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2005年07月26日

『BC級戦犯裁判』林博史著(岩波新書)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 日本の本格的な戦後は、戦犯裁判の結果を国際的に受け入れてからスタートしたと言っても過言ではない。それを「不当な裁判」だったとして蒸し返すなら、日本は国際的に信用を失い孤立してしまうことになる。

 英領マラヤの華僑虐殺など、長年戦争犯罪について研究してきた著者、林博史は、本書序章で、まず「なぜ、いま戦犯裁判か」を問うている。そのために、「「勝者と敗者」とか、「被害者による報復だ」というような単純な話ではない」と前置きしたうえで、「国家という単位が一つの重要な要素であることは否定しないが、それにとどまらずに複眼的に問題を考えていく必要があるだろう」としている。その背景には、国家の役割の相対的低下と、これまでの国際関係を踏まえたうえでの民間個人の活動への期待があると考えられる。そして、著者は、「BC級戦犯裁判の実相に迫り、その意義と問題点を、戦争を防ぎ、戦争による被害を極力減らそうとする立場から考えてみたい」と述べている。まとめれば、新しい時代の価値観のなかで、かつての戦争を理解することによって未来の戦争を防ごうということだろう。この研究姿勢に、まず賛同したい。

 さらに著者は、戦争責任や戦後責任とは無縁と思われる「いまに生きる「日本人」には解決しなければならない責任があるだろう」と、読者に問いかける。たとえば大日本帝国の支配下に入り、皇民化教育を受けて、「日本人」として戦争に動員されながらも、戦後日本国籍を失ったことを理由に、軍人恩給の支給など充分に受けることができなかった差別についての問題を取りあげる。これらの「日本人」は、「日本人」として戦犯裁判で裁かれたのである。このような戦後の日本政府がとった数々の矛盾から生じた今日の「反日」の原因と、われわれは真っ正直に向き合っていかなければならないことを、本書は数々の例を示しながら教えてくれる。

 本書を読んで意外だと思ったのは、中華人民共和国による裁判だった。8ヶ国の法廷で行われた裁判は、それぞれ当時の国際情勢、国内状況によって大きく左右され、不公平な結果に終わり、禍根を残す後味の悪いものになったものが多い。ところが、1956年4月、全国人民代表大会常務委員会は、「多数が「改悛の情」を示していることを考慮して「寛大政策に基づいて処理する」ことを決定した」。それは、戦犯容疑者が「虐待されるどころか、かえって人道的な扱いをうけるとともに、自己の行為を徹底的に告白し反省し罪を認めるように「認罪学習」がおこなわれた」結果であった。ここで、われわれが問題としなければならないのは、その中華人民共和国政府が、なぜいま「反日」なのかということだ。それは、過去の問題ではなく、今日に原因があることを示している。

 本書は、「裁いた側、被害者、裁かれた側のそれぞれの資料や主張に留意しながら、BC級戦犯裁判の実相に迫り」、「同時に裁かれなかった問題を見ることによって、この裁判の特徴と限界」をみようとした。また、戦場となった地域の人びとの気持ちをくむために、著者は現地を訪ね歩き、聞き取り調査をおこなっている。このBC級戦犯裁判については、茶園義男編の膨大な裁判資料が出版されている。今日、戦争について語ることが、政治化しているだけに、多角的な視点で見るための資料の整備が不可欠である。いまだ公開されていないBC級戦犯裁判資料を含め、資料に基づいて議論されることを期待したい。今日の問題でいえば、たとえば、中華人民共和国の愛国主義教育を語る場合、どれだけの人が1994年8月23日に共産党中央宣伝部によって制定された「愛国主義教育実施綱要」を読んでいるだろうか。そこには、「愛国主義は決して狭い民族主義ではない」と書かれている(岡村志嘉子「中国の愛国主義教育に関する諸規定」『レファレンス』国立国会図書館、2004年12月、参照)。

 著者の注目する裁かれなかった人びとのなかには、「軍と結びついて捕虜を受け入れ、強制労働させ」て、利益を得ていた企業経営陣がいる。軍人や政治家、官僚ばかりに責任を押しつけ、自らの責任を考えてこなかった民間人にも問題が残されている。国民が成熟し、国家や一部の権力者の行動を阻止できなかったことを自己の責任として投影できるようになると、日本はもっと違った「責任」をとることができるようになるだろう。そして、国際的に信頼され、活躍できる人材を輩出することができるようになるだろう。

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2005年07月19日

『訪ねてみよう 戦争を学ぶミュージアム/メモリアル 』(岩波ジュニア新書)

