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2006年09月30日

『タイム・フォー・ブランチ
 はなの東京散歩』
 J-WAVE "TIME FOR BRUNCH"(PARCO出版)
『はなのWalkie-Talkie』
 はな(幻冬舎)

タイム・フォー・ブランチ<br> はなの東京散歩 はなのWalkie-Talkie
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BGM(Chicago/Chicago Transit Authority(1969))

「クリスト&ジャンヌ=クロードがやってくる
 そういう世界があることを知って下さい
 世の中の半分以上を知らない位もったいない」

 中学の頃、Chicagoのロバートラムが好きな子がいて、Simon & Garfunkelの新しさを知っていて、でも今でも聴いているかな。道に迷ったら、その子の通(かよ)った道にいて。
 高校の頃、Genesisを知っている正直な子がいて、でも結局はハードロックは苦手で、でもそれも嬉しくて。道に迷ったら、いつもそこにいて。
 小学校の同級生のあいつの家には、Beatlesのレコード全部と、そしてあいつのお姉さん達もとにかくZeppelinで、「あ〜原君?」ってコンタクトをつけていないと顔の目の前まで来て「聴いてってよ」って歌詞カードに日本語訳まで書いてあって。
 道に迷い続けても、私の原点はその辺りにあって。
 私のハードロックは、その子は苦手で、それで良かった。

「曲を書けば書くほど、新鮮なものを書くのが難しくなる
 そしていろんな事を学ぶんだ」ロバートラム

 Chicagoのテリーキャスはドンジョンソンの自宅のパーティで、それまで弾が込められていなかったはずの拳銃を頭に向けて死んだ。そしてピートセテラもいなくなって、でも一晩もあれば説明しますけど、時間ないですよね。

 今年の夏は5000キロ位は走ったかと思います。いや、その、ジョギングじゃなくてドライブで。日帰りの富士スピードウエイでは渋谷陽一さんにも会えたし、五輪真弓さんのバック以来のラリー・カールトンも3m位で見えたし、渋谷AXでのAIとジョイント以来のチャーも5m位で見えたし、Jeff beckは10m位で、もう理性を失いました。新幹線とか飛行機に至っては何回使ったか覚えていませんが、その単位時間当りの移動距離とその目的意識は相対性理論からすると今年の夏は少しは若返ったような気がします。東京JAZZもありましたし。

 そう言えば、早朝の海岸線や深夜の高速に合わせてCDを選びますけど、先日は深夜〜早朝の渓谷のlong and winding roadという珍しいシチュエーションにあのピアノソロという、ただ、真っ暗な夜道のハイビームに、何か違う気配を感じて、何か暗い原風景を見るような気配で、確かに誰かがいたような気配で、いや、その、確かにそこにいて、そして気がつくと、あの数10キロに及ぶwinding roadは、かつて巨大なパラソルを並べたクリストの「アンブレラプロジェクト」のラインを走っていました。本当に行くまで知りませんでした。これは呼ばれたのだと思います。
 クリストを呼んで、近くの学校で講演会も行って、そして裏の庭園でパーティを開催したのが原美術館でした。今でもよく覚えています。庭園パーティでクリストに直接色々な質問をして、今考えると信じられない貴重な体験でした。普段は授業をさぼることのない?私が唯一いちご白書で授業を抜け出して出かけたのが、原美術館主催のクリストのイベントでした(正確には後楽園球場の解体前の最後の巨人戦も授業の後半に出てしまいましたが)。
 六本木のプレイボーイクラブの会員(当時海外では簡単な紹介で入会できた)もそうでしたが、うちら夫婦の自慢、と言っては何ですけど、原美術館の会員であることの密かな自慢、品川の本拠地以外にも伊香保のアーク(野外美術館)に何回も行っていることが自慢と言えば自慢です。どうも日本のプレイボーイクラブのイメージというのは、何か同伴で行く社交場というのとは少し違う感じで、2人でアレッ?みたいな感じで、その辺はまたいつかお話ししましょう。
 とはいえ、常連は「原美術館」ですが、はなちゃんも素敵に紹介してくれています。その後、細い道を抜けて、大使館の横を通って急坂を大崎側に抜けて五反田の裏を抜けて、そして実家に行くというパターンです。庭園美術館〜白金通りも良いのですがあまりにも定番で、原美術館はもう我々の、そして私の密かな定番で存在自体が私の気持ちのよりどころになっています。

