« 2011年02月 | メイン | 2011年04月 »

2011年03月26日

『昭和大相撲騒動記ー天龍・出羽ヶ嶽・双葉山の昭和7年』大山眞人(平凡社新書)

昭和大相撲騒動記 →bookwebで購入

「相撲はただ伝統的ではない」


 震災と原発の問題で忘れられているが、ほんの少し前まで、大相撲の八百長問題がメディアを賑わせていた(ここ数日処分決定に関する報道がされているようだが)。そこでは大相撲が、スポーツなのか、それとも神事なのかが頻りと議論されていた。むろん私は、大相撲をスポーツであると決めつけ、居丈高に八百長批判を繰り返したメディアに対して共感するところはなかった。しかし、相撲は五穀豊穣を祈って催される神事なのだという(ある意味まともな)批評家たちの相撲擁護論にもいささか首を傾げざるを得なかった。なぜなら、そういう伝統的な神事としての相撲を、もはやこの社会の人びとは必要としていないように思うからだ。お相撲さんに、四股をドスン、ドスンと踏んでもらって、豊作でありますようにと一緒に願うような農民的な呪術的感覚を私たちは失っている。だから、相撲は神事であるといくら説明しても、相撲の復活には役に立たないだろう。そんな風に私は思った。

 相撲は神事であるという議論は、あまりにも単純すぎる。確かにそれは神事だったとしても、同時にその異様な巨体を楽しむ見世物でもあり、勝ち負けを競うスポーツであることもまた間違いない。逆に言えば、野球やサッカーが単純に公正なスポーツだとも言い切れない。いま選抜高校野球で、東北地方の青年たちが、懸命に白球を投げたり、打ったりするのを人びとが応援して、東北地方の復興を願おうとするとき、そこには呪術的とも言うべき感覚が潜んでいる。つまり高校野球には、スポーツであるという以上の非合理的な意味が備わっている。あるいは斎藤祐樹や宮里藍といった若いピチピチした選手をメディアが追いかけまわすときにも、そこにお相撲さんの巨体をみんなで眺めて楽しむときと同様の、見世物的な性格がある。だからスポーツと宗教性や見世物性は、決して区別できるものではない。

 本書『昭和大相撲騒動記』が教えてくれるのは、大相撲はただ伝統的な神事として維持されてきたのではなく、近代スポーツになろうとするモダニズム的な運動を潜り抜けてきた結果としていま存在しているという歴史的事実である。とりわけ焦点が当てられているのは、昭和7(1932)年1月に関脇・天龍らが起こした有名な「春秋園事件」だ。彼は、春場所の番付発表があった翌日の5日、大井町の中華料理屋「春秋園」に出羽ノ海部屋(西方の力士の大勢を占める大きな部屋だった)の十両以上の力士全員32名を集め、そこで、力士の生活を安定させるために相撲協会への要求決議書を提案してまとめ、そのまま全員で立てこもった。春秋園の庭に土俵を作らせて、ぶつかり稽古を始めると、報道で知った見物人が集まり、陣中見舞いが次々と送り届けられ、彼らは断髪して協会を離脱し、「大日本新興力士団」を結成する。
 
 相撲協会側はこの決起行動に最初うまく対応できず、1月14日からの春場所を中止せざるを得なくなった(幕内の主要な力士がほとんど抜けてしまったのだ)。それに対して、新興力士団には新たに14名の力士、5名の行司、それに有名なアナウンサー松内則三も加わって、2月1日から中根岸に急ごしらえで作ったテント張りの相撲場で場所を開催した。世間の注目も集まって、この時点で天龍たちは相撲協会を圧倒する勢いを持っていた。3月には大阪場所、その後東北、北海道、北陸、京都、九州と全国を巡業して人気を集めた。このときとりわけ人気だったのは、彼らが始めた(スポーツ的な)新しい競技方法である。つまり、東西制や番付制といった伝統的な興行スタイルを排して近代的な個人競技に変え、力士を3クラスに分けて、そのクラス内で総あたりの一回勝負をし、その下位の3名を次のクラスの上位3名と対戦させるとか、ファンの要望に応じて特定の力士同士の連続5回の対決(随時挑戦試合)をするといったことを試みたのだ。

 だが結論から言えば、彼らの相撲改革運動は失敗し、徐々に相撲協会に帰参する力士も現れ、ついには昭和12年の春に解散することになった(逆に言えば満州巡業などをして、5年以上にわたって「関西相撲協会」を名乗って存続したわけだが)。なぜ失敗したのか。著者の大山眞人は、次のように言う。「新鮮味の追求は同時に『つねに新しいものを開発しなくてはならない』という泥沼にはまり続けることを意味した。たった一つの十五尺の土俵上に、無限の新鮮味を求めることは、自殺行為に等しい。『伝統の相撲』に勝てるのはほんの一瞬でしかなかった。天龍の誤算はここにあった」(143-4頁)。つまり相撲の神事性を取りはらって、モダンな格闘技としての相撲のありようを追求することの困難が、彼ら自身を追い詰めていったというのだ、例えば、同時代の尾崎士郎は、彼らの相撲は、同じ対戦の繰り返しなので段々と同じ部屋の稽古のように見えてしまった(ガチンコを目指すことが逆に八百長であるかのように見えてしまった)と言っている(『相撲を見る眼』ベースボールマガジン社)。