訪ねてみよう 戦争を学ぶミュージアム/メモリアル  →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 序文で、高橋哲哉は1945年1月1日の日記を引用し、「日本国民は、今、初めて「戦争」を経験している」という文章に注目している。それ以前から日本は戦争をしていたのだから、この文章はおかしい、というのである。その日記を書いた評論家、清沢洌は、自分が日常生活している場が戦場になって、初めて「戦争」を実感したのだ。このことから、2001年9月11日にアメリカ合衆国が受けた衝撃が想像できる。また、なぜそのとき真珠湾攻撃が話題になったのかもわかる。アメリカ人は、真珠湾攻撃以来初めて、日常生活している場が戦場になって、「戦争」を実感したのである。朝鮮戦争もベトナム戦争も、湾岸戦争も、アメリカ人は「戦争」を経験していなかったのである。

 本書は、岩波ジュニア新書の1冊として書かれ、「若い世代が戦争について学び、考えるためのミュージアムやメモリアルの活用方法を解説」している。日本国内26だけでなく、海外11の施設も紹介している。戦争について語ることは、国際的、国内的に微妙な問題を含んでおり、著者は慎重にことばを選びながら、各施設の設立の由来、問題点、見所などを紹介し、各章の終わりに「COLUMN」と「より深く知るために」というコーナーを設けて、読者に考えさせ、発展して学習できるように配慮している。

 著者のふたり、寺田匡宏と笠原一人は1970年と1971年生まれで、ともに戦争を実際に体験した世代ではない。しかし、ふたりはともに高校時代まですごした神戸が1995年に大震災に見舞われ、震災の「記憶」の残し方について議論してきた経験をもつ。とくに「負の記憶」をどのように伝えられるかを考えてきた。そして、「記憶」と「災厄」を共通のキーワードとして戦争をどう伝えるかを考えた結果が、本書である。著者は、本書を書くにあたって、3つの基準、①アジア/日本の外からの視点、②記憶/現在の視点、③非当事者/当事者の視点、を設けている。

 本書の成功の第一は、著者のふたりがともに戦争研究の専門家ではなく、笠原が近代建築史、寺田が博物館の歴史展示について研究していることだろう。ふたりに、戦争責任や戦後責任を問う姿勢はみられない。それは、敵と味方、あちらとこちらを分ける「二分法」を見直そうとしていることからも明らかだ。ポスト戦後の視点から、戦争を真摯に見つめ、若者たちといっしょに考えようとしている。そして、展示する建物や部屋の空間にこだわっている。この発想に、歴史研究者にはない新鮮さを感じた。戦争とはなにかを知る空間、考える空間が、ミュージアム/メモリアルであることを伝えている。

 本書を読んでいて気になったのは、冒頭にあるように「戦争」を経験するということが被害を受けることであるなら、ミュージアム/メモリアルは被害を記憶する場で終わってしまうということである。加害者は外からやってきた者が多く、加害者の立場でミュージアム/メモリアルを建設することは稀れである。それを克服するためにどうすればいいのだろうか。

 靖国神社のすぐ近くに、厚生労働省が戦没者遺族の援護施策の一環として平成11年に開館した昭和館がある。戦時下の生活、戦後の復興を中心に、国民生活上の労苦を後世代の人びとに伝えることを目的としている。靖国神社に参詣した前後に、訪れる人も少なくない。この昭和館が、「大東亜共栄圏」に含まれた国や地域の人びとによる日本との戦争体験をも展示する博物館だったら、どうだろうか。これらの国ぐには、日本政府にたいして戦争への謝罪と償いを要求している。その根拠となる戦争被害の実態について、日本人一般市民に語る常設の場があれば、政治化した政府間のやりとりではない、民際交流の場となり、ポスト戦後時代の新たな展望が開けるのではないだろうか。自ら招いた労苦と突然降りかかった労苦との違いも、わかるだろう。一口に「戦争」といっても、経験と実感に大きな違いがある。

 本書を通じて戦争を学んだ世代から、新たな交流の時代が始まることを期待したい。

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2005年07月12日

『アフリカ「発見」−日本におけるアフリカ像の変遷』(岩波書店)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 本書は、世界歴史選書の1冊として出版された。しかし、このような優れた歴史書は、従来の日本の大学・大学院の歴史教育・歴史学研究からは生まれてこないだろう。

 本書は、4章からなり、最初の3章は信長・秀吉(「桃山」は江戸時代になって桃が植えられたための名称で、秀吉の時代には「桃山」ではなかった!)の「遭遇の時代」から江戸時代の「迷走する「黒坊」像」、さらに明治になって大日本帝国とアフリカとの関係を表象する「旭日と闇黒と」になっていくことを、時系列的に記述している。そして、最後の第四章「イメージの檻−大衆文化にみるアフリカ」で、近代日本におけるアフリカのイメージがどのように形成されていったのかを追っている。

