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2010年05月29日

『「プガジャ」の時代』大阪府立文化情報センター編(ブレーンセンター)

「プガジャ」の時代 →bookwebで購入

「西風は東風を圧倒する。東京の情報消費文化は張子の虎だ。」

 この書評ブログでは度々、帯の宣伝文に偽りあり、と文句をつけてきた。だが本書の帯に関しては、短い文章で本書の内容が紹介されていて見事である。赤い帯に白抜きの横書き文字で「1970~80年代、大阪に熱くおもろい情報誌があった。『プレイガイドジャーナル』。」とドーンとコピー文が真ん中にあり、その右脇に少し小さく細い文字の縦書きで、「若者たちは親しみを込めて『プガジャ』と呼び、それを持って街に出た。今や伝説となった『プガジャ』をつくっていた人々の、情熱と涙の人間ドラマ!」と本書の魅力と性格を短い文章で一挙に説明し、さらに下のほうに小さな文字で、「[新なにわ塾]適塾や懐徳堂の伝統を受け継ぎ、大阪が歩んできた道を<光と影><栄光と挫折>の両面から振り返ろうとする市民講座」と本書の成立事情を正確に紹介している。

 もはやこれだけで要にして勘を得た本書の紹介になっているだろう。さすがに情報誌の編集・製作をめぐる本というだけあって、小さなスペースにさまざまな文字情報が所狭しとばかりに詰め込まれていて、ちょっとこの帯を眺めただけで、70年代末から80年代にかけて情報誌文化が爆発的に普及していった、あの時代の感覚のようなものが私の身体のなかから蘇ってくる。

 私は関西育ちではなかったので、『プレイガイドジャーナル』は読んでいなかったが、1979年から83年までの東京での大学生活の期間中、映画狂として『ぴあ』と『シティロード』(後者が東京の『プガジャ』にあたるだろう)の2誌をいつも携帯して、まだ当時はたくさんあった名画座や自主上映会の上映情報を細かく調べて、一日に2箇所、3箇所と東京中の低料金の映画館を渡り歩いたものだった。私のようにむやみとたくさん映画を見たい「おたく」にとっては、『ぴあ』のように無数の情報をクールに正確に並べてくれる雑誌が重宝だったが、同時に、情報誌でありながら「映画星取表」など批評性のある記事を載せてホットな文化発信者たろうとしていた『シティロード』の姿勢にも大いに共鳴した。『シティロード』には「情報」という言葉には還元できないような、自主製作や自主上映の映画(私自身も製作にも上映にも関わっていたくらいの大ブームだった)と同じような手作り文化の香りのようなものが漂っていて、それが心地よかったのだと思う(『ぴあ』の側もPFFという自主映画作品のフェスティヴァルを開いていたのだから、手作り文化の発信者の側面を捨てていたわけではなかった)。

 本書は、その『シティロード』の手作り文化的な性格をもっと濃くしたような、関西の情報誌『プレイガイドジャーナル』の編集に携わった人々が、自分たちが自主映画や芝居やライブの企画や運営に関わりながら、安い給料をものともせずに情報誌を手作りで作っていた現場の空気感を、市民講座というアットホームな雰囲気の講演会によって蘇らせようとした試みの記録である。語り手は、春岡勇二を中心にして、森晴樹、村上知彦、ガンジー石原、山口由美子、小堀純の6人。