 えっ? そんなこんな画廊鑑賞的生活を知らない?それはもったいない。
 いや、その、それは生きててもったいないですよ。
 世の中の半分以上を知らない位もったいないですし、それを知らない生活からは何も言えそうもないもったいなさ、です。是非ともこのはなちゃんの本を読んで、そういう世界があることを知って下さい。

 目白から西に向う目白通りの徒歩の散策も、都内とは言え、かつて池袋モンパルナスと言われた所以があります。何かと自転車の多い狭い商店街を抜けると、山手通りの手前に佐伯祐三の旧アトリエがあります(ピーコックの裏には 中村彝氏の旧居跡があるそうですが)。昔の建物の半分になって小さな公園になって、お勝手とその奥に見えるアトリエの前でここにいたのかと思うとグッと来ます。何でそこまで追いつめたのかと。ここで佐伯が下落合の風景を描いたのかと思うと、年月が経っても霊魂とそのストイックな根性を感じます。
 うちの奥さんは「SAIKIってサインが残ってる」とか変なものを見つけて、「へ〜ここにいたんだ」と史跡プレートを覗き込む。ベンチに座りながら「良かったね、見つかって、写真撮っといたら良いわよ」と、そんなことを知らなかったのが嬉しかったりする。
 そのまま先に進むと有名なトキワ荘の跡地につながります。子育地蔵の左裏と言いますか、分かりにくいところですが、彼らが通ったラーメン屋さん中華松葉がまだあります。その左のお肉屋さんの真正面の路地の突き当たりがその場所です。日本の漫画の原風景でもあります。「ここだったんだね」2人してグルグル同じ裏路地を何回か回りながら、当時使ったであろう井戸を見つけて「これ本当に使ってたかもね」と散策する。
(椎名町ほっとプロジェクト参照)

 ちょっと渋いですけど、上野毛の多摩美の裏手前にある五島美術館も良かったりします。和風と言えば和風で門構えからして渋いのですが、こじんまりとした庭園に見えて実はこじんまりとしていない庭園はそこそこ歩けて、そこで少し文庫本なんかを読んで空を見上げると、経団連に似合わない?五島氏が選んだ土地柄を感じたりする訳です。そこで何かいつもの私の西洋かぶれの生活から純(準?)和風になってしまいます。そして五島美術館を後にして、路地を曲がった先に次に向うのがアメリカンのサンドイッチ屋さん、アンクルサムだったりする訳です。実はこのルートはやはり大学の時、上野毛で家庭教師のバイトをやっていた時のお決まりのルートでした。
 アンクルサムでブランチした後、そのまま上野毛駅の横を抜けて、高級住宅街を抜けて(車ですけど)目黒通りに出る角の紀ノ国屋に買物に行くのが嬉しかったりします。でも正直高いです。でもそのたまの贅沢が何ともこの一つ位は一点豪華主義で買ってもいいかなという庶民の葛藤を感じつつ、結局いつかは使うだろうパスタのソースどまりだったりする訳です。所詮、緊張して紀ノ国屋に行くうちら夫婦は、あ〜あの人、何も気にせずカゴに入れてる、とかいう羨望の気持ちを抑えつつ、その緊張感を楽しむのでした。
 その後、環七に出て、見逃しがちな南の交差点を右折して、昔住んでいた大岡山商店街に抜ける手前の雷神堂のおせんべいを買います。「来るといつも開いてなくて」と聞くと「休日はお昼過ぎに開けてるんで」という元祖ロハスの返答に心もゆるみます。

