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2009年12月27日

『弱者の兵法』野村克也(アスペクト)

弱者の兵法 →bookwebで購入

「例えば
 ダニエル・クレイグ 」

例えば
アカデミー賞授賞式に招待され、または何かのプレミア試写会でも良い。黒塗りのリムジンで乗り付け、夫婦でも夫婦でなくても同伴で、男性は女性を女性は男性をエスコートしながらされながらレッドカーペットを歩き、記者のぶら下がりインタビューに答える。ある程度の年になって、30を過ぎて、そういう状況がイメージ出来ない社会人はどうしましょう。

例えば
これは全く極端な例でも逆説でもなく、これは常識で、要はオーソドックスな社会人の見てくれは基本という問題で、一番下世話な話の一つとされがちな見てくれは、実は中身がなければならないもので、そういうオーソドックスな見てくれをイメージ出来ない社会人は中身がなくてどうしましょう。例えば、若い人でも、結婚式の新郎新婦の服装になれば、馬子にも衣装でも、それなりの見てくれに見えたりしますが、それは結婚を通じて、今まで知らなかったオーソドックスなことが観えて気づいたからで、中身が見てくれに一歩近づいたことになりますがどうでしょう。

例えば
上質のスーツを着こなし、オンとオフのスタイルがあり、家族家庭があり、異性に対して魅力的であること。こういうオーソドックスなことに価値がないと思うと、仕事が出来ない、うだつが上がらない。長年つちかわれて来たオーソドックスな常識の範疇にして、如何にしてオーソドックスな常識の範疇が出来、そして如何にそれが大切なことか、それに価値がないと思うことが如何に実力の価値を落としているかということに気がつかなければ、またうだつが上がらないの繰り返しになりますがどうでしょう。

例えば
007のダニエル・クレイグ
ノーネクタイでもジャケットで
時に将来的にもそういうイメージのない人と同伴しちゃだめです

*****
好き嫌いはあれど野村監督曰く
「人間の最大の罪は鈍感である」と
キャッチだけで買わせる本も珍しくありませんが、久々に来たキャッチです

好き嫌いはあれど紳助曰く
「やめない、皆、中々、漫才を、才能もないのに。やめるための切っ掛けを作ったらなあかん。愛を持って。何で10年で切ってるかって言うたら、20才から30才、M-1を10回出てあかんかったらやめましょうね」と
要は鈍感な人はどうしましょう、と同じです

野村語録から一般論へ
プロの品格、プロの覚悟
社会人の品格、社会人の覚悟
人間的成長なくして技術的進歩なし
成長なくして進歩なし
野球選手は野球選手である前に一人の社会人でなければならない
同伴でレッドカーペットを歩ける社会人でなければならない
スーツに着られず、スーツを着こなす

滑稽だろうが何だろうがその場の雰囲気に飲まれようが何だろうが、オーソドックスなイメージが出来ない社会人はどうしましょう、と「弱者の兵法」に少しばかりヒントがあるような気がします。平台にあるビジネス書をつん読しつつ、ただ、実際には12球団でも優勝するのは年に1チーム、そんな確率でも、オーソドックスを読まない読めない社会人は将来に起こる問題に対して鈍感になりますがどうしましょう。

*****
私は言い訳は好きではありませんと言いながら、この年末に言い訳がましく、この半年の間、私に何があったかは誰も知る由もなく、家族も秘書も誰も、私以外は誰も知らない。あの夏の血の気の下がる想いから、誰も知らない毎日は、夜空の遥かむこうの人だけは、気づいていたかもしれない。

革命を目的とした行軍は、いつしか行軍自体が目的となり、既にこれは何の為の行軍かも知る由もなく、また行軍に望む。あの象徴的な夏は、今に生きていること、そして、今にどうやって生きるかを考える。
気がつけば、気がつかない人達ばかりでも、私がどこにいて、何をしているのか、実は私自身が分からないでやっている方が上手く行く。分かり始めると上手く行かない。

野村監督の意見には私としても賛否両論でも、教えないコーチが名コーチと言えども、川上監督と西本監督の差を読むと、私は西本監督だと思い、野球人である前に一人の人間であることを厳しく説かなければならない。

要は野村監督曰く
組織はリーダーの力量以上には伸びない
そんな反省しきりの半年に
もう、どうしましょう、とは言わない

Patria o Muerte
以下略


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2009年06月30日

『「見た目」で選ばれる人』竹内一郎(講談社)

「見た目」で選ばれる人 →bookwebで購入

「人は足元を見る」
弱みに付け込む以前に、人はどんな靴を履いているかを見る
まさに語源そのもので、足元は人の値踏みでもある

「人は、物は、布をまとって初めて本質が観える」
昔、クリスト氏に直接聴きました
裸でいるより、衣服を着ている方が、その人が観える
それが建物や景色に到るところが彼の真骨頂ですけど
人はその衣服と言うより、その「着こなし」で、その人の質が観えてきます

「そんな格好しないでしょ」
そんな「着こなし」しないでしょ
スーツも普段着も「着こなし」はその人の質を表すので気をつけねば

「夜ジムに行くと」
運動をやっていた人とやっていなかった人の見た目の違いはともかく、それでも、体を動かそうという共通の気持ちが一番大切ですが、一方で、この人は何を専門にしてきた人か、つまりはバスケかサッカーか陸上か野球か、バレーは少し分かりにくいのですが、靴とソックスで分かったりしますけど、基本的には、その着ているものではなく、その「着こなし」でその専門が分かったりします。ここで大切なことは、やっていたか否かというよりは、例えばサッカーの熱狂的なファンは、サッカーをやっている人と同じように、サッカーを知っていれば、ブルーのユニフォームの「着こなし」に表れます。これは、そのことをどれだけ知っているかが、その「着こなし」に出るということで、だから、**を知らない人は**のユニフォームが似合わない、つまり、着こなせないことになります。この場合、その人の質とは、どれだけ知っているか、どれだけ分かっているか、となります。

「スーツは社会のユニフォーム」
つまりは、スーツは社会を世間を知らないと着こなせないということになります。それに気がつくまでは、さらにこの世の中を心底知らないということになります。勿論、歩き方も表情も発言もトータルな意味での「着こなし」なので。
就活のスーツ姿が微笑ましいのは、世間を知らない着こなしだからで、就職して、しばらく経ってもスーツ姿が似合わない場合は、ただ単に世間を知らないからになってしまいます。

スーツが似合わなくてどうしましょう
ジーパンが似合わなくてどうしましょう
Tシャツが似合わなくてどうしましょう
ユニフォームが似合わなくてどうしましょう
スポーツウエアが似合わなくてどうしましょう

ある意味どうでも良いことですが
少なくともスーツについては、男女を問わず
年相応に似合わないと、逆にスーツに着られるようだと
その人の質が観え観えになる感じで
どんなに年を取っても
心身共にベストコンディションにせねば、と

同じ服装が段々似合わなくなって行く
同じ服装が段々似合って来る
その「着こなし」は内から出るもので

見た目で差がつく
些細なことで差がつく
その極意は、年を取ると少しずつ観えてくるもので
年を取っても観えて来ないと
何となく残念な人生ですよね

「本はタイトルが9割」のような話を3年前に書きましたが、それはそれで良いでしょう



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2008年03月19日

『ゆっくり走れば速くなる』浅井えり子(ランナーズ)

ゆっくり走れば速くなる →bookwebで購入

「LSDって言っても
 Lucy in the Sky with Diamonds
 ではありません」

確かに子供の頃からミュージカルには馴染みがありましたけど、お金もなく仕方なくビクトリアステーションの裏の安いB&Bにいた時も、ほとんど毎日マチネのミュージカルで天井桟敷で泣いていましたけど、ボブフォッシーを観た時の衝撃は凄かった。これ、俺じゃないの?って、何たる大それた妄想・・・いや何て理想的なミュージカルなんだ!って。ロイシャイダーも死ぬ時に、このカットを観たに違いないでしょうし、私も死ぬ時に、このカットを観るに違いないでしょう。

やる事がない時は走ることにしています。 やる事がないはずはないですけど、逆に山ほどあるので、一瞬やる事が思い浮かばなくなる時は走ることにしています。 それから、ホテルに着いたら走れるか泳げるかを確認することにしています。 ここ数ヶ月は出張とかで出たり入ったりで、先日の目白ロードレース(今年はローカルレースを中心にエントリしようと)の用意にしても、仕事と並行してやろうとすると、ディナーに集合する前に1時間あったりすれば5キロは行けますし、日程の間隔からして今夜は走っておかなければと思えば「今日ちょっとホテルに戻ってやらなければならない事があって」と飲み会を失礼したりします。嘘ではないですし。最近は日本のホテルでもレセプションデスクでジョギングマップを用意している所もありますし、ジムはいたる所にありますし、なので、大阪で、北京で、お台場で、ホテルのジムのランニングマシンで走る時だけはセレブになった気にもなれて一石二鳥です。

外では最近は、2キロ走って休み、5キロ通しで走り、最後に1キロでクールダウン。むしろ、その時によってキロ5分から6分ペースで加減して、スピード感よりも、足を動かし続けるという5キロとか1キロとかの距離感、30分間走り続けるという時間感覚があった方が、ロードレース中はペースの目処がつきやすい感じです。ただ目白ロードレースの3回の上り坂だけは誤算でした。来年はあそこをどうにかせねば。

9月に地元の小学校のPTAのバレーボール大会があるからと誘われました。市内にある公立小学校の対抗戦らしいのですが、ウチの子はもうとっくに卒業していて、でも今年からルールが変わって、在校生の親でなくても、卒業生の親でも学区在住であれば出ても良いことになったらしく、ただ男は前で打ってはいけなく、レシーブだけとのことですが、実はこのPTAのバレーボール大会というのは要はママさんバレーなのでレベルが高いですし、経験者がバンバン打ってきます。

実は前の教頭先生は見るからに走り込んでいるランナーで、校内でマラソン大会があると、1年から6年まで学年別に走るのに、それに全部つきあって走っていたという快活な先生で、東京マラソンの前の東京シティロードレースにも出ていて(その先生の方が全然早いですし、娘さんに至っては実業団の選手ですし)ゴールの国立競技場で着替えながら「先生どうでした?」「今日は暑かったですね〜」と話をしたものです。実際、最後の東京シティロードレースは猛暑になり、何人も倒れて、走る横を何台もの救急車が行き来していました。その先生はウチの子が卒業する時に、校長先生として転校されたのですが、お世話になった御礼に、首まわりの日よけ付きのジョギングキャップを贈りました。その先生がバレーボールにも熱心で、今回のお誘いになったのではないかという御縁です。

人間ドックで女医さんからの問診で「何か体に良い事やってますか?」と聞かれたので、やや自慢げに「いや、まあ、ちょっと走ってますけど」と答えたら、「走る事が体に良いとは誰も証明していませんし、低酸素運動は体に良くないですよ」と言われて、所さんの目がテンになったことがありました。
確かに・・・
確かにですが、ロードレースで走る年輩の方々の体は無駄がありませんし、顔は生き生きしてますし、年輩に限らず、老若男女を問わず、走り終わった後の一種の高揚感あふれる顔は、何ともやる事がないはずはない毎日とは違う世界が観えます。

まあ、ちょっと、ど根性の話はまたにしましょう。
キーナートさんに「だから日本のスポーツは」と言われそうですが、まさに巨人の星世代は、小学校の時に家の前でうさぎ跳びをして、膝がオスグットシュラッテルになったという私です。

でも
体に良くないからって、死ぬ時は同じ
ボブフォッシーのカットに
ツェッペリンのフレーズに
トレントのフィストアップ
それで十分でしょ

絞っている方がポックリ行ける
何て幸せなんでしょう



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2007年08月22日

『「気づき」の幸せ』木村藤子(小学館)

「気づき」の幸せ →bookwebで購入

「もっと静かで激しい音楽を
 もっと穏やかで過激な生活を
 Frail, Wretched, Closer」


ある本にこう書かれていました。
「たとえ何かを感知しても、許可されていないかぎり、それを明らかにする権利はあなたにはありません」

歩くスピ−ト感、リズム、立ち位置、距離感
飲食の仕草、品、指先の輪郭、皮膚感、外観
表情、目、頬骨、口元、覇気、そして、コツ
本当のことは、決して言ってはいけない

一瞬の表情に、気づいていてもいなくても
言ってはいけない
今、何が起きているか、毎日、何が進行しているか
決して言ってはいけない

分っていてもいなくても、本当でも嘘でも
言ってはいけない
そこの置物を壁に投げつけたくなる衝動にかられても
投げない
これはかなり難しい条件を課せられて
確かに厳しい修行です
Love is not enough...

