« 2005年07月 | メイン | 2005年09月 »

2005年08月30日

『海のかなたのローマ帝国−古代ローマとブリテン島』(岩波書店)

20_umino.jpg  →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 かつて日本の西洋史学の大家が、自信をもって「近代をリードしたヨーロッパの歴史を紹介するのが、日本の西洋史学の役割だ」と言ったのを聞いた覚えがある。そのお蔭で、わたしたちはアナール学派などのヨーロッパの最先端の歴史研究の動向を、日本語で詳しく知ることができた。しかし、極論すれば、日本の西洋史学はオリジナリティのない「学問」という矛盾した研究分野であったことになる。本書は、オリジナリティがないどころではない。日本から新たな西洋史学を提案した、世界に誇れる一書である。

 著者、南川高志は古代ローマ史が専門で、わたしの研究とはあまり共通点がないと思っていた。ところが、本書を読んで、学問としての歴史学や世界史認識を考える「同志」であると心強く思った。著者を脱皮させたのは、歴史を中央からではなく辺境から見る視点、文献だけでなく考古学的・美術史的にも考察すること、そしてイギリスにおけるローマン・ブリテン研究の歴史を学んだことだった。視野を広げた先の研究が充実していたことも幸いした。

 ヨーロッパの博物館を見学すると、古代ローマ帝国の存在に驚かされ、いかにヨーロッパ各地に多大な影響を及ぼしたかがわかる。イギリスでも、古代ローマの遺跡が大切に保存され、人びとの関心が深い。しかし、イギリスにおける古代ローマにたいする積極的な評価は、昔からのものではなかった。1877年にインドを征服したイギリスが、「帝国」の継承者として古代ローマに関心を寄せるようになり、そのいっぽうでゲルマン系本家ドイツの現実的な脅威から古ゲルマンへの関心が薄くなっていった。イギリス帝国の出現が、近代イギリスのローマ帝国観をつくっていったのである。

 それが、1990年代になって考古学的・美術史的考察から、「ローマ的生活様式を表面的に採用しながらも、実質的には従来の生活が継続していた」ことが明らかになった。著者は、「「海のかなたのローマ帝国」は、実態とは相容れぬ、「幻想」の帝国であった」と結論づけている。古代史研究者が、「「現代」を問題にせざるをえない研究」を意識した結果の結論である。そして、古代と現代の連鎖という「大きな歴史」が見えてきた著者は、さらにローマン・ブリテンの後半期、近代イギリスにおける好古家の活動、大陸の辺境属州の研究から、ローマ時代のありようの解明を展望している。頼もしい限りである。

 このように「大きな歴史」が見えてきて、あの層の厚いヨーロッパ研究に果敢に挑んでいけるようになったのも、「極東の西洋史研究者にふさわしい」研究が見えてきたからだろう。著者は、「つねにローマ帝国全体の中で、さらには世界史の中でローマン・ブリテンを眺めているが、イギリス人研究者はまずローマン・ブリテンを見て、そこからローマ帝国やイギリス史の全体を考えているから」、実像が見えていないのだと指摘する。ナショナル・ヒストリーの克服が、内側からは困難なことを再確認させられる。しかし、著者がこのような研究ができるようになったのも、「極東の西洋史研究者」を受け入れ、研究に協力してくれた数多くのイギリスの人びとがいたからであろう。それだからこそ、日本語の本では異例の英文の謝辞を書くことになったのだろう。日本を含め、各国が自国でしか通用しないナショナル・ヒストリーを守ることをやめ、世界に研究の門戸を開いていくと、学問としての歴史学も自国史も発展し、より豊かで深い世界史を語ることができるようになるだろう。本書は、そのことを如実に示してくれた。

 ところで、日本ではいまだにthe British Museumを大英博物館、the British Libraryを大英図書館とよんでいる。古代ローマ帝国の栄光を引き継ぐ権利をえるために、大英帝国the British Empireがかつて古代ローマ帝国の属州になりローマ化したという虚像を成立させたように、かつての日本も大英帝国と併記されても遜色ないように大日本帝国を名乗った。「大日本帝国」も「大英帝国」もなくなったが、博物館や図書館には、「大英」の名称が日本では残っている。もうそろそろ日本における「大英帝国」の残像は消してもいいのではないだろうか。これも、近代の遺産(亡霊)と思うのだが。

→bookwebで購入

2005年08月23日

『インドネシア−イスラーム主義のゆくえ』(平凡社)