 Saturday in the Park, Hard to Say I'm Sorry, 25 or 6 to 4...
 Now being without you
 Takes a lot of getting used to
 Should learn to live with it
 Chicagoの曲が流れる

 77年から78年にかけての質問は
 Chicagoから10年遅れても
 朝の4時までにはまだ時間がありそうで
 崩れそうな気持ちを笑顔に変えて
 自分が今本当に上手く行っているのかどうかは
 10年か20年か30年経ってみないと分からない
 だから今を大切に積み重ねる



『タイム・フォー・ブランチはなの東京散歩』→bookwebで購入

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2006年09月13日

『サイエンティストゲーム:成功への道』
『続サイエンティストゲーム:
 若き科学者のための生き残り作戦』
 カール・J・シンダーマン【著】山崎昶【訳】
(学会出版センター)

『研究人間:創造的科学技術者への道』
『続研究人間:科学技術者の創造性を生かす道』
 B・E・ノルティンク【著】大鹿譲【訳】(共立出版)

『物理学とは何だろうか(上・下)』
 朝永振一郎(岩波書店)

『科学者という仕事:独創性はどのように生まれるか』
 酒井邦嘉(中央公論新社)

科学者という仕事:独創性はどのように生まれるか
BGM(Hiromi/Another Mind(2003))

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「結局、人生に起こる全ての事は
 何かを自分に教えるために
 起きるのだと思った
 ・・・
 これを本当にセクシー、と言うのです」


 ある作品の前では多くを語りたくありません
 もう、いいかもしれません
 このまま、このimprovisationに委(ゆだ)ねても

 一枚の絵の前では多くを語りたくありません
 一瞬の想いが研ぎ澄まされて
 もう気持ちがボロボロで
 もう涙もボロボロで
 しゃくり上げる気持ちを新たに
 私に生きろと語りかける
 今は少し、何も言わないで下さい

 「人生とは何か」を分かっている人はいても「自分の人生がこの先どうなる か」を分かっている人は少ない。勿論、誰にも「自分の人生がこの先どうなる か」は分からない。
 人生とはこんなものさ、と「人生とは何か」を分かってその日を過ごせる人はいても、こんなものさと過ごしたその日、今の言葉、今の表情、今の選択、今その時、自分が話した、思った、判断した、そして関わった、つきあった人が、明日の、そして10年後の自分を決めていることを、今その時、意識している人は少ない。例えば、その思ったこと、というのもくせ者で、誰にも聞かれず分からないようでいて、実はこの先の自分を決めているという、自分にフィードバックがかかる重要なことで、何も私は宗教を信仰している訳ではないですけど、いわゆる神様的な運命決定プロセスがそこにはあると感じています。これを業界では非線形現象、ほんの小さな初期値の違い、今の選択の違いが先々で大きな違いになる、となります。
 意識しないで上手く行く人を天才と定義しましょう。だから我々天才以外は意識しなければ上手く行かない。これは全くもって努力の積み重ね、ブルースです。いや、意識しないで努力出来る人を天才と定義しましょう。だから我々天才以外は意識して努力しなければ上手く行かない。でもまあ、サリエリが一番辛いんでしょうね。でもサリエリではいけない。

 その一瞬の感覚に「あれっ?」って思う
 もうそこで分かれているんですね
 何か、そんなことばかり言っている人っているじゃないですか
 寂しいですよね
 何か、そんなことばかり思っている人っているじゃないですか
 何て言ったらいいんでしょう