 しかしだからといって、やはり伝統的な相撲は強かったという単純な話には終わるわけではない。そもそも、天龍らの改革が起きる直前の昭和初期には、モダニズム文化の隆盛のなかで、相撲は古臭いものとしてすっかり人気を失い、銀座で力士が歩いていると、通行人が侮蔑的な目で眺めるほどだったという。観客数も減少しており、天龍らが生活困難から改革を訴えることは歴史的必然だった。それにこの事件の後に相撲が人気を取り戻したのは、春秋園事件で大勢の力士が脱退したために新入幕となった双葉山が、天龍らの行動に負い目を感じつつ、決して「待った」をしないような(明治45年には一取組で54回という記録があるほど「待った」は日常的だった)、近代的な相撲道を徹底的に追求して、昭和11年1月場所から昭和14年1月場所まで驚異の六十九連勝を果たしたからなのだ。

 さらにその双葉山は、昭和32年には理事長になって、天龍が果たせなかった相撲協会の近代化に昭和43年まで着手する。相撲専修学校の設立、力士の給料制、部屋別総当たり制など、私たちが知っている現在の大相撲の形は、この時津風理事長(双葉山)による改革の結果出来上がったものだった(茶屋制度廃止は果たせずに死去)。その意味で、いまの相撲はただ伝統的なのではなく、間違いなく天龍が要求した近代化の方向へと変革されたからこそ残っている。

 しかし、そのような近代化では変わらない普遍的な問題もある。その一つが八百長問題だろう。これについては、本書の書評を超えた考察が必要になるので控えておく。ただ改革運動に敗北した天龍が、昭和16年には、満州での相撲普及の功績が認められて相撲協会に復帰したという驚愕の事実を付け加えておくことにしよう。そして戦後もTBSラジオの相撲中継や大相撲ダイジェストの解説者として活躍したのだという。これこそ、日本社会そのものの八百長的構造ではないか。そうした、江戸時代にまで遡った相撲の歴史的説明とは違って、ついこの前まで常識だったがゆえに忘れられている、盲点のような歴史的事実(まるでプロレス史のようだ)をさまざまに教えてくれる意味で、本書は実にユニークで面白い。


→bookwebで購入

2011年03月17日

『災害ユートピア─なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』レベッカ・ソルニット(高月園子訳)(亜紀書房)

災害ユートピア─なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか →bookwebで購入

「私たちの社会の希望のために」

 
 3月11日以降、メディアを中心とした周囲の環境があまりにも騒々しいため、なかなか落ち着いて読書できない。それでも、気分を落ち着かせることが大事なのだと自分に言い聞かせて、テレビやネットを見る合間に、あれこれと本の頁をめくり、実は相撲の本の書評を準備していたのだが、どうしてもブログ形式の書評欄にこの日付で平静さを装った文章を書きつけておく気にならない。そこでやはり、災害に関わる本書を最近読んで感銘を受けたところだったので、そちらを紹介しておく。すでに柄谷行人が朝日新聞(2月6日)で勘所を押さえた書評を書いているので、ここでは取り上げないつもりだったのだが、こういう事態のなかもう一度紹介しておくことも無意味ではないだろう。

 大地震、大洪水、巨大テロなどの大きな災害が起きた後、人々の間には集団パニックが起き、誰もが他の人を踏みつけにして生き延びようとすると一般的には信じられている。しかし実際の災害現場では違っていて、そこには人びとが相互扶助的に助け合おうとするユートピアが閃光のように出現するのだと、本書の著者であるレベッカ・ソルニットは主張する。単なる理想論として言っているのではない。彼女は実際に、サンフランシスコ大地震(1906年)、カナダのハリファックスの軍需船大爆発事故(1917年)、ロンドン大空襲(1940年)、メキシコ大地震(1985年)、ニューヨーク911(2001年)といった災害を生き延びた人々へのインタビューや回想録などを通して、その事実を明らかにしていく。いま現在も西欧のメディアから、東北・関東大震災下の日本人たちが略奪も起こさずに整然と行動している様子が賞賛されて話題になっているが、それは決して日本の文化的特性の問題なのではなく、西欧社会でもこれまで災害時には起きてきたことなのだ。