***
学生時代に毎日のようにかよった喫茶店があります。
大岡山のガールトーク、自由が丘のチャーリーブラウン、そして学芸大学の珈琲美学です。その内、3番目の珈琲美学だけが今も残っていて、今、その珈琲美学でこの原稿を書いています。かれこれ30年ぶりでしょうか。
ガールトークはビル・エバンス、チャーリーブラウンはスティーブ・ルカサー、珈琲美学はモーツアルト、それぞれいつもそんな曲が流れていました。

・・・と、そんな文章を書いて3ヶ月が経って、どうしてもしっくり行かず、そのままにして来ました。その辺の話はまたいつかしましょう。

当時の私は青臭くて「観えているか?」をいつも繰り返し自問自答していました。それは30年以上経った今でも同じで、何も平たい表現にする必要はなくて、未だに「観えているか?」の繰り返しです。
You can't change anything in the end...

年を取れば取る程、学生時代のモチベーションレベルをキープするには、表向きは穏やかでも、気持ちは増々過激に、そこの置物を叩き付けるが如く青臭さをキープする状況にあります。それは余程の状況にならない限り、表には出しませんけど、それでも、もっと静かで激しい音楽を、そしてもっと穏やかで過激な生活を、とモーツアルトを聴きながら想います。観えていない**はいりません。
Terrible lie...

でも、これを読むと、その自分の嘘っぽさに恥ずかしくなります。青臭さをキープしているのではなく、未だもって昔から進歩していないからということが分ります。

私は何もこれと言って特別な修行をしている分けでもありませんし、特別な宗教を信じている分けでもありませんし、時折サディスティックにストイックになりながらも何も見えている分けでもありませんが、生きていること自体が修行であることに変わりはありません。
出世しなくても良いと言うかもしれませんが、うだつが上がらないのは、はっきり言って**でしょう。徳を落とさない、引きを落とさないノウハウは、自分でエスタブリッシュして行かなければならないことですが、今までの様々な状況の中から、それはサイエンティフィックではなく、かなりアーティスティックな所から、またはサディスティックな所から、自分なりのノウハウがあって、それからすると、毎日の生活の中でよく徳を落としている人を見かけます。つまらないことで、その歩き方でその表情で、ああ残念だなあと思います。かと言う私も気づかない内に落としているのでしょう。さらに私の問題は、その落とさないということが、どうしても自分の為、つまり自分のことしか考えていないところに、まだ修行の甘さがありまして、どうしても自分のこと、少なくとも家族のこと、と思ってしまい、修行の身でありながら自我から抜け出せない自分が今の一番の悩みです。

気づかなければいけない事にさえ気づけない
幸せになるかどうかは、自分のカルマに気づいているかどうか

自分を正当化する、自分は悪くない
そのことの重大さに気づいていない
見ている人は見ている

人を許す事は何と幸せな事か

カルマの汚れの積み重ね
自分で自分の運命を閉じている人
道を閉ざしてしまう人
汚れた運命を作る人

グチ三昧は
自分の甘さや考え方の間違いに気づかないまま
自分自身を醜くする
自分はすぐれている、という意識
つねに自分が正しい、という意識
体内の血がごうごうと逆流しているような状態になって、更年期障害を重くし、そのいらいらがまた、悪循環を起こす
本来は子供のころに身につけてもらいたかったこと
burning, burning, burning...

一方で
マイナスになりそうなことでも、プラスに転化していくことはいくらでもできる
・・・でもここでポジティブなことを言うのはやめましょう

物事が上手く行かなければ
それは誰かのせい、何かのせい
それではいつまで経っても状況は変わらない
自分に何か問題があるのではと気づくこと

I don't know, I don't know...

雑然と並べられた表現に、何時しか共通項に気づく
我々は知らないということを知らない
私は言いました
we do not know what we do not know
彼は言いました
don't you f**king know what you are ?

描かれた例は、例であって、それも普通の例が多くて、後は自分で気づきなさいという話で、どうするかは自分でノウハウを蓄積しなさい、と読めます。

極端に言えばどんな家でも、悪いことをした祖先がいるはずです、と言われて、ところが、ここで新しく示唆されたことを一言で言えば「先祖ではなく今の自分」というポイントです。あくまでも私個人に取っての示唆ですが、でもこれは目から鱗(うろこ)でした。明け方に観る夢も違って来ました。今までに見た事のない夢を見るようになりました。幸運の兆しかもしれませんし、または全くその正反対かもしれません。

それから、身体をどれほど苦しめたとしても、心ができなければ得る物は何もない、ということです。どんな厳しい訓練をしても、人間の心ができないと、深い部分での心の交流はできない。心をつくらずして修行をしても神は認めてくれない、自分のカルマは自分の心で汚れ落としをするべき、と。
doesn't that make you feel better ?

Sカルマ氏の犯罪は
赤い繭は衝撃だった
・・・かもしれない

そしてこれは正直、普通の本です。
決して難しいことが書かれている分けではありませんし、流れるような内容でもありません。でも、そんな普通の日常の内容をどう読むかで自分が試されているような気がして、だから私はまだ、自分のことしか考えていないところに、まだ修業の甘さがある、と思っています。
でも、ここまで言うと、明日気をつけなければいけません。

誰かのせい、何かのせい、と考えるのをやめる
自分に問題はないか
自分の態度や言葉に間違いはないか

身の回りに起こる事の原因は全て自分にある
私の身の回りに起こる事の原因は全て私にある

徳を落としていることに気づいている人といない人
引きを落としていることに気づいている人といない人

そういうことを分っている人とつきあいたい
遠回りせず
いつまで経っても「観えているか?」で
観えていない**はいりません

come on tell me
you make this all go away
you make this all go away
I'm down to just one thing
and I'm starting to scare myself
you make this all go away
you make it all go away
I just want something
I just want something I can never have

throw me away...

私はいりません


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2006年09月30日

『タイム・フォー・ブランチ
 はなの東京散歩』
 J-WAVE "TIME FOR BRUNCH"(PARCO出版)
『はなのWalkie-Talkie』
 はな(幻冬舎)

タイム・フォー・ブランチ<br> はなの東京散歩 はなのWalkie-Talkie
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BGM(Chicago/Chicago Transit Authority(1969))

「クリスト&ジャンヌ=クロードがやってくる
 そういう世界があることを知って下さい
 世の中の半分以上を知らない位もったいない」

 中学の頃、Chicagoのロバートラムが好きな子がいて、Simon & Garfunkelの新しさを知っていて、でも今でも聴いているかな。道に迷ったら、その子の通(かよ)った道にいて。
 高校の頃、Genesisを知っている正直な子がいて、でも結局はハードロックは苦手で、でもそれも嬉しくて。道に迷ったら、いつもそこにいて。
 小学校の同級生のあいつの家には、Beatlesのレコード全部と、そしてあいつのお姉さん達もとにかくZeppelinで、「あ〜原君?」ってコンタクトをつけていないと顔の目の前まで来て「聴いてってよ」って歌詞カードに日本語訳まで書いてあって。
 道に迷い続けても、私の原点はその辺りにあって。
 私のハードロックは、その子は苦手で、それで良かった。

「曲を書けば書くほど、新鮮なものを書くのが難しくなる
 そしていろんな事を学ぶんだ」ロバートラム

 Chicagoのテリーキャスはドンジョンソンの自宅のパーティで、それまで弾が込められていなかったはずの拳銃を頭に向けて死んだ。そしてピートセテラもいなくなって、でも一晩もあれば説明しますけど、時間ないですよね。

 今年の夏は5000キロ位は走ったかと思います。いや、その、ジョギングじゃなくてドライブで。日帰りの富士スピードウエイでは渋谷陽一さんにも会えたし、五輪真弓さんのバック以来のラリー・カールトンも3m位で見えたし、渋谷AXでのAIとジョイント以来のチャーも5m位で見えたし、Jeff beckは10m位で、もう理性を失いました。新幹線とか飛行機に至っては何回使ったか覚えていませんが、その単位時間当りの移動距離とその目的意識は相対性理論からすると今年の夏は少しは若返ったような気がします。東京JAZZもありましたし。

 そう言えば、早朝の海岸線や深夜の高速に合わせてCDを選びますけど、先日は深夜〜早朝の渓谷のlong and winding roadという珍しいシチュエーションにあのピアノソロという、ただ、真っ暗な夜道のハイビームに、何か違う気配を感じて、何か暗い原風景を見るような気配で、確かに誰かがいたような気配で、いや、その、確かにそこにいて、そして気がつくと、あの数10キロに及ぶwinding roadは、かつて巨大なパラソルを並べたクリストの「アンブレラプロジェクト」のラインを走っていました。本当に行くまで知りませんでした。これは呼ばれたのだと思います。
 クリストを呼んで、近くの学校で講演会も行って、そして裏の庭園でパーティを開催したのが原美術館でした。今でもよく覚えています。庭園パーティでクリストに直接色々な質問をして、今考えると信じられない貴重な体験でした。普段は授業をさぼることのない?私が唯一いちご白書で授業を抜け出して出かけたのが、原美術館主催のクリストのイベントでした(正確には後楽園球場の解体前の最後の巨人戦も授業の後半に出てしまいましたが)。
 六本木のプレイボーイクラブの会員(当時海外では簡単な紹介で入会できた)もそうでしたが、うちら夫婦の自慢、と言っては何ですけど、原美術館の会員であることの密かな自慢、品川の本拠地以外にも伊香保のアーク(野外美術館)に何回も行っていることが自慢と言えば自慢です。どうも日本のプレイボーイクラブのイメージというのは、何か同伴で行く社交場というのとは少し違う感じで、2人でアレッ?みたいな感じで、その辺はまたいつかお話ししましょう。
 とはいえ、常連は「原美術館」ですが、はなちゃんも素敵に紹介してくれています。その後、細い道を抜けて、大使館の横を通って急坂を大崎側に抜けて五反田の裏を抜けて、そして実家に行くというパターンです。庭園美術館〜白金通りも良いのですがあまりにも定番で、原美術館はもう我々の、そして私の密かな定番で存在自体が私の気持ちのよりどころになっています。