 著者、藤田みどりの本書執筆の原点は、「アフリカ人作家の描き出す豊饒なアフリカ世界と、一般的なアフリカイメージとの懸隔にあった」という。そして、その日本人のアフリカ認識は、「英国におけるアフリカ像の変遷の影響抜きには語り得ない側面がある」と、紙幅の関係から割愛せざるを得なかった「英国でのアフリカ・イメージ」について、充分に語れなかったことを惜しんでいる。なにより、著者の言いたかったことは、資料の関係で充分に語ることができないアフリカ人のヨーロッパ人観などであったのではないだろうか。そのことは、「その昔、アフリカ大陸にヨーロッパ人が進出し、裸体に近いアフリカ人を見て笑った時、彼らもまたアフリカ人たちから笑われていたことを、ヨーロッパ人は長いこと知らなかった。笑うということは、笑われることでもある」という「あとがき」の文章からもわかる。著者は、交流史の相渉的視点の原則、第三者の影響といった多角的なアプローチから、歴史的事実を相対化したうえで、イメージの形成を考察・分析している。

 また、著者は、日本・アフリカ関係史を比較文化の視角から光をあてることによって、近代日本の矛盾にも気づいていく。ボーア戦争では、日本の知識人がオランダ系ボーア人に同情を寄せながらも、そのボーア人が人種差別者であったことに気づいていない、と指摘する。人種差別に憤慨しながらも、日本人だけが有色人種から抜け出し「名誉白人」たろうとした近代日本の知識人の限界を、はっきりととらえている。

 著者は、一貫して「アフリカ」について論じている。しかし、東南アジア史を専門とするわたしにとって、本書で使われた史料・文献にはなじみがある。このことは、いったいなにを意味するのだろうか。ヨーロッパと連動する日本のアフリカ観は、東南アジア観にも共通するものなのだろうか。じっくり考えてみたくなった。

 さて、冒頭で書いたことに立ち戻ろう。総合文化研究で博士号を取得している著者が書いた本書を、「日本史なのか、西洋史なのか」と訊くことはばかげている。しかし、そう訊かれるかもしれないし、図書分類されるときに困ることになるだろう。それは、現実に日本の多くの大学・大学院で、原史料の言語の違いから排他的に日本史、東洋史、西洋史と分かれて教育・研究され、教員もそれぞれの分野で研究・教育職を得ているのが現状だからである。

 国民国家の枠組みが以前ほど大きな意味をもたず、歴史を含めたナショナル・スタディーズが学問的に意味をもたなくなりつつあることは、もはや多くを語る必要はないだろう。かつて普遍性をもたない地方史が郷土史となって学問から切り離されたように、このままではナショナル・スタディーズも学問とは別次元で語られるようになっていくだろう。いっぽう、近代をリードした西洋の思想・価値観を日本に紹介する西洋史研究の役割は終わった。長年の研究蓄積があり、非ヨーロッパ人による業績を評価しない西洋史研究に、切り込めるだけの実力のある日本人研究者は、そう多くはいないだろう。中国史は、あの膨大な人口のなかのエリートが自国史研究に目覚め、排他的に史料を使いだしている。日本人研究者は、それにどう立ち向かえるのだろうか。「アカデミズムのための研究」としての歴史学は、もはや従来の日本史、西洋史、東洋史研究では、立ち行かなくなっている。

 事実、歴史が中心と考えられる講座でも、執筆陣のなかで歴史研究者は少数派になってきている。たとえば、今秋から刊行される『岩波講座 アジア・太平洋戦争』全8巻の延べ100人を超す執筆者のうち、歴史研究者を自認する者は数えるだけしかいない。  従来の歴史教育・研究は、学際的幅広い教養が求められている現代社会のニーズにも応えていない。高等学校の歴史教育でも、世界史は各国史の寄せ集めではなく、ヒトやモノ、思想や情報が交流する広域世界のマクロなダイナミズムと人びとの生活の営みを感じさせるミクロな社会を理解させることを目指し、日本史は世界とくに東アジア世界のなかでの日本の歴史を考えさせることを目指している。文献からだけでなく、絵画や建築など文字ではない史料から、歴史を理解させようともしている。このような歴史を生徒に教えることのできる人材も、従来の歴史教育・研究では育てられないだろう。「歴史学の危機」は、本来時代を敏感にとらえる学問であるはずの歴史学を研究している者が、現代という時代を的確に捉えて教育・研究していないことに大きな原因がある。

 学校教育で歴史が教えられ、入試科目にもあり、カルチャーセンターでも一定の受講生を得ていることから、社会的ニーズがあると勘違いしていることにも大きな問題がある。それは、学問とは別次元のことである。大学入試センター試験の日本史の出題が、時代ごとであるのもいかがなものだろうか。日本史研究者は、時代ごとにしか研究していないから、時代ごとにしか問題を作成できないのだろうか。世界史の問題でも、出題者は教科書や学習指導要領を読んだことがあるのだろうか、と首を傾げたくなることがある。