19_indonesia.jpg  →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 オーストラリア政府は、今年になってからも新たなテロ攻撃の可能性があるとして、インドネシアへの渡航を避けるように国民に警告をしている。2002年10月12日、バリ島で大規模な爆弾テロ事件が起き、オーストラリア人88人を含む202人の死者が出た。この事件は、世界でもっともイスラーム教徒人口が多く、比較的「穏健」だと考えられていたインドネシアで起こっただけに、その衝撃も大きかった。とくに、人口が十数倍で仮想敵国のひとつである隣国で多数の犠牲者が出ただけに、オーストラリアでは動揺が広がった。

 著者、見市建は、「「10・12」後の地点からインドネシアにおけるイスラームを見直してみたい」ということから出発して、国家とイスラームの関係をインドネシアという国家を基本単位として考察している。「具体的には、(一)国民と国家の統一と統合の論理の中におけるイスラームの位置づけ(イデオロギーと規範)、(二)政府とイスラーム諸運動の関係(政治的実践)、(三)警察・軍や裁判所などの国家機構の機能とイスラームの関係(秩序と正義)、という三つの問題群を」含んでいる。

 著者は、「本書で最も主張したかったことは、イスラームないしはムスリムを動態的に把握する必要があるということである」とし、「独立後のインドネシア政治におけるイスラームをめぐる最大の変化は国民統合とイスラームとの関係であ」り、「イスラームは国民統合と対立し、脅威を与えるという考え方は後退し、「国民の一体性」と「イスラーム的市民社会」さらには「ウンマの一体性」が両立するものとして主張されるようになった」と結論している。本書でも、「左/右」や「イスラーム主義/ナショナリズム」という二項対立でとらえる近代の考え方の無意味さを明らかにしている。

 本書で注目されるのは、「フーコーの構造的分析とグラムシの闘争理論をベースにした文化的闘争の運動理論であるカルチュラル・スタディーズも読まれ、大衆文化擁護の理論的根拠になっている」という記述である。文化の重要性について唱えられて久しいが、本書で述べられているように「イスラームの土着化」に実践的に使われていることが明らかになると、新たな時代が到来したことを感じざるをえない。

 映画、テレビドラマ、アニメ、歌謡などが、国家プロジェクトとして重視されるようになった。その成功のひとつが「韓流」である。戦争になったとき、人びとが人気俳優の顔を思い浮かべ、戦争に反対するなら、文化政策もその役割を大いに果たすことになる。いっぽう、その文化にこだわりすぎて、戦争の原因になるなら考えものだ。多文化共生社会を、どう築いていくか、国際的にも国内的にもこれからの大きな課題だ。

 インドネシアでは、国家という枠組みの基本のうえに、さまざまな地域の特殊性を考えていかなければならない。それが、著者に「あとがき」で「私はこの本を書くにあたり、むしろ過去のインドネシアの歴史やインドネシアの地方政治の論理に引き戻された」と書かせたのであろう。本書のなかで繰り返し語られる「地域の論理」は、「海域イスラーム社会の歴史」を考察してきたわたしにとっても、なじみのあるものである。問題は、歴史的にそれを充分実証できていないことである。著者が、「多様性のなかの統一」ということばにしばられて、あの広いインドネシアを実際に見て歩き実感しようとしているのにたいして、その成果を裏付けるだけの歴史研究は充分とは言えない。これまでの歴史研究は、ジャワ島を中心としたものが多く、そのほかの島じまの研究は、まったく手つかずのものも少なくない。著者のように現代の事象を主題に研究を進めている若手が、歴史の重要性に気づいても、それに応えるだけの歴史研究者が少ないのが現実である。

 学際的研究とか学融合的研究と言うのはたやすいが、それを生産性あるものにしていくためには、歴史研究のような基礎研究と著者のような行動力のある若手が実際に体感しながら社会を把握していく研究とのバランスのとれた専門性が必要だ。

→bookwebで購入

2005年08月16日

『イスラーム世界の創造』(東京大学出版会)

イスラーム世界の創造  →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 まず、「終論「イスラーム世界」史との訣別」という目次の最後が気になった。わたしは、通常「はじめに」と「おわりに」をはじめに読む「キセル読み」をして、本の全体像をつかんでから本を読むことにしている。推理小説ではないのだから、結論を知ったほうが理解しやすいし、場合によってはそれで終わりということにもなる。本書は、その「終論」が気になって、「おわりに」のつぎに「終論」を読むことになった。

 「おわりに」の冒頭にも、ドキッとした。「何よりもまず自己批判から始めねばならない」ではじまり、「研究を進めるにあたっての大前提の枠組みに対して、あまりに鈍感だったと大いに反省している」で、最初のパラグラフを終えている。著者、羽田正はなにか大きなものが見え、それを自信をもって語ろうとしている。大いに期待がふくらんだ。そして、読み終わって、その期待が本物であることを知った。