 えっ? そんなこんな画廊鑑賞的生活を知らない?それはもったいない。
 いや、その、それは生きててもったいないですよ。
 世の中の半分以上を知らない位もったいないですし、それを知らない生活からは何も言えそうもないもったいなさ、です。是非ともこのはなちゃんの本を読んで、そういう世界があることを知って下さい。

 目白から西に向う目白通りの徒歩の散策も、都内とは言え、かつて池袋モンパルナスと言われた所以があります。何かと自転車の多い狭い商店街を抜けると、山手通りの手前に佐伯祐三の旧アトリエがあります(ピーコックの裏には 中村彝氏の旧居跡があるそうですが)。昔の建物の半分になって小さな公園になって、お勝手とその奥に見えるアトリエの前でここにいたのかと思うとグッと来ます。何でそこまで追いつめたのかと。ここで佐伯が下落合の風景を描いたのかと思うと、年月が経っても霊魂とそのストイックな根性を感じます。
 うちの奥さんは「SAIKIってサインが残ってる」とか変なものを見つけて、「へ〜ここにいたんだ」と史跡プレートを覗き込む。ベンチに座りながら「良かったね、見つかって、写真撮っといたら良いわよ」と、そんなことを知らなかったのが嬉しかったりする。
 そのまま先に進むと有名なトキワ荘の跡地につながります。子育地蔵の左裏と言いますか、分かりにくいところですが、彼らが通ったラーメン屋さん中華松葉がまだあります。その左のお肉屋さんの真正面の路地の突き当たりがその場所です。日本の漫画の原風景でもあります。「ここだったんだね」2人してグルグル同じ裏路地を何回か回りながら、当時使ったであろう井戸を見つけて「これ本当に使ってたかもね」と散策する。
(椎名町ほっとプロジェクト参照)

 ちょっと渋いですけど、上野毛の多摩美の裏手前にある五島美術館も良かったりします。和風と言えば和風で門構えからして渋いのですが、こじんまりとした庭園に見えて実はこじんまりとしていない庭園はそこそこ歩けて、そこで少し文庫本なんかを読んで空を見上げると、経団連に似合わない?五島氏が選んだ土地柄を感じたりする訳です。そこで何かいつもの私の西洋かぶれの生活から純(準?)和風になってしまいます。そして五島美術館を後にして、路地を曲がった先に次に向うのがアメリカンのサンドイッチ屋さん、アンクルサムだったりする訳です。実はこのルートはやはり大学の時、上野毛で家庭教師のバイトをやっていた時のお決まりのルートでした。
 アンクルサムでブランチした後、そのまま上野毛駅の横を抜けて、高級住宅街を抜けて(車ですけど)目黒通りに出る角の紀ノ国屋に買物に行くのが嬉しかったりします。でも正直高いです。でもそのたまの贅沢が何ともこの一つ位は一点豪華主義で買ってもいいかなという庶民の葛藤を感じつつ、結局いつかは使うだろうパスタのソースどまりだったりする訳です。所詮、緊張して紀ノ国屋に行くうちら夫婦は、あ〜あの人、何も気にせずカゴに入れてる、とかいう羨望の気持ちを抑えつつ、その緊張感を楽しむのでした。
 その後、環七に出て、見逃しがちな南の交差点を右折して、昔住んでいた大岡山商店街に抜ける手前の雷神堂のおせんべいを買います。「来るといつも開いてなくて」と聞くと「休日はお昼過ぎに開けてるんで」という元祖ロハスの返答に心もゆるみます。

 Saturday in the Park, Hard to Say I'm Sorry, 25 or 6 to 4...
 Now being without you
 Takes a lot of getting used to
 Should learn to live with it
 Chicagoの曲が流れる

 77年から78年にかけての質問は
 Chicagoから10年遅れても
 朝の4時までにはまだ時間がありそうで
 崩れそうな気持ちを笑顔に変えて
 自分が今本当に上手く行っているのかどうかは
 10年か20年か30年経ってみないと分からない
 だから今を大切に積み重ねる



『タイム・フォー・ブランチはなの東京散歩』→bookwebで購入

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2006年06月20日

『江原啓之への質問状』江原啓之・丸山あかね(徳間書店)

江原啓之への質問状 →bookwebで購入

BGM(原田知世/I could be free(1997))

「たましいの幼い人、カルマの法則
 人は何のために結婚するのか
 命の価値、生きることの意味」

先日の「トーキョー・バビロン(2006)」の最後の200頁位の疾走感は週末の午後に一気呵成に読み切って正解だったと今でも余韻に浸っている。私も未だによく新横浜駅を使うので、ここが最後に彼女が振り返えらなかった改札口だと思うと、確かにここにいたスピリットの残像を感じて、しばし感慨にふけて足を止めたりする。そして、私は小久保なのか原なのか、いつもながらの難しい役まわりを任されて、いつも読むもの見るもの聞くもののキャラクターをそのままに、それらを積み重ねた多重人格を隠す努力を優先する。

そんな時でも、いつもながらの強烈な毎日に、時にダメになりそうになる。
小久保であれば1日に何回も堕ちて行く自分がいて、ところが、街行く人がノロノログダグダと歩いていると本当にイヤになって、それが逆に奮発剤になってやる気を起こすというひねくれた人格の繰り返し。世の中ノロノログダグダで構わないから、それはそれでいいんで、何も皆が皆、目を見開いて生きて行く必要はないので、せめてもの間だけ、少なくとも行く先を邪魔をしないで欲しい。
そうこうしている内に私は脳梗塞で倒れた。

時に医師からの説明を聞き、時に子供に自分の生死の責任を委ね、時に子供の将来を憂う。
そんなことを知らないで、人は何とでも言う。そこで私は苦笑する。
生きるってことは、そのものに重さがあって、結局はズルズル引きずっていかなければならない。生まれる時も苦しくて、毎日の生活も苦しくて、死ぬ時も苦しくて、手術後に集中治療室にいる私は、人工呼吸器を着け、頬はこけ、麻酔も覚めやらぬ中、ウンウンと苦しく唸りながら首をふる。時に目だけはカッと天井を見るが、遊体離脱したかのような感覚は、私が生きているのか死んでいるのかも分からず、引退する前に倒れたので、これで少しは休めるという一種の安堵感を味わうこともなく、そのまま強烈な毎日のまま今の生活が始まってしまった。つまりは私の一生では今もって休息は許されていない。

最先端医療は生かしてくれるにしても、死なない苦しさなのか、ある意味私にさらなる苦しい人生を与えるのか。今までならば何度か寿命を全うする機会があったはずだが、医学は人に苦しみを与えるかのようにも見えるやるせ無い思いが残る。そんなはずはないのだが、矛盾はどこにでもついてまわり、でも苦しんで生まれたのに、でもこれだけ苦しんで生活して来たのに、でもここで苦しんで死ぬ事はないんじゃないか?と、時に医師からの説明を聞き、医師は言わずもがな、一番辛い立場にある。

カートを押しながら、いっしょにスーパーの食品売場を見るのが嬉しくて、世界中どこに行ってもマーケットプレイスはお気に入りの場所だった。陳列された食材に、そしてそれらを売る雰囲気に、その国のカルチャーと人間が生きる息吹を感じて、「なんだ?この魚?」とか他愛の無い話をしながら時間は過ぎた。ぜひ私には食材と花の名前を聞かないでほしい。そういうことに全く無頓着で頓珍漢な自分を直そうとも思わなかった。
「他愛無い」とは「たわい無い」の当て字だそうで、本来は「戯け(たわけ)」に近そうで、他愛の無い会話だけが、時に一瞬だけでも日常の苦痛から開放させてくれた。でも結局のところ日常の苦痛は尋常ではなく、野菜売り場から目を離すと、そのままいつでもどこまでも行けそうな気がした。分からない方がいい。50年後の人達は同じような感覚になって、人類滅亡の時を待つのだと思う。

人間が生きていくには、覇気と品と自己犠牲が必要で、入院してから、しばらくしてから私の目からは覇気が無くなったと自分でも実感する。それがどうした。つまりは世の中で覇気のない人は入院しているも同然で、この病んだ社会をどうしてくれる。どうせだったら昔サッカー部だった稗田に蹴りを入れられて肋骨を折られて内蔵に突き刺さってうなされる方が楽だったりして、それでも、それがどうしたというのか。
要は、どんなパンク、どんなインダストリアルでも、何がf■ckで何がs■itで もいいので、そう叫ぶ自分に品がなくなったらいけないという微妙なところで。
何も分からない時は50年待ってもらい、それからウダウダ生活した方がいいという、そんなくだらないスピリットではなかった新横浜駅、いや、それを感じる、渋谷、新宿、池袋。
しょっぱなから品のない人は、どんなに人に失礼なことをしているかも分から ず、そんな魂の幼い人は、本当は私の生まれるとっくの大昔に消え去った遺品でしかなかったはずだ。



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2006年04月30日

『きょうも、いいネコに出会えた』岩合光昭(新潮社)

きょうも、いいネコに出会えた
→bookwebで購入 BGM(Jeff Beck/Beck Bogert Appice(1973))

「今朝は3:30に起きて
 まだ星がきれいな時間に家を出た
 月明かりのシルエットに黒猫が横切る
 幸運の兆しだ」

例えば朝の4:00、マンションの1階では新聞配達人が床に新聞の束を置き、フロア毎に分けている。駐車場のリフトのスイッチを押すと黒猫がダッと飛び出して目の前を横切る。月明かりに黒い影が延びて、私は幸運の印だと思っている。
例えば夜の0:30に寝ると、普通は3時間経った3:30頃に目が覚める。何やらやらなければならないことをある程度覚えていると、そこで起きて何かゴソゴソと仕事を片付け始める。最近のように、やらなければならないことが両手両足 では数え切れない程あって、多分200はないが100はあって、もう何が何だか分からなくなっていると、やったところで焼け石に水なので、また寝てしまって 5:00に起きることにする。それでも、その寝るには人知れず思い切りがいる。
帰宅前にジムで筋トレをしないと、Donna Leeを弾かなければとか思いながら2:00頃に寝汗をかきながら追われる夢で目が覚めて、もうろうと電波時計を確認する。レムとノンレムの90分周期はあながち嘘ではない。
なので私にとっては90分の倍数が睡眠の区切りになっていて、何て律儀な性格なんだ。
一方で5:00を過ぎてまで寝ていると、その日の仕事が間に合わない。そして、9:00までにあと■時間■分あって、電車の中では■分あると考えて、立っていようが座っていようが、やらない訳にはいかないからと時間を逆算し、立ちな がら原稿を書くので、Macをかかえる左手が腱鞘炎になって、それが土曜だったことに気がつくと、目を閉じてそんな馬鹿げたサガに自分であきれる。

