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2005年05月31日

『発展神話の仮面を剥ぐ−グローバル化は世界を豊かにするのか?』(古今書院)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 豊かな原材料と労働力をもつ国ぐにが貧困に喘いでおり、「発展途上国」への展望はまったく見えない。この結論は、1967年にペルー政府代表団の一員となって以来、ペルー国家のみならず低開発世界を代表して数々の重要ポストを歴任した外交官のものだけに、深刻に受けとめなければならないだろう。かつては豊かな原材料と安い労働力が先進国に搾取されただけまだましで、今日のグローバル経済は一段と洗練された商品とサービスを要求し、原材料と労働力をあまり使おうとしない。その結果、深刻な都市人口爆発に悩む国ぐにでは、生命維持資源である食糧・エネルギー・水の不足が大きな問題となっている。したがって、発展への展望が開けないこれらの国ぐにを「発展途上国」とよぶことは間違っており、事実過去50年間に発展に成功したのは、アジアの数カ国にすぎない、と著者は述べている。

 こういう本を読むと、現在のイラクなどイスラーム世界とアメリカ合衆国との対立が、「文明の衝突」ではないことがあきらかになる。著者は、「グローバル市場と技術革命が最も適した人間、会社、国民経済の生存だけを認めるという、自然淘汰と同じ法則の適用され」た今日のメカニズムを、国際ダーウィニズムとよんでいる。多国籍企業が支配的なグローバル市場では技術革新が非効率なものをすべて淘汰し、脱物質化と労働節約的方向を目指す技術変化は豊富な天然資源と安価な労働力をかろうじて国の発展の拠り所としてきた低開発国に深刻な打撃を与えている、という。先進国と低開発国の搾取・被搾取という関係を含む持ちつ持たれつの関係が、グローバル化のなかで壊されている。そして、著者は、究極的には「化石燃料に依拠した非持続的消費パターン(文明)と環境(自然)との正面衝突」がおこるという。この地球崩壊へのシナリオは、絶対避けねばならない問題だ。

 本書は、1998年にペルーで出版され、ラテンアメリカで大評判になった本が元になっている。翌年には英訳されて、日本語訳は言葉として7番目になる。訳者梅原弘光は、著者とほぼ同じ時期に、フィリピンを中心に先進国の経済発展が「低開発世界に広がる人々の貧困と失業という大きな犠牲の上に成り立っている」ことを肌で感じて調査してきた研究者である。研究者として著者の主張の根拠となるものに不安をおぼえながらも、発展へと離陸しない国ぐにを長年見てきたことが、本書の翻訳の大きな動機になっている。それだけに訳文はわかりやすく、「訳者あとがき」の解説で、よりいっそう日本人読者に著者の主張を納得しやすいものにしている。

 本書の最後の章「生き残り」で、著者は発展神話を捨て、「生き残りのための協定」を締結しようとよびかけている。「成長力欠如国民経済NNEs」に、いま必要なのは、「都市の人口成長を安定させ、水・エネルギー・食糧供給を増大させること」だという。ここで、この2月に訪れたミャンマーという国のことを思った。スローライフを実施しているように見えたからである。しかし、著者は、この「生き残りのための協定」締結の基本的前提条件のひとつに、「真に民主的体制をもっていること」をあげている。

 著者が指摘する「貧困化する低開発国」の現状を考えると、それは先進国をも徐々に蝕んでいくように思えてくる。先進国が早くその事実に気づき、グローバル経済に対応できるだけの、地球規模の平和と幸福のためのグローバル理論を構築する必要がある。

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2005年05月24日

『ナチス・ドイツの有機農業−「自然との共生」が生んだ「民族の絶滅」』
(柏書房)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 まず、古くて頭の悪い人は読まない方がいいかもしれない、ということを言っておく。著者藤原辰史は、1976年生まれの20代である。ものごころがついたときには、環境問題が騒がれており、「自然との共生」はいいものだと教えられた世代である。そして、単純化し合理的に考えてきた近代科学が、現実の社会に役に立たないことがわかってきて、複雑なものは複雑なものとして受け入れ、複合的にみんなで考えようという、新しい時代に育った世代である。「問題設定は明確だが、結論は曖昧」などと評価したら、とたんに古くて頭の悪い人だと思われてしまう。