 では『プレイガイドジャーナル』とは、どんな情報誌だったのか。むろん映画館、自主上映、コンサート、芝居、演芸、美術展などの一ヶ月間の予定が掲載されているという意味で『ぴあ』と同じイベント情報誌であった。ただし、『プガジャ』は『シティロード』と同様に、コラムやインタビューの頁が充実していた。私の手元に、1983年の5月号が一冊だけある。この号の目玉は、寺山修司へのインタビューで、本書中の村上知彦の話によれば、雑誌が出た5月に亡くなったのでこれが寺山修司の生前最後のインタビューになったそうだ(前回の『作家の値段』に続いてまたも偶然、寺山の死の話題だ)。コラムや漫画などの主たる連載執筆陣を見ると、蛭子能収、大森一樹、北中正和、ひさうちみちお、北村想、いしいひさいちといった楽しいメンバーで、そのほかに映画欄には、曽根中生監督のインタビューがあり、演劇関係では「第一回キャビン85戯曲賞」(日本専売公社の後援である!)の結果が発表されていて、別役実、佐藤信、秋浜悟史らの選評が載っている。まさに日本のサブカルチャーが爆発的に大衆化していくその瞬間のオーラのようなものに満ちているだろう。街へ出れば、映画、芝居、コンサートなど必ず何か面白いことが起きているという幸福な感じが雑誌全体から伝わってくる。

 だが私が本書『「プガジャ」の時代』を読んで感心したのは、そうした草莽期のサブカルチャーの生き生きした時代感覚というポイントだけではない。それは確かに面白いのだが、私がちょっとしたショックを受けたのは、第3代編集長(76-80年)山口由美子と82年から参加した春岡勇二の次のような会話である(212頁)。

春岡 この前、ギャーさんもおられたときに、あのころは、東京よりも関西のほうが面白かったって、二人で口をそろえて言いはったじゃないですか。
山口 そうよ。あの時代は絶対そうだった。私は大学へ入るとき、東京に行こうか迷っていたんだけど、東京に行かなくてよかったって、ほんとに思ったもん。

 断っておくが、私は84年から4年間大阪に住んだにもかかわらず、関西文化にまったく馴染めなかった人間だ。とりわけ大阪人たちが、東京を敵役にして口にする大阪ナショナリズム的な言説には心の底から辟易した。だから東京より関西が面白いという物言いに首肯したことはこれまで一度もない。しかし、73年に旅行会社とタイアップして、シネマテークが見たい、ヌーヴェルヴァーグの空気を吸いたいと読者35人参加のパリ旅行を敢行し、74年には同じ企画でロサンゼルスに行ってフリーマーケットを見てそれを日本に導入したという山口たちが、そんな狭い了見で「関西のほうが面白い」などといっているはずがない。ここで「関西のほうが面白かった」と言われていることは、いわゆる、東京対大阪というような二項対立の問題ではないだろう。「つまり、六〇年代の終わりから七〇年代にかけて、やりたいことは自分たちでやっていけばいいやん、という感じになったわけですよね」(213頁)。そう。自分たちが文化を作っている(手作りである)という自負心が決定的に重要だったように思うのだ。

 そう思ったとたん、何だか私は腑に落ちてしまったのだ。そういわれれば、私の大阪時代とは、関西ローカルの深夜テレビ番組に衝撃を受けた4年間だった。84年から88年にかけて毎日のように見ていた、関西ローカルの芸人や素人たちがお喋りするだけの番組群は、その後決して味わうことのできないような、絶対的な面白さに満ちていた。それは、岡林信康の『くそくらえ節』のような関西フォークや、大森一樹の自主映画作品『暗くなるまで待てない』やいしいひさいちのマンガや、他ならぬプガジャと同様の、手作り感覚の面白さが80年代テレビにも生き残っていたのだと思う。

 逆に言えば、80年代後半以降の東京のサブカルチャーは、そうした関西の手作り的なノリを失ってシステム化したことでつまらなくなったのだと思う。バブリーな東京の情報消費文化は、東京という街の暮らしから離脱して田舎者文化になってしまったから面白くなくなったのだ。ここで田舎者性というのは、いわゆる田舎とは何の関係もない。自分の暮らしから離脱して、有名なスポットしか知らないから田舎者になってしまう。『モヤモヤさまぁーず2』という東京の反-スポット主義的な街歩きテレビ番組を見れば、東京のど真ん中に大阪人のように面白いオジサンがうようよいることが分かる。私たちは、そういう東京の街の豊かなありようを知らない田舎者たちがメディア空間のなかに人工的に作り上げた、情報スポットマップを鵜呑みにすることで、暮らしと地続きの街のなかに文化があるという事実を見失っていったのだろう。