国際問題になりかねないことで、人の間で意見を調整する。だから同じことを数分でも続けて考える暇がない。
■時■分にどこどこへ来てくれと急に呼ばれ、■分の電車に乗れば■時■分につき、どこどこでネクタイをして、どこどこでタイプして、その数分間かでプリントを作り、話をまとめ、審議官クラスの■■氏からの話によっては違う展開も想定して用意する。たとえ臨席の■■氏から間違った内容を言われても、 不条理な話が出ても、そこで正しい内容に訂正するようなことを言ってはいけない。それをうなずきながらあたかも漫然と受け入れる。そしてキリキリする頭の中をクールに演出する。時に■■にならなければいけない。
むしろ賛成の■■氏から逆に「じゃあ、そんなことならやめたら」と言われる方が怖い。その一瞬の言葉じりにとまどい、全く違う展開があって、その一瞬で全てが終わり、国際問題にもなりかねないこと。その予感とその直前に言葉をはさむ。そんなクリティカルが状況の連続、時間ギリギリの攻防、その人達の興奮具合にもより、密室のミーティングで、私の、そして日本の将来が決まる時がある。時に無駄に思える沈黙も必要で、それでも私は自分の行き先をその沈黙にゆだねる。
■■氏は■時■分の新幹線に乗るから、■時■分までには結論を言ってもらわなければならないが、そこは結論を急がず、そこは電波時計を見ながら、その出発までの最後の数分にかける。よし、とGOサインが出るかもしれない最後のギリギリの攻防に、■時■分は容赦なくせまる。書類に変更が入り、すぐにPCを立ち上げ、そうすると新しいPCにはプリンタドライバがなく、すぐに近くのPCにUSBでデータを転送して、■時■分までの数分間の秒針が気になるが、 OSが違うと書体が化けた。とにかく直筆のサインがなければ。

強烈なストレスの毎日に、自分のことは何も片付かず時間だけが過ぎて行く。
だから最近は、同じことを続けて考える時間がない。寝ていても移動中でも、正直には言えない尋常ではない状況に、このまま終る訳には行かない。後戻りは出来ない。

世の中の困った人達はみんなバカで意味がない
それはそうだけど
世の中みんな優しく感じて意味があるよりよっぽどいい
と彼は言う
それはそうだけど
と頭のいい彼女は仕方なく相づちを打つ
あっ、と彼はそこまで言いかけた自分に後悔する
彼女は純粋なので、そこまでは許してくれない
悪いことをした

しきりに手を洗いたくなるのは
精神的に不安定な証拠だと、やに客観的な自分がいやになる

強烈にクリティカルな毎日に、何がクリティカルかは家族にも誰にも絶対に言わない。それが私の主義。絶対に今何をやっているか言ってはいけない。要は生きるか死ぬかの瀬戸際の連続で、綱渡り状態で。思惑の異なる多くの人の間で如何に物事を進めるか、何も関係の無い人はサヨウナラ。そんなこと関係なしに車内でコミック雑誌を広げる人はサヨウナラ。明日も関係ない目つきの人はサヨウナラ。少なくとも私はいりません。
このストレスは何か自分が50年前の、全く価値観の違う、全く訳の分からない世界にいて、全く国際社会から遅れを取っている日本という異国に住んでいるかのような錯覚を起こす。実際それは錯覚ではなく、私は今現在50年前に住んでいる。何をどうしたら良いか、訳の分からない人達が世の中を動かし、新聞配達人は新聞の束をフロア毎に分けて、どうしようもない方向に進んでいて、 実際には、遅れている社会に何も出来ない自分がいけないと自分を責める。

私は時計を沢山並べて、それらの時計がそれぞれ微妙にずれた時間を示すのが好きで、その中でも電波時計が律儀に正しい時間を刻んでいるんだろうなとか思うと、その時計をどう評価して良いのか迷う自分がいる。要は堕落である。 それでも彼女の目線が伏せ目がちなのが気になる。
財布に入れるお札の向きが気になる。

come on tell me
you make this all go away
you make this all go away
I'm down to just one thing
and I'm starting to scare myself
you make this all go away
you make it all go away
I just want something
I just want something I can never have
I just want something I can never have

マジソンスクエアガーデンのスクリーンショット
ブッシュがパーティで踊り
猿が鳥を追う

will you bite the hand that feeds you ?
or will you stay down on your knees ?

本当はもういらない
少なくとも私はいりません
でも、もう後戻りは出来ない

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2006年01月31日

『仕事がもっと上手くいく
 図解 品よく見せる大人の技術』
 インプレッション・ワークス(PHP研究所)

仕事がもっと上手くいく<br> 図解 品よく見せる大人の技術
→bookwebで購入 BGM(坂本龍一/ウラBTTB (1999))

「emotional landscapes
 they puzzle me, confuse
 then the riddle gets solved
 畏敬にも似たエマージェンシー」

満月の月明かり、遠く銀色に光る碧黒い水面に
イルカのシルエットが見えた
あそこ、観える?
…ちょ、ちょっと待ってくれ、こういう時は頭を整理させてくれ
そして真夜中にホテルを出る
FMから"everyday is exactly the same"が流れ始めた
真っ暗な海岸線
あれから俺達は上手く行っているのか?
…観えなくなってから、だいぶ時間が経ったような気がする

・・・
人生は思いの他、オ−ソドックスに出来ています。
そして思いの他、大人の時間で占められています。
若い時間はすぐ過去になり、その後すぐに大人の時間が始まり、リアルタイムで死ぬまで続くことになります。なので、若い時間は貴重と言えば貴重です が、その後に来る、思いの他に長い大人の時間で上手く行く、つまりスーツを着てからの「うだつ」というのは、それまでの若い時間に上手く行く話とは全く違うと実感します。
要は何かというと、卒業して、我々の業界では大学院まで出て、中には博士号まで取って、普通よりは年が行ってからプロの大人の業界にデビューする訳ですが、早い内に若い生活から大人の生活に切り替えるに越した事はありませんし、いつまでも若い気持ちを維持するのは良いのですが、要は在学中からでも早く「うだつ」ファクターが観えるかどうかということになります。
ところが、大人の時間はかなり真面目でオーソッドックスに出来ていて、それまで学校で勉強してきたことや見聞きしてきたことが世の中の半分にも満たなかったことを実感する訳で、そして結婚すればしたで、それまで世の中の半分しか知らなかったことを実感して、子供が生まれた、家を買った、親が入院し た、と事ある毎に、それまで何も知らなかった自分を発見して行きます。要は、勉強が出来て優秀なことはその後の「うだつ」につながるのだろうかというと、ないよりは良い程度で何分の1かの基礎にはなりますけど、そこは倍々に増える「うだつ」ファクターを実感出来る人か=観える人か否かの方が重要になってきます。そんな「うだつ」ファクターを知ることもないまま人生が過ぎていってしまう人にならないように、そしてそういう人に自分の「うだつ」 を落とされることのないように、上手く見極めていかなければなりません。
私のこれからの人生は上手く行く、私のこれからの人生は幸せだ、と思っても良いのですが、それはもしかして勘違いかもしれないといつもフィードバックをかけなければいけないですし、実は上手く行っていないことにも気がつかず、実はそれはそれで良くて、なので結局は上手く行っていると思う人生で終わるかもしれないのですが、世の中それでバランスが取れてていいのですが、 かという私は、観えていない人は苦手と言いながら、自分が観えなくなってからかなりの時間が経ち、毎日模索しようにもそんな余計な事を考える寸分の時間もなく、でもそんな客観性がなくなったら終わりだと、上手く行っている人を見ては、やっぱり私はまだ上手く行っていないし時間もないし、と鏡を見ながら自分を戒めることしきり、また水ごりを繰り返すのです。
その真面目でオーソッドックスとは、努力と根性を神様は見ているということでもあります。これは本当に見ています。私には特に厳しい。よほど前世で悪い事をしたのか、厳しい試練を与えられている修行の身であることを実感します。誠意を持って対応しなければ、それ相応の、そう、だいぶそれ相応のバチが当たりますし、バチのないアンバランスなラッキーな人生なんてありえませ ん。特にスーツを着てからの「うだつ」とは正にそのままです。

ここで上手く行く場合を「正のうだつ」上手く行かない場合を「負のうだつ」 ということにします。
(理工系的〜)
私もこれまで何百人といわゆる優秀な人材を見て来て「正のうだつ」には予想外の場合がありましたが「負のうだつ」にはほとんどの場合に予想外はありませんでした。この人は上手く行くだろうと思っていると、そのまま上手く行く 場合が多いですが、そうでもない場合、時には上手く行かない場合もあります。どちらとも分からない場合もそれと同じと言えば同じです。当たり前と言えば当たり前です。
でも、上手く行かないだろうという人、つまり「負のうだつ」を感じる人は、 ほとんど例外なく上手く行かない、そんな感じです。
つまり、
「正のうだつ」を感じる→上手く行く、どちらでもない、
            か、上手く行かない、のどれか
 どちらとも分からない→同上
「負のうだつ」を感じる→上手く行かない

ややこしいですけど、もう一つ明らかなことは「正のうだつ」は皆にうつる訳ではなくて、うつる人にだけうつるのですが、「負のうだつ」は人にうつる、 つまりそういう引きの弱い人の近くで仕事をしたり生活をしてたりすると「負のうだつ」はパートナーにうつります。
つまり、
「正のうだつ」→うつる人にだけうつる
「負のうだつ」→うつる
となります。

一般論として「負のうだつ」には共通項がいくつかあります。
例えば簡単な話、大人の挨拶が出来ない人は全くもって「負のうだつ」です。 これは明らかです。では、どこまでのどういう挨拶か、というとこれは企業秘密でもないですけど逆に「正のうだつ」に引きのある人の挨拶は違うということです。メイルとか携帯とかの文化が品を落としつつ「負のうだつ」に拍車をかけていることも事実です。本当に気をつけないと「負のうだつ」はうつるんです。吉田戦車です。
それから「負のうだつ」には潜伏期間があって、それも若い生活の間には表立 ってこないという。この人「うだつ」が上がるのか?というのは、ある意味、 大人の生活になってみなければ分からないものですが、そこは早く見極めるに越したことはありません。
いわゆる優秀でも上手く行かない、というのは、英語が出来てもコミュニケー ションが出来ない、そんな感じで、つまりは英語が出来なくてもコミュニケーション出来る人もいる、ということ。要は優秀どうのこうのは、ベースラインとしてそうであることに越したことはありませんが、要は大人の業界では2の次という。人事課の人はもっと分かるのでしょう。(本当は優秀じゃないとだ めなんだけど、それを言っちゃおしまいよ(寅さん談))

「正のうだつ」の一般論の例は、
覇気、つまりは世に言う「オーラの泉」…もとい、その「オーラ」
陽気、これは陽と陰の陽の方の気
そして、その気を惜しげなく配るgive and giveからの引き
気配りというとそのままですが、気を配るとはこの世の中に気がつく、素直に観える、ということ