 本書の主張は、きわめて明快である。著者も、「時間に余裕がない読者は、各部の結論だけを読めば、私の主張のポイントは理解できるはずである」と明言している。簡略にまとめると、19世紀に創造された「イスラーム世界」という概念は、当時のヨーロッパで生まれた世俗化を背景とした「近代という時代に特有の言説であ」り、日本では1930年代に戦略的に結びつけられて突如「発見」された「アジア主義や大東亜共栄圏構想の遺産」である、ということになろうか。したがって、「現代世界の成り立ちを理解するための世界史にはもはや不要である」と結論づけている。そして、新しい世界史は、「過去のある時代に一つの地域を設定し、その全体像を地域研究的手法によって明らかにしたうえで、現代世界をそのような歴史的地域がいくつも積み重なったうえに成立したもの」と理解し、「人間と環境や生態の関わり方の歴史を説明するものでなければならない」と主張している。

 著者が、「「イスラーム世界」史という歴史叙述の枠組みが持つ問題点に気づ」いたのは、ヨーロッパ研究者や理系研究者との交流があったからである。著者の近代からの離脱は、近代に学問的基礎をもつ自分の狭い専門分野を相対的に見ることからはじまった。そして、「イスラーム世界」という概念を史学史を通して検証することによって、現代における虚構性を明らかにしていった。本書は、近代に創り出された概念を、原点に立ち戻って考察することの重要性をみごとに示している。「イスラーム世界」だけでなく、枠組みそのものを問い直さなければならない無数の「近代の亡霊」に立ち向かう好事例となろう。その「亡霊」が消えたとき、わたしたちは現代社会に通用する「世界史」を手に入れることができる。

 本書で気になったのは、「世界」という上からの概念が検討されているが、「社会」という下からの概念が語られていないことだ。「イスラーム世界」の東の端は今日のインドネシアのマルク諸島(香料諸島)にあったテルナテ王国・ティドレ王国であろうが、アラブ商人・伝道師の活動がこの地での「イスラーム社会」の形成に大きくかかわっていた。フィリピン南部のイスラーム王国とこれらの王国のあいだには、キリスト教徒が多数を占めるスラウェシ島北部のミナハサ地方とその北のサンギヘ・タラウド諸島があるが、これらの「キリスト教世界」でもイスラーム教徒の存在は社会にとって無視できないものであった。とすると、本書で検討された「イスラーム世界」の4つの定義のほかに、「イスラーム社会」を考察要因に加える必要があるのではないか。これら辺境とみなされる地域に住むイスラーム教徒は、すでに数世紀にわたって巡礼や商業活動によって「イスラーム世界」と結びついている。イスラームの存在とともに形成された歴史と文化が、社会の基層をなしているからこそ、イスラーム教徒ではない人びとも、イスラームを信仰する人びとが周囲に日常的に存在する社会を、容認してきたのではないだろうか。本書で地域名だけが出てきて実態が語られていない、東南アジアやアフリカのイスラーム教徒の視点から考察すると、排他的ではない共存する「イスラーム世界」が現れてくるかもしれない。

 それにしても、羨ましい。イスラーム研究には、これだけ語るだけの現地、ヨーロッパ、日本の研究蓄積がある。発達しすぎて議論が些末になるようなこともなく、視点の違いから比較もできるということから、著者は「イスラーム世界」を根底から問い直すことができたのだろう。本書は、イスラーム研究から今後の学問の広がりを期待させる一書である。

→bookwebで購入

2005年08月09日

『新版 雑兵たちの戦場−中世の傭兵と奴隷狩り』(朝日新聞社)

15_nitiro  →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 もう10年以上前になるだろうか。マニラの特派員から「16世紀末のヨーロッパの沈没船から日本刀が出てきた!」と、興奮気味の電話があった。「この時期の沈没船から日本刀が出てくることは、不思議なことでもなんでもない」と、当時の歴史的状況を説明したことを覚えている。本書を読んでいれば、この特派員も驚いて電話することもなかっただろう。

 「私にはその反省がある」「当時はとても信じられなかった」「偏見はむしろ私の方にあったようだ」「神話のひとつにほかならなかった」「やはり見直しの必要があるだろう」「私の思い込みを裏切って新鮮である」という文章が、本書で目についた。著者、藤木久志は、いったい本書でなにを書こうとしたのだろうか。

