきたため、強い国家が成立しなかった民族の歴史はあまり発達しなかった。ましてや、カンボジアはフランスの植民地を経て、内戦状態にあった。わたしたちは、近代という時代の先入観を通して歴史を見、誤ったイメージを抱きがちである。カンボジアの歴史は未知の部分も多く、それだけに新しい発見が著者の研究の原動力になったのだろう。

 本書本編のアンコール王朝興亡史は、著者の長年の研究成果をまとめたもので、その研究のプロセスを感じることもでき、楽しむことができた。さらに興味をもったのは、付章Ⅲ「すべての道はアンコールへ-ヒトとモノが動いた大幹線道」で、カンボジア史研究だけでなく、東南アジア大陸部の歴史研究にとって魅力にあふれていた。カンボジアの主要民族であるクメール人は、かつて現在のカンボジアの領土におさまらない活動範囲をもち、その文化はさらに広範囲に影響を与えた。そのヒトとモノの動きから、現在独自の国家をもたないモン人とともに、かつて東南アジア大陸部の歴史と文化を創造していたことを想像させるスケールの大きな記述となっていた。現在の国家にとらわれない歴史研究がすすむと、あの偉大なアンコール・ワットなどの遺跡を残した民族の実像が浮かび上がってくるだろう。

 それにしても、巻末の「参考文献」をみると寂しくなる。半世紀にわたって「孤軍奮闘」してきた著者の研究成果がほとんどである。おそらく著者は、新しい発見を誇らしげに自信をもって記述するいっぽうで、不安も覚えていたことだろう。将来新たな研究者の出現による「発見」で、自分の仮説が崩れるかもしれない、と。しかし、著者は、自分の研究が踏み台となって、新たな研究が出てくることを期待してきただろう。アンコールの研究だけではない。東南アジアには、たんなる個別研究としてだけでなく、学問一般に通用する新たな研究の可能性が満ち溢れている。ヒンドゥ教や仏教といったインドの影響を受けながらもインドにはない巨大な遺跡を数々残したクメール人の強大な権力、文化大国を思わせるような独自の優れた美術・建築技術、文化的共生を感じさせるいっぽうで排他性も感じさせる遺物、優しさと残酷さ、謎をあげだしたらきりがない。その謎解きに、その土地の人間がかかわることは必須条件だ。だが、それには、まだ時間がかかるかもしれない。その日まで、著者のように地道にそのたたき台をつくる作業をするのも、大きな国際貢献だろう。

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2005年10月18日

『だれが中国をつくったか-負け惜しみの歴史観』岡田英弘(PHP新書)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 独創的な歴史観で知られる著者、岡田英弘の新刊とあって、まず目次を開いた。「序章 中国人の歴史観-つくられた「正統」と「中華思想」」に続く6章すべてのタイトルが「編者と書名」で、それぞれの副題に要点が記されていた。これで全体像がわかってしまうので、すべての章のタイトルと副題をあげることにする。
  第一章 司馬遷の『史記』-歴史の創造
  第二章 班固の『漢書』-断代史の出現
  第三章 陳寿の『三国志』-「正統」の分裂
  第四章 司馬光の『資治通鑑』-負け惜しみの中華思想
  第五章 宋濂らの『元史』-真実を覆い隠す悪弊
  第六章 祁韻士の『欽定外藩蒙古回部王公表伝』-新しい歴史へ
        の挑戦
これだけで、いったいなにが書いてあるのだろうか、と期待させられる。さらに見出しを見ると、「エッ」と言うようなものに出くわすだろう。「現実をごまかす『三国志』」「「正史」の体制におさまらない現実」「「帝」=「配偶者」」「タイ語が飛び交う最古の王朝「夏」」「「殷」は北アジアの狩猟民」「西方の遊牧民が建国した「周」」「始皇帝の天下統一まで中国はなかった」「『魏志倭人伝』は信用できない」「隋・唐の皇帝は鮮卑人」「後唐も後晋も後漢もトルコ系」「北宋皇帝も北族出身では?」「十三世紀から国号のつけ方が変わった」「元朝にピラミッド型の地方行政組織などない」「われわれは「正史」に騙されている」などである。著者は、これらの読者が「エッ」と思うことにたいして、原史料をあげて一つひとつ説得力をもって解説していく。