この手の本は、ある意味、大人の業界の常識。
実はどの本でも良いし、どの本も含蓄がある。
何故か、上手く、出来る、頭がいい、忙しい、時間、とでも検索すれば、山程出て来る。
ちなみに、ハードカバー、新書・文庫、そして図解、の3種の神器はこの手の 本の最近の常識、というか1回で3回おいしいか1粒300mのようなコンビニにもあって、自分もそれにはまってみるかと買ってみると、同じ新書を持っていたりすることに気がついたりする。

覇気は、時にすれ違うだけでも分かります。
覇気がないとは、そのまま「負のうだつ」で、電車の中でも街中でもどこで も、ドローとした目で「負のうだつ」を発する人は勘弁して下さい。

・・・
「戦場のメリークリスマス(1983)」で、たけしの顔がスクリーンいっぱいに映り「メリークリスマス、メリークリスマス」というシーンがある。すると館内に爆笑が広がった。
え〜? 何、この人達・・・
私は腹立たしかった。こんなに恐いカットはないのに、皆が皆笑っている。
カンヌを逃して帰国した大島渚監督は、空港で「まだ早過ぎた」と言ったのを良く覚えている。「楢山節考(1983)」でも良いが、私は「全くその通りだ」 とその時思った。
その頃「観えてるか?」といつも蒼く自問自答していた。
その本当の恐さとは、畏敬にも似た恐さ、エマージェンシー。
時に、観えて、聴こえて、そして匂う。

「観自在」「観世音」の「観」
時に、精神的なバランスの為にフラッとギャラリーに寄る
中庭でお茶を飲んで、ボーと御殿山の空を見る
特設展示のBGMか、遠くからJogaが聴こえてきた
今日は久々に少し観えるような気がした
でもやっぱり自分の「うだつ」には不満だらけだ

all that no one sees, you see
what's inside of me
every nerve that hurts, you heal
deep inside of me
you don't have to speak, I feel



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2006年01月07日

『ヘーヘーホーホー40年!』昭和のいる・こいる (ポニーキャニオン)

ヘーヘーホーホー40年!
→bookwebで購入 BGM(山崎まさよし/ドミノ)


「Head like a hole
 Maybe I'm all messed up
 それでも私、格闘技の味方です」


新年早々何ですけど、正直、突然生きているのがつらかったりします。
あまりにもまともなのかまともでもないのかのような生活をしてきて、正直こんなんではなかったはずだと悔いる事しきり、何を贅沢なと思うかもしれないですけど、今朝も一人飛び降りて下のベランダの手すりにぶつかる音で目が覚めた。
そんな妙にリアルな夢を見る。顔のすぐそばの登場人物も感触もリアルだったりする。これ以上書くとマズイので書かないですけど、気をつけることは死んではいけないこと、手すりでグッとこらえること、週末の睡眠薬をまとめて飲まないこと、車で突っ込まないこと。過激な文章は山ほどあって、書いては捨て書いては捨てとはこのこと。結局はジムで汗を流して、だから毎日がshow time。
ここはどこだ?今日はこれからどこに行って何が残っているんだっけ?大体今日はいつだったっけ?と、新幹線の中でも飛行機の中でもホテルでも、そして 自宅でもこのありさま。何か朝イチにやることあったはずだとか考えて、しばらくして休日だと思い出す。たたきつぶすような音を聴いて、微睡(まどろ)むような音を聴いて、それらをシャッフルまかせで聴いて、ようやくバランスを取り戻してshow timeに備える。世の中の全てが4〜50年位前に見えて、でも 50年経っても変らないだろうし、私はどうにもならない。どうにかしてくれ。
don't you f**king know what you are ?

・・・
柔道着を脱いだ吉田、着ていたらスタンドで小川か。
吉田のかかと固め、これも確かに来ていたし、そしてグラウンドの応酬。吉田 はガードポジションから腕ひしぎ。腕をロックされていたからタップも出来な い小川に、吉田は最後まではしめなかった。後はどうでもよくて、でも橋本が 何て言うか。それでも私、格闘技の味方です。村松友視さんのファンでもあります。人間風車ビルロビンソンとカールゴッチから別冊ゴング買ってたし。

2002年12月7日(土)寒い曇
奈良教育大にて「第12回非線形反応と協同現象シンポジウム」に参加。
夜、近くの寂びれた商店街、渡る世間の幸楽を暗くしたみたいな食堂でラーメンを食べる。油っぽい棚の上にあるTVで K-1 をやっていた。オイオイなんだよこれ、サップの目が行ってるよ、と上目遣いに口をあけたままラーメンの手が止まる。
Mr. Perfect ホースト負け上がりでバンナをOK、4度目の優勝。セフォもハントもレコもそしてピーターアーツも凄かった。オイオイいいのかよ、本気だぜ こいつら。ラーメンを食べ終わっても他にお客さんもいないし最後まで見続ける。気がつくと角野卓造さんみたいなお店の人も横のテーブルでTVを見上げていた。何か体がこわばっていたのに気がつく。いや〜凄い。でも何か良かった。
K1でもPRIDEでもいいから、とにかく圧倒的に強い奴が好きだ。桜庭でも藤原でもいいからとにかく最後までしめて落としてくれ。微睡みながらたたきつぶしてくれるなら最後まで見届けるから。
will you bite the hand that feeds you
or will you stay down on your knees ?

・・・
そして、その昔も今も、生まれ変わったらコメディアンになりたい気持ちに変わりはない。でも、枝雀を見ているとつらいし、こうまともな生活をエンジョイしてるかのようにすること自体、時々無理があって、それを思い煩う自分が いて、全てが夢のまた夢。年末年始と立て続けにお笑いも見るし、変に笑いすぎて何だかで、CMで駅伝と切り替えながら涙もろくて何だかで。

「ショウガナイ、ショウガナイ」
「いや、ショウガナイじゃないんだよ」
「ああ、そうはいかねえか、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ショウガねえや、そんなもんでえ、ああそうか、なんだっていいや」
「お前なあ、自分の職業に誇りはねえのか?」
「それほどの仕事じゃねえもん」
「弱ったもんだね〜」

師匠はてんやわんやで、テンポはWけんじ、いとしこいし、か。
「お前はね、自分の主張ってのはねえのか?」
「自分の主張〜?んなもんねえな、あったってどうなるってもんでもねえしよ〜そんな偉かねえもん」

何回も見る、何回も何回も同じ落ちを繰返し見る
何か見なければいけないし、何かにかられて見る
アーティフィシャルな笑いが入るドラマにも似て
でも、何かこわばっていた体が徐々にゆるくなる
でも何か良かった

「世の中の全てが4〜50年位前に見えて、でも50年経っても変らないだろうし、私はどうにもならない。どうにかしてくれ。」
「いくら考えたってさあ〜、ダメなものはダメだよねえ〜、どうにもならねえんだから、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ショウガねえや、そんなもんでえ、ああ そうか、なんだっていいや」
真顔で戻る舞台裏。昔、ジュリールイスもビルコスビーもそうだった。

そうか・・・

・・・
いつも行くCD屋で「今かかってる曲ください!」と買ったのがドミノで、ジャケ買いじゃなくて何て言うんだ?

主張なんか、んなもんねえな、と4〜50年生き長らえる極意。
死ぬ気になれば何でも出来そうだが、何か明日も死なないですむ気がする。ありがたい。
今朝はBjorkのライブでギターを弾く事になって、全然用意が出来てなくて困って目が覚めた。それもまた意味のある時刻キッカリに。まだましだ。いや全然ましだ。Bjorkと打合せも出来たし、何か良かった。




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2005年12月21日

『小さいことにくよくよするな!愛情編』
リチャード・カールソン、
クリスティーン・カールソン(著)
小沢瑞穂(訳)(サンマーク出版)

小さいことにくよくよするな!愛情編 →bookwebで購入 BGM(Bill Evans/Waltz for Debby)

「正しさよりやさしさ
 何も見えなくても
 何も言わなくても」

2005年のクリスマスイブ
東京が大停電に見舞われた
言葉で言える気持ちよりも、言葉にならない気持ちの方が、実は沢山あるのか もしれない(日向朝子のNight on Christmasから)

無数のキャンドルに囲まれて、木戸晋一は言う。
「絶望と希望の夜、だけど、自分が見えた夜」
ビードロガラスの向こう側、橙色の傘をさし、たたずむ静江。
晋一は目だけでうなずく。
静江は何も言わず、ゆっくりと笑顔でうつむいて去って行った。
見つからなかった答、あの夜がなかったら、違う答を出したかもしれない。
鈍く揺らぐ光と橙色の影とが見事に交差する映像を切り抜くテクニク。闇の中 を演じきる豊川悦司と原田知世、そしてもちろんNew York Blackoutの監督、 源孝志、アメリの永田鉄男、COVERの相沢友子、雨あがるの荒井美也子…
大停電の夜に、Until The Lights Come Back
Blacklightに浮かび上がる愛情は、忘れかけていた日本人の原風景をかもし出す。

・・・
正直、実はこの本は難しい。
穏やかな笑顔は良いが、自分をどういう立場にして読んだら良いか、始めは戸 惑う。その戸惑いは、自分の中の弱みを徐々にさらけ出させて、しまいには・ ・・実は、納得してしまう。
要は恋愛とか結婚とかいう愛情の前に、社会の人間関係の一般常識としての愛 情と見ると「いや正にその通りだ」と気が楽になる、と言いながら、その日か らの2人の会話が何か、あれ?何かいいじゃないの、もしかして、てなことに なってたりする。まさにカールソンマジック。大体しょっぱなから「夫婦は親 友でいよう」なんて言われるから構えてしまう。何を言ってんだか、こっちは 20年以上夫婦してるんだから親友なんてよりも何て言うか生活そのままなんだ から、といっこうに文章が進まない。いや、その本を読む方の。で、どう読ん だらいいのよ、とまた、私なりに分析を始める。これはないでしょ、これは一 般論、これはまだ良い、これは日本人には今イチ、これはまあ納得、これもま あ、これは、えっ?、これも、あれっ?、これは、これも?、と先に行くにつ れて徐々に納得が続く。再び、さあて、どういう立場で読んだら良いんだ?
これは読み手が2手に分かれて、若い人向けで結婚していてもいなくても、こ れから困難な時期を迎えようとする人達の一般常識予告編として、そして一方 で、一応困難な時期を乗り越えた、ないしは最中の人向けで、そういえばとい う思い出し哀愁編とでも言うか。でもここで困難と言うと何か語弊があるが、 要は人生をもっと楽しむために自分をステップアップさせる修行のような時 期、というか、誰もが通らなければならない人生経験の時期というか、そんな 感じのもので、でもそれがなくて今まで来てしまう人達もいるから、話はやや こしくなる。
どちらでも良いけど、要は再び自分の状態のバロメータのような本で、素直に なれる時となれない時とがあって、でも、いつのまにか素直になれると、あ〜 まだ自分には救いがあるな、と。

