2017年01月10日

『「中国脅威論」とASEAN諸国-安全保障・経済をめぐる会議外交の展開』佐藤考一(勁草書房)

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 ASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国ひとつひとつの国をとりあげると、人口数十万のブルネイ、数百万のシンガポール、ラオスから2億数千万のインドネシアまでさまざまであり、面積や国内総生産でも大きなばらつきがある。その10ヵ国が集まっても、中国は「2005年の統計で、面積で2.1倍、人口で2.37倍、国内総生産(GDP)で2.05倍、兵力で1.2倍の大国である(略)。このため、ASEAN諸国は、冷戦期からたびたび、中国との間に生じるさまざまな問題に神経を尖らせ」、ASEAN共同体を強化させてきた。ということは、この「中国脅威論」にたいしてASEANという地域協力組織が有効な働きをしてきたということだろうか。著者、佐藤考一は、副題にある「安全保障・経済をめぐる会議外交」を通して考察しようとしている。

 著者は、先行研究を整理し、「残された課題は大きく分けて2つある」としている。「第1に、ASEAN諸国の政府から提起されている諸問題から「中国脅威論」を概括し、その基本的構造を提示する必要がある。上記の先行研究業績を概観しただけでもわかるように、一口に「中国脅威論」といっても実は非常に多様な問題を含んでいる」。「第2に、「中国脅威論」に対処するためにASEAN諸国政府がとってきた政策手段とその効果について、検討する必要がある。すなわち、ASEAN側の外交政策や国防政策は、その効果を含め、どのようなものであったのか、個別の問題に対処するうえで共通点があったとすればそれは何なのか、も明らかにすることが必要である」。

 本書は、序章、3部、全6章、終章、付録からなる。第Ⅰ部「「中国脅威論」の分析枠組」は、第1章「アジア太平洋地域における「中国脅威論」の類型」と第2章「ASEANの会議外交方式」からなる。第Ⅱ部「伝統的安全保障問題」は、第3章「歴史的問題・台湾問題とASEAN諸国」と第4章「南シナ海紛争・東南アジア非核地帯構想とARF[ASEAN地域フォーラム]・ASEAN中国首脳会議」からなる。第Ⅲ部「経済問題および非伝統的安全保障問題」は、第5章「経済問題とASEAN中国首脳会議」と第6章「非伝統的安全保障問題とASEAN中国首脳会議」からなる。これらの章では、「ASEAN諸国が「中国脅威論」の諸問題に対して自らの会議外交を用いて対応し、中国を相手にその緩和(沈静化)を目指してきたとの仮説を提示し、歴史的問題、台湾問題、南シナ海紛争、SEANWFZ[東南アジア非核地帯]構想、経済問題、非伝統的安全保障問題について、その内容を検討」している。

 そして、終章「ASEAN諸国の「中国脅威論」の行方」では、「結論を扱い、ASEAN諸国が、時期によってその構造(構成要素)と深刻さが変わる上記の「中国脅威論」の諸問題に、会議外交を中心にしてどのように対処したのか、また、その有効性はどのようなものだったのか、について全体的な評価を試み、ASEAN側の対応についての時期区分ができるかどうか検討することにしたい。同時にこの中では、全会一致制の政策決定や必要に応じた国際会議の増設といった特徴を持つASEANの会議外交を、中国側がどう理解し、利用しようとしているかも、検討することにしたい。なお、他に付録として、近年注目を集めている中国のソフト・パワーをめぐる問題についての予備的考察も収録している」。

 終章では、ASEAN諸国の「中国脅威論」の内容の移り変わりを、4つにわけて整理している。「まず、これまであまり個別に扱ってこなかった、各国の「中国脅威論」と、それに対する中国の対応を簡単に見ていく。続いて、個別の加盟国の脅威感のベクトルを合わせたASEAN全体の「中国脅威論」について、それぞれの問題の構造の変化と会議外交の展開から振り返り、「中国脅威論」の諸問題に対するASEANの会議外交の有効性の評価、および中国の対ASEAN認識の変化が、それらに与えた影響を検討し、最終的に「中国脅威論」が消滅するのかどうか、その展望を考えることにしたい」。