 「自然との共生」はいいものであると信じていた著者は、ディープ・エコロジストとナチズムに類似性・親和性があることに気づき、驚いてしまう。「浅いエコロジスト」が「発展」優先概念から抜け出せず「人間中心主義」から脱することができないのに対して、ディープ・エコロジストは人間、動物、植物の平等、すなわち、「生物圏平等主義」を原則とし、人間は「生態系に組みこまれた生態的な存在者」にすぎないのだ、と考えている。いっぽう、ヒトラー政権下のドイツでは1935年に「帝国自然保護法」が公布され、その2年前には「動物保護法」も公布されていた。ナチスは、「人間中心主義」を批判し、「動物への権利」を主張して、人間も動物も植物も包括する「生命」を国家の軸に据えていたのである。そして、不用なものとして、ユダヤ人が抹殺されたのだった。

 本書は、「「人間中心主義」から「生物圏平等主義」へというナチス・エコロジーの実験を有機農業とのかかわり合いを軸に、「人間の存在形式」の問題として捉え」、「生命共同体国家はなぜホロコーストに行き着いたのか」、「エコロジーに潜む危険性をナチ農政に読む」思想史である。

 ナチスは「人間中心主義」からの脱却に挫折した、と結論づけることは簡単だろう。では、脱却に成功する方法はあるのか。楽観主義的エコロジストはともかく、すこし環境学を学んだ者なら、その困難さは充分にわかっているだろう。また、実際に有機農業にたずさわっている者からみた総論は、なんの役にも立たないようにみえてしまう。本書でとりあげられた地域は、ヨーロッパの乾燥農業中心で、キリスト教思想が支配的だ。有機農業は、生態環境だけでなく、その地域の住民がもつ自然思想にも大きく影響される。本書で投げかけられた数々の課題は、多くの実例を通して解決へと向かっていくだろう。そう信じたい。

 いま、結論など求めようのない難題に、若い研究者が取り組んでいる。すこし、明るい気分になった。

 本書のように、近年、若い研究者の博士論文を元にした単行本の発行が増えている。大学院生が増加し、大学側も積極的に博士号を出すようになった結果である。それはそれでいい傾向だと思うが、その博士論文を指導し、審査している教員が博士号をもっていなかったり、専門書を書いたことがなかったりするのは奇妙だ。これまで、400字詰め原稿用紙にして40~50枚の学術論文を書くことに精を出してきた世代は、単行本の出版にあまり関心がなかった。若い世代の新しいテーマやアプローチを正しく理解し、批判する世代がいないと、学問の発展はないだろう。世に出る前に新しい芽を摘んでしまうのではないか、若い世代を指導する世代のほうが心配だ。

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2005年05月17日

『国際主義の系譜−大島正徳と日本の近代』
(早稲田大学出版部)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 国際社会学で「グローバル・ナショナル・コミュニティ」のバランスのなかで考え、環境学で「グローバルに考え、ローカルに行動せよ」と教えられても、いまの世の中を考えるとなんら違和感はない。しかし、1916年(大正5年)に『世界心国家心個人心』を著したとなると、なぜこの時代にこのような本が書けたのか、思わず問いただしたくなる。

 本書は、その著者で、教育を通しての国際協調を希求した大島正徳の伝記である。大島正徳(1880-1947)といっても知る人はそれほど多くないだろう。1937年に東京で開催された第7回世界教育会議の日本事務局事務総長を務め、戦後は教育刷新委員会委員として教育改革に尽力した人物である。そのあいだの戦中には、比島調査委員会委員としてフィリピンで調査をおこなっている。大島の業績があまり知られていない背景には、世界教育会議が「忘れられた国際会議」であり、執筆した『比島調査報告』が久しく「幻の報告書」であったことがある。そして、教育刷新委員会委員に就任して10ヶ月もたたないうちに肝臓癌で死去している。

 大島の全盛時に開催された第7回世界教育会議は、3年後の東京オリンピック(中止)の「前哨戦」とも宣伝され、日本が主催する初の本格的な国際会議であった。しかし、開催前月の7月7日に廬溝橋事件が勃発し、中国代表団は参加をボイコットした。「教育を通じて戦争を廃止し、国際間の諒解を生ぜしむる」ことを目的とした会議が、戦争加害国日本で開催されたことに、大島の不幸があった。会議が成功であっただけに、準戦時下の日本ではその成果を強調することに矛盾があった。『比島調査報告』も「戦時下の占領地に対し短期間に行われた学術研究としてはきわめて高い水準」と今日評価される内容にもかかわらず、占領地行政遂行のために利用されることもなく、軍政当局に黙殺された。ともに、時局にそぐわなかったためである。