で、キーワードは「正しさよりもやさしさ」

「やさしくたって死にはしないね」
秋吉久美子さんの写真集にあった好きな言葉

いいじゃないの、皆が幸せならば、そう難しいこと言わないで、ね

・・・
私達どうして一緒になったのかしら、と静江は聞いた。
それは子供達のためじゃない?
晋一は言葉が少ないことにためらいながらも、これ以上は言わなくても良い と、全ての思いを込めて、その言葉にとどめた。
それは、子育てというか、養う責任というか、とうていそんな下世話な話では なくて、この自分達にしか授かることのなかったこの子供達、そして家族とし ての自分達、親兄弟、親戚、友人、そしてそれらに関わる全ての人達、子供の 友達、その親、学校の先生、仕事仲間、その他、全てが織りなす社会の中で、 自分達夫婦が、そして周りの人達が、皆ハッピーになるための苦楽を共にする ために一緒にいるんだよ、と。でも分かりにくいね、というかむずかしいね。 だから面白いんだけど。大体、血縁の中で一番の他人が夫婦なんだから不思議 なもんだよね。

・・・
転勤って、ニューヨーク?
いや、仙台、左遷だよ
いいじゃない、仙台、私、一度違う街に住んでみたかったんだ

泣かないで、本当の愛は、きっと見えてくる
光が消える
あなたを感じる
http://www.daiteiden-themovie.comから)

また明日からスタートです
みんな、幸せだといいよね
そして、メリークリスマス
です


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2005年09月22日

『夢をつかむイチロー262のメッセージ』
 編集委員会 (ぴあ)

夢をつかむイチロー262のメッセージ →bookwebで購入

「部活、夏合宿、
 今になって分かる事
 リミックス・バージョン」

今月号の「VS.」(光文社) は創刊1周年記念もあってか読み応えがある。グラビアも力作揃いで感動ものが並ぶ。高橋尚子がうつむき加減に走り始める。為末大が400mハードルを走り抜ける。そして、1サッカー選手に留まらないNakataという好き嫌いを乗越えた存在感。アスリートに宿る存在感は、我々オーディエンスの細胞の隅々までを活性化してくれる。
ドローとした人はいらない。最期の「その日」まで全速力で走り抜ける。一生懸命真剣が格好悪いなんて言わせない。内に秘めていればよっぽど格好良いし。

Life as Sports
No Music, No Life
何かに追われる生活に、スパイスを効かせ過ぎて悪いことはない

いつの頃からか、スポーツ選手のことをアスリートと呼ぶようになって、何かアーティストのような、そんな意味はないにせよ、何か表現する者のようなイメージがあって嬉しい。私なんか、そんな余裕もなく部活時代が過ぎていった。

「部活」というCMがある
http://nike.jp/bukatsu/index.html
「どこまで行けるか」5人のアスリートのメッセージ
「立ち止まっちゃだめだ」と田伏(ロングビーチジャム見たぞ!)
そして「TVCMを見る」

残暑が終わる、夕暮れの校舎のシルエットに遠く響く掛け声
5分休憩に吹く風
そんなグランドの音を聴きながら、空を見上げる
あいつはもう帰ったかなあ

夏合宿が終わり、秋のリーグ戦に備える
悩むより練習再開の体力回復を優先する
そんな部活の意味が分かるのは、卒業して何年も経ってからかもしれない
立ち止まるな、絶対に止まるな
そして、どこまで行けるか

新聞や雑誌の切り抜きは、高校野球に夢中になってスコアをつけながら注目選手のスクラップブックを作っていた頃と、その部活時代以来、やったこともなかったが、最近、私の机の前には、豪快なホームランを打つ瞬間、それでも振り抜くバットの先を見ている松井と、ヒットを打って低姿勢で獲物を見るような目で走り出すイチローの2枚の切り抜き写真が貼ってある。

憧れの大リーグを初めて見たのは、ちょうど2年前の夏だった。
エメラルドシティ、シアトル発祥の地、パイオニアスクエアに位置するSafeco Field 球場。センター側からの入り口上空は、周囲の風景とも相まって、移動式の屋根、銀傘(ぎんさん)が、何かギーガーが描くような、巨大な造船所のような、雰囲気をかもし出している。階段を駆け上がり、スタンドに出ると目の前に広がるグリーンの芝生と満員のスタンド。この興奮は、初めて後楽園で野球を見た時から変らない。
売店でポップコーンとマリナーズの帽子を買う。そしてビール。観戦準備は整った。

その日もイチローは、不調を引きずっていた。遊ゴロ、遊直、遊飛、の3打席ノーヒット。3打席目のライナー性の当たりは良かったが、ショート正面、今一つきっかけのない12打席連続ノーヒットだった。

スタジアムの隣りを走る貨物列車は、試合中を知ってか、通り過ぎる毎に「プアーン、プアーン」という大きな警笛を鳴らす。そんな粋な計らいの大音響が銀傘に反射してスタジアム一杯に響き渡る。スタンドの観客はその残響音に答えて歓声が「ウワーン」と広がる。

私と私の友人はイチローの守るライトの守備位置が目の前の席を取り、もうほんのそこまで走って来る、手を伸ばせば届きそうな所にいるイチローの一挙手一投足を見ていた。肩抜きのストレッチをするイチロー、BSで見るそのままだ。

結局その日のイチローは9回までノーヒット、試合は9回表まで地元マリナーズが0対2で負けていて、それまでにお客さんはマリナーズの不甲斐なさに、わざわざウエーブまで作って応援していた。
9回裏、打席に入るイチロー。左手でユニフォームの右肩の袖をつまみ上げ、投手とバットの先と自分の視線を1直線に並べる。峰打ちなしの真剣勝負。スタジアム全体が敗色濃厚の中、一人モチベーションのオーラを放つ。

日本式の応援はない。スタジアムの歓声が一瞬消え、ピッチャーの腕を振りかぶる時にユニホームをこする音がかすかに聞こえた感じがした、その時、イチローのバットの快音、3試合ぶりのヒットが野手を抜ける瞬間、スタジアムが押さえきれずにワーという歓声に包まれる。一塁に立つイチローは人差し指をイアーガードの穴に入れ、ヘルメットの位置を調整する。
その後は、信じられないようなマリナーズの連打の攻撃、目を疑うような逆転サヨナラ勝ち。あんなイチローの嬉しそうな顔って、日本では中々見られなかった。

イチローのメッセージは、宮里藍が共感を受けたとクレジットされた。そういう意味では、オーディエンスの前で何か実力を魅せるプロを目指す者には、そういう含蓄が感じられるだろう。だから我々素人は、自分がそういうプロを目指す人生だったら、と想定して読むと分からないでもない。ただ、やはり、分
からないでもない、になる。
でも自分は、野球選手になりたかった、大スタジアムを埋め尽くすハードロックをやりたかった、洒落たオーディエンスのいる前でスタンダップコメディアンになりたかった、とすると、実は分かってくる。この本の使い方は「何かをなしとげようとする人に」とあるが、たとえ人生の方向が違っていても、今夜だけでも何かをなしとげようとする夢を見ると、この本の行間が見えて来る。
だから、この本の使い方は「今夜だけはスターを目指して寝る人に」・・・でもないか。

つたない言葉、決して饒舌とは言えないコメント、でも、メンタルな部分が成果に結びつくことを言葉少なに言おうとするもどかしさが、逆に夏合宿の特打の後のようで心に響く。予想通りの精神論。こうこなくっちゃ。
実はネタ帳に、イチロー語録ナンバー毎に「精神論」「プロ意識」「ひき」などと私なりのカテゴリー分けをして文章をまとめていたけれど、面倒臭くなったこともあるけれど、何かイチローの、そして松井の切り抜きを見ている内に、そして「部活」のCMを繰り返し観る内に、言葉にしないでも伝わる風景がある、と思えてきた。

あの頃を信じてくれたら、俺も喜んで振返るよ
人生、走った距離は裏切らない
野口みずきも内に秘めたいいアスリートだよな

そして、どこまで行けるか
今日という1日も全くそのままで
everyday is exactly the same ...


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2005年08月22日

気がついた気になる雑誌
『Sound & Recording』293号
「膨大な数のモジュラーシンセで作り上げた最新アルバムの秘密」
(リットーミュージック)

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「2度とその音に戻れない
 明らかに一線を画する
 卒業写真のあの人は
 優しい目をしてる」

首都高速の3号線を上ると、真正面に六本木ヒルズのビルが見えてくるということに最近気がついた。何か昔どこか気になる映画で観たような、異様に巨大な塊が、地面につきささるように青黒い夜空にそそり立つ。というのも、仕事場からの帰りの時間は渋滞もなくなり、普段は下を走るか、東名を帰るにしても環八で降りてしまうことが常だったので、そういう風景になっていたとは、つい最近まで気がつかなかった。

私の趣味は、何が趣味かと言えるか分からないけれど、一つ言える事は、気に入った音楽を聴きながら、深夜か明け方の首都高や高速を飛ばすこと。飛ばすといっても、車高低く、地面をはうようなスピード感を楽しむ時代は過ぎて、エンジンに余裕を持ったまま、東京の夜景の季節毎に変わるカラフルな色調をバックに、気に入った曲を聴くために走る、という。車が趣味、ドライブが趣味、というよりは、何かちょっとキザですが(磯村尚徳、講談社)、洗車が趣味って分からないでもない時期もありましたけど、今の生活のリセット感はここにある。自分でrecordingするように、ゆっくりと飛ばす。唯一(でもないが)贅沢な時間と空間。色々なスト−リーが頭をよぎる。これは使えるかも、とか。

冬は冬で、暖かいオレンジ色に映える東京タワーのライトアップは、夏の夜空をバックにすると心なしか青っぽい。(BGM:夜空ノムコウ)

曲の設定もまた、淘汰されたイメージがある。
1号を羽田方面から上る時は、ソロになってからのポールロジャースのAll Right Now〜Little Wing(クロニクルから)。2号の上りはZeppelinのNo Quarter。4号はハイファイセットか荒井由美(…)。5号はボブジェームスのAngela(特に明け方に有効)。申訳ないが6号と7号と9号は、あまり使わないのでゴメンナサイ。そして3号は、この10年来の私の安息の地、nine inch nails、この春からはwith teeth。
経路ごとにセットリストを換える、というのも趣味というか秘かな楽しみで、自分へのご褒美のような。で、ボリュームの設定はというと、超ラウド系か超癒し系の両エクストリーム。その時の気分による。

顔なじみの守衛さんには簡単な敬礼のような感じで手をあげてゲートを通る。
守衛さんも「ああ、どうも〜」みたいな感じで車を覗き込むが、ある日「はて?」みたいな顔をされて、ふと気がつくと密閉された車体がびびる程の音でエミネムを聴いていて、多分外には「ズック♪ズック♪タ〜、ズック♪ズック♪タ〜」みたいな、深夜の大宮の駅前通りで聞かれるようなリズムが響いていたに違いない。電車の車内のヘッドフォンからもれる「シャカ♪シャカ♪チ〜」よりタチが悪い。なので、最近は入構する時は「入構許可証よ〜し、ボリューム下げたよ〜し」と指差し確認することにしている、とはサンマちゃんの作り話ほど(でもないが)かなりマジで。

