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2010年02月26日

『長谷川伸傑作選 瞼の母』長谷川伸(国書刊行会)

長谷川伸傑作選 瞼の母 →bookwebで購入

「無縁社会における倫理の可能性を考えるために」

 
 ここのところ長谷川伸の戯曲作品が心の深いところに沁みるように感じて、何度も読み返している。五歳のときに生き別れとなった母親を旅から旅へと探し歩く忠太郎が、柳橋の料亭の女将となっている母親おはまに漸く出会うことができたが、いまの彼女の幸福な生活にとってはやくざな息子など邪魔だと追い返されてしまう「瞼の母」(1930年)、一宿一飯の恩義のために斬り殺した三蔵に頼まれて、その妻おきぬと子どもを堅気になってまで世話をするが生活の困窮のあまり、おきぬの病気の薬も買ってやれずに死なれてしまう「沓掛時次郎」(1928年)、立派な横綱になろうと修行中の駒形茂兵衛が、旅の途上で一文無しになって困っているところを、通りがかりの遊女お蔦に有り金全部出して助けてもらった恩を忘れないで、その十年後に夢破れて博徒になった茂兵衛が、やくざとのいざこざに困り果てている彼女に恩返しをする「一本刀土俵入り」(1931年)などである。

 これら1930年の前後数年に書かれた作品は、いわゆる大衆演劇の典型的な演し物として、戦前から戦後までの長期にわたって日本人に最も深く愛されてきた作品群だろう。しかし、と同時に1959年に生まれて1970年代から80年代にかけての日本人の暮らしの大きな変容(消費社会化・ポストモダン化)のなかで成長した若き日の私にとっては、それらは恥ずかしいまでに野暮ったく、日本的な情緒性を持った後ろ向きの作品に思えた。だから大学生のとき映画ファンとなって、加藤泰監督の『瞼の母』(1962年)や『沓掛時次郎 遊侠一匹』(1966年)といった長谷川伸原作で中村錦之助主演の股旅物の傑作群に名画座で出会ったときにも、私はあくまで加藤泰のローアングル・長回しによる映像美学が素晴らしいのだと思い込もうとし、長谷川伸の原作戯曲の内容には距離を置いて見るようにしてきた。

 ところが最近、どうも私の考えは間違っていたと考えるようになった。やはり長谷川伸の描いた、博徒たちの義理と人情の世界も素晴らしいのではないか。主人公たちが、自分の生活に困窮しながらもほかの誰かを何とか助けようとする倫理性に、いまの私はたまらなく高貴な美しさを感じる。また、「違う違う違います。銭金づくで名乗ってきたんじゃござんせん。シガねえ姿はしていても、忠太郎は不自由はしてねえのでござんす。」といった、芝居がかった名調子をそのまま映画内で使っているのも素晴らしいと思う。むろん、そう考えるにいたった背景には、私が年取ったという事実とともに、近年の私たちの暮らしぶりや社会状況の劇的な変化があるだろう。

 私たちは1960年代からずっと、「帰属する組織をもつこと、帰属する家族があること、そして定住すること」という要件を満たすことが「ふつうの生活」だと信じてやってきた(西澤晃彦『貧者の領域』河出ブックス)。いまもそうだ。そして、その帰属からこぼれ落ちた人々がホームレスあるいはネットカフェ難民として問題化され、格差社会や貧困の問題がいま議論されるようになっている。しかし格差社会の問題はホームレスだけの問題ではなく、私のように会社や家族に帰属しているふつうの人間さえ陥っているような、暮らしの「脱帰属化」とでも呼ぶべき文化的な問題であるように思うのだ。