 本書の著者の後藤乾一は、これまでインドネシア独立戦争に参加した市来竜夫や南方調査の制度化に尽くした原口竹次郎といった、それほど名の知れていない人物の伝記を通じて、文献史料だけでは充分に語ることのできない「日本人の東南アジアに対する認識や具体的関わりについて研究」してきた。その延長として日本人の国際認識の問題があり、国際主義者大島正徳の伝記を通じて、なぜ「忘れられた国際会議」になったのかを明らかにすることによって、日本の近代を問おうとしている。

 歴史研究者にとって、テーマとする時代や社会の常識を知ることがひじょうに重要である。なぜなら、われわれはいつもいま自分が生きている時代や社会を通してしか、過去をみていないからである。しかし、いまを生きる研究者が過去の常識でみることは困難で、その社会を透徹した目でみていた過去に生きた人を探し出す方がてっとり早いだろう。時流に乗ることなく、冷めた目で社会をみていた大島正徳は、国粋時代のなかで国際協調を唱え、不幸であったかもしれない。しかし、いまに通用する「世界心国家心個人心」を90年ほど前に唱えた人の伝記を読むことのできるわれわれは、幸せということができるだろう。

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2005年05月10日

『世界の歴史A』(山川出版社)
『世界史B』(三省堂)
新課程用 高等学校世界史教科書(2004年3月)A11冊、B11冊

新課程用の高等学校世界史教科書が昨年出揃い、専門とする東南アジア史の記述を中心にみた。カラー印刷で視覚に訴えかけ、近年の研究成果も取り入れて、地域的にもテーマ的にも幅広い記述になっていた。
近現代史重視の世界史Aでは、16世紀までを地域世界ごとに一気に語り、テーマごとの特集やコラムが設けられて、従来の通史的理解とは違う構成がとられている。大学入試で重視される世界史Bでも、センター試験のリード文のような海や食べ物、飲み物といったテーマ学習のページあり、通史的な記述では理解しにくい社会史・文化史がとりあげられている。
なかには、『新編 高等世界史B 新訂版』(帝国書院)のように、最新の研究成果をふんだんにとりいれて、新たな世界史観を提示しようとしている意欲的なものもある。
世界史のなかに日本史の記述も増え(日本史のなかに世界史的記述も増えて、内容の差が縮小)、最後には環境や貧富の格差、地域紛争の問題など、今日・未来の問題を歴史的にどう考えていくかを問いかけている。
全体として気にかかるのは、視覚的効果はいいが、文字情報から考える力が低下するのではないかということだ。また、新しい研究成果が取り入れられているのはいいが、部分的で古い価値観と混同して記述されているために、かえって世界史の全体像がわかりにくくなっっているものが散見されることだ。

 東南アジア史の記述も、いちだんと増えてうれしくもなった。
しかし、これでは現場の教師は、さぞかし苦労するだろうと思った。増えた東南アジア史の記述は、執筆者に東南アジア史を専門とする者が少ないせいか、問題となる記述も少なくなかった。
なにより、東南アジア史になじみの薄い教える側に疑問・不安があるなかで、東南アジア史を理解することの意味が生徒に伝わらないのではないかと感じた。それは、東南アジア史の歴史事実・解釈の問題だけでなく、これからの世界史・グローバル史を考えるためのもっと奥深い問題が、東南アジア史の学習にあるからである。