で、最近、もっと気がついたことは、音の設定。
通常、低音はmax、高音はmiddle、音のバランスは前後左右とも中央、というのを車種が替わっても4半世紀程つらぬいて来た。所が先日、あれ待てよ、と思い、with teethを機に一念発起(でもないが)もしかして、と思い、前後のバランスを30%ほど後ろに寄せたら、何と今まで聴いていた曲に違う音が聴こえるではありませんか。
スピーカーの重さや固定され方にもよると思いますが、前方奥から今までに聴こえなかった打ち込みループの高音が、それも高音は抑えたはずなのに、そして後ろからベースラインが、それも心なしかディレイ(遅れ)を持って聴こえて来るではあ〜りませんか。思わず聴き込んでしまい、ドップラー効果か?とか物理の成績を疑われる戯言(たわごと)もつかの間、実は東名の出口を通り過ぎてしまい首都高の3号の上りに入って行ったのでした。

今月号のSound & Recordingにはnine inch nailsのサウンドデザイナー、私の救世主トレントレズナーの「マッドサイエンティストの実験室のような」プライベートスタジオが公開されている。そしてビョーク、エミリーシモン、坂本龍一、Charと続くと、私の趣味そのもので、このままでは人に見せられない、と思わず書棚にあるその号全部を買ってしまおうかと本当に悩んだ(でもないが)かなりマジで。(<この辺がループ手法です)

「オレの生活がいわゆる中毒と絶望に見舞われて」
「ありのままの自分に自信が持てるように、うっせきしていたウミを流しにかかった」
「オレは自分をずっとごまかし続けていたんだ」
「人生もそうだが、創作もしらふの方がうまく機能する」
「オレと同様に不完全なもの・・・パッチを変えたらもう2度とその音に戻れない」
いや、今までのロッカーとは明らかに一線を画する。

この手の雑誌には目がない。いや、まんまと編集者の意図にはまる、というより、自分の趣味の琴線に触れると全部買って読んでしまう。全部はその全部じゃなくて、この全部。
この手の雑誌には、このサンレコは一番プロ御用達っぽくて好みですけど、最近ではDTM(寺島情報企画)やSound Designer(アポロコミュニケーション)も台頭してきて、要チェックです。ブルータスになってもターザンになっても、まんまとはまるポパイ世代は、それでも自分たちが編集出来る身分になって、増々御用達っぽくなる。最近ではクラブ系のGroove(リットーミュージック)も要チェックで増々忙しい。何か自分の本棚に並ぶ雑誌の変遷を見ると、私の人生そのもの(でもないが)趣味そのものになる。これはいわゆる一般書籍とは違って話題や書評に左右されることなく、身近な本能的な即決購入があるだけにより如実になる。

どこか気になる映画が思い出せない。

六本木ヒルズが2001年(宇宙への旅)のモノリスの様に見え始めると、with teethが違って聴こえる相乗効果で、思わずスピードを落としてその原風景と曲調の相乗りを味わう。実は高音をmin〜middle〜maxと変化させるとさらに違う音、そしてトレントの意図が聴こえてくる。味わうというよりはシートとハンドルとヘッドでリズムを取る感じで。

2001年はもう過去になり、突然FMからツアラトウストラが流れて来て、突然見 晴らしの良くなったどこかの夜明けの高速を走ったのはいつだったか。

soundは風景と相まって人を写す。弾く者も聴く者も。贈る者も受け取る者も。
even deeper...

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2005年08月15日

気がついた気になる雑誌
『広告批評』
288号「2004広告ベストテン」
(マドラ出版)

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「部活、夏合宿、
  今になって分かる事」

「お前のスパイクは、いつまでたっても体が流れるなあ」
これは4年でレギュラーになっても、どうしても直らない私のくせだった。

nikeに「部活」というCMがある。
昨年の「広告批評」の広告ベストテンでは、adidasのLaila AliがClint EastwoodのMillion Dollar Babyを彷彿させる勢いで優勢だったが、私個人としては今年はこの「部活」を気に入っている。曰く、「立ち止まるな、絶対に止まるな、どこまで行けるか」・・・「不可能なんて、ありえない」もいいが。

この時期、猛暑の夏休みになるとその「部活」を思い出す。
高校の時は受験で2年で辞めてしまった部活。その借りを返そうと、大学の部活は高校までのバスケではなく、松平ジャパンの勢いもあって、バレーを始めた。根本的に何が違うかというと、大差で負けていても逆転があるということ。そして、バスケのシュートは体が前に流れて走り抜けても良いが、バレーのスパイクはそうも行かないということ。
何れにしても「部活」には今になって分かる事が沢山つまっていた。

スポーツ選手は「あのシーン」というのを鮮明に覚えている。あの時の打ち抜いた手の感触、走り抜けて見た仲間の顔、見上げた観客席。私も、スポーツ選手という範疇の末席(はしくれ)にも入れないが「あのシーン」だけは鮮明に覚えている。

対戦相手はどこだったか。最後のリーグ戦、場所は渋谷の国学院だったか。
最終学年の私は、強烈なレフトスパイクを打つ新入生、丸野が入って来たので、裏レフトに降格していた。とは言え、何も気持ちは同じ。レフトクロスのレシーブは絶対取ってやると信じていた。バックセンター2年大関には毎回セットプレー毎に「全部行くぜ!」と土声をかけていた。大関も「お〜!」と答える。彼はレギュラーで一番背が高かった。膝が弱かったが、テーピングで歯をくいしばって、体を低くしてレシーブしていた。

あれは水谷のサイン。ネットに背を向け、私と今井の目を見て、膝の少し上で両手の指で「これで行くか?」と2人にサインを出す。3人はそれぞれ目配せで内容を確認する。バックの3人も確認する。
バックセンター大谷のサーブレシーブ、そして水谷のセットアップ。センターに入る今井がその長い手を振ってAクイックのおとりに飛ぶ。私はレフトから今井と水谷の後ろを回って右バックセンターから左のアタックライン内側に打ち抜く移動攻撃。相手ブロックは全部今井についていた。
体は前に流れ、タッチネットを避けながらライトに走り抜ける。肩の振り抜きは左奥だったが、あんなに高く肩がクロスに回ったのは、あれが最初で最後だった。そのまま走り抜けてコートに戻る。大谷は「原〜、今の高け〜」とコンタクトの目を細めて手のひらを出す。丸野も「原さん、今の凄いッス!」と来る。観客席にはほとんど人はいないが、控えのやつらの歓声が聞こえる。そんなこんなでそのセットは、15対10で快勝した。
レシーブのシーンはいくつか思い浮かぶ。でも本業であるはずのスパイクに限って言えば「あの1発」を打ち抜いた手の感触しか覚えていない。でも何かそれで「部活」だったなと思い出せる。

夏の合宿は本当に死ぬかと思った。
礒村に「人間て、簡単には死なねえなあ」と言ったことを、良く覚えている。
夜の練習が終って、1日が終って、皆、体育館の床にボー然と大の字になって寝ていた。

昼休みは皆、体育館の床に近い高さ30センチ程かの横長の通気マドの近くに、へばりつくかの様にゴロ寝する。そこだけは風が通る。この昼寝がポイント、午後の特打の為にも重要だった。そこからのぞき見える、畑の風景は、我々の合宿とは関係のない夏休みの1日だった。
そうもすると、地元のおばちゃんが、農作業そのままの格好で茄子の漬物とか届けてくれる。「あんたらどっから来たん」とか言われているのだろう。昼寝を起こされた我々は、方言で実は何言っているのか全く分からないまま「すみません、ありがとうございます」と頭を深く下げて頂く。
おばちゃんは「何の何の」とか言いながら、手を後ろ腰に組みながら、少し前かがみで炎天下を帰って行く。これが夕飯のテーブルに並ぶ。

入部したての合宿、あれは十和田湖だった。着いた初日に10キロの山下り山登りマラソンで足がつった。
合宿所に戻り、新入生は2段ベットの上、天井が間近に見える。
朝の起床の放送が「若者たち」だったりで、「何でなんだ」と毎朝自問自答した。

だのになぜ 歯をくいしばり
君は行くのか そんなにしてまで

だのになぜ 何をさがして
君は行くのか あてもないのに


汗を出し切って、練習着が乾き始めると体全体がしびれてくる。脱水症状だ。
中学高校とは「水は飲むな!」の練習だったが、大学ともなるとゲータレード全盛。ところが特打の途中で補給は出来ない。
スパイクの打ち込み、特打は一人で連続30分以上にもなり、野球の千本ノックのようなレシーブもしかり、ラスト10本からが長い。
「もうダメか?」「やめちまえ!」なんて怒声も関係なくなる。そんなのに答えられるようなら、まだ十分余力がある。
「この野郎!」「バカ野郎!」とは自分に言う罵声、決して他人に言っているものではない。

「ラスト1本!」になると、逆に自分が満足するまでやることになる。「まだまだ!」とか言いながら、もうジャンプなんか、ほとんどしていない。渾身の力でスパイクをコートに入れると「ヨーシ、あがれ!」とか言われるのもつかの間、そのまま体は床にころがって大の字になる。「ま〜だ体が流れるなあ〜」とか言われて「ハイ」とか荒い吐く息に合わせてしか返答できない。
高い天井のシミを見ながら「これでも死なないんだなあ」とか思いながら。

いつの頃からか、スポーツ選手のことをアスリートと呼ぶようになって、何かアーティストのような、そんな意味はないにせよ、何か表現する者のようなイメージがあって嬉しい。
私なんか、そんな余裕もなく4年間が過ぎてしまった。
「お前のスパイクは、いつまでたっても体が流れるなあ」そう言われ続けた。
自分で出来ない事。自分だけでは出来ない事。いつまでたっても「部活」は貴重な経験だ。
「立ち止まるな、絶対に止まるな」
「どこまで行けるか」
その意味が分かるのは30年後かもしれない。
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2005年05月16日

『Sports Graphic Number PLUS 25th The Pictured Emotions from 1980 to 2005』(文藝春秋)

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「訴える瞬間」

大学1年の夏休み、プロ野球の試合の観戦ツアーをやった。今で言う追っかけかもしれない。後楽園、神宮、川崎はそのまま、そして名古屋、甲子園、と。さすがに広島はあきらめた。お金もなかったし。
大垣行きの夜行で早朝、名古屋について、そのまま当日売りに並ぶ。夕方までずっと。その日の夜は代打柳田の弾丸ホームランに酔った。
試合終了後、そのまま大阪に向かったらまた早すぎるので、また夜行で紀伊半島の外側をまわる。新宮の辺りで夜が明け、朝市場の定食屋に入る。
「そこの行きずりの兄ちゃんは何にする?」
行きずり、と言われて少し嬉しかった。

甲子園に並ぶも、高速の下の日陰ならいいが、昼過ぎには当日券売り場の前は長蛇の列。警備員が「お客さん、もう少し前につめて下さ〜い」と仕方なくつめると、日陰を外れ、大阪の最も暑いジリジリの日差しに何時間もさらされた。

何が好きかって、あのスタンドに向かう時、見上げる出口が明るいのでやや暗く感じる階段を抜けて広がる野球場の全景、空、銀傘(ぎんさん)に広がる「ワーン」という音。これはやっぱり外じゃなくっちゃ。ドームでは味わえない。
デニスクエイド主演の「オールドルーキー」にもあった。階段を駆け上がり、出ると目の前に広がるグリーンの芝生と満員のスタンド。

Take me out to the ball game ♪
子供の頃の憧れ、いつになってもこの気持ちは変わらない。
ただ、年を取った分、感動の深さとベクトルが変った。
動から静、外から内、カラーから白黒セピア、のような。