 つまり私たちは会社や家族に帰属しながらも、いつの間にか文化的には、どんな組織・集団にも縛られないような孤独な暮らし向きを作り出してきたのではないか。近所付き合いは面倒くさい。親戚付き合いは面倒くさい。会社の同僚とあまり深く付き合うと仲がこじれたときたいへんだ。そうやって個々人がバラバラになって自由になったとき、人びとは情報メディアを通して互いに社会的に繋がっているのだが、何の組織にも帰属しないまま世界から疎外されてしまうことになった。だから私たちにとって、ホームレスの孤独さは決して他人事ではない。私もまた、年老いて大学を辞め、もしも妻が死んで娘と疎遠な関係になれば、たちまちどこにも帰属しない孤独な人間としてこの世界に投げ出されてしまうに違いない。

 そう考えたとき、長谷川伸の世界の博徒たちの暮らしぶりが突然身近なものに見えてくる。それは古臭いように見えて、実は現代の「無縁社会」を生きる私たちの姿にそっくりではないか。例えば、これらの戯曲の主人公が「番場の忠太郎」とか「沓掛時次郎」といった自分の故郷の名前を持っているのは、彼らがすでに生まれ故郷から離脱して都市の漂流民として暮らしていることを意味しているだろう(長谷川伸はそういう地方から明治の横浜に集まった土工たちの世界で育った)。また彼らが一宿一飯の恩義で喧嘩に加わって人を斬ることは、親分子分の関係(組)にさえ帰属しない、孤独な人間であることを示している。訳あって孤独に生きているが、ふつうの定住者の暮らしに憧れて、自分の血縁を探し求めて歩いたり(「瞼の母」)、自分が殺した男の家族の面倒を見たりする(「沓掛時次郎」)。しかし結局は夢破れて、孤独な漂流生活を続けるしかない。それが長谷川伸の股旅物の主人公たちだ。

 だが私は単に、主人公たちのそのような孤独さに共感するだけではない。むしろ私がこれらの作品に感動するのは、それが私たちのいまの暮らしの倫理性の欠如を撃ってくるからである。例えば「瞼の母」の忠太郎の母おはまは、自分が若いときの仲間おとらが零落して娼婦となって生活に困窮し、たびたび料亭に金の無心に来られて困っている。自分がせっかく苦労して築き上げた「ふつうの暮らし」を乱されたくないからだ。いわばおはまにとって、おとらは自分がもしかしたらそうなったかもしれない失敗した人生のありようを具現化した存在だ。できれば、それは認めたくない。そのような自己防衛的な姿勢を取って自分の暮らしを守っているときに、昔捨てた息子・忠太郎がやくざの姿をして亡霊のようにやってきたので彼女は思わず追い返してしまう。娘に責められて慌てて呼び戻そうとするが、もはや取り返しがつかない。

 なんて冷たい女だろう。だが、私たち自身はどうだろうか。むかしの友人が借金まみれになったり娼婦になったりして自分のところに助けを求めて訪問してきたとき、私は彼らを、忠太郎が通りがかりの老婆に優しくするように親切にできるだろうか。反対におはまのように、そんなのは自己責任だと思い、自分の脆弱な暮らしを守るために追い返してしまうのではないか。じっさい私たちは、おはまと同じように、互いに競争しあって自分の暮らしを守ることに精一杯だ。だから不成功者がホームレスとして目の前に立ち現れても、まるで自分の認めたくない分身が現れたかのように冷たく遇する。その意味で「瞼の母」は、互いに孤独になって助け合うことも施しを与えることも忘れかけてしまった私たちの文化を、あるいは施しを受けることさえ恥だと考えるようなわたしたちの自己責任主義の文化的貧困そのものを撃っているのである。

 本書は、長らく絶版になって手に入らなくなっていた長谷川伸の戯曲名作群を、志高い編集者が復刊させたものである。先に紹介した3作品のほか、「雪の渡り鳥」、「中山七里」、「勘太郎月の唄」、「直八子供旅」が収録されている。なお同時期に、股旅小説集『股旅新八景』と歴史小説集『日本敵討ち異相』も復刊されたが、やはりこの戯曲集が一番だと思う。単なるノスタルジーとしてではなく、いまだからこそ可能な新たな読み方によって、この復刊の志に私たち読者は応じなければならないだろう。


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