 本書のような時代も地域も超えた研究は、いま学際的研究分野からだけでなく、建築史のような理科系の分野からも、優れたものが出てきている。歴史学の「最大の武器」は、原史料を丹念に読むことだ。いまも、その重要性は変わらない。その「武器」を最大限に生かすためには、時代ごと、地域ごと、史料の言語ごと、といった閉鎖的な教育・研究方法を改め、学際的な広い視野の下で、原史料読解によって得た歴史学の知識を生かすことだろう。「文献史学を超えられるのは、文献史学だけだ」といえるだけの研究成果が出てくると、本書のような歴史研究と張りあい切磋琢磨することによって、歴史学も学際的研究も発展していくことだろう。

 このままだと、日本における学問としての歴史研究の未来は危うい。

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2005年07月05日

『イスラームの国家と王権』(岩波書店)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 現在アメリカ合衆国の主導の下に、アフガニスタンやイラクで「民主的」な国家づくりがおこなわれている。イスラームについて多少の知識がある者なら、イスラーム教徒が多数居住する地域での国家づくりに、疑念をもつ者も少なくないだろう。それが、アメリカの主導となると、その疑念はさらに深まる。

 イスラーム世界は、以前より国家より信者の共同体であるウンマや国家を超えた商業ネットワークを重視してきたという考えがある。また、定着より移動を重視することから、近代国家の中枢である首都機能が弱いと指摘されることもある。そのイスラーム世界に、アメリカを中心とするグローバル化が及んで、イスラームのネットワークの優位性が崩れ、さらにウンマの内部にまでアメリカ的価値観が浸食してきた。イスラームにとっての危機は、9.11以降「文明の衝突」として表現された。

 本書が、このような現代の問題を考えるにあたって、ひじょうに基本的で、きわめて重要な知識を提供していることは疑いのないことである。にもかかわらず、著者佐藤次高は、時事問題にまったく触れることなく、まず「いまイスラームの国家と王権について考えることに、どのような意味があるのだろうか」と問いかけている。出版社の編集者が書いたであろう帯にも、「世界化するイスラームにとって「国家」とは何なのか?」としか書かれていない。歴史研究者としてわたしは、この静かな問いかけに、著者の研究者としての真摯な姿勢と学問の奥深さを感じずにはいられなかった。

 著者は、「イスラームの国家や王権は、都市や農村社会の秩序を維持し、交易活動の安全を確保するうえで、それほど重要な役割を果たさなかったのだろうか」という「素朴な疑問から出発」し、「カリフやスルタンの権力論だけではなく、社会秩序を維持し、人びとの意識を糾合して国家を運営していく「しくみ」を明らかに」しようとした。そのために、多彩な史料を駆使し、最近の研究成果を取り入れて論を展開している。

 いま「近代科学の危機」のなかで、いろいろな新しい学問の試みがおこなわれている。また、「歴史学の危機」といわれて久しく、制度的色彩の濃い文献史料を基本とした実証主義的文献史学が、制度が以前ほど機能しなくなった現代社会にとって無用であるかのように考えられたりしている。本書は、このような「知の危機」にあって、目先の問題が複雑になればなるほど、いかに基本が大切であるかを教えてくれる。実証性を無視した「知の空論」が幅をきかす時代であるからこそ、原史料から事実をひとつひとつ確認していき、確認された事実を基に論を展開していくスタイルは、読者に安心感を与える。学問とは、歴史学とは、「かくありき」という見本のようにも感じられた。また、著者の現代社会へのメッセージが伝わってきて、歴史学が現実社会のために直接役に立たない「虚学」ではなく、確実に役に立つ「実学」であることを証明したかのように思えた。

 惜しむらくは、著者も気づいているように、16世紀で記述が終わり、イスラーム発生以来の「しくみ」と国家の役割はわかっても、それが現在とどう結びついているのかがわからないことだ。さらに、南アジア・東南アジア、アフリカ、旧ソビエト連邦などに拡大したイスラーム世界をどうとらえるかが、「エピローグ」でほんの付け足しに語られているだけで充分でないことだ。

 本書が、現代社会を理解し考えるうえで、多大の貢献をすることは間違いない。ただ、著者があまりにも謙虚で、そのメッセージを感じとってもらえないかもしれない。著者自身が直接語る必要はないが、著者のメッセージを時事問題と照らしあわせて考える必要があるだろう。本書で得たイスラーム世界の基本的知識をもとに、イスラームをとりまく問題が解決され、平和な社会が築かれていくことを祈りたい。

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