 著者は1931年生まれで、「専攻は中国史、満洲史、モンゴル史、日本古代史」とある。本書で書かれていることは、著者が若いときに学んだ中国史で疑問に思ったことにたいして、モンゴル史など周辺地域の歴史研究の立場から原史料を読み直し、解答が得られた成果ということだろう。高校の歴史教科書などは、依然として古くさい記述がまかり通っているものがあり、若い世代でも上記の章・見出しに「エッ」と思った人が多いかもしれない。しかし、「戦後は終わった」世代のわたしには、実はそれほど「エッ」と思うものはなかった。かつての中国史は「正史」からなにがわかるかを考察しまとめたもので現実とは違うこと、漢人の皇帝が中国を支配した王朝・時代は半分もないこと、中国は都に皇帝はいても中国という国家の実体は存在しなかったことなど、知識としては知っていた。問題は、従来の歴史叙述に代わる中国史をどのように書くかだ。その意味で、前回とりあげた上田信『海と帝国』は読みごたえがあった。続刊の杉山正明『疾駆する草原の征服者』も楽しみだ。著者のこれまでの著書も、それを試みたものだ。著者が参考文献にあげた5点は皆、自分自身の著書ばかりだ。まだ、中国人がつくった「正史」に基づく中国史に騙されている人は、これらの著書を読むと、本書で著者が主張していることが、さらによくわかるだろう。

 中国史だけではない。いま、歴史研究者は、従来の一国よがりのナショナル・ヒストリーの一つひとつに立ち向かうことによって、自分自身の国の歴史を考え、歴史学とはなにか、世界史とはなにかを、考えていかなければならない時代になった。教育現場に立っている人は、本書の目次を見て、「エッ」と言わないだけの新しい時代の歴史研究を知ってほしい。そして、もともと国内の限られた読者を対象に書かれたナショナル・ヒストリーをめぐって、国際的に議論することの無意味さを充分に理解したうえで、それぞれの国・地域の歴史と文化を尊重して、友好的な交流を考えてほしい。

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2005年10月11日

『中国の歴史09 海と帝国 明清時代』上田信(講談社)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 前回、「中国制度史と社会史の乖離を埋めることによって、全体史が現れ、また違った中国史が出現することになるだろう」と書いた。その乖離がかなり埋まったと思える概説書が出版された。著者、上田信は、「専攻は中国社会史」と自己「紹介」している。一昔前までは、中国史で「社会史」と言っても、社会史の発達した地域の研究者からみれば、「制度史」としか見えなかった。それが、本書を読んで、中国社会史もここまできたか、という思いがした。

 本書からわかる中国社会史の発展の要因は、ふたつある。ひとつは、本書が、著者が雲南で台湾東岸の港町からやってきた海の女神、媽祖の神像に出会ったことからはじまるように、著者が中国各地を調査で訪れ、また中国人自身も国内・海外各地を往来するようになったことだろう。著者は、ほかの著書に『森と緑の中国史-エコロジカル・ヒストリーの試み』(岩波書店、1999年)があるように、中国史を環境や景観から理解しようとしている。それだけに、随所に歴史上の舞台となった町の様子が生き生きと描かれ、人びとの生活の息吹が感じられた。

 もうひとつは、視野を中国国内から東アジア、東南アジア、さらに世界へと拡げたことだろう。日本との関係では、日本史の側からの視野の拡大が貢献し、日本と明代中国の相渉的な関係が見事に描かれている。それが、明代の海からの中華帝国の歴史叙述を可能にした主要因だろう。そして、著者は、「国の歴史としてではなく、人の歴史として見たとき、一九世紀は中国人がグローバルな環球という舞台において、生活の領域を広げ、社会的・経済的なネットワークを張り巡らせた世紀である」と、肯定的に清末をとらえている。たとえばフィリピン史で1950年代からさかんに唱えられた「民衆の歴史」が、ようやく中国史でも書かれるようになった。さらに、中国への影響だけでなく、中国から周辺地域・世界への影響も、バランスよく描かれ、世界史のなかの中国史が見えるようになってきた。

 本書を読んで、これまでにない斬新な中国史に、魅力を感じる読者も少なくないだろう。しかし、難点もふたつあると感じた。ひとつは、制度史を中心に学んだ世代は、制度史から見えない中国人の歴史に大いに興味をもったことだろうが、制度史の基礎知識に乏しい者は、著者の工夫にもかかわらず内容についていけなかったかもしれない、ということだ。それは、著者だけでなく、社会史的な記述をふんだんに盛り込んで、通史や概説書を書こうとする研究者の共通の悩みと言っていいだろう。

 もうひとつは、より深刻な問題だ。著者は、「海域世界の成立」を「陸からの自立」としたり、「一七世紀に海域世界が終焉し、陸の政権が海を管理できるようになった」と記述したりして、海域世界の自律性を認めていない。「海の歴史」の定義も、「海洋をヒトが交流する場として捉え、近代以降に成立する海洋によって区切られる国家単位の歴史を相対化しようとする歴史観」として、前近代の「海の歴史」の存在を認めていない。これは、著者だけの問題ではない。陸域世界の歴史の視野を広げた先の「海域世界」の歴史研究が発展していないと、陸域中心史観の歴史のままであったり、充分に実証されていない研究成果を鵜呑みにしたりすることになる。本書で「海洋民」といわれた人びとは、海上交通・交易に携わり、生活を陸域世界に寄生していた人びとである。それは、陸域世界と接触をもったときの海域世界のほんの一面にすぎなく、海戦に巻き込まれたとき、もっとも華々しく歴史叙述に登場した。海域世界が本来の自律した姿をみせるとき、陸域との関係は乏しく、文献史料に残ることはあまりなかった。まだまだ研究がすすんでいないどころか、手つかずの分野が多いことから、残念ながら歴史をグローバルに語るには大きな障壁がある。遊牧民世界のような発展した歴史研究が、海洋民についてはまだないのである。

