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2011年02月19日

『逝きし世の面影』渡辺京二(平凡社ライブラリー)

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「逝きし世の面影は、きっと未来に蘇る」

 飛び切りの面白さだ。とても驚いた。幕末から明治初期にかけて日本を訪問した西洋人たち(日本アルプスの紹介者・宣教師ウェストン、大森貝塚で有名な動物学者モース、女性探検家バードなど)が書き残した日記や滞在記をあれこれと渉猟し、そこで彼らが驚きと感嘆の声を持って賛美した当時の日本人の暮らし振りの描写を、「陽気な人びと」、「簡素とゆたかさ」、「親和と礼節」、「裸体と性」、「子供の楽園」、「生類とコスモス」といった十四の章に分けて、著者による論評をできるだけ抑えた語り口で、文庫本600頁にわたって、延々と粘り強く紹介し続けるという独特の構成の書物である。

 さすがにテーマを変えつつも同じような日本賛美の文章を読まされ続けるので(『週刊エコノミスト』への連載だった)、読者としては途中でちょっと疲れてしまうのだが、最初の4章と最後の4章の面白さがとくに抜群なので頑張って最後まで読む価値はあると思う。何が面白いかって、意表を突かれるという感じなのだ。どうせ西欧人の書いた日本賛美など、オリエンタリズムの歪んだ眼鏡を通した上っ面のお世辞にすぎないだろうと高を括っていると、痛い目に会う。確かに政治や経済の問題を「文化」の問題に還元しすぎといったところがないではない。だが少なくとも、江戸末期のふつうの日本人の暮らしの観察記としては、かえって日本人自身は当然のこととして見過ごしているところを実に丁寧に(文化人類学的に)観察・記述した文章と言ってよいだろう。

 例えば、スイス領事・リンダウが長崎郊外の農村を訪問したときの経験を記した文章。「いつも農夫たちの素晴らしい歓迎を受けたことを決して忘れないだろう。火を求めて農家の玄関先に立ち寄ると、直ちに男の子か女の子があわてて火鉢を持ってきてくれるのであった。私が家の中に入るやいなや、父親は私に腰掛けるように勧め、母親は丁寧に挨拶をしてお茶を出してくれる。・・・・最も大胆な者は私の服の生地を手で触り、ちっちゃな女の子がたまたま私の髪の毛に触って、笑いながら同時に恥ずかしそうに、逃げ出して行くこともあった。」(79頁)

 これを読んで、ああそうだろうなあと私は納得して、奇妙な感慨を覚える。西欧人が訪問したときに一家中で一生懸命に歓待し、子どもがはしゃいでいるこの様子は、19世紀の日本人が西欧人と出会ったときにどう振る舞ったかを正確に記述しているだろうなと私は感じる。なぜそうかと言えば、私にも同じところがあるからだ。恥ずかしがりながら異人を歓待するという、この上ずった興奮が私にも分かるからだ。むろんだからといって、日本人ほど他者に対して親切な国民はいないのだといった一般化をここから施すことは危険だろう。この気圧されたような恥ずかしい気分は、同時にその内側に敵愾心を育ませている可能性もある。だからこれを読んで、単純に日本人がほめられたと思って自負心を満足させるのでは情けない。

 ところが実際には本書は、すっかり自信を喪失した近年の日本人たちが自負心を満たすために読もうとしてロングセラーとなってしまった節がある(文庫化されて5年で何と21刷である)。では、そのような事態の危険性を十分に承知しているはずの著者・渡辺京二(北一輝や谷川雁やイリイチや石牟礼道子を論じてきた人だ)は、なぜあえて本書を書いたのか。その意図はいたってシンプルである。明治維新以降の近代化が捨て去ってしまった、徳川後期の日本の自然観や生活様式の全体を、一つの有機的生命を持った「文明」世界として捉え返し、ウルトラモダンな社会の価値基準のなかで心の豊かさを失って汲々と生きている私たちに突きつけるためである。蒸気の力や機械の助けを借りないまま農業や手工業によって完成された、別の豊かさを持った文明世界を、この600頁の書物の厚みのなかにぎゅっと集めて再現し、いまの私たちの(貧しい)生活様式に対して反省を迫ろうとするのだ。