 メディア文化は街のなかにあるときにこそ面白い。それは関西であろうが、東京であろうが関係ない。いやその街に住んでいない人間であっても、そういう文化は絶対的に面白い。その当たり前の事実を、この『「ぷがじゃ」の時代』は思い出させてくれた。

追記
 本書113頁に、村上知彦の印象的な話がでてくる。1982年12月号に、村上春樹に季節に合わせて「クリスマス」という題名の掌編小説を書いてもらったという(『ニューヨーカー』っぽく)。ついでに、その後、チューハイの広告のために、大森一樹との対談までやってもらったのだという(126頁)。「プガジャ」のそんないい加減な依頼に応じていた村上春樹の話は興味深い。『ノルウェイの森』のベストセラー化は87年である。それ以前には、街の手作り文化のなかに村上春樹がいたのだ。ところで『プガジャ』の「クリスマス」だが、私の知る限りでは『象工場のハッピーエンド』(新潮文庫86年)所収のものだと思うのだが、ここには初出情報がなく、巻末対談で安西水丸に向かって、これはエッセイ集だと村上はいっている。えっ、掌編小説じゃないの?ほかにあるのだろうか。いや、手作り文化という出自を無意識的に抹消しているということはないか。



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2010年05月05日

『作家の値段』出久根達郎(講談社文庫)

作家の値段 →bookwebで購入

「メディア論的な日本近代文学論。嘘じゃないって。」

 本書は、題名で損をしていると思う。福田和也『作家の値打ち』(飛鳥新社)とかけているつもりなのかもしれないが、『作家の値段』という題名で、帯には「『竜馬がゆく』極美50万/三島の“帯”がン百万」とあれば、誰だって古本の値段をめぐって下世話な話が繰り広げられる軽い内容の本だと思ってしまうだろう。

 事実、本書は長年古本屋を営んでいた筆者が、自らが日本の作家たちの古本を扱ったときのエピソードを織り交ぜながら、司馬遼太郎、三島由紀夫、山本周五郎、川端康成、太宰治、寺山修司、宮澤賢治、永井荷風、江戸川乱歩、樋口一葉、夏目漱石ら24名の作家の初版本がいくらで取引されているかを、古本屋「龍生書林」の大場啓志に教えてもらうという体裁で紹介している。例えば、太宰治の第一創作集『晩年』の初版本(昭和11年)は二百部程度しか売れなかったので、現在、普通の状態でも四、五十万円くらいの値段がつき、帯付きアンカット極美本なら三百万円、翌年出された同書の再販本、三版本の場合、箱付美本で十五万円前後だそうだ。だから確かに本書の題名に偽りはない。本書は、有名作家の本が古本業界でいくらで取引されているかという情報を詳細に教えてくれる本なのだ。

 しかし本書の魅力はそんなところにはない。別に古本の値段などに大して興味のない私のような人間にとっても、充分にわくわくするような面白さに満ちた本だった。こんな題名を付けなければよかったのに、と残念でならない。では、どのように面白いのか。

 最初、私は本書を近所の本屋の文庫本新刊コーナーで何気なく手に取った。目次を開くと「寺山修司」の章があるので(私はいま山田太一についての論考を書いているのでその親友の彼の話も気になるのだ)、読み始めてあまりの面白さにぐいぐいと引き込まれた。その章は、出久根達郎が高円寺で古本を営んでいた1983年5月4日のエピソードで始まる。出久根は古本を処分したいという近所の客の家に出向いてダンボール二箱分の古本を買い取った。商談がまとまって、ふと部屋の隅を見ると古い雑誌の束が置いてある。大学時代に義理で買わされた同人誌で客は何の価値もないという。