 ともあれ、本書は、人びとの生活というミクロな視点と雄大なヒト、モノ、カネのマクロな動きを組みあわせながら、「古代的な明から近代的な清へ」の500年の歴史を描いた、身近でスケールの大きな好著である。このスタイルをまねる歴史書も出てくることだろう。わたしもまねたいが、これほどのものは書けそうにない。

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2005年10月04日

『中国江南の都市とくらし-水のまちの環境形成』高村雅彦(山川出版社)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 ハリケーン・カトリーナがニューオーリンズを襲い、スープ皿といわれる街が水に覆われた。人びとは水の恐ろしさを知らされた。しかし、水は、水と共生してきた人びとには、豊かな暮らしをもたらしてきた。本書は、中国江南の水と密接に結びついた人びとのくらしを、都市空間の構造を切り口に理解しようとするものである。

 中国では国家事業として大量の文書が残され、近代実証的文献史学のもとで土地制度や官僚制といった制度史が発達した。その研究成果によって、皇帝や官僚がどのようにして帝国を統治しようとしていたのかがわかる。しかし、いっぽうで、その制度のもとで、人びとはどのような生活を営んでいたのか、よくわからなかった。それどころか、文献に残されている制度が実際に施行されたのか、施行されても実効力をもったのかさえわからないものがあった。中国史研究では、制度史は発達しても、社会史が発達しなかった理由のひとつがここにある。

 このような状況は、西洋史と対極をなす。中国に比べて王様の権力が弱く、王様が亡くなってもその葬儀をどのようにするのかさえわからないときがあるほど、ヨーロッパでは制度が整っていなかった。中国の制度化を支えた漢字に対するヨーロッパのラテン語は、キリスト教神学のためにあり、王国の制度の発達のためにはあまり利用されなかった。国語の成立も遅れ、近代国民国家の成立の大きな障害になった。そのいっぽうで、地方語による豊かな文化が形成されることになった。庶民のことばで残された地方文書を使った歴史研究からは、すぐれた社会史が生まれた。

 中国史では、庶民の生活実態を知ることができるような文献は、ひじょうに限られている。近年になって文献ではわからない庶民の歴史を、建築や美術、芸能などから読みとろうとする試みがさかんになっている。本書もそのひとつだ。しかし、けっして文献を軽視しているわけではない。著者、高村雅彦は、「現地調査や文献史料の考察に基づき通時的に示すことによって、歴史的な蓄積に支えられながら、鎮独自のまちづくりの手法がいかに確立していったかを解き明かしていく」。鎮は、明末清初に発達した水路網からなるマーケットタウンである。

 本書は、4部からなり、第Ⅰ部で鎮、第Ⅱ部で住宅のそれぞれの成立・形成過程、空間構造・構成を建築学的に考察した後、第Ⅲ部で市場、茶館、宗教施設の舞台などを都市空間のなかに位置づけ、水との結びつきを論じている。そして、第Ⅳ部では、「水と人とくらしの関係を描き出しつつ、水と人のエコロジカルな共生のあり方を探って」、「環境と共生する21世紀」の姿を模索している。

 本書から、鎮には歴史的、地域的にかなり多様なヴァリエーションがあったことが明らかになった。その違いは、社会の盛衰、技術力の発達などによるものもあるが、人びとが便利で快適なくらしを求めてきた結果だということもできる。そこには、制度とは無縁な社会の形成がみえる。「中国の都市は、すべて皇帝のものである」、地方都市もその例外ではない、といわれながらも、皇帝とは無縁に鎮は形成・発達してきた。中華帝国の盛衰・成り立ちはわかっても、そこに住む人びとのくらしがわからなかったが、本書ですこしわかってきたような気がした。しかし、その乖離が充分に理解されたわけではない。中国制度史と社会史の乖離を埋めることによって、全体史が現れ、また違った中国史が出現することになるだろう。このような研究成果が出て、制度史に影響すると、中国史ももっとおもしろくなる。

 本書は、水との関係を中心に都市とくらしを考察しているが、都や小都市からも中国の都市空間を考察してみると、もっと全体像がわかってくる。簡便に理解したいなら、同じ著者が、同じ出版社から同じ年に出版した「世界史リブレット」の1冊『中国の都市空間を読む』を読むのもいいだろう。

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