 例えばイザバラ・バードの記述によれば、新潟の商店街は、下駄屋、紙傘の店、日笠雨笠の店、紙の雨合羽や包み紙の店、草鞋を売る店、蓑や蓑笠の店、羽織の紐を売る店、扇屋などと、特定の商品だけを売る小規模な店が所狭しとばかりに立ち並んでいる。それは、商人たちがその特定の商品に対する愛着と精通を持っていて、互いに「職分」を分け合った誇りを持っているからこそ成り立つ世界だろう(214頁)。あるいはモースが見た、大工や人夫たちが、歌や掛け声を交えた様式化されたやり方で力を合わせて労働する様子。そこには資本主義社会における個々人の計量的な賃労働とは違った、自主的に作り上げられた生命活動としての集団労働の姿が見られる(240頁)。そして西欧人たちが一様に感嘆した、庭園のように手入れが行き届いた畑や田圃の光景。平地から段丘にいたるまでびっしりと作物で覆われた美しい景観は、農家らが自主的に工夫を重ねて収穫を増加させた、労働集約型の農業の成果が映し出されている(113頁)。

 渡辺京二は、当時の異邦人たちの言葉を借りつつ、このようなヴァナキュラーな日本の生活様式のありようを、近代化によって失われた文明の美しい姿として哀切を持って描き出そうとする。その姿勢に私は深い共鳴を覚える。とりわけチェンバレンの、日本には「貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない」という言葉(つまり日本の貧困者は決して惨めな様子ではないという言明)は(127頁)、あり余る商品に囲まれて暮らしながら貧困感ばかりが蔓延していく不幸な社会を生きる私たちには痛烈に響いてくる。

 だが、にもかかわらず私は、渡辺氏の主張に少しだけ違和感を覚えた。少なくとも私が本書に魅力を感じたのは、単に今はない「逝きし世の面影」をここに見たからではない。むしろ反対に私は、先に「私にも同じところがある」と書いたように、このヴァナキュラーな徳川文明は、いまも形を変えてこの社会のなかに息づいていると感じたのだ。TV番組『ブラタモリ』で、タモリが東京の街の何気ない道の段差や湾曲に、河川の氾濫や治水をめぐる長い歴史の痕跡を見つけだしてみせるように、私たちはちょっと見方を変えれば、いまの私たちの生活のただなかに「逝きし世の面影」を発見できるのではないか。私はそんな希望を感じながら本書を読んだ。

 例えば、オーストリアのクライトナー中尉が、大阪の染料工場を訪れたときの記録。「わたしたちが入ってゆくとひとりの女工が笑い出し、その笑いが隣の子に伝染したかと思うと瞬く間に全体にひろがって、脆い木造建築が揺れるほど、とめどのない大笑いとなった。陽気の爆発は心の底からのものであって、いささかの皮肉も混じっていないことがわかってはいたが、わたしはひどくうろたえてしまった」(78頁)先の一家と同様に、ここでも異邦人を前にして少女たちが陽気にはしゃいでいる。これは決して彼だけの体験ではない。この時代の外国人たちは誰もが、人びとの好奇の視線にさらされて群集に取り囲まれたり、とくに幼い子どもであれば近寄って触られたり、次々とお菓子を贈られたりしている。

 こうした記述を読みながら、私はまたもやテレビを思い出してしまった。なぜならテレビカメラが有名人とともに商店街や家を訪れるとき、人びとはうれしそうな微笑を浮かべて集まってきては、出演者に声をかけたり背中をたたいたり、意味なく笑いだしたりしてきただろう(最近はちょっとおさまってきたが)。そういう人懐っこい日本人たちの姿を私たちはずっとテレビを通してみてきたはずだ。つまりテレビカメラさえあれば、日本人は突然みみっちい個人主義を放り出して、気前よく他者にご飯をふるまったり(「突撃!隣の晩ごはん」)、泊めてあげたり(「田舎に泊まろう」)するものなのだ。いわば現在では、テレビが幕末異邦人の役目をはたして、日本社会のなかに眠っている、江戸文明的な親切さや気前良さが掘り起こされていると言えるだろう(「家族に乾杯」の笑福亭鶴瓶などは、その天才ではないか)。

 つまり、ここに描かれているようなヴァナキュラーな文明の、陽気で親切で満ち足りた日本人の姿は、いまもこの社会に眠っていて、それに私たちは気づいていないだけなのだ。そのような、私たちの社会の潜在的な変革可能性を指し示す希望の書物として、私は本書を読んだ。


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