 しかし出久根が念のため見ると、その中に寺山修司と山田太一の名前の入った、同人誌『風』(早稲田大学教育学部国語国文学科発行)の1号から4号までの4冊を発見する。寺山の「若い手帖」という詩や「山田太一君へ」という短文が掲載されている。出久根は興奮して、ダンボール二箱分の古本以上のお金を出して買い取って、自転車で帰る途中、阿佐ヶ谷北の河北総合病院の前に差し掛かると大勢の人だかりでテレビカメラも出ている。テレビドラマの撮影かと思って周囲の人に事情を聞けば、その病院で寺山修司がさっき亡くなったのだという。

 何たるドラマチックな偶然。しかしそれだけなら出久根は偶然の恩恵に預かっただけかもしれない。しかし本書はそれだけでは終らない。そこから出久根の体験的寺山修司論が始まって、これがまた面白いのだ。同じ高円寺の周辺でそれより8年ほど前、頭のてっぺんから足の先まで白い包帯を巻いた人間が、街のあちこちの家をノックして住人を仰天させて警察が呼び出され、警察官がそのミイラ男に尋問するという滑稽な光景が町中で展開された。出久根は直接見たわけではないが、店の常連が驚いて教えに来てくれたのだという。翌朝、新聞記事でようやくそれが寺山修司の『ノック』という街頭劇が巻き起こした騒動だったことを彼は知る。次に何が起きるか分からない偶然性の芝居を、千人以上の客が高円寺や阿佐ヶ谷の各所33ヶ所で楽しむという趣向だったが、住人は何も知らないのだから騒ぎになるのも当然だ。いや寺山はそれを最初から狙っていたといってよいだろう。そのように70年代の寺山は演劇によって日常世界を揺さぶろうとしていたのだ。

 このエピソードは、寺山修司という作家がある時代に社会的にどういう活動をしていて、なぜある種のスター性を持っていたのかを、その時代の空気ごとズバリと描き出していて、実に見事だと思う。偉そうな理屈をこねて寺山修司のマザコン性がどうだとか、東北がどうだとか、盗作がどうだとかを論じる頭でっかちな作家論ばかりを読んでうんざりしていたところだったので、よりいっそう感心してしまった。つまり古本屋の視線で「作家の値段」を論じることは、書物を作家の精神的宇宙に閉じ込めて考えるのではなく、作家が本を出版して多くの人に読まれ、愛され、スター化していく社会的・歴史的過程を生き生きと明らかにしてくれることになるのだ。その意味で本書は、メディア論的・社会学的な視点を備えた(本人には自覚はないが)、きわめて稀有な近代日本文学論だと言えよう。

 樋口一葉自身の当事の貧しい暮らしを具体的に描きながら、それと重ねて紹介される彼女の「大つごもり」の素晴らしさや、明治42年『ふらんす物語』、大正2年「恋衣花笠森」、大正4年『夏すがた』、そしてあの『四畳半襖の下張』と、発禁処分を次々と食らってきた永井荷風の発禁本の歴史とその内容紹介の見事な簡潔さ(最近は街歩きおじさんとしてノスタルジックにばかり紹介されることへの批判になっている)、「少年探偵団」ファンの世代別の読み方の差異を、戦前派、ポプラ社版派(昭和22年から35年)、光文社版派(昭和39年)、テレビドラマ派(昭和50年)と4期に分けて見せる江戸川乱歩論など、どれもこれもいちいち感心のあまり唸るような作家論ばかりである。玄人筋でなければ気づかないような作家への切り口や視点が、素人が興味を持てるような講談調の話として巧みに描かれているのだ。日本近代文学全集とか日本近代文学論の堅苦しい退屈さに、それを読むことを避けてしまった人々(私のことです)にとって、本書は最良の入門書だと思う。嘘ではない。騙されたと思って読んでほしい。


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