 著者は、「英雄中心の伝統ある通俗戦場論に逆らうのは大きな冒険である」と「プロローグ」で吐露している。その「通俗」から著者を脱出させたのは、西洋法制史やドイツ中世史の研究から学び、視野を朝鮮や東南アジアにまで拡げたことで、「つい日本の中のことばかり考え、一国史観に陥りがちな私に、大きな衝撃を与える」ことに気づいたからであった。

 著者が、「英雄たちの戦場」から「雑兵たちの戦場」へと目を移したのは、かつての研究が「戦国社会の焦点にあったはずの、戦争の惨禍についても、平和な暮らしのもたらした現実についても、何ひとつ明らかにすることはできなかった」からであった。本書を読んでいくと、著者がアカデミズムのためだけの研究から、今日の社会を見つめたことによって、時間と場所を越えて戦場の人びとが具体的に見え、「戦争と平和の社会史」を追求する研究へと目的意識が変わったことがわかる。そして、従来無視されてきた史料のなかに、「戦場の惨禍の陰には、放火・苅田や物取り・人取りに熱中する雑兵たちの世界」を見ることができるようになった。

 雑兵たちの目から見ると、農業だけで食べていけない者にとって、戦場は数少ない稼ぎ場であり、食っていくためにも積極的に参加した事実がわかってきた。豊臣秀吉が朝鮮まで戦場を拡大したのも雑兵たちを食わせるためであり、出兵した日本人は朝鮮から土産でも送るように朝鮮人を捕まえて(拉致して)日本に送っていた。著者は、これら朝鮮での人取りをかつて信じることができず、異常な出来事としたり、誇張されたものと考えていたが、偏見をなくして史料を丹念に読んでいくと、それは日本国内の人取り習俗の延長であり、さらにヨーロッパ人による日本人奴隷の海外流出の原因になっていたことが明らかになってきた。そして、雑兵たちの食う場を、都市、鉱山開発、築城に見いだし、ようやく「中世の戦場」から「秀吉の平和後の社会」(近世)へと移っていった、と結論できるようになった。

 さらに、著者はこの雑兵たちの動向の影響は、日本国内にとどまらなかったことを「エピローグ」で紹介し、今後の課題を展望している。ヨーロッパ人がはじめ香料を求めて東南アジアに進出し、現地社会にも大きな変動をもたらした16世紀から17世紀にかけて、日本人の傭兵・奴隷、日本製の武器は、各地の王都や港で見られた。日本が当時の国際紛争に巻き込まれる危険性は大いにあったどころか、日本人はその渦中にいて新たな紛争の火種になることさえあった。

 本書は、著者が一国史観から脱し、学問としての歴史学を考え、世界史認識をもったことで、従来語られることのなかった日本史の一面が見えてきた、ブレイクスルーの一書と言っていいだろう。日本史がより深く、より豊かに考察できるようになったのである。こういう視点から日本史を見直すと、研究の蓄積と研究者の数が多いだけに、いろいろなものが見えてくるはずである。そうなると、日本史はもっともっとおもしろくなる。

→bookwebで購入

2005年08月02日

『日露戦争の世紀−連鎖視点から見る日本と世界』(岩波新書)

日露戦争の世紀  →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 近くの神社や公園にある立派な記念碑を見ると日露戦争記念のものだったり、多くの日本人が春に楽しみにしている桜も日露戦争戦勝記念に植えられたものが少なくなかったりで、日露戦争は今日でも身近な存在です。桜は、パッと咲きパッと散る潔さから軍国主義の象徴となり、接ぎ木で増えたソメイヨシノはすべて同じ遺伝子をもつクローンで全体主義思想の時代にふさわしいものでした。ちなみに、それまでの春の花は梅で、桜は山桜の白い花が一般的でした。正露丸も戦後1949年に厚生省が指導するまで「征露丸」で、普通名詞で現在でも数十社から発売されているため、最大手は「ラッパのマーク」と連呼して宣伝しています(いまでも1社は征露丸)。

 2005年は日露戦争が終わって100年になるだけでなく、第二次世界大戦終結後60年、日韓国交回復後40年など、さまざまな意味で歴史的節目になる年にあたる。著者、山室信一は、その節目にあたって、研究書では充分に伝えることのできなかった「日本とアジアのかかわりをめぐる歴史」を簡潔に表現し、とくに次代を担う若い人たちに読んでもらうことを目的に本書を執筆した。そして、日露戦争をキーに、前後100年と戦後100年(20世紀)という二重の意味での世紀を、時間や空間を超えた連鎖の視点で理解してもらおうとしている。そこには、「自らを誇りたいためか、人と人とを離反させることに愉悦を見出すような歴史書が少なく」ないなかで、「人と人とを繋いでいくためにこそ歴史に学」んでほしいという著者の思い入れがあり、「21世紀を「非戦の百年」とする」強い願望がある。

