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2008年02月13日

『DEATHTOPIA 廃墟遊戯 Handy Edition』小林伸一郎(メディアファクトリ)

DEATHTOPIA 廃墟遊戯 Handy Edition →bookwebで購入

「私は見てはいけない写真集
 私は私の必然のトラウマに
 いやな想いに浸りたいとき」

西に向うと得るある想い、幸運の兆しだ
というセンテンスがいつも気になります。
かなり昔のことですが、多分、英語の歌詞の和訳だと思いますが、その人に得るある想いに馳せた記憶があります。あの風景でした。

私は何を観て来たのか忘れましたし、何を言いたかったのかも忘れました。ただ、このワインが終る頃には外は雪で、もう数時間に迫った明日の朝は、何れにしても車は使えないでしょう。

*** 1が入る ***

*** 2が入る ***

あの日、私は誘われるように本屋に入り、あたかもその本が目的だったかのように階段を昇り、何も考えず直接その本の並ぶ平台の前に向かい、そして迷う事もなく、その写真集を手にしてパラパラとめくり始め、そして、あの想いを再現させました。

これは見てはいけない写真集です。
西に向うと得るある想い、幸運の兆し、とは、悪い事の後ろめたい自分の原風景を、どこかそのDNAに刻まれた、はるか彼方の暗黒の宇宙を彷徨(さまよ)っていた頃の自分と会う事で、実は癒されていたのかもしれません。

この写真集を見ると、後ろめたい、いやな想いをします。
それでも隠れて見るような、悪い事をして見るような。あのイラストにしても、南武線にしても、そしてこの写真集にしても、私の必然のトラウマなのでしょう。

あのワインが終る頃、外は雪で、真夜中の曇りガラスの窓の外の街灯は切れかかりでかすかにジージーと唸りながら明滅し、遠くからは工事現場の杭打ちの音が聴こえました。私はトイレにうずくまり、もう勘弁してくれと想いました。

私は前世で、かなり悪い事をやって来たに違いありません。

***1***
それもかなり昔の話ですが、少年サンデーか少年マガジンか、多分サンデーだったと思いますが、それも100円以下1冊40円とか50円とかの時代で、表紙は長嶋さんが笑っていたような時代ですが、その巻頭のグラビアは小松崎茂さん系のイラスト、つまりは戦記物や空想科学のイラストがグラビアを張っていた時代ですが、その中で、どうしても、何回見ても、その何か得るある想い、いや何かいやなものを観る得るある想いがあるイラストがあって、それがどうしても気になっていました。それも未だに・・・と、思考をブチ切る。
サンダーバードのプラモデルが今井科学から売り出されていた頃のことです。
http://www.komatsuzaki.net/

その作者の想いは、そのイメージを通した情念が、ある種の快感を伴って、いやな想いを醸(かも)し出して、観ると言うより恐れるような、時にその雑誌を本棚に大切にしまい、時に取り出してこっそり観る、のような、何も悪いことをしているのではないのですが、観る後ろめたさが何か自分の回りの不思議な世界でした。隣りの大野君と遊んでいた時代ですから、東京オリンピックの前か間もない頃だったと思います。
私にとっては、そのいやな想いを得るというのが大切な行為でした。

***2***
これはそう昔の話でもないのですが、かつてLive under the skyという年に一度のオープンエアーJazzコンサートがあって、ほとんど毎年行っていたのですが、始めは田園コロシアムで毎晩何日間か通しで、その後、読売ランドのシアターEASTになり、マイルスデイビスやVSOPや、言い出したら切りがない程のミュージシャンに、暑い最中(さなか)ビールを飲みながら膝をよじらせて体を揺らしたものでした。東京Jazzの走り、というか、全然もっとオリジナルで、要はマウントフジとかフジロックとかサマソニのもっと大昔の大人版のような時代でしょうか。入場する時にスポンサーのJTがセレクトというタバコを配っていたのですから、私の20代前半の厭世の感が残ります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ライブ・アンダー・ザ・スカイ

ちなみに暑い真っ昼間からの入場で、読売ランドになってからは始まるまでプールを横目にバンデットとかの絶叫マシンの前には、そのLive underに来た、一言も二言もありそうな一見さんお断りのような黒のTシャツか会場入口で買ったLive underのTシャツを着た、いかにものJazzファンが長蛇の列をなすという珍しい風景に私も並んでしまった記憶があります。降りて来た人達の顔は、これから渋いマイルスデイビスとジョンスコとオマーハキムとハイラムブロックとスタンリークラークとを観ようとする人達の顔ではない、何か目をむいて苦笑いし切れないような顔で、私もそうだったんでしょう。

Live underといえば、田園コロシアムでナベサダさんが出ていた頃ですが、バックステージの席も開放して、つまりは、ミュージシャンの後ろ姿を見ながら、というかミュージシャンが見ている風景を見ながらのめり込む席が好きで、誰かが演奏中でも一番前の手すりから下を観ると、ステージに上がっていないミュージシャンがバックステージでビールを飲みながらうろうろしている様子が見られて、何か仲間になった気分でほろ酔いだったのが快感でした。だから前にも言ったかもしれませんが、千秋楽のステージセットとか、それもギャラクシーナイトとか言うLive underに集ったミュージシャンがほとんど全部がステージに上がってセッションを行うという、ライブのオオトリで、あーでもないこーでもない、誰が最初に入る?どの順番で回す?キーはAね?とか、既にステージ上にミュージシャンが集まりなかがら、向こうに見える観客はもう最高に盛り上がっているのに、じらすかのように始まらないステージがあって、私はその手すりに乗り出して、バックステージから見ていたのですが、いても立ってもいられず、向こうの観客の大歓声に乗せられて後ろから"Here we go !"とか叫んだら、エッ?みたいな感じでステージ上の誰かが言ったと間違えたのか、田園コロシアムが一斉の大絶叫と共に何でもいいからとにかく演奏のイントロが始まった想い出があります。その後、六本木のピットインに行ったり、そこでジョーザビエルさんとか渡辺香津美さんがいたりで、そう言えば、ライブの途中で抜け出して演奏が終ったラリーコリエルとアルディメオラ(敬称略)が帰るところで今は昔の読売ランドホテルから出てくる所でサインをもらったこともありました。
Return to Foreverの再結成はないんですか?と聞いてムッとされた記憶があります。

それはどうでもいいのですが、そのLive underが終って、南武線で溝の口まで出るのですが、どうも乗客の閑散とした夜の南武線は、ビールの余韻もあって、これから日常がまともな自宅に戻ると思うと、何か悪い事をしてきたような後ろめたさがあって、それも窓の外は真っ暗で、何故か他の国鉄とは違い南武線はガタンガタンゴトンゴトンと猛スピードで走る感があり、真っ暗で風景の見えない、電車の内側が反射する窓を見ながら、これはあのイラストの時と同じ、いやな想いのする必然の原風景だと感じていました。

車両の真ん中に柱のあった木製の南武線は高校のグランドに行く時も使い、そんな時代も終わり、相変わらず南武線で通勤することになりましたが、帰りは満員なので、何か悪い事をしてきたような後ろめたさもなく、そんな感じは意識の向こうに行ってしまっていたところに、私は気がつくとこの写真集の前に立っていました。



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