 例えば、サンフランシスコ大地震の後、被災したある女性は、公園に野宿していた三日目に、間に合わせのドアやテントを用いて、小さなスープ・キッチンを作り、周囲の人々のために食事を作り始めた(炊き出しだ!)。やがて居合わせた見知らぬ人々の協力で、壊れたあちこちの建物からガスコンロが集められ、食器を買うための募金が行われ、それはたちまちに200名から300名分の食事を無料で提供するキッチンへと成長を遂げたという。そのキッチンでは、見知らぬ人同士が友人になり、楽しそうに力を合わせ、惜しげもなく物を与えあった。やがて誰かが、消失してしまった同市の巨大ホテル「パレスホテル」の名前の看板を冗談めかしてそこに掲げた。つまり金銭も社会的地位も役に立たない状況に陥ると、人間たちはパニックになるよりも、普段の格差や分裂を超えて親密なユートピア空間を立ち上げる。災害社会学者チャールズ・フリッツらもこれまでそう主張してきた。

 しかし行政組織や軍隊やメディアのように、被災地の外側から救済のためにやってくる人々は、被災者たちはパニックを起こしていて、統制しなければ略奪を始めてしまうと思い込んでいる。同じサンフランシスコ大地震の場合でも、火事場泥棒は射殺してもよいと市長に指令されて送り込まれた軍隊は、略奪を防ぐために酒場や食料雑貨店に押し入ってアルコール類を破壊し始め、自らが暴徒化して被災者たちに恐怖心を与えたという。最近のニューオーリーンズのハリケーン・カトリーナ(2005年)の際にも、派遣されたイラク帰りの兵士たちが、略奪犯と間違えて市民に発砲した事件が起きたり、人々を暴徒化しないように一か所に閉じ込めたりしたことが問題となっている。

 こうした、行政組織が抱いている妄想、つまり自分たちが維持すべき社会秩序が、災害下では貧困者やマイノリティによって破壊されると考える恐怖心を、著者はキャスリン・ティアニーの用語を借りて、「エリート・パニック」と呼ぶ。エリート・パニックは必ずしも暴力の形で起きるだけではない。先のスープ・キッチンは、行政が乗り出してチケット制を導入し、割り当て分以上の食事を手に入れるような不公平な人間が出ないような正義の仕組みを作り上げたとたん、人びとはその温かみを失った官僚的なキッチンに興味を失って離れていったという。つまりエリート・パニック的な冷たさは、不公正は許さないという官僚制度そのもののなかに眠っている。

 しかし私たちは、単純に無政府主義者風に、災害ユートピアを理想的な社会として称揚すれば済むわけではむろんない(ただし、クロポトキンを肯定的に引用する著者ソルニックには、ややそういう志向がある)。社会秩序を公正に営むための官僚制度を私たちはやはり必要としている。また私たち自身もいまメディアを通して、津波が襲ってくる光景や原発の爆発する光景を繰り返し見るとき、そこで苦難のなか助け合って生き延びようとしている現地の人々とは根本的に違った、「エリート・パニック」のような心理状態に置かれている。まだ守るべき財産や家族がある人々は、それらを維持しようとする限りにおいて必ず「エリート・パニック」的に振る舞ってしまう。だからいま各地の人びとは、来るかもしれない余震や放射能の恐怖におびえて、買いだめパニックのような行動を起こしたりもしている。

 しかしその同じ人間たちが、地震当日には、帰宅困難者同士で相互に励ましあい、親密に助け合ったという話を何人かから聞いた。だから私たちが本書から学ぶべきことは、決して人間に希望を失ってはならないということだ。私たちはここのところずっと、年金受給が不公平だとかカンニングした奴は不公平だとか、相撲で八百長した力士は不公平だとかいった、誰かが得すると自分が損するかのような怨恨的なメディア報道に晒され続けてきた。カンニング事件に対して、一切の不公平さを許さないような監視システムが必要です、とテレビ・コメンテイターたちはエリート・パニック的にいきり立っていた。そうした、人間は規制しない限り不公正に行動するというエリート・パニック的な原理で運営される社会が、人間に優しく機能するわけはないだろう。

 だから私は、むしろこの大震災を契機にして、人間同士が相互的に助け合うような災害ユートピアの精神が、そうした官僚制的な社会の向こう側に立ち上がってくれればと願わずにはいられない。いや事実、そういう気配をメディア・パニック的な報道の向こう側からも私は感じる。先のマナーの良い日本人の行動への賞賛が、ただナショナリスティックな日本人論になってしまうのは困るけれど、しかしいまは多少間違いでも、そのように賞賛された誇りを胸に、助け合うことを尊重するような社会が(たとえ想像の世界であっても)、私たちの間に立ち上げることができれば、それでいい。

(付記)
 以上のように、本訳書は大変良い本だが、残念なことに、原著にあった「注」が全部削除されてしまっている。したがって本書が引用している、災害社会学の学術論文、災害時の挿話を含む新聞記事、911被災者のネットのブログなどの出所がすべて分からない。これでは、今後本書の内容の学術的な検証が難しくなる。じっさい、個人の経験談に基づくという実証的方法には危ない部分を含んでいる。だから本書にはとりわけ原注は必須である。ぜひ出版社の方で何らかの対応をしてほしい。


→bookwebで購入