 すでに西欧中心史観の見直しが唱えられて久しく、また近年グローバル化時代にふさわしいグローバル史の必要性が唱えられているにもかかわらず、依然として20世紀に支配的であった温帯の陸域、定着農耕民社会の成人男子エリート中心の、中央集権的な歴史像にかわる新たな歴史像が登場しているとは言えない状況にある。
東南アジア史をはじめ、従来の歴史叙述で充分に語られることのなかった地域や時代、人びとは、文献史料に乏しく、近代文献史学では記述することが困難であった。これらの分野の研究は遅れているどころか、まったく手つかずのものもすくなくない。
加えて、発展途上国の歴史研究は経済発展が優先されるなかで軽視され、研究者自体の数がすくなく、優秀な人材を得られない状況にある。
なかには、自国の歴史も世界の歴史も、学校教育で満足に教えていない国さえある。また、歴史教育はナショナリズムの高揚のために利用され、学問とは違うレベルで語られることもすくなくない。
偏狭なナショナル・ヒストリーが、世界史の理解やグローバル史の形成の弊害にもなっている。最悪なのは、内戦や治安状態のよくない国や地域があり、現地で文書を読むこともできなければ、現地にはいることさえできないことがある。

 このままの状況でグローバル史を語ることは、西欧中心史観を助長することになり、欧米を中心とした「知の帝国史」にもなりかねない危険性を孕んでいる。
いま、わたしたちは近代文献史学で充分に語ることのできなかった分野の研究をすすめる必要があり、そのひとつが、流動性の激しい海洋民が活躍する熱帯の海域を含み、女性・子どもの役割が比較的重視されてきた東南アジアの歴史である。東南アジアの歴史を理解することは、これからの世界史をみる恰好の事例を提供し、日本史や中国史、西洋史などの見直しにもつながる可能性に満ちている。

 さらに、東南アジア史の理解は、近代歴史学そのものを再考する可能性を秘めている。
近代をリードした西欧を中心に発達した、物事を単純化した合理的な考えや中央集権的な組織の形成は、近代国民国家の発展に大いに役立った。
しかし、グローバル化と多元文化を尊重する現代において、国家という枠組みを中心とした歴史や単純な進化論的な考え、権力をともなう文化・文明の重視といった近代の価値観は、通用しないどころか人びとの交流の妨げになり、戦争・紛争の原因にもなりかねない要素を含んでいる。
人生の大半あるいはすべてを21世紀に生きる生徒に必要な歴史が、近代の主役ではなかった東南アジアの歴史の理解から見えてくるのである。

 新課程用教科書でも、文献史料に基づく歴史記述だけでなく、絵画などの美術や建築、生態系の理解などにページが割かれているのも、20世紀に発展した文献史学だけでは、充分に歴史を語れなくなってきたからである。
しかし、ここで誤解してもらっては困るのは、文献史学の重要性はけっして低下したわけではないということである。
たしかに、文献以外の歴史資料を利用することによって、新たな歴史像が提出されるようになってきた。いっぽうで、これらの非文字史料を読み解くために、文献史料が大いに役立っていることも事実である。これからの歴史学は、文献史料と非文字史料の両輪がうまく回転していくことによって発展していくことだろう。
ただ、いまは東南アジア史研究のように、その相互連関がうまくいっていない部分があることもたしかだ。

 なお、この書評の記述から、教科書記述や執筆者への不信感を抱いた読者がいるかもしれない。
教科書は、長い年月の審議を経て作成され、東南アジア史のように近年急速に発達した分野には対応できない、という構造的な問題が存在する。また、東南アジア史は、国・地域によって基本的な研究言語が違い、複雑な文化・社会構成から、少し地域や時代が異なると、東南アジア史を専門としていると自負している研究者でさえ、充分に理解していないことが多々ある。
ましてや、東南アジアを専門としない教科書執筆者は、『世界各国史 東南アジア史』(山川出版社、1999年、2巻)、『岩波講座 東南アジア史』(岩波書店、2001-03年、9巻+別巻)や『世界史小辞典 改訂新版』(山川出版社、2004年)などに頼らざるをえないだろう。
しかし、上記のように複雑多岐にわたる東南アジア史の研究情況、日本における東南アジア史研究者の桁違いのすくなさ、さらには時代の転換点にあって、これらの基本的文献が充分にこれからの高等学校世界史教育の要請に応えていると言えないのが現実である。単純化し、わかりやすくしたかつての記述が通用した時代とは違い、東南アジア史だけでなく、はっきりしたことが言いにくくなっているということもある。複雑なものは複雑なものとして、わかりにくいものはわかりにくいものとして理解していくことが重要になっている。東南アジア史の教育現場の問題は、従来見過ごされてきた基本的問題を考えるきっかけになり、これからのほかの歴史、科目にも応用のきくものを提供してくれるだろう。