いつの頃からか、スポーツの写真を見ることが好きになった。夜一人で飲みながら、ヘッドフォンで好きな曲を聴きながら、写真家の渾身の1枚を探す。
「アスリートの肖像」
「煌き(かがやき)の瞬間」
目を見る。後ろ姿を見る。そこに至るストイックな努力と根性(土産屋の置物ような陳腐な表現だが他に思い浮かばず)、そしてその時に発露する気持ち、ある意味エクスタシーを見る。いわゆる忘我に魂が超える。訴える瞬間。

フランスW杯最終予選、前半39分、ゴンゴール、そして中山の目。
アトランタ五輪女子マラソン、自分のことを褒めてあげたい、有森の目。そして走る意味。
猛暑の猛稽古、畳の上に横たわり空(くう)をみる田村の目。
今までに何があったのか、その思いだけでグッとこみ上げるものがある。

正直言うと、この25周年特集号ではもの足りない。
Sports IllustratedやNational Geographicからすると、写真文化に対するわきの甘さを露呈する。しかし、かたや50年から120年近い歴史を持つ雑誌に25年ではまだまだ成人式を終えた程度で、ただ成人式は成人式で初々しいと思えば、日本の甘さを残しながらも、四半世紀という歴史が見えてくる。

1987年11月7日(土)、後楽園球場の取り壊しが始まる前日、最後のプロ野球OB戦が行われた。私はいても立ってもいられず、研究室を抜け出してデーゲームを見に行った。小学校何年だったか、そろばん塾の夏のイベントで初めて行った外野席から見た時の興奮を思い出した。毎年、夏休みの試合の前売りには、渋谷の東急の1階に徹夜で並んだ。蒸し暑い熱帯夜で地べたで何回もゴロ 寝した。

その日の最終戦の勝敗はどうでも良かった。
ネックストバッターズサークルで片膝を落とし、しばしバットを置く長嶋、たたずむ背中。こちらからは見えないが、目は真剣に球筋を追っているに違いない。
「4番、サード長嶋、背番号3」
さあ長嶋の出番だ。この時を待っていた。いや、ずっと前から、いつも毎晩、待っていた。
手でメガホンを作り、少し曇った空に向かい「ナガシマ〜!」と叫ぶ。俺のために打ってくれよな、最後の後楽園なんだから、と思いながら。
周りの観客も皆同じく叫んだ。
「長嶋あ〜!」
ああ、これが野球だよ。
中々上手く行かない毎日のくやしさとともに、涙がボロボロとほほを落ちた。
後楽園球場のあの空はもう2度と見られない。

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2005年05月09日

『プルートウ』(小学館)

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「言葉では伝えられない記憶」

実は、最近の漫画のトレンドを知らない。
「ゴルゴ13」とか「人間交差点」とかは、夜行列車の窓の奥の暗闇にゆっくり後ろに移る民家の明かり、思い出したように窓に写る自分を見ながら読みふけ る、一瞬中島みゆきではないけれど、時代的にはそこで止まっている。

「あしたのジョー」「巨人の星」は初版本から揃えている。絵は、ちばてつや、川崎のぼる、原作はそれぞれ、高森朝雄と梶原一騎、同一人物である。本名は、高森朝樹。空手バカ一代、タイガーマスク、侍ジャイアンツ、愛と誠。 豪放磊落とは彼の為にあるような言葉。明け方に見る「沈む月、昇る太陽」でいつも梶原一騎を思い出す。これは星飛雄馬の名場面の一つ。

実は、ちばてつやの作品は、誤解されては困るが、少女漫画の時代の作品からかなり揃えている。「島っ子」だとか「テレビ天使」だとか、それ以前から殆 ど網羅したと思うが(ちばてつや曰く、理想の妹を描いたということだが)その後「あしたのジョー」にしても、ちばてつやの描く女性のキャラクタには、かなり魅了されてきた。最後には嵐が来て、気丈に振る舞う主人公、そして夜明けにたたずむというラストシーン。女性の主人公としては最後の作品に近い 「蛍三七子」に到っては、当時からして環境問題に取り組むような先見の明がある。それはともかく。

本題は「鉄腕アトム」の「地上最大のロボット」をモチーフにした浦沢直樹の「プルートウ」で、題名のフォントが手塚治虫っぽくて雰囲気だが、無茶な挑戦をしたな、と思いつつ、先に進むにつれて、その独自の世界に引き込まれて行く。この御時世「Shall we ダンス?」のリメイク版は観ていないが、この「プルートウ」は徐々にリメイクに終らないガチンコ勝負の意気込みが伝わる。

実は、光文社のカッパ・コミクス「鉄腕アトム」も初版本で全巻揃えている。 親父がリアルタイムで毎月買ってきてくれた。130円、帯にアトムシール、裏 表紙はマーブルちゃんの宣伝が相場で、月イチの楽しみだった。
「地上最大のロボット」は2冊に分かれ、最後にアトムが、戦いの愚かさにたたずむラストシーンで終る。今思うと、後半になると、いわゆる悪役ロボットのプルートウが力石徹にだぶってくる。不思議なシンパシー、死ぬなよ、と。

実は、何年か前の朝日新聞に「蛍の木」の記事が出ていた。手塚治虫が見たかったもの、というスタートで、それを見ずして亡くなられた、という話で、何か「蛍三七子」のラストシーンのようで印象に残っている。

漫画と言えども、と言って言葉がつまる。言えども、と言ってはいけない。最近のトレンドは知らないが、それまで世の中になかったものを創造するということに対する憧憬、これもまた文化である。

「プルートウ」の中で、ロボット同士がメモリースティックをやりとりするシーンが何回か出て来る。
・・・
「人間はなぜ、あんなモニュメントを建てたがるかわかるかい?」
「忘れてしまうからだ」
・ ・・
「なあ、俺達は進化していると思わないか?」
・・・
「ところが俺たちはどうだ。メモリを消去しない限り、記憶はいつまでも残る」
・・・
「人間の記憶ってのは便利なものでね。忘れるっていう機能があるんだ。つらい記憶をためこんでいくと、生きていられなくなる。で、忘れるわけさ。」

でも、忘れられない記憶がある。
人間は皆、そんなものを引きずって生きる。
時に、忘れた記憶もよみがえる。
良くも悪くも、頭のどこかに消去されずに残っている。

「プルートウ」は、後半にならずして、不思議なシンパシーを感じる。

病床に伏す親父の頭のどこかには「鉄腕アトム」を毎月買ってきてくれたというメモリがあるはずで、せめてでも、その頃の嬉しかった記憶を消さないでほしい。言葉では伝えられない記憶。言葉にならない気持ち。手を握り返すだけで、せめてもの親孝行。

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2005年04月11日

『課長 島 耕作の成功方程式』(講談社文庫)

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「映画館で観る映画、
 通勤電車で読む島 耕作、
 肩で風切る感じ」


 映画は映画館で観て下さい、とは淀川長治さんの言葉。これだけレンタルやDVDが普及すると、おのずと映画の意味も多様化するようで少し懸念しています。昔は映画といえば映画館で観たもので、観終わった後に外に出ると、世の中が違って見えたりしたものです。サスペンスを観れば誰かに追われてはいないかと交差点で後ろを振り向く感じ、ミュージカルを観れば誰かが踊りだす感じ、戦争ものを観たらこんな平和ボケで良いのか誰かに問いたい感じ。所が、TV画面で観る映画は、日常の風景の中で小さい窓からのぞく感じで、冷蔵庫からビールも出せれば、トイレにも行ける。これは違う。だから出来ればいつも大きなスクリーンで観たいものですけど。

 弘兼憲史の本を読むと、この手のハウツーものはたとえ実践出来なくてもある種のヒーリングになるから売れると実感します。実際、家には国内外の同種の本が何十冊とありますけど、こうすれば上手く行くと読んでも、机の上はいっこうに片付かないし、時間は忙しいまま。でも、考えてみるとまた週末に買ってしまったりで、何でまた買うのかなと思います。

 特に弘兼憲史の話は、我々の業界とはやや異なりますけど、通勤電車で読んで、顔を上げると「あれ?映画館から出た感じ」とアドレナリンが出たりします。つまりは、日常の風景がそのまま映画館で、誰もが島耕作のようには出来ないけれども、でも、会社で会議している、上司に怒られている、帰りに飲んでいる、そんな自分が一瞬主人公になって、今電車で移動中、それで居眠りをする乗客も違って見えたりする。そんな映画のような擬似体験が日常を背景に経験出来る、そんな感じです。健さんを観れば肩で風切る感じ。

 ちなみに弘兼憲史さんの作品には東武東上線沿線の見慣れたローカルな駅の日常の風景が出て来ます。野口五郎の私鉄沿線の感じ。今はどこにお住まいか知らないですけど。また「美人劇場」というマイナーなシリーズがあって、島 耕作や人間交差点のエッセンスがつまっています。漫画もですけど、こういうハウツーものも日常の風景を映画館のごとく読者を魅了する。一度、弘兼憲史を通勤電車で読むことをお勧めしたい感じです。

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2005年03月21日

『小さいことにくよくよするな!』
(サンマーク出版)

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「にんげんだもの」
「百年後にはどんな意味がある?」

 朝起きて、自分でも把握出来ていない無数の残務と〆切破りの山積みの原稿を横目に、今日も一日スケジュールだけに追われるかと思うと、シャワーを浴びながら、いつも頭をかかえこんではため息が出てしまう。そういう時は通勤電車の中で、私がこんなに督促に追われていることを、この車内の人達は知らないし、窓から見える街に住む人達にとっては督促のトの字も関係ない代わりに、私は他の人達がどんなに悩んで生活しているかを知らない、と思う事にしている。それで少しは気が楽になる。この本のおかげといつも思い出す。
 世界で4000万部以上売れた、言わずと知れた 超ベストセラー、くよくよするなシリーズ全5冊の原点でもある。そういう意味では、各項目が見開き1頁程度で読めるこの手の本は無数にあるし、タイトルもハウツーものにありがちなキャッチーな冗長さで、でも思い出したかのように時々この本を開けてしまう。
 その魅力は、何か「にんげんだもの」に通じる。どうしろとは言わない。いいじゃないそれで、という方向性。極めつけは「百年後にはどんな意味がある?」と。勿論そうなんだけど、そうも言ってられないから悩んでるんだけど、と思う日は気持ち不調の日。そんな日は早く帰って寝た方が良い、そんなバロメータにもなる。
 初めての仕事の面接試験で、自分の研究モットーは?と聞かれ「不完全な完全です」とつい生意気なことを言ってしまって「ああしまった」と思ったことがある。所がそこにいた理事の方が「いや分かるような気がする」と言われて救われたことを良く覚えている。そのことが本書の冒頭に出て来る。「くよくよするな!」「完璧主義を捨てるようになれば、それ自体で完璧」と。このセンテンスだけで購入してしまった。
 難しい話?はここまでで、あとは平たい話が続く。ちなみに「相田みつを美術館」は有楽町の東京国際フォーラムの地下にあって、いつも横目で見ながら通り過ぎてしまうので、早く帰ろうと思う日に寄ってみたいとリストアップしている。

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