 まず、著者は「ASEAN諸国の「中国脅威論」の内容と主唱国の移り変わり(時期区分)」を表にして整理し、つぎのような結論に達した。「経済問題やSARS[重症急性呼吸器症候群]に代表される非伝統的安全保障問題については、ASEAN諸国は全体的に関心が強いが、交渉の中心になったのはどちらもシンガポールであった。中国との間の、ヒト、モノの交流がもっとも盛んな国だからである。いずれにしても、組織としてのASEANが問題にした「中国脅威論」、あるいは「中国への懸念」は、特定の国(複数の場合もある)が提起し、会議外交で取り上げられた場合に、議論されるのであり、常にASEANが団結して同じ問題意識で対応してきたわけではないことがわかる」。

 つぎに、「個別の「中国脅威論」の問題に対する会議外交の有効性の評価」については、「ポスト冷戦期のASEANの会議外交は、冷戦期のそれと比べて大きな違いが1つある」と指摘し、つぎのように説明している。「冷戦期の会議外交の中心はAMM[ASEAN外相会議]とAEM[ASEAN経済閣僚会議]だったのが、ポスト冷戦期の会議外交の中心は首脳会議、本書でいうならASEAN中国首脳会議になっていることである」。「これは、首脳たちの個人的関係の変化(ASEAN創設以来の関係の緊密な指導者たちの引退)や、国家間の政治経済関係の発展の結果だけでなく、中国という大国相手に噴出する「脅威論」の各種問題の、深刻さ(南シナ海紛争)や緊急性(アジア通貨危機・SARS)、複雑性(ACFTA[ASEAN中国自由貿易地域]につながった貿易投資問題)と関係があると考えられる。閣僚間の協議だけでは解決はおろか、緩和や沈静化も難しいのである。中国との関わりでいえば、AMM、AEM、ARF、ASEAN中国外相会議、ASEAN中国経済閣僚会議などは、いまやASEAN中国首脳会議で協議される諸政策の合意のための、草案を作ることが仕事になりつつある」。

 3つめの「中国の対ASEAN認識の変化と会議外交の有効性の評価」では、つぎのように結論している。「ASEANの会議外交はそれ自体の特徴と、中国自身を含めた諸域外大国の国際環境の相互作用の結果、有効性を発揮したという評価になるだろう。会議外交は南シナ海紛争を例に取れば、「南シナ海における係争当事者間の行動宣言」などの強制力を必要としないASEAN域内レベルの政策決定においては有効だと評価できるが、ASEAN域外の大国である中国の南シナ海での軍事行動を抑制するには、強制力の裏づけがまったく必要ないとはいいきれない。ASEAN中国首脳会議以外の会議外交に参加している、軍事力などのハード・パワーを持つ他の諸域外大国の有形無形の圧力が、担保として必要である。複数の会議外交と、諸域外大国の圧力の相互作用が中国脅威論」の沈静化に必要なのである」。

 そして、最後の「「中国脅威論」は消滅するか」という問いにたいして、つぎのように答えて、終章を終えている。「ASEAN諸国にとって、「弱者の武器」である複数の会議外交と、それを通じ、「中国脅威論」に基づいて提起される「弱者の論理」は、諸域外大国の圧力との相互作用で、外交を通じた平和的な紛争解決の手段に中国を縛り、同国のもたらすASEAN諸国にとって不都合な諸問題を沈静化させるための道具であり続ける。そして、これはアメリカや日本など、ASEANの対話諸国となっているあらゆる域外大国にとっても、今後、ASEAN側が「脅威」と考える現象を引き起こした場合は、同じである。将来、中国に代わって、これら諸国に対して「脅威論」が提起される可能性もまったくないとは言い切れない。ASEANレジーム(ASEANの会議外交)の困難な挑戦は続くであろう」。

 本書では、会議外交を中心に「弱者の武器」を使って、強者の中国に立ち向かっているASEANの姿が描かれている。その会議に至るまでに、ASEANはいわゆるASEAN Wayとよばれる非公式会議を積み重ねている。その非公式会議は、ASEAN諸国内のもの、ASEANと中国以外の日本や韓国、アメリカなどの「強者」とのものも含まれる。会議と呼べないようなものも無数に存在する。「脅威論」は弱者を結束させる手段でもある。著者が、付録としてソフト・パワーを扱ったのも、「会議外交」だけでは、充分に理解しきれないものがあったからだろう。それは、本書の13の表を整理しながら気づいたことだろう。本書を読むと、ASEANの存在がアジア太平洋地域で大きくなっていることがわかる。

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