 歴史教育の未来のためには、いま、どの国・地域、どの時代の研究が必要か、大局的に考える必要があるだろう。また、従来、高等学校で充分に取りあげられなかったことから、東南アジア史研究者がまともに教科書記述について考えなかったことも事実である。反省を込めて、これからの東南アジア史研究・教育を考えていきたい。

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2005年05月03日

『キメラ−満洲国の肖像 増補版』(中公新書)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 中国での反日デモは、なにが原因なのだろうか。中国の愛国教育や国内問題の目をそらすためだと、日本人が考えているなら、たとえ反日デモがおさまっても、中国人の反日感情をなくすことはできないだろう。国家間の関係であれ、個人間の関係であれ、一度こじれた関係の修復には、互いが相手に非を認めさせることではなく、自分自身の非を追求して明らかにすることが必要である。

 中国人は、日中15年戦争中になにを失い、日本政府に謝罪を求めているのだろうか。この15年間の日中関係を象徴するものに、1932年3月1日に中国東北地方に忽然と出現し、1945年8月18日に卒然と姿を消した満洲国がある。満洲国を王道楽土、民族協和、安居楽業を謳った理想国家として考える日本人は、今日でもすくなくない。いっぽう、中国では「日本帝国主義が捏造した傀儡政権」で、偽満洲国あるいは偽満と称している。この差が、日本と中国の歴史認識の相違である。本書は、その相違を埋めるべく、満洲国の実像に迫っている。

 著者山室信一は、「満洲国を頭が獅子、胴が羊、尾が龍という怪物キメラと想定」した。「獅子は関東軍、羊は天皇制国家、龍は中国皇帝および近代中国にそれぞれ比」している。ギリシャ神話に登場するキメラは、「口から炎を吐き、大地を荒らし、家畜を略奪して去って」いった。幻想国家満州国は、民族差別、強制収奪、兵営国家といった色彩をもって、「帝国日本」とともに死滅した。

 満洲国では、民族共和を謳いながら「一等は日本人、二等は朝鮮人、三等は漢・満人と区別し、配給の食糧も日本人には白米、朝鮮人には白米と高梁半分ずつ、中国人には高梁と分け、給料にも差をつけた」。中国人・朝鮮人の農民は苦労して開拓した土地を奪われ、一家の中心的働き手を労務者として徴発されて何処とも知れず連れ去られた。そして、国兵法(徴兵制)や国民勤労奉仕法が公布されて国家を守る義務が住民に生じたにもかかわらず、国籍法が制定されなかった満洲国では奇妙なことに国民がひとりもいなかった。

 中国人・朝鮮人から奪った土地には日本人移民が入植し、強力な軍事力を背景に本土では味わえない「安居楽業」を享受した。後に悲惨な引き揚げ体験をするだけに、その落差は大きかった。著者は別の論考で「国民帝国」とことばを使っているが、日本人ひとりひとりが「帝国日本」を支えており、国策に踊らされた日本人移民は犠牲者であると同時に加害者であったことを忘れてはならないだろう。

 本書は、初版出版後、高く評価されて吉野作造賞を受賞した。増補版にあたって、新たに70頁の「補章 満洲そして満洲国の歴史的意味とは何であったのか」が加えられた。若い読者を意識した24の問いに答えるかたちで、満洲国成立の歴史的背景、戦後の影響、そして、いま満洲国を考える意味について語っている。1950年代生まれにしては、趣のある表現を使う文章は、若い人にとってけっして読みやすいものではない。しかし、この補章によって、本文中で理解しにくかったことの多くが、わかるようになることだろう。

 満洲国の出現によって、中国人は国家としての威信と人間としての尊厳を日本人に奪われたと言っていいだろう。戦後、首相となる吉田茂、岸信介、福田赳夫、大平正芳が中国・満洲国とかかわりあっただけでなく、朴正煕、金日成(伝説上の英雄の名)といった南北朝鮮政権担当者が満洲と密接にかかわっていたことを知ると、いかに満洲国の存在が戦後の東アジア世界に大きな影響を与えたかがわかるだろう。

 本書が、反日デモ参加の中国人若者と語る機会があるとき、役に立つ1冊になることに疑いはない。本書を読んで理解すれば、現在の「反日運動」を、逆に日中友好の礎の新たなスタートにすることができるだろう。

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