 同期入学、同期入社、スタートの時点は皆同じで、その後、半年も経てば生活が違ってくるというのは、入学だろうが、入社だろうが、結婚だろうが誰もが実感することで、良くも悪くも実際に変わって来ます。何でなんでしょうね。実は幸も不幸も、時間が経ってそうなったと思うのが常ですけど、実はそれはスタートした時、選択した時、そして今その時、に起因することを意識する人は少ないみたいです。全ては今に始まり、人生そんなものだよと分かっていても、そんなものだよと1日が終って添い寝して寝入っても、今日のその少しの違いが将来の全てを決めているということを意識するかどうかが大きな差になるみたいです。でも何だか悲しいですね、それに気がつかないと。
 しかしながら人間は、恋や結婚に限らず、選択に対して常に盲目で、つまり実際は意識したところで、今の選択は盲目のまま本能のまま全て正しいと思う。つまりは自分にとっては自分は常に正しく、ところが本当は何が本当なのか、正しいのか、重要なのかは、後になって分かることで、でも後になって分かればまだ良い方で、要は、その本能を鍛えること、今何が大切かの判断力を身につけること、そして自分が何をしているのか客観的に分かる理性と教養を鍛えること。そういう意味で自分に客観的になれない=この先どうなるか分からない、そんな寂しい人にはなりたくありませんね。

 結婚も勿論ですが、プライベートでもビジネスでも、つきあう人は大切ですね。というか、これからつきあうことになる人のクラスがどう変わっていくかが大切ですね。プライベートでもビジネスでも、皆同じようなスタートラインに立ちながら、いつの間にか関わる人が違ってくる。自分を向上させる人達とつきあうか、声がかかるか、実際にはこれも毎日の意識と鍛錬に起因することを意識しないと。いつも自分が教えてあげられるような人が対象の場合は、要はイージーで、将来の引きはそのレベルになるので。それに対して、自分のつきあう人が、身分という意味でもなく、そのクラス、品格で、自分より上の人が多くなる流れを引き込む、引き込み現象をどうやって自分に引き込むか、ビジネスよりもむしろ日常生活、今の鍛錬とその引きが10年後20年後は大きな違いになって、それが運命でもありますが。

 この世で起きる全ての因果、原因、責任は自分にあって、周りに不平不満の多い人は、周囲がどうも好転しない人は、実は自分がそれを引き起こしていることに気がつかない。一瞬の蒼く落ちた覇気のない表情が全てを悪循環させていて、そのキッとした気持ちが淀みをおこし、見下す瞬間に自分のレベルがそこにとどまる。逆にいやなこと、カルマを飲み込める人は、悪循環を自分の気持ちの中に閉じ込めて、そこから先の表情を明るくして、そこから先は好転する。そして周りがポジティブに変わって来て自分もポジティブになる。いやなことを自分のところで止められる人が、本当の意味で優しくて強い人ですね。
 この世の中は不思議なもので、全ての人は自分とそれ以外の他人の世界を持っていて、その全ての人がそれぞれ自分が原因で回っている。要は、全ては自分の責任で、周りがどう展開するかは自分が決めていて、自分が恵まれないのは自分が恵んでいないのであって、周りの責任ではなくて、自分が恵まれているのは、自分が体力も気力も努力して、全ての悩みを自分のところでとどめて、自分から先の循環を変えて、ケチらず全てを与えて、恵まれているのではなく、自分の責任で豊かにしているのですね。

 ブルースを感じなくてもいいのですが、それなりに宇宙の遥か彼方で、地球が固まる以前に決まった自分の運命がつまったDNAを信じて、そして努力するしかないですね。要はこの世の全ては修行ですね。

・・・
私は今日、秋吉さんのコンサートをずっと脇から見ていて、涙が止まらなかっ た。彼女の音が、背中が、いろいろな事を語っていた。
そして、脇には、彼女が渡米した時からずっと彼女を見守ってきた、ジョージ・ウェインもいて、白いスーツに身を包み、ステッキを持って、座っていた。彼女を、これ以上なく優しく、愛おしそうな目で、ずっと見つめていた。格好良すぎる80歳である。
秋吉敏子さん、本当にありがとうございました。
次は60周年記念コンサート、きっと、またボロ泣きすると思います。
あなたの作ってくれた、ロングイェローロードを、毎日全力疾走します。
だから、私はライブをし続ける。
80になっても、真っ赤なスニーカー履いて。

結局、人生に起こる全ての事は
何かを自分に教えるために
起きるのだと思った
上原ひろみ
・・・

こういう人は観えてて、素晴らしいです
これを本当にセクシー、と言うのです


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