 そのように著者に感じさせたのは、日中と日韓、日・中・韓をめぐる国際学会やシンポジウムに出席して、日本と中国・韓国とのあいだには、あまりに違う対極的なムードがあったからである。著者が「中国や韓国で感じたのは、歴史認識に対する日本の不実さ、あるいはその振れ幅の大きさに対する静かな憤りのような気運」だった。にもかかわらず、著者には、「本書の内容では、東アジアにおける植民地統治問題や戦争にかかわる歴史認識という現在の争点に、答えることにはなっていない」という欠落感と悔いが大きく残った。しかし、わたしたちにいま必要なことは、著者のいう「まず近代の日本がいかなる世界史的な環境に置かれ、それにどう対処してきたのかを明らかにしておくこと」から始めることだろう。だからといって、本書はただの概説書ではない。随所に著者ならではの鋭い考察・分析力が見られ、研究者にとっても充分に読みごたえのある新たな日露戦争史観を提示したことは間違いない。その意味で、本書が出版された意義はきわめて大きい。

 本書は、日本思想史を中心とした研究蓄積の成果だといっていいだろう。それだけに気にかかることがある。「連鎖視点から見る」という発想はひじょうに意味のあることだが、「日本と世界」はまだしも、東アジア以外のアジアの視点から見るためには、研究蓄積が乏しいだけに問題がある。視野を広げても結局は、日本中心史観や欧米中心史観に陥ってしまうか、議論にもならない比較になるかのどちらかになってしまう。後者では、たとえばウォーラーステインの「近代システム」の西洋中心主義を批判したフランクの『リオリエント』(邦訳、藤原書店、2000年)がある。利用されたアジア関係の資料のなかには、資料の性格が違うことからとても危なくて使えないものがあり、比較の議論になっていない。本書は、前者の例になるだろう。「切り捨て御免」の国(幕末の日本)にたいして領事裁判権を求めたのは、近代法を整えた国家としての当然の要求で、「不平等条約」ではない(もっとも、領事裁判権はしばしば悪用されたことから、「不平等条約」ということもできるが)。その領事裁判権の撤廃に苦しんだ日本がタイに領事裁判権を認めさせ、欧米列強が撤廃した後も撤廃を条件にタイに領土の割譲を要求しつづけた「帝国日本」の姿こそ、問題にする必要がある。また、本書では、国際的に華々しく登場する日本がおもに語られ、当時東北・東南アジアを中心に世界中に数万人はいた日本人売春婦「からゆきさん」や、奴隷労働にかわる苦力労働として海外に流出した貧しい日本人は描かれていない。戦前・戦中の「帝国日本の学知」だけでなく、現在の日本の学知にも、多くの問題がある。

 もうひとつ気になったのは、当時の国際関係や思想の連鎖はわかっても、その背景にある日露戦争後の飛躍的な貿易量の伸びが語られていないことだ。アジア市場に、はじめ「安かろう悪かろう」の粗悪日本製品が進出し、やがて「安かろう良かろう」の日本製品があふれたことと、連鎖とは関係ないのだろうか。社会や生活が見えてこないのは、本来書くはずであった「法政思想と大衆演芸のかかわりをテーマとする新書」にとっておいたのだろうか。時代的な連鎖や空間的な連鎖はわかっても、モノやヒトの移動との連鎖はわからなかった。「頭でっかち」の連鎖の印象を受けたのは、そのためだろう。  著者は、高校生にも読んでほしいということから、ですます調のわかりやすい文章にしたり、難解な語句には解説を加えたりして、工夫を凝らしている。それは、著者の講演を楽しみにし、研究者でも難解な大部の『思想課題としてのアジア』(岩波書店、2001年)を読破しようとし、講演中は一言も聞き漏らすまいと一所懸命にメモをとるというような若者を対象とするなら、成功したと言えよう。しかし、「からゆきさん」の存在も名称も知らないような多くの学生には、なお難解である。新書にしては長い人名索引が必要なほど多くの人名が出てくるが、著名だと考えられるものすら知らない学生は絶望的になって、読むのをやめてしまう。全体として、著者の博識のために詰め込みすぎたようだ。学生相手に講義を積み重ね、学生の理解度を確かめながらでないと、教材を作るのは難しい。いい教材があれば、それに反応する学生も少なくない。

 ともあれ、『増補版 キメラ−満洲国の肖像』(中公新書、2004年)の補章でも24のQ&Aを設けて、「アジアと日本の断絶」の原因を若い人に知ってもらいたいという著者の念いと試みに敬意を表したい。

→bookwebで購入